第53話 王子と王女と悪役令嬢の密談

 今日は定期的に開いているアリシアとのお茶会の日だ。

 このお茶会にはロイ兄様もたまに参加する。そして今日は兄様も参加する日だ。


 アリシアは兄様が部屋に入ってきた途端、借りてきた猫のようにピタッと固まった。そしてその後ろからライルが入ってこないかと心配そうに見ている。


「こんにちは、アリシア嬢。ライルなら今頃、宮でアッシュと一緒に魔力制御の特訓中だからいないよ」

「ご、ごきげんよう。ロイ殿下……その、ありがとうございます」

「どういたしまして。じゃあ、場所を移そうか?」


 兄様の合図で私達はテラス席へと移動する。

 そこから見える庭園は私も一緒に手伝っていて、とてもお気に入りの場所だ。


「ひとまず、ぽーしょんを作るための畑の確保はできたみたい」


 私は兄様とアリシアにそう報告する。


「場所は変わるの?」

「ううん、同じ場所よ。そのまま土地を広げる許可を魔術師団長がお父様から取ったの」


 流石にぶん取った、とは伝えられないが、数日前の魔術師団長の姿を思い出して少し笑ってしまう。


「あの場所って、そのまま使ってても良いんですか?何か建物でもあったように思えますけど」


 アリシアの言葉に私は頷くと、昔、火事が起きて離宮が無くなってしまったのだと教えた。

 流石に火事の起きた場所にもう一度、建物を建てるのは気が引けたらしく放置されていたのだと。


「ああ、そうなんですね。立地は良さそうなのに、珍しいなあって思っていんたんです」

「私もよ。門があった跡もあったし……なにか建物でもあったのかなって。そしたら何代か前の引退された王様と正妃様の離宮があった場所なんですって」

「引退されたと言うことは、お歳だったんですね」

「いや、そうじゃなかったはずだよ」


 兄様の言葉に私とアリシアは首を傾げた。普通、歳をとって王位を退くことはあっても若いうちから王位を退くことはない。亡くなった場合を除いて、だが。


「兄様はあの場所が元々どんな場所だったのか知っていたの?」

「うん。でもいわくつきの土地というわけじゃないから。火事もお二人が亡くなった後の話で、確かたまたま風通しに来ていた使用人が火の扱いを間違えてしまっただけだし。その使用人も怪我はしたけど無事だったからね」


 そう言われてちょっとホッとする。いわくつきの土地なんてちょっと怖いではないか。なんと言うか、ああ言ったモノは実態がないから怖いのだ。だって物理攻撃ができないじゃないか!

 殴ればなんとかなる分、人間の方がまだマシな気もする。


「でも……なぜ若いうちに引退されてしまったのですか?」

「そう言う約束だったみたいだね」

「約束?」

「うん。引退した王には兄上がいてね、最初はその方が王位に就いていたんだけど、王位に就いてすぐ亡くなってしまったんだ。その方には生まれたばかりの子供がいて、男の子だったからその子が成人するまでの条件で弟が王位に就いた、と言うわけ」


 なんだか似たような話をこの間された気がする。

 そう。ライルの状況ととてもよく似ているのだ。ただし、この話の兄は王位にちゃんと就いていて子供も産まれているが。


 ライルの出生の秘密。

 実はアリシアにはまだこの話はしていない。

 知っているのは騎士団長、魔術師団長、宰相様、司法長官、そしてライル本人とリュージュ妃、お父様、私と兄様ぐらいだろう。

 もしかしたらファーマン侯爵にはお父様から話が行っているかもしれないけど。


 でもなんで兄様はこんな話をしだしたのだろう?

 内心で首を傾げていると、兄様がアリシアを見てニコリと笑った。


「ねえ、アリシア嬢、この話に心当たりはないかい?」

「心当たり、ですか?」

「そう。似た話を聞いたことはないかな?」


 そう問いかけられ、アリシアは腕を組んでうーんと唸りだす。


「心当たり、心当たり……あ、そう言えばライル殿下のルートでチラッと同じ話があったかも」

「よし、もっとしっかり思い出そうか?」


 笑顔の兄様がちょっとだけ怖い。アリシアに何を思い出させたいのだろう?

