第52話 魔力過多の畑、再び!
カーバニル先生から魔力の制御や魔術式、そして魔術式を魔法石に入れる勉強を教わるようになってから少し経った頃————
私はロックウェル魔術師団長とお茶をすることになった。
「お久しぶりです。ロックウェル魔術師団長」
「ええ、お久しぶりです。姫殿下」
ニコニコと上機嫌でやってきた魔術師団長は、自ら持参したケーキを美味しそうに頬張っている。
私は何かあったのかな?とちょっとだけ身構えていたけれど、そう言うわけじゃなさそうで安心した。いや、まだ何もしてないけどね!それでも何かあったのかな?って身構えるのは仕方ないじゃない?
「姫殿下、実は姫殿下にお願いがあって参りましたの」
たわいもないおしゃべりをして、半分くらいケーキを食べ終わったところで、魔術師団長が本題に入った。
私はお願い、と言われて首を傾げる。
魔術師団長クラスの人にお願いされるようなことは、ほぼほぼ何もできないからだ。
まだ子供だし。権力とも遠い場所にいる。
それは魔術師団長もよく知っているはず。ならば、彼女のお願いは何だろうか?
幾つか候補はある。
一つ、シャンテと婚約してみないか?
これは多分ないなあ……
シャンテはライルの友達だし、将来有望ではあるだろうけど、アリシアの話からすると私はアカデミーを卒業する時点で別の国に嫁ぐはず。だから除外。
一つ、リーンを魔術師として鍛えたいから口添えをしてもらえないか?
リーンの魔力量の多さは一般的な貴族の平均よりも多い。将来騎士になって欲しい騎士団長と魔術の勉強をしたいリーン。これは二人で折り合いをつけるしかない。だからこれも除外。
一つ、薬草を分けてもらえないか?
これかなあ……そろそろ薬草畑の薬草が収穫できそうなほど育ってきている。
ベルがとても楽しそうに世話をしてくれているから、魔力過多の畑のせいと言うよりもベルの育て方が良いんじゃなかろうかと思っているぐらいだ。
私の中での三つの候補。
一番最後が一番可能性が高いわけだけど、魔術師団長はたまに突拍子もないことをするらしい。
だから気をつけてください、と彼女の息子のシャンテから助言があった。
今回はそれに相当するのか、それとも私が考えた候補の中のどれかなのか、私は彼女が口を開くのを待つ。
「陛下から許可がぶん取れ……いえ、頂けましたので、魔力過多の畑を作って頂きたいのです」
今、途中でやめたけど、確実にぶん取ったと言わなかったか?魔術師団長を見ると、口元に手を当てながらほほほほほと笑っている。
魔力過多の畑。確かに私の魔力量なら、今の面積かそれより多少大きくても作れるだろう。お父様に交渉するとは言っていたけれど……まさか本当にぶん取って来るとは思わなかった。
てっきり、魔術師団長の領地にでも行って余っている土地を魔力過多の畑に変えるものかと……
「お父様が良く許可をくださいましたね?」
「ええ、陛下には魔力過多の畑の有用性をそれはもう丹念に丹念にお伝えしましたからね!最後にはハウンド宰相と一緒になって頷いてくださいましたよ?」
それは、なにかこう……脅したの間違いではないのだろうか?本当に大丈夫?と心配になってしまう。
それが顔に出ていたのか、魔術師団長は苦笑いする。
「マリアベル様のこともありますし、私が長い説明をしなくとも最終的には許可を下さる予定だったと思いますよ」
「お母様のこと?なぜ?」
「出産とはとても大変なものです。まさしく命がけ。ならば尚更、慎重になると言うものです」
「お母様にもしものことがあったら、とお父様は考えているのね?」
「ええ。きっと姫殿下やロイ殿下がお生まれになった時も、そうだったと思いますよ」
魔術師団長の言葉に私は頷く。そうか、ぽーしょんは万能薬。もしもの時に飲ませれば、出産で命を落とす母親を減らせるかもしれないと彼女は訴えたのだ。
「それなら私も協力するわ!もしもぽーしょんが国中に広がれば、それで命を落とす人が減らせるかもしれないもの」
「ポーションは飲むだけでなく、傷口にかけるだけでも効果はあります。服用と同時に傷口にもかければかなりの確率で亡くなる者は減らせるでしょうね」
「そんなにすごい薬なのね!それなのに……どうして他の国はぽーしょんを作ろうとしないの?」
ラステア国は確かに魔力溜まりができる場所ではあるが、他の国にだって同じようなものができる可能性はある。
それにぽーしょんは魔力過多な畑で作った薬草でしか作れないとしても、薬草をラステア国から輸入することは可能ではなかろうか?
