第51話 ポンコツな王子の日常(ライル視点)

 例の事件から離宮で暮らすようになった。


 最初、離宮の人の少なさに驚いたが、ここではこれが普通なのだと言われ、自分がいかに恵まれた生活を送っていたのかと自覚する。


 俺は、父上の……アイザック陛下の子供ではなかった。

 本当は陛下の亡くなった兄上の子供だったのだ。

 父上が急に亡くなったことで、母上が陛下とカロティナ妃を頼ったからこんな間違いが起きてしまったんだ。


 本当の父上が亡くならなければ、確かにそうであったのだろう。

 確かに俺は継承権一位の王子であったのだ。


 でも、俺は……どうして、俺なんだろう?とずっと思っていた。

 誰も彼もが俺が次の王になると言っていて、それだけお祖父様の影響力が強いのだろうと考えていたが、それだけではなかったのだ。


 理由がわかってスッキリはしたけど、陛下は愚かな振る舞いをした俺から継承権を剥奪しなかった。

 本当なら、面倒な立ち位置の俺の継承権なんて今回のことを理由に剥奪する方が楽だったはずだ。母上のことも監督不行届きとして、後宮から出ないようにするか王都から離れた離宮にでも追いやれば良かったのに。


 陛下はそれをなさらなかった。その意味を、俺はずっと考えている。




「殿下、どうかしましたか?」


 兄上の従者であるロビンがぼんやりとしていた俺を見て声をかけてきた。

 そこで着替え途中だったことを思い出す。服のボタンはまだ掛け終わっていない。俺はそれを慌てて掛け、着替えを完了させる。

 朝の忙しいであろう時間に、兄上の従者であるロビンの手を煩わせるわけにはいかないからだ。



「……何でもない。もう終わった」

「そうですか?」


 ロビンは何かあったのか?と重ねて聞いてくるような真似はしない。

 後宮の侍女達なら俺がぼんやりしていただけで医者を呼びかねないほどの大騒ぎをするのに、離宮の者達はそういった事が一切なかった。


 別に俺に関心がないわけではない。

 放置されているわけでも、見放されているわけでもない。

 単純に自分から言い出すのを待っているのだ。言葉にしなければ伝わらない。とても単純で、当たり前のこと。


 最初こそ戸惑ったけど、甘やかされて育った俺にはその環境がありがたかった。

 それに自分で出来ることが増えていくのはやっぱり嬉しい。


 ルティアは……一つ上の姉はどうだったのだろう?何でも率先してやっている彼女の姿を思い出す。

 一年前までは淑女教育もまともに受けていなかったと聞いている。その理由も、フィルタード派の侍女長が彼女を下に見ていたせいだと。

 今でこそ普通に淑女らしく振る舞えているが、そこには本人のたゆまぬ努力があったはず。


 俺は、恵まれた環境にあったのにその努力をしてこなかった。


「なあ、ロビン、一つ聞きたいんだけど……」

「俺でわかることなら」


 何ですか?とロビンは俺の目を見て問いかけてくる。その目には俺を嘲笑うような色は一切ない。

 後宮の侍女や侍従とは違う。いや、この離宮にいる侍女や侍従は皆そうだ。


「フィルタード派の力はそんなに強いのか?」

「また直球で聞いてきますね」

「聞いてはいけないことだっただろうか?」

「いいえ、知ろうとするのはいいことです。それに聞く相手も間違っちゃいない」

「聞いてはいけない相手も……いるんだな?」

「ええ、でもこの宮の人間は平気です。あと姫さんの宮は……マリアベル様の侍女達はダメかな」

「どうして?」

「そりゃあ、自分達に都合の良いように話すからですよ」


 ロビンはあっさりとそう告げる。でも基本的にはどの侍女や侍従もそうではないのだろうか?主人の為になるように言葉をつくすものだ。

 ロビンの言い方では離宮の人間と外の人間とでは明確な違いがあるかのようだった。


「まあ、簡単に言うとですね……今、離宮の人間は最初にリュージュ様が手配した時とまるっと入れ替わってるんですよ」


 入れ替わったから、平気だと言うのだろうか?それでも離宮とそれ以外の者達が違うと納得できる理由ではない。でも入れ替わった理由には心当たりがあった。


「入れ替わったのは……それは、ルティアの件があったからか?」

「いいえ、それより前から少しずつ。でも姫さんの件で一気に入れ替えがやりやすくはなりましたけどね」


 フィルタード派を排除して、新しく離宮に入った人間はどこから来たのだろう?