 目の前に置かれている、アリシアの書いた年表を前に、兄様はさあ思い出せ!と笑顔の圧力をかける。


「ま、待ってくださいね。私もそう記憶力のいい方ではないので……」

「君の書き出した話を見ていたら、その乙女?ゲームと言うものの根幹部分である謎が少ない気がしてね。だからしっかり思い出して欲しいんだ」

「謎?」

「そう、謎。謎解きをするゲームなら、この程度で終わりのわけがないと思うんだよね。僕ならまず、最初は普通にクリアさせる。でも謎が全部明るみになっていないから、攻略者に何度もいろんなパターンのクリアを試みさせると思うんだ」


 アリシアは兄様の話を聞きながらうんうん唸っているが、どうやら思い出せないようだ。


「あの、私がクリアしたのは隠しキャラのロイ様の部分までで……フルコンプはしてないんですよね」

「ふるこんぷ?」


 私は聞き慣れない言葉に、話を途中で折るとはわかっていてもつい聞き返してしまう。


「あ、えっと……全ての対象を回収したり、集め終わることをコンプリートと言うんです。フルはいっぱい、とか全てって意味で……」

「じゃあ全部の謎は回収してない可能性があるってことだね?」

「……はい」

「と言うことは僕は隠しキャラじゃないかもしれないね」


 兄様の発言にエッ!?とアリシアが声を上げる。


「だって、僕は隠れていない」

「で、でも……病で臥せって……」

「病で臥せった王太子。だからライルを攻略しないと出会えない。ここまではいいね?」

「はい」

「ライルを攻略したら必然的に出会えるなら隠れてないよね?」


 確かにそうだ。ライルを攻略した後に必ず出会えるなら隠れていない。そもそも兄様と会うためには、ライルと出会う必要がある。王城にに。

 と言うことは誰か別に隠しキャラと言う人がいるはずだ。


「兄様はその隠しキャラが知りたいの?」

「そうだね。ここに書かれている、ライル、ジル、シャンテ、リーンは今のまま育つのであれば謎を抱えているという状態にはならない。もちろん僕らが知らずに変えてしまった可能性もあるけど……」

「本来あるべき謎は別にある、と言うことですか?」

「ゲームの根幹部分が謎解きならね。ただ君の言うように、謎の部分はおざなりにして攻略対象が抱えている謎?うーん謎と言うよりは悩みだね。悩みを解決するのが主目的ならまた話は変わるけど」


 確かに兄様の言う通り、アリシアの話す物語はどこか欠落しているのかもしれない。ただ私にはまだ上手く理解できないだけで。

 兄様はそう言った矛盾点を調べて、こねくりまわして、正解に辿り着くのが好きなのだ。ここら辺はお祖母様のローズベルタ家の血かもしれない。

 ローズベルタ侯爵家は学者を多く輩出している家系だし。まあ、私にはそう言った才能は受け継がれなかったけどね!


「でも……悩みと謎って決定的に違いますよね?」

「それは……君がやっていたゲームの話だし、僕らにはなんとも。ただ、さっきも言ったように、謎解きなら随分と雑だな、とは思う」

「うーん……例えばゲームをやりやすいようにとかは?」

「でもそうしたら、わざわざ謎解きなんて入れる必要ないんじゃないかな?悩みを解決してあげるだけでも、当人達にとっては重要なことだろうし」


 兄様の悩みは病で臥せった状態のことだろう。いくらライルが継承一位とは言え、同じく継承権を持つ兄様が病に臥せたままでは示しがつかない。

 聖属性ならば、兄様の病を治せるだろうし。


「あれ、でも……兄様が病に臥せるのよね?」

「そうですね」

「もちろん疫病が国中に流行れば、聖属性持ちの神官達に頼るのは大変だろうけど……五年もの間放置されてたりするのかしら?」

「ああ、それもそうだね」


 例え順番が遅くなろうとも、王族の一人なのだからいつかは順番が回ってくるはず。五年も治さずに置いておくなどあり得なくないか?