ぽーしょんのレシピは門外不出と言うわけではなさそうだし……
「うーん……多分、他の国でも存在は知っている人はいるのでしょう。ですが、ラステア国では薬草の輸出を禁じているので他国では入手しようがありません」
「ぽーしょん自体も輸出してないの?」
「自分でお土産程度に買って帰る分には平気です。ですが……大量には無理ですね」
「それはどうして?」
「軍事国家に渡ると大変だからです」
あっさりと言われてしまい、私は困ってしまう。軍事国家に渡るとなぜ困るのだろう?
軍事国家、と言うことは他の国と戦争すると言うこと。ファティシア王国の近くではトラット帝国がそれに当たる。その国がもしぽーしょんを持ったら何か不味いことが起こると言うことだろうか?
「ごめんなさい。魔術師団長、私にはどうして軍事国家に渡るとダメなのかわからないわ。ぽーしょんは怪我や病気が治せるだけではないの?」
そう言うと、魔術師団長はあまりこの国には縁のない話ですものねと呟く。
「そうですね……軍事国家が戦争で一番大事なのは兵力ですよね?」
「そうね。兵士がいなければ、戦争はできないわ」
「では怪我をした兵士がポーションを飲んだらどうなりますか?」
「怪我が治って……現場に復帰できる、のかしら?」
「その通りです。そうなると、ポーションを持っていない国はどうなりますか?」
「その国は持たないわね……だって、怪我人は怪我人のままだもの」
私の言葉に魔術師団長は頷く。つまり、ラステア国ではぽーしょんのレシピ自体は門外不出ではないけれど、薬草とぽーしょんの国外持ち出しはある程度規制されていると言うことだろうか?
でも、どうせなら全部規制してしまった方が良い気がする。そうすれば自分たちの国だけで使えるのに。
「ねえ、魔術師団長……どうしてラステア国は全て禁止してしまわないの?外に持ち出されて、うちの国みたいにたまたま魔力過多の畑が作れてしまったらどの国でも作れるでしょう?」
「単純に、善意、だと思います」
「善意?」
「ポーションと言う万能薬の噂を聞いて、家族や恋人のためにどうしても!と求めに来る人もいます。それに冒険者達も、魔物と言う恐ろしいモノを相手に戦っているのに渡さないと言うのは失礼でしょう?」
「そっか……だから、お土産で買えるぐらいの本数なのね」
本当に必要な人は多くは望まない。ただただ、大切な人を守るために、大切な人を生かすために、買っていくのだ。
だからこそ全て規制はしない。
「まあ、ポーションを作れるのがラステア国であると言うのも強みですね。あの国の人達は本当に強い。軍事国家のトラット帝国と過去に何度かぶつかってますが、追い返してます」
「……もしかして、うちの国でぽーしょんを作れるようになるのは不味いのかしら?」
それはちょっと困る。疫病が流行る時には国中に流通させておきたいのだ。そうしないと亡くなる人が増えるだろう。それにロイ兄様も……
「うーん……現状は、大丈夫かと。我が国とトラット帝国とは和平条約を結んでますからね。今の皇帝陛下も、どちらかと言えば温和な性格と聞いてますし。それにレシピ自体はあの国も入手済みなはずですよ」
「レシピはあっても魔力過多の畑と薬草がないと作れないものね」
「ええ、それに作る工程で魔力を注がねばなりません。あの国は王侯貴族の魔力量は多いですが、一般庶民の魔力量は少ないんです」
「えーっと……つまり、ぽーしょんを作るには自分たちでやらなきゃいけないってこと?」
その通りです、と頷かれ私は普通の王侯貴族が畑に出て農作業をしているところを想像してしまった。
