第58話 フォルテ・カーバニルの初級ぽーしょん講座その1

 うっきうきなロックウェル魔術師団長を前にカーバニル先生は頭を抱えている。

 私はそれよりも、魔術師団長の後ろで正気に戻った魔術師団の人達の、今にも泣きそうな顔の方が気になって仕方がない。


「カーバニル先生……あの、お仕事平気なのかしら?」

「え?あ、ああ!そうよ仕事!!アマンダ!アンタ早く仕事に行きなさいよ!!」


 先生に言われた魔術師団長はエッ!と驚いた顔をしている。

 いやいや、最初からそう言う約束だから、泣き落としをしようとしてもダメだ。

 いい歳した大人が仕事が嫌だからとごねてはいけない。


「姫殿下……もうすこーしだけ、ダメですか?」

「ちゃんとお仕事に行く約束でしょう?」

「そうよ。早く行きなさい」


 先生はシッシと手を払う。それも何だかなあと思いながら見ていると、魔術師団長が本格的に駄々をこねだした。


「だってこんな!こんな素敵な畑を!!何もせずに帰るだなんて!!王城の執務室でこの畑を思うだけだなんて!!!悲しすぎます!!!」


 それは仕事を溜めたせいだと思う。

 師団長としての仕事はとても大変なのはわかるが、それと仕事を溜め込むのは別問題だし。このままでは畑に来るのを出禁にされかねない。

 私は先生の服を軽く引っ張り、耳を貸して欲しいとお願いする。


「先生、あのね……このままだと魔術師団長がこの畑を出禁になる日も近いと思うの。それはちょっと困るのよね」

「その場合は自業自得よ」

「でも師団長クラスの人ってとても忙しいんでしょう?」

「そうね。朝早いし、夜も遅いし。上手く周りに振り分けられれば良いんでしょうけど、女ってだけで嫌な顔するのも中にはいるのよ」


 上手に周りに振り分けられないのは、周りにも問題があるのか、と考えつつもそれなら尚更仕事を溜めている場合ではない。

 出禁になったら逆にストレスで仕事をしなくなりそうだ。


「あのね、出禁になると逆にストレスが溜まりそうな気がするの。それって困らないかしら?」

「あー……まあ、そうねえ」

「それにね、ここに来ればシャンテもいるの。あの子はライルの友達だから、私達がここに来る時は来てくれると思うのよね」


 さっきいろんな国の植物を調べてくれると言っていた。ならば彼もジルやリーンのようにここに来て畑を手伝ってくれるだろう。

 普段家でどんな交流をしてるかはわからないが、多少なりとも畑仕事を一緒にするのは交流にならないだろうか?と思ったのだ。


「そうねえ……普段、家でも忙しくしてるだろうし」

「本当は騎士団長や宰相様にも手伝ってもらいたいくらいなのよ。だって、忙しすぎて家で親子で話すことってできないでしょう?」

「……騎士団長と宰相様は意外と簡単かもしれないわよ?」

「え?」


 先生はニヤッと笑う。そして魔術師団長に向けてこう言った。


「アマンダ!アンタ、ポーション試したいんでしょう?」

「そりゃ、そうよ!」

「これからポーションを作るわ」

「え!ちょっと!?」

「そしてそれを騎士団へ渡す。アンタには仕事が終わらない限り渡さない」

「待って!何で騎士団なのよ!!」


 魔術師団長が悲鳴をあげる。それはそうだ。魔術師団長の性格ならまず自分が試したいはず。


「最近魔物が増えてる場所があるらしくて、騎士団が討伐に行くのよ。ウチの方に魔法石を作ってくれって依頼が来てるのぉ〜あ、アンタ仕事溜めてるから見てないのね。依頼書」


 ほほほほほと笑いながら先生は話を続ける。

 と言うか、かなり溜めているのではなかろうか?騎士団の依頼であれば魔術師団とて同行する必要があるのでは?

