第60話 ぽーしょんの成果

 カーバニル先生がお父様にお願いして午後に設けている休憩時間に、リュージュ妃を筆頭にハウンド宰相様、ヒュース騎士団長、ロックウェル司法長官を呼んでもらった。


 ロックウェル魔術師団長は今回は欠席だ。まだ仕事が終わっていないから、下手にぽーしょんをあげてはいけないらしい。

 シャンテもたまには良い薬ですよ、と言っていたので、そう言うことにしておこう。あとで発覚した時が怖いけど……


 みんなで収穫したリンゴはパイやジャムになり、オレンジとチェリーはひとまず生のまま、レモンは紅茶に入れられるように薄切りにしてもらった。

 侍女長とユリアナにカートを押してもらって、私達はその前を歩く。本当は隣を歩きたいけど、一応、離宮以外の場所ではそれはダメなことなのだ。


 それが『王侯貴族』と言うものだと侍女長は言う。


 例えどんなに王家や貴族に生まれたかったわけじゃないと思っても、生まれてしまった以上は責任と義務が生まれる。それが人の上に立つ者なのだと。


 私にはまだ難しくて、それでいて少し怖いな、と思う話の一つ。

 だって全然自信がない。それらしく振る舞えるように努力はしているつもりだ。でも、きっと全然足りていない。


 土いじりをしているうちはダメなのかもしれない、と思っていたけど……ぽーしょん作りは私が土いじりして良い理由になった。

 これを作ることによって助かる人がいる。

 それはきっと王族として自信のない私の自信となってくれると思う。


 この薬をきちんと上級まで作って、国中に広めるのが私の責任で義務だ。

 そのためにはまずお父様達に認めてもらわなければいけない。そのための説明を私は上手くできるだろうか?