多分、彼らは一生そんなことに縁はないだろう。この国の大多数の貴族達もそうだけど。
魔力過多の畑は普通の人には作れない。作れないなら作れる人が作ればいい、と言う考えにはきっと至らないのだ。
奪うか、もしくは諦める、その二択なのだろう。
「トラット帝国も最近は国内の安定を優先させてますからね。我が国だけならまだしも、ポーションが関わるとなればラステア国も黙ってはいないでしょう」
「そしたら二つの国を同時に相手にしなければいけない?」
「ええ。多分そうなります。戦力的にはこちらが多くなるでしょう。ポーションもありますしね」
「そう……でも、そうならないといいわ」
「もちろんです。ポーションは怪我や病気をした人達のためのもの。確かに最初、騎士団に卸しては?と言いましたが、本当は一番必要な人のところへ一番に持っていきたいのです」
その言葉に私も頷く。
万能薬のぽーしょんを必要としている人は大勢いるだろう。怪我や病気で苦しむ人が少なくなって、働けるようになれば貧民街もきっと少なくなるはず。
もちろんそれだけでゼロにできるとは思っていない。思ってはいないが……それでも多少はマシになると信じたいのだ。
「じゃあ、私は新しい畑を魔力過多にすれば良いのね?」
「ええ。お願い致します」
「あ、そうだ……その畑は今の畑の直ぐ近くに作るのかしら?」
「その予定です。あそこは昔、離宮があった場所なのですが火事で燃えてしまって、その後は手付かずだったんですよ」
「あんな場所に離宮があったの?」
「なんでも王位を退かれた陛下と正妃様が余生を過ごされてたとか」
なるほど。それならば納得だ。
実は少しだけ変だな、と思っていたことがあった。畑までの道は綺麗に整備されているのに、建物は全くないのだ。
昔、門があったであろう形跡はあったのだけど……
場所的にも王城に近いし、何かの設備でもあったのかと考えていたのだ。
「じゃあ、昔はきっと綺麗な場所だったのね」
「そうかもしれませんね。ですがこれからは!薬草満載でとても綺麗になりますよ!!」
急にテンションが上がってビックリしてしまう。
先程までの真面目な魔術師団長はどこへ行ってしまったのだろうか!?
「あ、そうだ……魔術師団長、魔力過多の畑にベリーの木を植えても良いかしら?」
「ベリーの木ですか?」
「ええ。リュージュ様がお好きなんですって。ライルが自分で世話をするから植えさせて欲しいって」
「あらまあ、ライル殿下も変われば変わるものですね」
「そうね。前のライルだったらきっと土いじりなんてしなかったわ」
「大変良い変化だと思います」
「王族なのに土いじりよ?」
そう言って笑うと、魔術師団長は一瞬キョトンとした表情を見せる。
「良いじゃないですか!土いじり!!きっと、私達が多くの人達によって生かされているのだとわかって頂けます」
「そうね。税金を納めてくれてる人達がいるから、私達は贅沢な生活ができているのだもの。同じとは言わないけど、多少でも理解できた方がきっと将来役に立つわ。まあ、私は好きでいじってるんだけどね」
そもそもがアリシアの話から始まっているのだ。まさかそれを正直に言うわけにもいかないが、土いじりが好きなのは本当のことだし。それでみんなが幸せになるなら良いことだと思う。
「じゃあ、日取りを決めましょう!魔力過多の畑をたくさん作っちゃうんだから!!」
私は高らかに宣言した。
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