 私はハラハラした気持ちで成行きを見守る。


「残念ねえ。一番に試せなくて。でも仕方ないわ。仕事、溜めてるもの。それにその仕事が終わらなければ、アンタは討伐にもついていけない。残念ねえ」

「し、仕事なんて私が本気出せば……!!」

「その討伐先に竜種が出るって話だったのよねぇ。ついでに魔石も回収できれば、今後の役にも立つだろうに……あ、でも仕事終わってないと無理よね?」


 そう言って後ろにいた魔術師団の人達に声をかけた。彼らは一様に頷く。


「流石に無理です」

「他の者が代わりにでます」

「ポーションが試せるのであれば志願者は増えるでしょうし」

「そうよねえ。念願のポーションだもの。あ、でもアンタ仕事あるものね」


 先生がものすごい勢いで魔術師団長を煽る。煽りまくっている。

 魔術師団長はフルフルと肩を震わせ、その目には涙が溜まっていた。あまりやりすぎは良くないのでは?と先生の服を引っ張る。しかし先生が意に介した様子はない。


「さ、みんなーアタシ達は薬草とベリーの苗木を植えて、それからポーション講座よ〜」

「ず……」

「さ、姫殿下。もう良いですよ。仕事しないで出禁になったとしても、あの女の自業自得。仕事しないのに研究しようだなんて百年早い」


 そう言うと私の背中を押してみんなの所へ行かせようとする。私は本当に大丈夫なのかと先生を見上げた。

 先生は私に向かってパチンとウィンクする。


「ず、ずるいわああああああ!!!!いいわよ!!!仕事してくるわよ!!!絶対に、絶対に一番にポーション試してやるんだからああああああ!!!!!」


 後ろで魔術師団長の絶叫が響く。

 そして戻るわよ!!と言うと魔術師団の人達を連れて、先生が乗ってきていたと思われる馬に乗るとそのまま王城へ戻っていった。









 ***


 その後は、ベリーの苗木を植えて、新しい薬草の種を畑に蒔いていく。

 魔力過多がさらに過多になっていると言われた通り、種を蒔いた端から芽吹くのだ。


「はあ……実際に見ると驚愕しちゃうわね」

「ここまで過多にして作ることはないですけど……花でしたら一週間もあれば蕾がつきますよ」

「じゃあ、もうちょっと早いってことね」

「ええ。そして重大なことがもう一つ……」


 ベルが急に深刻な顔をする。私達はどうしたのだろうかとベルを見た。


「元々の畑も影響を受けたので、収穫しなければなりません」


 収穫、と言われ私は自分の畑を見る。

 ワサッと緑が眩しい薬草達。そして先に植えていた果樹も実がなっている。


「そうねえ……あまり、魔力過多の畑にそのままも良くないかしら?」

「いえ、そうではなく。収穫すべき時にしなければ味が落ちます」

「あ、そう。そうね。うん。そうだわ」


 至極真っ当な答えが返ってきて、先生はそうね、と頷く。

 確かに果物は熟しすぎも良くないだろう。でも何というか、不思議な光景ではある。自分の魔力がこんな風に作用するとは……


 本来の季節よりもだいぶ早い上に、できる時期も違うリンゴやオレンジ、レモン、チェリーが実をつけているのだ。

 これならライルが植えたベリーも直ぐに花を咲かせ実をつけてくれることだろう。


「ねえ、先生。私……お母様に食べてもらいたくて植えた果物があるんだけど、食べてもらっても大丈夫なものかしら?」

「それは鑑定してからにしましょうか。魔力が多いだけなら多分、平気でしょうけど」

「そうだといいなあ……」


 次はサクッと収穫しちゃいますよーとベルの号令で私達は薬草と果物を収穫していく。収穫用のカゴは新しくできた、前よりも立派な小屋に常備されているのだ。


 私は手近なリンゴの木からリンゴを収穫していく。背負えるカゴに入れてそれを持ち上げようとしたのだがうまくいかない。


「リンゴって……個数が増えると重いのね!?」

「お前、チェリーとか薬草にしておけよ。重いやつは俺達でとるから」

「ありがとう、ライル。ベリーがとれるようになったら頑張るわ」

「おう」


 ライルはリンゴが入ったカゴを私の代わりに背負ってくれる。そして収穫できたものは一旦、馬車に積んで置くことにした。

 馭者の人達も量の多さに驚いている。


 果物は先生の鑑定の結果、特に問題なく食べられると言われたが健康面に良い影響が出るとも言われた。


「健康面に良い影響?」

「例えば食欲がない時に食べると、胃腸に優しいとか……そんな感じね。調理法で変わったりするのかしら?火を入れた状態も確認したいわね……」