 私の言葉にアリシアは、またうーんと唸りだす。


「あ、そうだ。確か……トラット帝国と小競り合いが起きてるんじゃなかったかな?」

「トラット帝国?あの軍事国家の?確かファーマン侯爵家の領地はとても近いよね?」

「はい」


 アリシアの家の領地はトラット帝国とほど近い国境を任されている。ただ近いと言っても、間に幾つかの小さな国が点在しているが……

 そして現状のファーマン侯爵領は避暑地として人気な場所だったりする。


 もしもそこで小競り合いが起きたら、騎士達の怪我を治すために神官達が派遣されてもおかしくはない。


「————アリシア嬢、まだここに書いてないけど重要なことはあるんじゃないかな?」


 笑顔の圧が!!怖いです兄様!!

 アリシアもヒエッ!と小さな悲鳴をあげている。


「あのね、君が将来的に生きるか死ぬかの話になるのは確かに問題なんだけど、それ以外にもこの国にとってマイナスになることは事前に知っておきたいんだよ」

「そ、それはもう、重々承知しておりますっ!」

「だからそのゲームとやらの細かい設定を覚えている限り全部書き出して欲しいんだ。今後の対応を検討しなきゃいけないから」

「は、ハイッッ!!」


 アリシアは事前に書き記していた紙に思い出せることを全て書いていく。そこには私がどこに嫁ぐ予定かも書かれていた。


「あら、私……トラット帝国に嫁ぐの?」

「ゲームの中では、ですけどね。その……陛下が亡くなり、その後を宰相様と正妃様で国を運営していくわけですが、疫病が流行りますよね?国力が著しく低下するわけです」

「ああ、その隙をトラット帝国が突いたわけか。軍事国家だからね。なんでもない時なら和平条約があるけれど、弱っている国なら数に物を言わせれば直ぐに制圧できてしまう」

「はい。そんな時に現れた聖なる乙女の存在は国民に勇気を与えるわけです」

「乙女の存在だけで国が持つわけじゃないけどね。この国の聖なる乙女のは、実在した人物なわけだし」


 そう。この国の聖なる乙女、聖なる守護者は聖属性を持った普通の『人』だ。

 神様が遣わしたわけではないし、どこからか召喚されたわけでもない。

 膨大な魔力量に聖属性が合わさり、スタンピードを解消させ、怪我人や病人を癒すことのできた『人』なのだ。


 その人達の功績を讃えて神殿が作られ、祀られている。

 神殿で魔力測定をして魔力量や属性を検査するのは、聖属性が密かに囲われないようにするためだ。

 万民のための力を王侯貴族の私欲のために使われてはならない。


 と言うのが建前だ。


 実際には優先順位が発生してるし、お金のない人は見てもらうこともできない。

 矛盾しているが、聖属性持ちの魔力量も限りがある。より優先順位の高い人から治すのは仕方ない、と言いたくないが現状仕方ないのだろう。


「それにしても、こう見ていると……謎ってないわね」

「そうだね。やっぱり謎、と言うよりは悩み、だね」


 アリシアが追加して書いた内容を見て、私も兄様もそう結論を出す。


 ジルは家庭を顧みない父親に対する憎しみと、跡を継がなければいけないことへの苦悩。


 シャンテは偉大な母親と比べられ、自分の魔力量や属性の少なさを悩んでいた。そして母親から寝物語で聞かされた他の国へ行きたいと言う憧れ。


 リーンは亡くなった父親から騎士を嘱望されていたことで、本当は魔術の勉強をしたいけれどできないことを悩んでいる。


 ライルは母親との確執、自分が兄を退けて王位に就いていいのかと言う不安。


 兄様は病を患い、ずっと床に臥せていることで弟と妹に苦労をかけている罪悪感。


 そのどれもが『悩み』であって『謎』ではない。


「こうなってくると、別に謎がある気がするなあ」

「そうね」

「ううう……すみません。役立たずで。こんなことになるなら徹夜してでもフルコンプして最後まで見ておくべきでした」

「徹夜は……体に悪いわよ?」

「でもこれだけじゃ、役に立ちませんよね?」


 アリシアが残念そうな顔をするが、私は首を左右に振る。


「そんなことないわよ。悩みの原因がわかって、その原因も改善できるものばかりだもの」

「そうだね。やはり、父上が生きてることが大きい。それに騎士団長も」


 私達の言葉にアリシアは少しだけホッとした表情を見せた。




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