第57話 小さくとも有意義な野望

 なんとかロックウェル魔術師団長を説得して、魔力過多の畑を先に作って見せてから仕事に戻ってもらうことになった。


 魔術師団長は畑を作る用の魔法石を私の手に置く。

 前回使った石より何だかお高い感じがする。これだけ良い石を使えば同じ力を入れても前より早くできるかもしれない。


 私はベル指導の元、畑にする予定の土地にしゃがみ込む。

 そして目を閉じると手の中の魔法石に集中する。


 スッと自分の中から魔力が抜けていく感覚。

 でもまだ、まだ大丈夫。もっといける。もっと早く、もっと隅々まで、魔力を行き渡らせなければ————!!




「姫殿下!も、もう大丈夫です!!」




 慌てた声のベルに止められて、魔法石に魔力を入れるのを止めた。

 辺りを見回せばなんだか土がキラキラと光って見える。

 前はこんなキラキラしていなかったはず。はて、どうしてだろうか?


「えーっと……成功した?」


 念のため、ベルに確認する。彼は何度も何度も頷き、さらに私の体調を気遣ってくれた。


「姫殿下、お体に何か違和感はありませんか!?」

「ないわ!むしろもっとやっても平気だと思う」


 大丈夫よ、と言って立ち上がり手の中の魔法石を確認した。

 うん。壊れてないわね。壊れていたら弁償できないもの!内心で拳を握りながら私は安堵する。


 それから魔術師団長とカーバニル先生を見ると二人ともポカンとして口を開けていた。一緒にいた魔術師団の人達も。

 何かおかしなことをしただろうか?と首を傾げつつベルを見る。


「私、何かおかしなことした?」

「いえ……その、魔力過多の畑が過多すぎると言いますか……」

「魔力過多の畑がさらに魔力過多ってこと?」

「ええ。隣り合ってた元の畑まで巻き込むほどの魔力量だったので、畑が光って見えますね……」

「あ、やっぱりこれは私の目がおかしいわけじゃないのね?」


 キラキラと土が光り輝いて、何だか土ではないみたいだ。魔法石をポケットに入れてから、私は土を手で掬ってみる。

 ふわっふわでしっとりとした柔らかい土。

 こんな土ならお野菜も果物もよく育ちそうだ。


「ねえ、ベル。畝を作らないといけないのよね?」

「あ、え、ええ……本当に大丈夫ですか?」

「ええ。全然平気よ?」


 そう言ってその場に立ち上がるとぴょんぴょんとジャンプしてみせた。


「私、普通よりも魔力量が多いみたいなの」

「はあ……それにしても、これほどとは……」


 ひとまず、魔術師団長を仕事に戻すためにも畑を仕上げてしまわなければいけない。私はベルから畑を整えるための魔法石を借りると、先ほどと同じように魔力を込める。

 ただし今度はゆっくりとやってください、とベルに注意されたからゆっくりと、少しずつ範囲を広げていく。


 畑は私の目の前でムクムクと膨れたりへこんだりして、等間隔の立派な畝が出来上がった。

 もちろん果樹を植えるスペースはちゃんと取ってある。


「ルティアは……すごかったんだな」

「そうかしら?ライルだって、魔力が上手くコントロールできるようになればこれぐらいできるようになるわよ。私達、魔力量多いもの」

「そう、かな……俺も、できるだろうか?」

「殿下、精進あるのみです」


 アッシュに背中をポンと叩かれ、ライルはコクリと頷いた。


「俺も、上手くできるようになったら父上に畑を頂けないかお願いしてみる。俺は花も植えてみたいんだ。母上の好きな花を」

「その時は私も力になりますよ。なんせ本業は花師ですからね」

「うん。その時はお願いします」


 そう言うとライルはベルに向かって頭を下げる。その姿を見たジルとシャンテ、リーンは驚いたように目を瞬かせた。

 私は三人に向かってにっこりと笑う。


「きっとライル一人じゃ大変だから、三人も手伝いに来てあげてね」

「ル、ルティア!?」

「あら、だってちょうど良いじゃない?みんなで勉強しながらできるもの」

「そうですね。その、虫は……ちょっとアレですけど、でも学びながら覚えられるのは良いことです」

「俺も!魔力過多の畑作ってみたい!!」


 ジルとリーンが手伝うと言うなか、シャンテだけが少し暗い顔をする。


「シャンテは、畑仕事好きじゃないかしら?」

「あ、いえ……その、私は……そんなに魔力量が多い方ではないので」

