第54話 密談の後の王子と王女
アリシアが帰り、部屋には私とロイ兄様だけになった。兄様はもう少しだけ話をしよう、と言ったもののアリシアの残した紙を前に腕を組んで考え込んでいる。
「ルティア、チェスはある?」
「チェス?あるけど……私じゃ全く相手にならないわよ?」
「ああ、チェスがしたいわけじゃないから大丈夫」
兄様がそう言うので、私はユリアナにチェスを持ってきてもらうよう頼んだ。
ユリアナは直ぐにチェスを持ってきてくれて、私と兄様の前にセットしてくれる。
白黒それぞれ6種類、16個の駒を使って、お互いのキングを追い詰めるゲームだ。
一応、王侯貴族の嗜みらしいけれど……私には難しくてまだよくわからない。
その駒をジッと見ながら、兄様は何かを考えている。
「兄様、チェスがどうかしたの?」
「うん?……うーん、今後のことを考えていてね」
「今後のこと?」
「例えばなんだけど、アリシア嬢が言っていたゲームの話。これを知っているのはアリシア嬢だけなのかなあって」
「それは、どう言う意味?」
兄様はキングの駒を手に取ると、カツンと一手指す。
「これは、父上。ファティシア王国の王。まさしくキングだね。で、こっちのクイーンの駒がリュージュ妃。僕達は最初、父上とリュージュ妃が反目し合っているのではなかろうかと思っていた」
「そうね。だってリュージュ妃の実家のフィルタード侯爵家は王宮内の派閥としては一番大きい……そうでしょう?」
私の言葉に兄様は頷く。だからこそ、三番目のライルがフィルタード侯爵家のゴリ押しで継承一位になったと思っていたのだ。
実際には違っていて、お父様は亡くなったお母様と一緒にリュージュ妃とライルを守っていた。ライルが継承一位なのは、本来、ライルのお父様が生きていたらそうだったからに過ぎない。
だから————それを知る者にとっては当然のこと、なのだ。
でも、フィルタード侯爵家はその事実を知らないはず。普通は婚前交渉なんてあるわけないのだから。
特にリュージュ妃は正妃として厳しく教育を受けていた。尚更疑ったりなんてしないだろう。
周りの目には、正妃の子供であるから継承一位になった。しかもフィルタード侯爵は本来嫁がせる予定の王太子が亡くなったのに、あっさりと次の王太子に娘を嫁がせることに成功したと思われている。
そりゃあ、王宮内の派閥もフィルタード派に傾くだろう。
「父上が……事故に遭うはずだった件があるよね?僕はアレをリュージュ妃が手を回したんじゃないかって疑ってた。だってマリアベル様が妊娠しているのも、父上の視察に着いて行くと知っていたのもリュージュ妃ぐらいだろうし」
「それって……お父様の寵愛がお母様に傾いていて、お飾りの正妃と思われているから?」
「そう。でも父上にしたら、リュージュ妃は義姉なんだよね。だから寵愛するわけがない。それはリュージュ妃にとっても同じで、父上のことは義弟で、共通の秘密を守る戦友のようなものなのかもしれない」
「と言うことは、やっぱりあれは事故?」
「いや、それもないな。だったら先駆けで戻ってくる予定だった騎士が殺されたりはしない。しかも顔を潰されてね。きっと彼らは、内通していたんだと思う」
内通————その言葉に嫌な気分になる。
誰かが、お父様とお母様を殺そうとした。
彼らは日程を逐一報告して、事故を起こすや否や先駆けで戻ると見せかけて、内通者に死んだと報告したのだろう。それを聞いて相手は、騎士達を殺した。
秘密を知る者は少ない方が良い。それを実行した。
まるでとんでもないミステリーを読んでいる気分だ。
ただし、ミステリーは物語の中だけで完結するが、この話は自分達で犯人を見付けない限り終わりが来ない。
「今、一番あやしいのはフィルタード侯爵家、これはいいね?」
「ええ」
「二番目にあやしいのは、このヒロインと呼ばれる子」