 正直に言って、全く自信がなかった……


「こら、そこ。何を難しい顔をしてるの?」

「カーバニル先生……」


 私の隣を歩いていた先生が話しかけてくる。


「アンタはニコニコ笑って、お父様お願い!って言ってれば良いのよ。詳しい説明を子供に求めるわけないでしょう?これはそもそもアマンダが言い出したことなんだからね?」

「でも、元々薬草を作って貯蓄しておければなって思ってはいたの」

「薬草を?」

「だって、花はたくさん作られているのに、薬草はあまり作られていなかったから。もしも疫病が流行ればひとたまりもないわ」


 私は視察に行った先で、花畑はたくさんあったが薬草畑はその十分の一にも満たない面積しかなかったと話す。

 需要と供給。

 薬はあまり必要とされていないから作られないのだと。


「医者にかかるのはお金がかかるものねぇ。それに薬だって同じく高価だわ」

「酷い時は神殿で聖属性の力が使える神官様に治して貰える。でもそれはお金のある人だけ。疫病が流行ったら、誰がお金のない人達を助けてくれるのかしら?」


 例えお金があったとしても、薬の元となる薬草がないのでは話にならない。


「……確かに薬がなければ、助けられないわね。聖属性の神官の数には限りがある。もちろん魔力にも」

「薬があれば、順番を待てるかもしれない。でも、なかったら先に体力のない人から死んでしまうのよ」


 私を産んでくれたお母様。その優しい手を今でも覚えている。

 でも、一番覚えているのは力の入らない指先が私に伸ばされ、触れることなくそのままベッドの上に落ちる場面。

 その後のことは覚えていないけど……あれがお母様に会った最後だった。


 だって、次に会えた時は白い棺の中に入っていたもの。


「なるほどね。お姫様の手習ってわけじゃなかったわけだ」

「できれば薬草を作って、売って、そのお金で貧民街の人達を雇えたらなって思っていたの。だって仕事がないから貧民街なんてできるわけでしょう?」

「まあ、それだけでもないけど……その日暮らしの人達に仕事を与えるってのは良い考えかもね。ただ姫殿下が手ずからってのはやめた方が良いわ」

「どうして?」


 私は首を傾げる。仕事を与えるのは誰でも同じではなかろうか?それがお父様であっても、各地の領主であっても、私でも、仕事は仕事だ。


「じゃあ、聞くけど……どうやって雇いたいと言う人を選別するの?」

「選別?だって働きたいなら皆働かせてあげたいわ」

「お給料はどこから?」

「薬草を作って売って、そこからよ?」

「その薬草はどこに売るの?」

「城下にある、薬草を取り扱ってるお店に……」


 そう言うと先生は苦笑いを浮かべている。私は何かおかしなことを言っているだろうか?それぐらいしかできることがないと、自分では思っているのだが。


「まず、城下にある薬草を扱う店は姫殿下と言えども急に大量の薬草を持ってきたら断るわね」

「どうして?」

「信用問題よ。アナタがいつまで続けるかわからないのに、中途半端に仕入れて途中で無理でしたってなった時に困るでしょう?」


 それに他の薬草を育てて売っている農業従事者から苦情が来るわよ、と先生は言う。


「それは、でも薬草を作る量が少ないから……」

「需要と供給と言われたのでしょう?まさにそれよ。売り先を取られた元から育ててる人達はどうするの?貧民街の人達のために我慢しろと?」


 そう言われてしまうと何も言い返せない。確かに簡単ではないと思っていたが、私がぽーしょんに出会わなければきっと彼らの仕事を奪っていたことになる。

 仕事を奪われた人はきっと私を恨むだろう。

 何かの事情で私が薬草を作れなくなったら……彼らは次の仕事を見つけて働いていて、今度こそ薬草を仕入れる所がなくなる。


「理解できた?」

「はい……」

「別にアプローチは悪くないわ。おかげでアマンダとアタシの悲願だったこの国でポーションを作ることができたもの。ポーションなら逆に薬草を沢山作ることになるから、成り手が増える」

「どうして?」

「ポーションにはランクがあると言ったでしょう?下級ポーションは誰でも買える値段に設定するの。例えば貧民街の人でも少し無理すれば買えるぐらいにね」


 中級、上級は神殿で配るようにすれば良いと先生は言った。

 それは私も少し考えていたことだ。神殿で作って配れれば神官達の負担も減る。


「それに神殿なら貧民街の人達を雇ってもおかしくないのよ」

「どうして?」

「元々、貧民街の人達に配給とかの奉仕活動をしているから。彼らも神殿ならと働く気になる。王族自らより、ずっと良いわよ」

「そうなの?」

「そうなの!だって姫殿下の土地で働けます、って言われて、人が殺到したらどうするの?全員は働かせられない。働かせるならその分の賃金が発生する。働きに応じた賃金が払えなければ不満がたまるわよ」


 神殿ならそれは少ない、と。

 奉仕活動をしていた実績と、大量に人が殺到しても捌けるだけの人がいる。

 人が多いなら日別に来てもらうなり分ければいい。


「先生はなんでも知っているのね……それとも私が子供だから知らないことが多すぎるのかしら?本は好きで読んできたけど、そう言ったことが書かれた本は読んだ中にはなかったわ」

「そうねえ。神殿に友人がいるから知ってるってだけの話よ。さ、話は一旦ここでお終い。続きは後でね。今はポーション用の畑を更に確保しましょう?」


 そう言ってニヤリと笑う。あれ以上にまだ畑を拡張するつもりなのか……と思ってしまったが、初級、中級、上級とランクが上がると使う薬草の種類も増えるのだ。畑が広い分には問題ないだろう。