「そうなの?なら何が好き?」

「え、な、何が好き、ですか?」

「そう。何が好き?」


 私の問いかけに、口元に手を当てて考え始めた。そして、ポツリと他の国のことに興味があると。


「あら、それなら他の国で栽培されている野菜とか果物を調べてくれる?」

「え?」

「取り寄せられるなら、取り寄せて、一緒に畑に植えましょう?」


 上手く育ったら、その国のレシピも調べて調理して貰えばいいと言えばシャンテは驚いた顔をした。


「その、おかしく……ないですか?」

「何が?」

「私は……魔術師団長の息子なのに、魔力量もそんなにないし、魔術にもあまり興味がないんです」

「別に魔術師団長の息子だから、魔術に興味がなければいけないわけじゃないでしょう?世襲制じゃないんだもの。その時、一番相応しい人が魔術師団長になるわよ。自分のしたいことがあるならそれで良いじゃない」


 そもそも魔術師団長だって、実力で魔術師団長になったのだ。

 シャンテ本人が望まないのに無理に押し付けたりはしないだろう。そもそもあの魔術に対する熱量は尋常じゃない。どう考えても同じようにするのは無理だ。


「もしも、将来的にシャンテが外交に携わる仕事についたなら、いろんな国のいろんなレシピを知ってて、食べたことがある、美味しいですよね、って言うだけで話は弾むと思うわよ?」

「そんな簡単にいくものでしょうか?」

「誰だって故郷の味を褒められて悪い気はしないわよ。それに試してみたんですが、これが苦手だったんです。もっと美味しく食べられるレシピはありませんか?とも聞けるじゃない?」

「料理は会話の幅が広がりますからね。服や装飾品は知ってて当然ですが、料理の味までになると相手も気が緩むものですよ」


 アッシュが私の言葉に付け加えてくれる。シャンテはライルにも、したいことができるうちにした方が良いぞ?と言われ少し恥ずかしそうに頷いた。


「そうですね。確かに、外の国を見て回りたいなら知っていた方が良いですね」


 その言葉に残りの二人はかわるがわる肩を叩く。


「そしたら僕が種の手配をしようかな」

「俺と殿下で畑作りですね!」

「そうだな。今はまだルティアと魔術師団の畑に間借りする形だが、ちゃんと魔力コントロールできるようにして父上に畑を頂けないか頼んでみる」

「その時には、どうして畑が必要なのか、ってちゃーんとお父様に言った方が良いわね。ただ欲しい、だけじゃくれないわ」

「そうか……ルティアは、父上達を助けた褒美にもらったんだもんな。理由、そうか何か理由が……」


 どうしようか、とライルが考えているとジルが手をあげる。


「殿下の考えがまとまったら声をかけてください。どうして欲しいのか、何をしたいのか、それを上手くまとめて陛下と父に提出して見せますので!」

「そうか。ありがとうジル」

「沢山いろんな作物を育てて、どんな影響が出るのかも知りたいものね。それに他の国のレシピはとても興味があるわ!」

「まあ、食べ物以外も育てるけどな。花とか」


 食べ物だけじゃないんだぞ、と念を押すようにライルが言う。そんな食いしん坊じゃないわよ、と私は口を少しだけ尖らせた。


「とりあえず、これで畑は出来上がったし後は新しい薬草とライルのベリーを植えないとね」

「その前に、母を仕事に戻さないといけません」

「あ、そう言えばそうね」


 魔術師団長達に視線を移すと、未だに呆然としている。私はベルを見上げ、やっぱりおかしかったのだろうかと問いかけた。


「まあ、ここまでの畑は余程特急で無ければ作ったことがないですからね」

「あら、作ったことはあるの?」

「ここまでではありませんが、数人でこの面積の半分ほどを作ったことがあります。かなり早く育ちますよ」

「そ、そうなの……?」


 一応経験のあることなら良かった、と胸を撫で下ろす。

 魔力量の違いはもう仕方がない。私の魔力量が多いのは既にわかっているだろうし。

 私は魔術師団長の前にいくと顔の前で手をひらひらと動かしてみせた。


「魔術師団長、約束したでしょう?見たのだからお仕事に戻って?」


 そう言うと魔術師団長は俯き、肩がプルプルと震えだす。どうしよう。どうすれば良いのかしら?シャンテに視線を向けると、口をパクパク動かしている。


『は・や・く・に・げ・て』


 早く、逃げて?とはどう言うことだろうか?離れた方がいいと言うことなのか?

