第59話 フォルテ・カーバニルの初級ぽーしょん講座その2

 実際には空色よりは少し薄いように見えるが、ビーカーの中の水は確かに色を変えている。

 そしてそれを今度は小さなコンロの上に置く。火の魔法石がついていて、カーバニル先生が魔力を込めるとフワリと火がついた。


「温めるの?」

「温めると言うよりは煮るって感じね。煮ることで、更に薬草の成分が混ざるの」


 そう言ってガラスの棒でぐるぐるとビーカーの中を混ぜる。

 クツクツと煮えてくると先ほどよりもしっかりと空色と言える色に変わった。


「本当に空色だわ」

「でもまだ出来上がりじゃないわよ。このままだと薬草が邪魔でしょう?だからこし器でこすの。この量だとこの小さな瓶二つ分ね」


 そう言って一旦、火を止めると火傷防止に手袋をして、私にこし器を持つように言うと小瓶の中にこされたぽーしょんを入れていく。

 二つ分、出来上がった瓶に蓋をして出来上がりだ。


「すごい!これがぽーしょんなのね!!」


 出来立てなのでまだあったかい。みんなで瓶を交互に手に取りつつ見ていると、先生が箱の中からナイフを取り出す。

 あまりにも自然な流れに止める間もなかった。


 先生は自分の手のひらをナイフでサックリと切ってしまったのだ!!


「せ、先生!?」

「え、あっ!!血、血が……!!」


 慌てる私達を片手で制すと、先生は出来上がったばかりのぽーしょんをそのまま一気に飲んでしまう。

 すると先生の手の傷はふわっと光ると消えてしまった。


「やだホント、すっごーい!」


 口元を手で豪快に拭いながら、先生は一人で感動している。

 そして近くに座っていたベルの方を向くと、ベルに問いかけた。


「ねえ、肩こりとか腰痛とかない?」

「え、それはまあ肩こり、腰痛は花師と切っても切れませんが……」

「じゃあ飲んでご覧なさいよ!」


 そう言って私達が持っていたぽーしょんを今度はベルに押し付ける。ベルは私と先生を交互に見て、最後に瓶を見た。

 そして意を決したように蓋を開けると一気に飲む。


「え、あ……」

「どう?どう?」


 先生はワクワクした顔でベルに問いかけた。ベルはスクッと立ち上がり、腕を回したり、腰を捻ったりと体の状態を確かめている。最終的にはその場でぴょんぴょんと飛び上がった。


