第55話 第一王子の憂鬱(ロイ視点)
ルティアやアリシア嬢とのお茶会を終えて、僕は自分の宮に戻る。
宮に戻ると、一緒に過ごしているライルがアッシュと他の侍従や侍女達と一緒に僕を出迎えてくれた。
「お帰りなさい、兄上」
「お帰りなさいませ、ロイ様」
「ただいま、二人とも。今日の成果はどうかな?」
そう問いかけると、ライルはアッシュに作ってもらった石10個中3個は壊さずにできるようになったと教えてくれる。
前は全部壊していたので、なかなか順調な滑りだしだ。
これなら近いうちにちゃんと魔力を制御できるようになるだろう。
「ライルは良く頑張ってるね。そのうち僕が魔法石を作る必要も無くなってしまうかな?」
「早くそうなると良いんですけど……まだ上手くはできないので、もう少し待ってください」
「いいよ。僕の練習にもなるからね。それにルティアと一緒に魔術の勉強も始めただろ?カーバニル先生は厳しいけど、教え方が上手い方だと聞いているからきっと直ぐに上達するさ」
そう言うとライルは嬉しそうに笑って頷いた。
彼の頭を優しく撫でてから、一緒に夕飯を食べる。その日あったことを話しながら食べるので、ライルの日常にはだいぶ詳しくなった。
もちろん侍従長からの報告もちゃんと確認している。
その中で思うのは、ライルは育った環境が問題だったのだと言うこと。
あのまま、母上が亡くならなければ……ライルは僕達と一緒に育っていた。そうすればあんなことは起こさず、もっと早くに今の状態になっていたのに。
それだけが残念でならない。
食事が終わり、部屋に戻る。ライルはまだ特訓するのだ!と楽しそうに話していたから、アッシュがちゃんと面倒を見てくれるだろう。
ライルとアッシュの相性が良さそうで安心する。
「ロビン、チェスの用意をしてくれるかい?」
「もうできてますよ」
その言葉に僕は、小さく息を吐く。さすが僕の従者は察しが良くて助かる。
「ロビンも前に座って、君の意見も聞きたいんだ」
「ええ、構いませんよ」
そう言うとロビンは僕の前の席に腰を下ろす。
ルティアやアリシア嬢は気が付いていなかったが、ロビンはすぐ側でずっと僕らの話を聞いていた。それがロビンの役割であり、母上からロビンが頼まれたことだからだ。
実を言うと、僕は普通の人に比べるとかなり記憶力が良い。
物心ついた、と言うよりはルティアが生まれる前後の記憶から覚えている。
普通ではありえないのだろうけど、この秘密を知っている母上からは「あなたはローズベルタの血が濃いのね」と言われた。
どうやらローズベルタ侯爵家では僕のような特異な才能を持った者が生まれるらしい。
僕の場合は記憶力。
ただ問題は、例え一度読んだ本が直ぐに覚えられたとしても、直ぐに使えるわけじゃないってこと。
経験してないことは幾ら頭の中に情報として入っていても使うことはできない。
本当にただ記憶力が良いってだけだ。
「ねえ、ロビンはライルが僕達と一緒に育っていた時のこと……覚えている?」
「それって6〜7年ぐらい前でしたっけ?うーん……俺も7〜8歳の可愛い盛りでしたからねえ。ちっこいのが転がってるとしか……」
「まあ、そんなものだよね」
「ロイ様は覚えているんでしょう?」
「うん。母上がライルの乳母代わりをしていたのを覚えている。あの時はどうしてそんなことするんだろうって不思議だったけど」
「普通は別に乳母を用意するもんですからね」
「そう。普通はね」
カツン、と盤上のクイーンを前に動かす。これはリュージュ妃。彼女のことはたまに僕らの元を訪ねてくる人、と言う認識だった。
そしてライルの母親であると。
母上とリュージュ妃の仲は良好で、安心して預けられる人だったからこそリュージュ妃は母上を乳母の代わりにしたんだと思う。
ちょうど、ルティアと差もないことだし。
僕は元々、ライルが僕らと兄妹ではないと気づいていた。それは父上の態度が母上とリュージュ妃とでかなり違ったからだ。
母上が亡くなった後、父上を支えたのは確かにリュージュ妃なのに一貫して態度が変わらなかった。
理由を聞けばなるほど、となるんだけど……