 それはまたどうして?と頭の中に疑問符が浮かぶ。

 ひとまず離れようと、体の向きを変えた時————


 ガシッ!と腕が掴まれた。


「……ヒッ!」


 思わず悲鳴をあげてしまったのは仕方ないと思う。魔術師団長がすごい顔で私を見ているのだ。


「姫、殿下……」

「な、何かしら?」

「こんな、こんな————すっ!!」


 すっ、と言いかけた所で先生が後ろで魔術式を展開した。

 そしてパタリ、と魔術師団長が倒れる。思わず避けてしまったけど、悪いことをしてしまった。

 流石に支えられないけど、畑に顔面から突っ込むのは淑女としては問題があるだろう。


「カーバニル先生……?」

「ふう、危なかったわね」

「危ない?」

「この女、暴走すると大変なのよっ……とぉ!ちょっとぉ!!危ないじゃない!!」

「危ないのはこっちよ!!」


 顔から服から土だらけにした魔術師団長の拳が先生の前を横切る。

 ギリギリのところで先生が避けたわけだが、殴られても仕方ないことをしたと思う。土まみれにされて怒らない人はいない。


「それよりも!アンタ、何を渡したの?」

「な、なんのことかしら〜」


 魔術師団長はピューピューと下手くそな口笛を吹く。すると、先生が私に魔法石を見せて、と言ってきた。

 私はポケットに入れていた魔法石を先生に手渡す。

 すると先生はそれをジッと見つめてから、小さな声で「鑑定」と呟いた。


 先生の手元で小さな魔術式が展開される。

 きれいだなーと覗き込んでると、先生が急に大きなため息を吐いた。


「先生?」

「アマンダ、アンタよくもやったわね?」

「だ、だってぇ……一番効果の出る石でやったらどうなるか見てみたいじゃない?」

「どう言うこと?」

「これはね、魔石なの」

「ませき?」


 聞いたことのない言葉に首を傾げると、魔石とは宝石と同じで魔術式を入れられる物だと教えてくれる。ただし魔物の核なのでそう簡単には手に入れられない。

 値段的には質の良い宝石よりも魔石の方が高いそうだ。


「ただ一つ難点があってね」

「難点?」

「魔術式を入れるのに、属性が関係するの」

「属性って水とか土とかの?」

「そっ、魔物にも属性があるから例えば水竜の魔石に火系の魔術式は入れられない。その逆も同じで火竜の魔石に水系は入れられないの」


 扱いづらいが、それでも魔石が珍重されるのは質のいい宝石よりも丈夫だから。

 ただし流通量が限られてくるので、属性に合わせた魔石を探すよりも質のいい宝石を探して魔術式を入れた方が手っ取り早いそうだ。


「どっちも良いところがあって悪いところがあるのね」

「そうよ……そしてこれは地竜の魔石」


 そう言って先生が私に魔法石を渡す。地竜の魔石なら土系の魔術式と相性が良いと言うことだ。


「あら、じゃあもしかしてものすごく早く畑ができたのはこの石が魔石だったから?」

「そのとーり!でもね、普通はこんなことに魔石は使わない。なんせ貴重だから。それを!この女は自分が見たいがために入れてしまったのよ!!」

「あら、だって魔術師団で使う畑だもの!必要経費必要経費!!」


 魔術師団長は軽く言っているが、本当はダメなんじゃなかろうか?チラリと先生を見ると額を手で抑えている。


「アンタは本当にもー……」

「フォルテだって良いものが見れたでしょう?」

「そう言う問題じゃないわよ!!」

「でもこれがあれば、魔力補助にもってこいだし、壊れるまでは魔力過多の畑を作り放題よ?」

「どこまで広げるつもりなのアンタ……」

「だあってえ……ポーション作るなら、上級まで作りたいじゃない」


 そして自分で試すの!!と魔術師団長は拳を空に突き上げたのだった。

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