「ヒロイン?どうして?」
「そこでアリシア嬢さ。彼女は生まれる前の記憶、と言っていたがそれを持っている。しかしその記憶を持っているのが彼女だけだと断言できないだろ?」
「可能性の問題ってこと?」
「そう。可能性がゼロではない限り、疑う余地はある」
兄様はキングをお父様、クイーンをリュージュ妃、そしてビショップの二つをライルとアリシアにした。
「最初からキングを取るなんて戦法あるの?」
「ないよ。流石に不可能だ。でも……人の戦略としては有りだ。父上がいなくなり、ハウンド宰相とリュージュ妃は父上の代わりに政務にかかりきりになる。そうなると、攻略対象と呼ばれる彼らに色々と問題が浮かび上がる」
ナイトとルークの計4つの駒は攻略対象、と兄様は言う。
ポーンはそれを取り巻く人達。魔術師団長や宰相様、司法長官や、もっと他の人。
私の駒は、ない。
「兄様、でも……もしもよ?もしも、アリシアと同じでヒロインが記憶を持っていたとするじゃない?そしたら助けようとしないかしら?」
「どうかな。彼女は物語の中では正しくヒロインだ。物語と同じことが起こってくれないと、彼女はヒロインになれない」
「だから見捨てる?」
「アリシア嬢だって、一番の目的は自分が死にたくない、ってことだろ?」
そう言われると何も言い返すことはできない。確かにアリシアは怯えている。シナリオの強制力とか、そう言ったものがあるんじゃないかって。
正直に言えば、そんなものはないと思う。いや、あるとしても先を知っているのなら無理矢理変えることはできるんじゃないかと思っている。
だってゲームは幾らでもやり直しがきくけど、私達はこの世界で生きているのだ。
一度死んでしまったら、ゲームと同じようにやり直しなんてできない。
「お父様が生きていることで……良い方向に向かってると思いたいわね」
「そうだね。後はぽーしょん?が出来上がれば疫病を治すのに有効な手立てとなるだろう。神殿だって、ぽーしょんがあるからと言って仕事がなくなるわけじゃない。ぽーしょんでも対応が難しい、重篤な者は神殿を頼るだろうからね」
「それに神殿なら魔力量の多い子を雇ってぽーしょんを作ることもできそうだもの」
魔力過多の土地を作るための魔術式は確立しているし、花師達にお願いをすれば増やせるはず。
魔力のない人達だって、植えたり収穫したりはできる。それを神官達がぽーしょんにすればいいのだ。
もしかしたら普通に売るぽーしょんよりも神殿が売るぽーしょんの方がありがたがられるかもしれない。ぽーしょんを国中に広げるなら一番手っ取り早い手段だろう。
まあ、作れたら、の話だけど!まだ作れていないから広げようがないけど!!
目標は大きくしておかないとねっ!!
「あ、そうだ。ぽーしょんと言えば、ラステア国とトラット帝国が昔それで争ってことがあるって魔術師団長に教えてもらったわ。この国で作れるようになったら、狙われたりしないかなってそこだけが心配」
「トラット帝国か……アリシア嬢の話の上ではルティアが嫁ぐ予定の国だよね」
「そうね。アリシアの話からするなら私は人質として嫁ぐんだろうけど」
「そうなるだろうね。多分、その辺が僕やライルの悩み、なのかな?もしかしたらライルはリュージュ妃が父上を亡き者にした、と考えてる可能性もあるけど」
そう考えると、お父様が死んでいたら沢山の人の運命が変わっていたことになる。兄様やアリシア、ライル、ジル、シャンテ、リーン、リュージュ妃に他の人達も。みんな、みんな……良くない方向へ向かって行くのだ。
私はポーンの駒をぐりぐりといじりながら考える。
アリシアは私のことをモブ王女だと言った。モブは端役。いてもいなくても良い、さほど重要ではない役。
でも、今の私には一つの属性が加わっている。もしかしたらそれは盤上の駒をひっくり返せたりしないだろうか?
