第56話 魔術師団長の悲喜こもごも

 兄様とアリシアとしたお茶会から二日経った。

 今日は朝からライルと一緒に、ロックウェル魔術師団長と合流して魔力過多の畑を作ることになっている。

 ライルは自分で発注したベリーの苗木を抱えて嬉しそうだ。

 ちゃんとベルにも自分で面倒を見るから教えて欲しいと、頭を下げに行ったと聞いている。


 わからないこともまだまだたくさんあるけれど、今は前に比べればかなり良い方向に向かっていると思うのだ。

 前まではライルとこんな風に土いじりができるなんて想像すらしなかったわけだし。


 それでも、ライルがしたことを忘れたわけではない。

 悪いことをしそうになったらきちんと叱らなければ、同じことの繰り返しになってしまう。周りにいる人達でちゃんとライルを見守っていかなければいけない。


 もちろん、それは私も同じだ。


 清く、正しく、と言うのはとても難しい。

 でもなるべくなら、人に言えないようなことはしないで過ごしたいものだ。




「そう言えば……ロックウェル魔術師団長が制服を着てるの初めて見たわ」


 私と一緒の馬車に乗った魔術師団長は、いつもの白衣姿とは違い、カーバニル先生が着ている制服と色違いのものを着ていた。

 先生の制服のメインカラーは紫系だが、魔術師団長の着ている制服は紺系だろうか?それ以外はローブをとめる金具部分が少し違うように見える。


「あー実はこの後、魔術師団に顔を出さなければいけませんの」


 苦笑いを浮かべながら、魔術師団長は私に言う。

 師団長クラスの人はとても忙しいと聞いている。だからもしかして急な仕事でも入ったのかしら?と私は心配になってしまった。


「魔術師団長、もしかして急なお仕事が入ったの?それならベルと私達だけでも大丈夫よ?」


 そう言うと、魔術師団長は私の手をぎゅうっと握る。


「姫殿下、そんな殺生なことを言わないでくださいいいいい!!私とても楽しみにしてるんです!!!」

「そ、そう……?」

「魔力過多の畑ですよ!?実は花師達が人工的に作っていたなんて、そんなことも知らずに私は長年生きてきたんです!!それが!!今日!目の前で見られるのです!!これを楽しみにここ数日生きてきたんですからっっ!!」


 この間、畑を元に戻した時の方が凄かった気がするが……

 そんなに楽しみにするようなことなのかな?と思ってしまった。人の価値観は人それぞれですよ、とユリアナも言っていたのでそう思うことにする。

 それだけ魔術師団長は魔力過多の畑が好きなのだ。うん。


「そ、そう言えば……ライルの植えるベリーの他にも果樹を植えても良いって本当?」


 今は別の馬車に乗っているライルのことを話題に出して、話を無理矢理変える。


 ちなみにライルが別の馬車に乗っているのは、ベリーの苗木を畑に植えるまでの間、離宮で世話していたためだ。

 ライルとアッシュが乗っている馬車の半分はベリーの苗木でうまっている。

 でも不満は一切言わなかった。逆に、揺れないようにゆっくり行って欲しいと馭者に頼んでいたくらいだ。


 だからもう少し増やせるなら増やしてあげたいな、と思う。


「ええ、魔力過多の畑ではポーションの材料になる薬草以外にも、色々と育ててみたいんです。どんな風に影響が出るのか確かめたくて」

「魔力過多の畑だと、普通の作物も普通じゃなくなるのかしら?」

「そうですね……鑑定してみないとわかりませんが、体に害を及ぼすことはないと思います。どちらかと言うと、良い方向に反応が出るんじゃないかと」


 確かに薬草は体に良いものだ。それが魔力を含んで更に効能を上げるのだとしたら、他の果物や野菜も同じように良い効能が出るかもしれない。


「魔力過多の畑って実はものすごく、凄いことなのね?花師達も、きっと自分たちがそんな凄いものを作ってたって知ったら喜ぶわ」

「ラステア国でも魔力溜まりを加工して作ってるだけですからね。それが人の魔力だけでできるとなったら凄い発見です!!」

「じゃあ、普通の畑も魔力過多の畑にしたら収穫量とか上がるのかしら?あ、でもあまりやりすぎると市場が混乱?しても困るわね」

「例えば、加工する食品だけ魔力過多の畑で作るとかなら平気じゃないでしょうか?」

「加工する食品……例えばジャムとか?」


 そう聞くと、魔術師団長はにこりと頷いた。

 魔力過多の畑で作る作物が通常の時期とズレたりする可能性があり、普通の畑で作っている作物が売れなくなるとこれは困る。

 全部の畑を魔力過多の畑にはできないからだ。


 その点、加工された食品は年中買える方がいい。値段もその分、決まった価格に据え置けば食生活も豊かになるだろう。


「もしかしたら魔力過多の畑で作られた食物は加工することで更に持ちが良くなるかもしれません。これは追々研究しなければいけませんので、サンプルは沢山あった方が良いんです」