 その手配された人間はフィルタード派に寝返らないと確証があるのだろうか?そんなことを考えてしまう。

 せっかく入れ替えてもフィルタード派に寝返ったら同じことの繰り返しになる。

 でもロビンの口ぶりでは寝返らないと自信があるようだった。だからこそ、と言ったのだろう。



「ロビンは……兄上の味方、だよな?」

「もちろんです。俺はロイ様の従者。ロイ様の絶対的なる味方です」

「なら、良いんだ」

「いいや、良くないですよ?」


 その言葉に俺は首を傾げる。兄上に忠実な従者であるなら、別に良いのではなかろうか?絶対に裏切らない、と言ったも同然なのに。


「ダメですね。そう言うところが詰めが甘い」


 ピンッ!と鼻先を指で弾かれる。

 思わず鼻を押さえると、ロビンはニヤリと笑った。


「俺はロイ様の味方です。死ぬまでずっとね。だからライル殿下は俺を信用しすぎちゃあいけない。ロイ様の為にならないと思ったら、俺は殿下を切り捨てますよ?」


 背筋がゾワリとする。

 ロビンが本気で言っているのがわかったからだ。


「————それで、良いと思う。俺がまた、愚かなことをしたら……ちゃんと切り捨ててくれ」

「殿下は甘い子ですねえ」


 ロビンの大きな手が俺の顔に添えられて、そのままムギュッと潰される。俺が口を尖らせると、ロビンはおかしそうに笑った。


「まだまだ人生は長いんです。先を決めるのは早いですよ?」


 その言葉に、俺は何と答えれば良かったのだろうか……?