「僕はね、母上も……殺されたんじゃないか、ってずっと思っている」
「————可能性、の話ですか?」
「いや、確実にそうするだろうなって話」
例え子供がいても、正妃として表に立っていても、フィルタード侯爵家にはリュージュ妃がお飾りの正妃であるとわかっていただろう。
父上は母上と一緒になりたくて王家を出た身だったし。
今は、正妃としての仕事を代わることはできないが、いずれ成り代わられる可能性を考えたに違いない。
邪魔、と思われてもおかしくないのだ。
「カロティナ様は……めちゃくちゃ元気な方でしたからね。風邪すら引いたことがない、優良健康児だったって母から聞いてます」
「そうなんだよね。なんせ妊娠中でも森に行って自分で魔物を狩って、魔石を手に入れてくる人だから」
魔石、とは良質な宝石の代わりとなる石のこと。魔物の核のようなものだ。
同じクラスの宝石よりも魔術式を入れて使うには、魔石の方が頑丈で壊れにくい。ただし、入手するのが大変なので宝石よりも値段はする。
魔物を狩れば取れるのだし!と自分で採りに行くような人が果たして衰弱して死ぬだろうか?
産後の肥立が悪かったんだろうと医者は言っていたらしいが、ルティアを産んでから3年だ。いや、正確には体調を崩し始めたのは死ぬ1年前から。
そして亡くなり方が伯父上とよく似ている。
疑うな、と言う方が難しい。
「フィルタード侯爵家が、王家に成り代わろうとしていると思う?」
「可能性は、あるでしょうね。でなけりゃ、フィラスタ様も生きてたでしょうし」
「そうだよね。伯父上は体こそ弱かったが革新的な考えをする方だった」
「今ある草案も大体がフィラスタ様発案のものですしね。それをゆっくりとではありますが、陛下が形にしようとしている」
ロビンがカツン、と駒を動かした。
フィルタード侯爵家
この国を作る時に、一緒に作った始まりの家の一つ。
「権力って、欲しいものかな?」
「普通は欲しいでしょうね」
「即物的ってこと?」
「いや、疑問……だったんじゃないっすか?」
「一緒に国を作ったのに、片方は王で片方が臣下なことが?」
「ええ。本当なら、そこにいたのは自分だったかもしれない、って夢見てしまったんでしょうねえ」
人間の欲は際限が無い。
今までは戦争があったり、自らの土地を安定させることに尽力していて、そんなことを考える暇はなかったのだろう。
でも平和な時代が長く続き、ふと、どうしてそこにいるのは自分ではなかったのだろう?と考えてしまった、と言うことか?
「リュージュ妃が、僕らを後宮から離宮に移したのは守る為だった、と言っていたけど……彼女も疑っていたのかな?」
「可能性は高いですねえ。きっとフィラスタ様のことも疑っているでしょうし」
「リュージュ妃は向こうに取り込まれないと考えても良い?」
「ライル様が、不慮の死を遂げない限りは」
カツン、とまた駒が動く。
そう。多分、リュージュ妃の今の生きがいはライルの成長。
今までうまく向き合えてこれなかったのは、リュージュ妃がフィルタード侯爵家でそう言う風に扱われていたから。
人間は自分の経験のないことに疎い。それを母上が補い、ゆっくりと教えていくつもりだったのだ。
それが母上の死でダメになった。
「彼らは的確に、刈り取ってるね」
「そうですね。王家にとって必要な人物を消している気がします」
お祖父様の死は、病気だったと聞いている。体調が優れないのを隠して政務を行なっていたせいで、気がついた時には手遅れだったと。
伯父上の死は、故意である可能性が高い。
母上の死も。
王家にとって必要な『人』
うまく回っていた歯車が、その人が欠けたことにより不調をきたす。
「————ロビン」
「何です?」
「ルティアの従者も早めに決めて欲しい、ってお祖父様に連絡を入れてくれないか?」
「姫さんの……ですか?」
「僕にはロビンが、ライルにはアッシュがいる。でもルティアにはユリアナだけだ。ユリアナは確かに強いけど、一人だけでは心許ない」
「次は……姫さんだと?」
「それこそ、可能性の問題だよ」
母上が抜けた穴をルティアが代わりに埋めようとしている。