「だからもっと植えても良いのね?」

「是非とも!色んなサンプルをお願いします!!」


 こう言うところを見ると、魔術師団長は研究者なのだなあと感じる。

 魔術師団は魔術式研究機関と違って、騎士団の騎士達と一緒に魔物討伐にも向かうことがある危険な職業だ。それなのに魔術師団長は魔術師団長をやっている。

 研究もできて、魔物とも戦えるなんてとても凄いことだ。


 馬車が止まり、馭者からつきましたよ、と声をかけられる。

 扉が開いて、中から出ると何故か畑の側にカーバニル先生が仁王立ちで立っていた。

 そして先生の後ろには魔術師団長と同じ色の制服を着た人達がいる。


「カーバニル先生、ごきげんよう。今日は授業の日じゃないわよ……ね?」


 一瞬間違えてしまったかと確認をしてしまう。先生はいつも通りのにこやかな笑顔を浮かべて、大丈夫よ、と言ったのだが……魔術師団長が馬車から下りた瞬間、その顔が鬼の形相に変わった。



「みーつーけーたーわーよー アマンダっっ!!」


「ヒッ!!」



 先生の怒声が畑中に響く。少し遅れて到着したライルはベリーの苗木を抱えながら何事かと私に聞いてきた。

 私はライル達と一緒に魔術師団長達から少し距離をとる。


「どうしたんだ?」

「わ、わからないわ。何だか魔術師団長が先生に怒られてるみたい」

「怒られ……?いや、でも今日の予定は元々ちゃんと立ててたんだよな?」

「そうよ。予定を合わせてるんだけど……でも、ほら、制服を着ているからいつもとちょっと違うなって。一応確認したんだけど、終わってから魔術師団に寄るって言ってたわ」


 コソコソと二人で話していると、ベルに連れられてジル、シャンテ、リーンがやって来た。彼らと約束した覚えはないが、ライルが呼んだのだろうか?

 ライルを見ると、俺じゃない、と首を左右に振る。


「ライル殿下、ルティア姫殿下、おはようございます」

「おはよう。その……魔術師団長はどうしたのかしら?」


 私の問いかけに、シャンテが深いため息を吐いた。


「逃げたんです」

「逃げた?」

「仕事から、逃げたんです」

「仕事から……逃げる?」

「簡単に言うとサボリですよ。サボリ」


 リーンが笑いながらそう答える。

 それは笑いごとではないのではなかろうか?逆にどうして仕事をサボってまでこちらに来てしまったのか!!


「あの、私……数日前に魔術師団長とお話ししてこの日を決めたんだけど、ダメだったのかしら?」

「いえ、姫殿下のせいではありません。単純に母が!仕事を溜め込んだだけです!!」


 ジルに落ち着け、と背中を叩かれると、シャンテは両手で顔を覆ってしまった。

 きっと魔術師団の人達が魔術師団長を捕獲しにシャンテの家に行った時には、既に王宮に行った後だったのだろう。

 そして事情を聞いたシャンテは、確実に畑に現れると踏んで待っていたのだ。

 魔術師団の人達と一緒に……

 ジルとリーンはそれに付き合ったのだろう。


「あら、でもどうしてカーバニル先生も一緒なの?確か接触禁止令がどうとか言っていなかった?」

「ああ、一応最近解かれたみたいです。姫殿下の様子を確認するのにどうしても話す必要があるからと」

「私?」

「今のところ、魔力過多の畑を沢山作れる方は姫殿下くらいですからね」


 姫殿下は母の研究対象なんですよ、と言われちょっとだけ複雑な気持ちになった。まあ、うん。魔力量があって、ある程度、時間に融通がきくのは私ぐらいなのはわかるんだけどね。