 お父様達が待つ部屋の前に近衛騎士達が立っている。

 侍女長が前に出て約束していることを伝えると、近衛騎士は心得たように頷き扉を開けてくれた。

 侍女長とユリアナがカートを押して中に入る。私達はその後ろに続いた。






 ***


 部屋の中ではお父様と一緒に、既にリュージュ妃、宰相様、騎士団長、司法長官が待っていた。

 私はみんなを代表して挨拶をする。


「ごきげんよう、お父様、リュージュ様、皆様方。今日はお時間を取っていただいてありがとうございます」


 ドレスの裾を摘んでカーテシーをして見せた。お父様は楽にしていいよ、と私達に言う。

 それぞれの親の元へ近づき、私達は席についた。


「これは今日、私の畑で収穫できたリンゴで作ったパイとジャム、あとオレンジとチェリーとレモンです」

「この時期に……取れるのですか?」


 リュージュ妃は不思議そうにテーブルの上に並べられていく果物を見ている。私は魔力過多の畑で作ったら早くなったのだと伝えた。


「魔力過多の畑……姫殿下が薬草を育てている?」

「はい。一緒に果樹も育てたいな、と思って植えていたんです」


 みんな目の前に用意されたパイや果物を不思議そうに見ている。どれも今の季節では少し早かったり、既に終わっているものだったりするからだ。


「先ほど厨房で味見をしましたがどれもとても美味しいですよ。ぜひ召し上がって頂きたいのですが……その前に、こちらのポーションを試して頂きたいのです」

「ポーションができたのか!?」


 司法長官が驚いた声を上げる。流石、魔術師団長の旦那様だ。ぽーしょんの存在をちゃんと知っていた。

 いや……魔術師団長のことだから家でも連呼していた可能性はある。うん。

 想像するとちょっと怖いけど、魔術師団長ならありそうな気がしてしまう。思わずシャンテを見ると、視線があった後、フイッとそらされた。


 すると小声で先生から余計なことは考えない、と怒られる。

 小さく頷くと、先生は更に説明を続けた。


「先ほど試してみた所、問題なく使えました。ラステア国の同等ランクのポーションより質が良いかもしれません。こちらは詳しく調べてみないといけませんが」

「なるほど……」


 そう言ってお父様が目の前に置かれた小瓶を手に取ると、光にかざしたりと小瓶の中身を見ている。空色の液体は普通の料理では出てこない色だからきっと不思議に感じているのだろう。


「それを私を含め、お子様達、馭者、侍女長、花師に試してもらいましたが効果はきちんと発揮されております」

「発揮されている、か……」

「ぜひお試しください。疲れが取れますよ」


 先生の言葉にお父様達はジッと小瓶を見ている。疲れが取れると言っても、そう簡単に口にはしてもらえないかなあと見ていると、司法長官が小瓶の蓋を開けてそのまま一気に飲み干した。


「お、おお……皆様、ちょっと失礼いたします」


 そう言って席を立つと、少し離れ肩を交互に回し、次に腰を左右に捻る。


「いやあ、ラステア国のポーションを飲んだことはあるが……これはなかなか良い出来だね」

「それ、私が作ったんです」

「シャンテがこれを?すごいじゃないか!」


 シャンテは司法長官に褒められて嬉しそうだ。するとリーンも自分が作ったものを飲んで欲しいのか、騎士団長に自分が作ったものだからと言う。


「お前が?」

「うん。薬草は姫様の畑のだけど、ちゃんと俺が魔力を入れて作ったヤツ」

「そうか、お前が……」


 そう言うと、騎士団長も小瓶の蓋を開けて飲む。飲み終わると、司法長官と同じく体を動かすために席を立った。


「はは、リーン!すごいな!!これはすごい!!」

「だろ?」


 それにつられるように、宰相様も口をつける。流石に一気に煽るようなことはしなかったが。だが飲み終わった後は最初の二人と同じ行動に出た。


「ジル、これは……すごいなあ。体の疲れが抜けた」

「うん。僕もさっき飲んだけどすごいよ!手の擦り傷とか一瞬でなくなったんだ!先生なんかナイフで切った傷も一瞬で消えちゃった」

「あ、それは言っちゃいやん」


 子供の前で、とちょっと非難めいた視線が来たせいで先生がうふふと笑って誤魔化した。


「……ライル、もしかして貴方も作ってくれたのですか?」

「……はい、その、母上がいつもお疲れなので、飲んでいただければ」

「そう。ありがとう、ライル」


 そう言うとリュージュ妃も小瓶に口をつけて飲み干す。飲み干し終わった後のリュージュ妃はあら、と声をあげた。


「母上?」

「あら、本当にスッと疲れが抜けるのね……」

「こちらのパイも召し上がっていただければお肌の張りがいつもより良くなりますわよ?鑑定の結果、体調に良い影響を与えると出てますので」


 先生がパチンとウィンクしながら言うと、リュージュ妃はおかしそうに笑う。リュージュ妃のそんな姿は初めて見たのでなんだか嬉しくなってしまった。それはライルも同じようで嬉しそうに笑っている。


 最後にお父様が残った。


 お父様は私を見るとニコリと笑う。そして小瓶の中身を一気に煽った。


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