その歯車はとても上手く回り、きっと良い方向に転がるだろう。なんせあのルティアだ。
母上そっくりの性格の、我が道を行く子だからこそ僕らにはできないことをしてしまう可能性がある。
「旦那様には至急でお願いしておきます。一応、姫さんの宮の侍女達はうちの人間に入れ替えましたけど、それでも女だけじゃ安全とは言い難い」
「ルティアの宮の近衛は気の良い者が多いけど、フィルタード派ではないと言い切れないからね」
「旦那様ももう少し、欲を出してくれれば良いんですけどねえ。フィルタードほどではないにしろ、権力に興味無さすぎでしょう……」
カツン、とまた駒が動く。
「お祖父様はカタージュを守ることに誇りを持っているからね。まあ、もう少し欲を出してくれても良いとは思うけど」
「まあ、良いことなんでしょうけどねえ」
カツン、とまた一手、駒が移動する。
「一進一退、いや……手の内がわからない分、こちらが少し不利かな?」
「調べてはいますが、フィルタード侯爵はなかなかどうして……尻尾は出しませんからね。それにリュージュ妃の兄も食わせもんです」
「そう簡単にわかっていたら、父上が手を打ってるよ。多分ね」
「そうですね。あ、そうだ。探しておきます?」
「例の子?」
「ええ、確かに姫さんが言った通り、事前に情報があるのと無いのとでは雲泥の差がある」
「まあ、ね……」
チェスの駒を動かしながら、考えを巡らせる。
本当に生まれる前の記憶を持ち合わせているのはアリシア嬢だけだろうか?
可能性の話だけで言うのならゼロではない。
ヒロインと呼ばれる子も持っている可能性がある。
そして、もしも記憶を持っているのなら話の通りに育つとは限らない。
アリシア嬢の話に出てくるヒロインは、明るく朗らかで、それでいて自分の役割を理解していない子だ。
聖属性、それがあったがためにアカデミーに来てしまった子。
記憶があったなら、最低でも2パターンに別れるはず。
自分はライルと一緒になれるのだから、と尊大になるパターン。
もう一つは、アリシア嬢と同じで設定上のヒロインを踏襲しないパターンだ。
前者は扱いやすいから良い。ライルがもう少し大きくなって、きちんと考えて行動できるようになったらこちらに引き込んでしまえば、おかしなことにはならない。
後者の場合、一応、ヒロインが本来のヒロインを踏襲せず、しっかりとした常識のある子に育っていたのなら問題はない。
ライルとアリシア嬢は婚約している訳ではないし、本当に好きあっているのであればちゃんとした手順を取るだろう。
だが、ヒロインがライルのルートを選ばなかった場合。
僕やジル、シャンテ、リーンの誰かであれば対策も練れるが……六人目だった場合が困る。
アリシア嬢は六人目を知らない。
学園生活が始まればわかるかもしれないが、そんな悠長なことは言っていられないのだ。
敵にまわるか、味方になるか、その見極めをするのにライルやルティアでは力不足だろう。なんだかんだ言ってあの二人は良く似ている。素直な所が特に。
素直とは裏を返せば騙されやすいとも取れる。
ルティアは、本能的に回避できるだろうけどライルはわからない。
カツン、と駒が動く。
「チェックメイト」
「え?あ……」
「ダメですよ。考え事しながらやってちゃあ」
「そうは言うけど、僕今までロビンに勝てたことないよ?」
「ふふーん。これだけはそう簡単に勝ちを譲れませんね」
ロビンはニヤリと笑うと、駒をもう一度最初の状態に戻す。
「もう一手、やりますか?」
「……やる」
「熟考しすぎも良くないですよ?たまには姫さんみたくドーン、バーンとやってみちゃあどうですか?」
「それ最初から負けるって……」
「木を隠すなら森、ですよ。陛下だって同じことしてるでしょう?」
父上が、魔術師団長に魔力過多の土地を広げる許可を出したことを言っているのだろう。
それはそうだけど、僕はルティアほど大胆な行動は取れない。
せめて、そう。せめて側で見守ってやるぐらいしかできないのだ。
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