 ***


 離宮での暮らしは知らないこと、わからないことの連続だ。

 でも周りにいる侍女や侍従達は俺がわからないから教えて欲しいと言うと、馬鹿にすることなく丁寧に教えてくれる。


 魔力を魔法石に流す、と言う一番基本的なことを聞いた時ですら呆れられることはなかった。

 ただ魔力を流す加減、までは皆それぞれ魔力量が違うせいで上手くいかず魔法石を壊してしまうことも……ある。


「……入れすぎ注意」


 そんな張り紙がされるようになったのは、俺が魔法石を壊すようになってから。

 何度目かの破壊で俺が真っ青になっているのを見た侍従長が、気の毒に思って書いてくれるようになったのだ。


「そーっと、そーっと……」


 水を出すために蛇口に魔力を流していく。少しずつ、少しずつと……そう考えながら魔力を流そうとしていたけど上手くいかない。

 蛇口を捻っても水は出てこず、もう少し魔力を流すべきか、それとも人を呼んで見てもらいながらやるべきかと悩んでしまう。


 壊すぐらいなら見てもらって、指導してもらいながらやったほうがいい。しかし離宮の侍女や侍従は人数が限られている。ロビンも普段は兄上の側にいるし……


「どうしよう……人、でもな……」


 呆れられないかな、と不安になる。仕事の邪魔をすることにもなるし。

 後宮では散々持ち上げられていたけれど、自分という人間はとてもちっぽけで、普通の子供なら誰でもできることすらできない。

 悲しいけれど、これが俺と言う人間の現実なのだ。




「そこでなに固まってるんだ?」




 急に声をかけられて、俺は抑えていた魔力をそのまま蛇口の魔法石に流してしまった。するとピシリ、と嫌な音がする。


「あああ!!わ、割れた……」

「え!あ、ごめん。俺が声かけたせいか」


 そうだ!と文句を言いたくなったが、声のかけ方からして俺が困ってると思って尋ねたに過ぎない。それに文句を言うのは筋違いと言うものだ。

 俺は小さく頭を振って、大丈夫だと告げる。


「なんかその、悪かったな……」

「いや、良いんだ。俺が未だに魔力の流し方のコツが掴めないのが悪いだけだし」

「まあ人には得て不得手があるからさ」

「でも、俺よりもちっちゃい子供だってできることだ」


 そう言いながら振り返ると、そこにいたのは黒い髪に褐色の肌の少年だった。

 誰かの身内だろうか?そう考えて首を傾げる。

 確か離宮で働いてる者の中に同じ肌の色をした侍女がいたはずだ。もしかしたら彼女の弟かもしれない。

 そう思って彼を見ていると、遠くから侍従長が歩いてくるのが見えた。


「あ、侍従長……」


 まさか俺が壊したのが直ぐに伝わったわけではないだろうが、でも壊してしまったものは仕方がない。素直に謝ろうと思っていると、少年が侍従長に反応する。


「侍従長?あ、ホントだ。ラッキー!」

「ラッキー?」

「うん。俺、今日からここで働くことになったんだ。だから丁度良かった」

「働くなら……待合室で待っていたら迎えにきてくれたと思うぞ?」


 離宮の中をフラフラと歩いていたら、案内してもらえるものもしてもらえない。

 いや、普通に考えてこれから働くとはいえ、見ず知らずの人間が離宮内をウロウロしていて大丈夫なものなのだろうか?この離宮にも近衛はいるはずだが、ちゃんと仕事してるか?と不安になる。


「アッシュ!全く……勝手に待合室から出てウロウロしない!」


 直ぐ側まで来た侍従長はそう言うとアッシュと呼ばれた少年の頭にゲンコツを落とす。その音があまりに痛そうで、思わず痛くもないのに頭を押さえてしまった。


「ライル殿下?どうかされましたか?」

「あ、い、いや……あ、でもどうかはした。うん。してしまった……」


 そう言って俺は壊してしまった魔法石を指さすと素直に謝る。


「ごめんなさい。また力の入れ具合を間違えてしまった」

「あ、でも俺が急に声かけたせいかも?」

「いいんだ。俺が普通に使えないから割れたんだし」


 アッシュの言葉に俺は首を左右に振った。確かに驚いたけど、結局のところできない自分が悪いのだ。

 侍従長はおやまあ、と言いながら壊れてしまった魔法石を蛇口から外し、ポケットの中から新しいものを取り出してつける。


「さ、これで大丈夫ですよ」

「本当に、ごめん。早くできるようにはなりたいんだけど……」

「本来叱責されるのは殿下ではなく、それを正しく教えなかった後宮の侍女や侍従達です。それに今、ライル殿下が使う場所に埋め込まれている魔法石はロイ様が作られたものなので、いくら壊しても問題ありませんよ」

「え?」

「魔法石を壊してしまうことを気にしてらっしゃるようだとお伝えしたところ、ライル殿下が使われる場所の魔法石は全てロイ様がお作りになってくださいました」

「兄上が?どうして……」

「自分が作ったものなら、気兼ねなく壊せるだろう、と」


 そう言うと侍従長が小さく笑う。

 丁度、兄上は魔法石に魔術式を入れる勉強をしているところらしく、俺が多少壊してくれた方が勉強になると言っていたと。


「なら、俺は兄上が練習にならない、と言うように頑張らないといけないな」

「さてどちらの上達が先でしょうね?」

「……なるべく、早く壊さないようにする」

「そしたら練習あるのみだな!」


 アッシュの言葉に頷くと、侍従長はならアッシュが手伝えば良いと言ってきた。

 新しく入ってきた侍従なら、侍従としての仕事があるはず……そう思って侍従長に尋ねる。


「アッシュは新しい侍従ではないのか?」

「いいえ、本当はもう少し訓練をしてからと思ったのですが……アッシュはライル殿下の従者候補です」

「従者候補?」


 他にも何人か候補はいると言われたが、俺は直感的にアッシュが良いと感じた。

 きっとこの勘は正しいはず。


「侍従長、俺の従者は彼にしてほしい」

「よろしいのですか?他の者も見てみては?」

「いや、良いんだ。アッシュ、俺はライル・フィル・ファティシアだ。迷惑をかけることも多いが、俺の従者になってもらえるだろうか?」


 そう言って手を差し出すと、アッシュはニコリと笑い俺の手を握り返してくれた。



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