 そうか。研究対象なのか……



「いやよおおおおおおっっっ!!!!!」



 魔術師団長の悲痛な叫び声が畑に響き渡った。


「嫌じゃないわよ!!アンタは自分の責任を果たしてらっしゃい!!」

「そう言って私の代わりに姫殿下が魔力過多の畑を作るところを見るつもりなんでしょう!!!!私だって見たい!!!」

「とーぜんでしょうっ!!姫殿下はアタシの生徒。生徒が実験をするところを見守るのも先生の役目よ!!!」

「アンタいっつもそうやって私の代わりに美味しいところ持っていくんだもの!!私だって姫殿下の先生になりたかった!!!!」

「そうやって吠えてなさい!アンタは仕事!アタシがじっくり見ててあげるわ!!」


 おーほっほっほっほっほっ!!と顔に斜めに手を添えて先生が高笑いをする。魔術師団長はローブの端を噛み締めてキーッ!と悔しそうに先生を睨む。


「おかしいわね……取り合いになってるんでしょうけど……珍獣扱いされている気分にしかならないの」

「俺も、アレじゃ羨ましくはないな……」


 ライルに憐れみの視線を向けられ、アッシュはライルの後ろにしゃがみ込みお腹を抱えて笑っている。

 ジルは視線をずらし、リーンからは生温かい目で見られ、シャンテに至っては顔を両手で覆って耳まで赤くなっていた。

 そして小さな声で「母がすみません」と謝ってくる。


「いいのよ。シャンテが悪いわけじゃないもの。みんな……研究熱心なだけよ」

「そうだな。うん。本人も気にして、ない?みたいだし……そんなに落ち込むなよ」


 ライルは私に視線を寄越して確認してからそう言うと、シャンテはまた「すみません」と小さな声で謝った。


「でもどうしましょう?魔術師団長は見たいけど、仕事があるのよね?」


 仕事をサボってまで付き合ってもらうのは流石に不味い。せっかくお父様からぶん取った土地なのだ。サボるような人には貸せません、となったら困る。


「どうしたらいいかしら?」


 うーんと考えていると、ベルが私に体調に問題はないかと聞いてきた。


「ないわよ。すごく元気。今日も楽しみで早く目が覚めてしまったぐらいだもの!」

「なら、直ぐに見せて差し上げれば良いかもしれませんね」

「魔力過多の畑を作るところを?」


 でも確か今回の土地は前より広いのではなかったか?と尋ねると、やり方は前回と同じだが魔法石がグレードアップしてるので前回よりもやりやすくなったはずだと言われる。


「そうか。魔法石が良くなると、魔力量が少なくても同じ効果が得られるものね。つまり、前と同じぐらい入れたら一気に仕上がる?」

「そうですね。ひとまず、早めに畑を作って植えてしまいましょう。せっかくのベリーの苗木が可哀想です」


 そこで魔術師団長が可哀想だと言わないところが花師なのかもしれない。

 ライルが大事そうに抱えている苗木を見て、よく世話をされてますねとライルを褒めている。


「魔法石は魔術師団長が持っているから、私が行ってくるわ」

「あ、ああ。なんか悪いな」

「ううん。私も早く植えたいもの」


 そう言って笑うと魔術師団長達の元へ向かう。

 魔術師団長は私を見ると姫殿下ああああ!!と泣きついてきた。泣きつかれても仕事がなくなるわけではないので非常に困る。


「魔術師団長、お仕事をサボってはダメだと思うの」

「で、ですけどね?終わったらいくつもりだったんですよ?」

「アンタそう言って居座るでしょっ!」


 アタシにはわかるのよ!と先生が怒った。確かに、植えるところまで見ていきそうな気はする。

 私は魔術師団長に、前より石が良くなってるから魔力過多の畑は直ぐできるんじゃないかと教えると、魔術師団長はパッと顔を上げた。


「カーバニル先生、多分、ここで言い合いをしているよりも先に作ってしまった方が早いと思うの」

「まあ、それは……そうなんだけどねえ」

「魔術師団長、見終わったらちゃんとお仕事に戻るわよね?」

「ええ、ええ!もちろんです!!」

「と言うわけだから、少しだけ待ってもらえて?」


 魔術師団長と同じ制服を着ている人達に声をかける。

 するとその人達は泣きそうな顔で両手を顔の前に組むとお願いします!と言ってきたのだった。





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