「悪い影響が出たりはしないかしら?」

「ええ、それは平気。元々魔力は人の体にあるものだから。良い影響は出ても悪い影響は余程食べすぎたりしない限りないわね」

「でも食べすぎるとあるの?」

「体が魔力過多になるわね」


 体が魔力過多とは?と首を傾げると、先生は丁寧に教えてくれる。

 人の器には魔力を保有できる量が人それぞれ決まっていて、それを超えたら魔力過多になるらしい。

 魔力過多になると、鼻血が出たり、常に興奮しているような状態に陥るのだとか。それを発散させるには魔力を使うしかない。


「意外と簡単に元に戻るってこと?」

「そうね。単純に興奮してる状態みたいなものだから」

「暴走状態にはならないのか?」

「不思議とそうなる前に人間の体はプツッと意識が切れるようになってるのよ。防衛本能ね。ただ、これは魔力過多の時の場合。魔力量が元々多くてその上での暴走はあり得るから、ちゃんと力をコントロールする必要があるのよ」


 私達はなるほど、と頷いた。

 魔力過多の時は器が限界を訴えてるから防衛本能が働くけど、自分の器から超えてるわけではない魔力はそれに該当せず、暴走したら大変なことになるのだ。


 私は自分の手をジッと見つめる。


 私は魔力量が人より多い。王族だから、と言うのもあるだろうけど、訓練することでさらに増えている。暴走させないようにきちんと訓練しなければ、大事な人を傷つけることになるのだ。


 その時、ポンと肩を叩かれる。


「大丈夫、そのためのアタシよ?」

「しっかり勉強します!」

「よろしい!それじゃあ早速、ポーション作りましょうか!」

「え、本当に作るの?今から?」

「あったりまえでしょう?アタシだって試したいわよポーション」


 そう言うと普段はつけてない腰のベルトについていた小さなポーチの中から一つの箱が取り出された。どうやらマジックボックスだったらしい。

 箱の中に綺麗に準備された実験器具達。こんなものを普段から持ち歩いているのだろうか?


「も、持ち歩いてるんですか?」


 私が思ったことをジルが代弁してくれる。しかしシャンテは当然のことのように普通じゃないか?と返した。


「そうよ〜魔術師なら普通よう」

「そ、そうなのね?」


 職業によって普通も違うんですよ、と言っていたユリアナの言葉を思いだす。

 きっと魔術師の普通なのだ。うん。


「あそこの四阿あずまやを借りましょうか」


 すっかり新しく出来上がった四阿あずまやに薬草を持って向かう。ベルに水を汲んでくれるよう頼むと、先生は実験器具を四阿あずまやのテーブルの上に広げる。


「まず、初級のポーションを作りましょう」

「初級は一番ランクが下のぽーしょんね?」

「そう。ポーションの色は青いの。で、ランクによって青い色が変わる。作り方が違うから間違うこともないわ。初級は空色、中級は明るい青、上級は濃い青ね」


 そう言って初級のレシピをポーチの中から取り出すと私達に配る。何だかとても用意が良い。もしかしてこんな風になることを予想していたのだろうか?

 チラリと先生を見るとニヤリと笑った。

 そうか……先生もぽーしょんを作りたかったのか……


 きっと機会を窺っていたに違いない。

 魔術師団長の性格もよくわかっているし、当然と言えば当然か。


「さあて、じゃあ説明するわよーよく聞いて、危なくないようにね」


 みんなで揃って返事をする。ちゃんと集中しなければ。せっかく教えてもらうのだから、ちゃんと成功させたい。


「まず、必要な薬草を用意します。初級は五種類必要よ。中級以上はまだ育ってないから今度ね。それで、薬草をビーカーに入れやすいように少しちぎりながら入れる。はいやってみて」


 私達は言われた通りに自分の前にあるビーカーに五種類の薬草を手でちぎって入れる。葉っぱ特有の青臭い匂いがするのかな、と思ったけど意外と良い匂いだ。


「それから水をこの目盛りまで入れてね。そーっとよ」


 それぞれ言われた通りに水を入れていく。多くなった場合は薬草が流れ出ないように気をつけて減らせば良いと言われた。


「で、次が重要。魔力を入れる。ゆっくり、そーっと入れてみて」


 そう言って先生が自分のビーカーに見本として魔力を入れていく。ふわりと魔力が水の中に伝わり、空色に変わった。

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