「す、すごいですね、これ……」

「でしょう?でしょう?これはラステアの初級ポーションよりも出来がいいわ!」

「そうなの?」

「前に飲んだことあるけど、ラステアのとは少し違う感じがするわね。多分、人工的に魔力過多の畑を作っているからムラがないんじゃないかしら?」

「向こうの魔力過多の畑は魔力溜まりを加工して作ってるって言っていたものね」

「そうよ。魔力溜まりは場所によって魔力の量が変わるでしょう?そうすると育つ薬草にもムラができるはず。でもうちは人工的に作ってるからムラがない」


 さ、アンタ達もやってご覧なさい、と言われ私達もぽーしょんを作っていく。

 先生が良く見てくれたおかげで魔力を入れすぎることもなく、無事に全員が同じ色のぽーしょんを作ることができた。

 そうなってくると、やはり試したくなる。


 みんな同じ気持ちだったのかナイフに視線が集まった。それに気がついた先生が、流石に手を切るのはダメだと怒る。自分はサクッとやったのに。


「流石にねえ、アタシの首が飛ぶわよ」

「でも試したいと思うのが人間のサガなのよね……」

「というか、わざわざ手を切らなくても試せるでしょう。アンタ達、さっきまで収穫作業してたんだから。手を見てご覧なさいな」


 そう言われてみんなが自分の手を見る。植える時は手袋をしていたが、種を蒔く時から外していたせいで小さな切り傷が手のひらにいくつもあった。

 私達は顔を見合わせると、ニッと笑い合う。

 そして瓶の中身を一気に飲み干した。


 ふわっとした不思議な感覚。身体中を魔力が駆け巡っているとでも言うのだろうか?先程まであった疲労感もなくなり、手のひらも綺麗になっている。


「すごい!手が綺麗になってる」

「体も……さっきより軽いですね」

「本当だな。初級でこんなにすごいのか……」

「明日の筋肉痛は免れますね」

「これなら続けざまに作業できるなー体が動かしやすい」


 そうなってくると、もっと試してもらいたくなるのが人間というもの。馬車にいる馭者の元へ私達は駆けていく。


「あのね!これを試してもらいたいの!!」

「体が軽くなるんだ」

「疲れも取れます!」

「大丈夫、俺たち試したし!カーバニル先生も試した!」

「大丈夫です。怪しい薬じゃありません」


 それぞれに言われ馭者の二人はお互いに顔を見合わせ、空色の液体が入った小瓶を受け取ると私達の勢いに押されて飲み干した。


「どうかしら?」


 早く感想が聞きたくて急かしてしまう。すると二人はまたお互いに顔を見合わせ、軽く体を動かし出した。


「これは……どんな魔術式を使われたんですか?体の疲れが一気に取れました」

「昨日から腰が痛かったのですが、飲んだらスッキリしました!痛みがない!」

「あのね、ぽーしょんと言うの!」

「ぽーしょん?」

「ラステアで作られてる薬なんだ。それを再現してみた」


 ライルは何故か、万能薬とは言わなかった。

 馭者達はラステア国ですか、あそこの国は医療が進んでると聞きますからねと納得したように頷く。

 確認が終わったのを見計らったように先生が戻って来るように私達に声をかけてきた。


 先生の元へ戻る途中、私はライルにどうして万能薬と言わなかったのかと尋ねる。


「だって、期待させちゃうだろ?」

「期待?」

「もし、なんでも治る万能薬だって知ったら……期待するだろ?でも俺達が作れるのは初級ぽーしょんだ。初級は初級って付くんだからそこまでの作用しかしないんじゃないのか?」

「そうか……万能薬って言ってしまったら、みんな勘違いしてしまうわね」

「うん。それはダメだなって。ちゃんと中級も上級も作れるようになって初めて、これは万能薬です。でも等級によってできることは変わりますって説明できると思う」


 ライルの言葉に私は頷く。確かにぽーしょんの勉強をしている私達は色の違いで変わることを教えてもらったが、他の人は違う。今飲んだものが全てに効くと思うはず。


「万能薬は万能薬でも等級で出来ることが変わるなら、ちゃんと説明できる人じゃないとダメね」


 子供の私達じゃ上手く伝えられる自信がない。

 そうか。最初に騎士団に卸そうと言っていた理由もわかった。確かに必要ではあるが、不特定多数に配られるよりもきちんと説明が行き届くのだ。


 先生の待つ四阿あずまやに戻ると、先生はまた一からおさらいよ、と言ってぽーしょんを作るように私達に指示をする。


 薬草をちぎってビーカーに入れ、水を入れる。魔力を入れて、火にかけて、クツクツとしてきたら火を止めて、こし器でこしながら瓶に入れていく。

 それを何度も繰り返し、私達の目の前には十数本の小瓶ができた。


「ま、初めてにしてはまずまずね」

「これはこの後どうするの?」

「そうねぇ……ひとまず、リーンとジルはお父さんに持って行ってあげなさい。疲れが取れるから喜ばれるわ。シャンテは……どうしましょうかね?アマンダが拗ねて家庭不和になっても困るんだけど」