「……兄様、私、兄様に一つだけ言っていないことがあるの」
「それは、父上に口止めされていること?」
「そうよ!どうしてわかるの?」
なぜわかったのだろうかと兄様の顔を覗き込む。すると、兄様は私の頬を軽く摘んだ。
「僕が何年、君の兄をやっていると思っているんだい?」
「……私、そんなに顔に出やすい?」
「なんとなくね。隠し事があるんだろうなあとは思っていたよ。普段だったら僕に真っ先に教えてくれるんだろうに、今回はそれがなかった。つまり誰かに口止めされている。ルティアに口止めできる人は限られるからね」
侍女達や庭師達のような使用人ではそんなことは言えない。ライルでもない。リュージュ妃とは交流がそもそもない。マリアベル様も……多分違う。
そうなると最後に残るのは父上だ、と兄様は私に語る。
「すごいわ!その通りよ。お父様に口止めされていたの」
「なら父上が僕に言っても良いと言うまでは黙っているんだ」
「どうして?」
「アリシア嬢のシナリオの強制力、かな……」
「そんなのないわよ。だってお父様は生きているもの」
「今はね」
兄様はそう言うと、盤上のキングの駒を倒した。お父様の、駒。
「疫病が流行る年までは、油断はできない。それまでに亡くなっていたら、結局は同じことだろ?」
「でも、ぽーしょんは?ぽーしょんができれば……」
「そのぽーしょんを国中に広めるには、僕らの力では足りない」
そうだ。お父様が国中に広める許可をくれて初めて広められる。お父様が亡くなったら、宰相様とリュージュ妃の許可がいるだろう。
でも疫病が流行り、国力が低下し始めた時にトラット帝国がちょっかいをかけてきたら?絶対にそれどころではなくなる。
「ぽーしょんを早く、実用化できるようにしないといけないな」
「万能薬ですものね」
「うん。それがあれば、トラット帝国も下手に干渉できないはずだ。ラステア国もトラット帝国がぽーしょんを手に入れるのは嫌がるだろうからね」
「そうね。あ、そうだわ……今からヒロインを探すのは無理なのかしら?」
「ヒロインを?」
「そう。ヒロインがアリシアと同じかどうか調べてみれば良いんじゃない?」
そう言うと兄様はうーん……と悩みだす。良い案だと思うのだが、ダメなのだろうか?
「そもそも論なんだけど……」
「なあに?」
「ヒロインは誰を攻略する気なんだろう?」
「え?」
「だって攻略対象は僕らと隠しキャラを入れて最低でも六人はいるよね?ハーレムルート?とか言うのがあるって言ってたけど、この国じゃ現実的じゃない。いくら聖属性を持っていてもね」
「それは……彼女が聖属性の力を使って、国を助けるならありなんじゃない?」
「ないよ。だって、みんな女性の好みは違うはずだ。それにまるで王になったかのようじゃないか」
そう言われれば確かにそうかも、と私は考える。この国の王は一夫多妻が認められている。
ヒロインがハーレムルートを望んだら一妻多夫になるわけで……王でもないのにそんなことできるわけがない。
それに女王でそんなことした人もいなかったはず。
「普通なら、ふしだらな女性になるわよね……いくら聖属性持ちでも」
「聖なる乙女の候補であるなら尚更だね」
「でも、ヒロインを事前に探し出しておけば対策が取れないかしら?」
「男爵家の令嬢で……ピンク色の髪に、ピンク色の瞳……一応、候補は何人かに絞れそうではあるけど、もしもヒロインがアリシア嬢と同じなら、僕なら髪の色を染めてしまうだろうなあ」
「どうして?」
「アリシア嬢がライルの婚約者になった。しかも予定よりも早く。もしかしたら……って疑うだろ?」
つまり、自分が幸せになるためにヒロインを害そうとする、と言うことだろうか?確かに最初からヒロインがいなければ、アリシアは断罪されることはなく正妃の座に収まるだろう。
「そうね。確かにそうかも……」
「それに僕達がピンク色の髪と瞳の子を探してるって、下手に噂が広がるのも不味い」
「アリシアとグルって思われるってこと?」
「うん。まあ父上が亡くなってないのはおかしいな、と思うかもしれないけどね。そこは多少齟齬が生じたんだと都合よく解釈してくれたら良いなって」
「まあ、本人を知らないんだもの。そう思う以外できないわね」
私は目の前の盤上から倒れているキングを起こす。私達にできることは本当に少ない。悲しくなるほどに。
「お父様には白髪のおじい様になるまで頑張ってもらわなきゃ!」
「そうだね」
兄様は私の言葉に小さく頷いた。
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