「父には母に内緒で飲むように伝えます」

「それが良いわね」

「俺達はどうする?」

「そうね。お父様にもリュージュ様にも飲んでいただきたいわね」


 国王と正妃と言う立場上、とても忙しい。だから二人にもぜひ飲んでもらいたかった。


「うーん……そうねえ。お茶の時間ってあるのかしら?」

「お茶の時間……アッシュは知っているか?」


 私達は困ってアッシュを見る。するとありますよ、と返事が返ってきた。

 まだライル付きになって日も浅いだろうにアッシュは優秀な従者だ。


「そしたらあのリンゴを調理してもらってパイにでもしてもらいましょう。その時に一緒に持っていってお茶をすればいいわ。そうね、騎士団長も呼び出してもらいましょうか」

「え、大丈夫かな……」

「だーいじょーぶよぉ!陛下の頼みを断るわけないじゃない」


 あっさりと言ってのける先生にリーンが少しだけホッとした顔をする。シャンテがついでにうちの父もと言い、一緒にお願いすることになった。

 確かにみんな一緒に飲んでしまった方がいい。下手に外に持ち出して魔術師団長にバレるよりはきっといいはずだ。多分。


「せっかくだから、魔力過多の畑の成果をみてもらいましょう?実際に食べたり飲んだりしてもらえればその効果がわかるはずだわ」


 先生の言葉で今日の畑での作業は終わりとなる。

 ベルはその後もまだ作業をすると言うので、後でパイを届ける予定だ。







 ***


 ドキドキしながらお茶の時間を待つ。

 調理場は私の宮の調理場を提供した。普段から私が出入りしているから子供がチョロチョロしていても怒られないのだ。

 まあ侍女長はすこーし、眉間に皺を寄せたが。そこはぽーしょんで買収してみる。ぽーしょんを飲んだ侍女長は不思議な顔で薬の入っていた小瓶を見た。


「これを姫様達がお作りになったんですか?」

「ラステア国のレシピで作ってるの」


 だから自分達で考えたものではないと教える。


「ラステア国にこう言った薬があると聞いたことがありますね……これが我が国で作れるようになれば、助かる人も多いでしょう」

「そうなるといいなって思ってるの」

「なるほど、その為のパイなのですね?」


 侍女長はニコリと笑う。私も同じように笑った。


「そう。成果をみてもらうのよ!」


 リンゴも魔力過多の畑で作っているから何かしら良い作用があるだろうし、きっと認めてもらえると思う。

 そうすれば魔術師団長が更に畑を広げたいと言った時に広げることもできると思うのだ。もっとも仕事をサボっているようでは、出禁になってしまうが。


「姫様、こちらのレモンやオレンジ、チェリーはどうされます?」

「ああ、どうしましょう?お母様がチェリーとオレンジがお好きだと言っていたから植えたのだけど……」

「レモンは蜂蜜につけてみては?紅茶に少し入れて飲むと、体に良いですよ」

「チェリーもパイにしてみますか?それとも生で食べますか?」


 次々に聞かれて私は困ってしまった。先生を見ると、ひとまず生と加熱したものと両方作って欲しいと指示してくれる。


「まあ、加熱したから特別変わる、と言うこともないとは思うんだけどね。でも初めてのことだから念には念を入れないと……」


 そう言って出来上がってきたパイやジャムを次々鑑定していく。鑑定の魔術式は大変なのではなかろうかと思ってみていると、鑑定する合間にぽーしょんを飲んでいた。


「魔力が減ってもぽーしょんを飲むと治るの?」

「そうね。今飲んでみたけど、十分戻ってるわね」


 先生は手をグーパーグーパーと開いたり閉じたりと繰り返す。違和感はないようだ。と言うことは、もしも私が限界まで魔力を使っても、ぽーしょんを飲めば倒れたりしないと言うことだろうか?


「ねえ、カーバニル先生。魔力が戻るってことは、もし限界まで魔力を使ってもぽーしょんがあれば全快するの?」

「その分飲む必要はあるでしょうけど、魔力が減って倒れることは無くなるかもしれないわね。でも試そうなんて思わないでよ?」

「それは、まあ……」


 そっと視線をずらすとスコンと頭を叩かれる。思わず涙目になったが、先生からは絶対にダメだ、と止められた。


「ポーションは等級によってできることが違うのよ?それにポーションにばかり頼っていると、うっかり無くなった時が困るでしょう?自分の魔力量はきちんと把握して使うの!」

「はあい」

「ちゃんと返事する!魔力量を把握することは、力を暴走させないことにもつながるんだからね!」

「はい!」


 それは危ない。私は自分で自分の頬をペチペチと叩く。


『万能薬』


 その言葉を文字通りに受け止めてはダメなのだ。

 ライルが言った通り、等級があると言うことはできること、できないことがあると言うこと。

 使う方が誤った考えでは広める時に誤って広まってしまう元にもなる。

 それでは意味がない。


 広く気軽に使ってもらうには、作る側がきちんと認識してないといけないのだ。

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