第50話 魔術式、とは……?

 フォルテ・カーバニル先生はローブを羽織り、その下に制服と思しき裾の長い服を着ている。

 後ろでゆるくあまれた三つ編み、そして口元のホクロが印象的で、本来は中性的な顔立ちなのだろうけどバッチリとお化粧をしているせいで、本当に女の人にしか見えない。


 身長と、野太い声を除けば……だが。


 ゆったりとした服装は体型を隠してしまうから、それも手伝って余計に女の人に見えるのだろう。

 本人的には「心」は女の人、らしいし。


 今まで私の周りでは全く見かけないタイプなので、どう反応したらいいのかちょっと困る。

 それはライルも同じようだった。先ほどまで肩を震わせていたアッシュは、今はすました顔をして部屋の隅に立っている。

 一人だけ逃げた感じがして何だかずるい。


 用意された席に座りながら、目の前の先生を見上げる。しかし先生は時に気にした様子はないようだ。


「それで、えーっと……まずはライル殿下の魔力測定ね?」

「まだ、10歳になっていないのにしても問題はないのか?」

「ないわよ。単純に10歳までしないのは魔力が安定しないからなの」


 そう言うとカーバニル先生は私がマリアベル様にしてもらったように、ライルにも六角形の台に丸い球が埋め込まれた石板を取り出してみせた。


「これが、魔力測定?」

「ええ、これに魔力を流すと属性と大まかな魔力量が測定できるの。でも魔力量を細かく測るならこっちも必要ね」


 先生は一緒に細長い筒状の中に丸い石が入った魔力量を測る物を取り出す。ライルはその両方を興味深げに見ていた。普段見ないものってやっぱり珍しいものね。

 そんなライルを見て、先生は測定を始めましょうと言った。


「魔力の流し方はわかるわね?」

「あ、ああ。多分」

「多分?」


 ライルの言葉に先生が首を傾げた。それはそうだ。例えどんなに小さな子供でも、魔力の流し方だけは物心ついた頃には教わる。

 そうしなければ生活できないからだ。魔法石を使うのに魔力は必須。それがこの国の常識でもある。


 しかしライルは少し不安げに私に視線を寄越す。

 どうしたのだろうか?と考えて、ふとあることに思い至った。


「あ、そうか……後宮だと何もしなくても誰かがやってくれたものね。でも離宮では自分でもやるでしょう?」


 そう聞くと、ライルは小さく頷く。多分、自信がないのだ。本当なら離宮の侍女や侍従達が教えなければいけないことをライルは教わらなかったから。


 するとアッシュがサッとライルの側に寄ってくる。


「ライル様、今朝、水道から水を出すのに魔力を流したでしょう?あの要領でいいんですよ」

「あれで、いいのか?」

「はい。あれで大丈夫です」


 アッシュはニコリと笑うと、大丈夫ですよと安心させるようにライルの肩を軽く叩く。ライルは目を閉じて何度か深呼吸を繰り返すと、石板の中央の球に手を置いて魔力を流した。


 石板がふわりと光り、六つあるうちの四つが光る。

 私にはわからないが、先生にはどの属性があるのかわかるのだろう。


「さ、次はこちらの筒を握ってね?同じように魔力を流してもらえれば大丈夫よ」

「わかった」


 今度は筒状の測定器に魔力を流す。

 ふわふわと中の球が持ちあがり、ある一定の場所で止まった。


「はい!いいわよ。ライル殿下は四つの属性持ちで、魔力量もそれなりにあるわね。この歳でこの量なら大人になればもっと増えるわ……羨ましい」

「ライルはどの属性なの?」

「一応、現段階では……となるけど、火・風・土・闇ね。魔力量は13で、一般の貴族よりは多い。将来的にはもっと伸びるわ」

「現段階では、ってことは……大きくなったら属性が変わることもあるの?」


 私の質問に先生はうーんと唸り、難しい顔をする。


「増える、ことはあっても減ったり変わったり、は今のところ報告はないかしらねえ……」

「増えるの?」

「ええ、突発的な何かがあった場合に目覚めることがあるのよ」


 突発的な何か、と言われて私は崖から落ちた日のことを思い出す。

 やはりアレが原因なのか。

 アリシアの話す物語……未来?の話では私にそんな力はなかった。ただのモブ王女。名前も顔も出てこなかった存在。


 それもそのはずだ。

 だってその話の中の『私』は、お父様の視察について行っていないのだから。

 きっとお父様が視察に出ていることも知らず、気がついた時には「亡くなった」と報告を受けたに違いない。


 それぐらい『私』と言う存在は放置されていた。

 そしてそのまま大人になったからこそ……、なのだ。

 その話の『私』もお父様が生きていたなら、何かが変わったのかもしれない。モブではなく、ちゃんと自分を持った『私』になれたのだろう。


「ルティア、お前は測らないのか?」

「私は前に測ってるの。でも魔力量は毎回測ってたけど……」


 測るべきかしらと見ていると、今日は大丈夫だと言われた。すると私の属性が気になったのか、ライルが私の属性を先生に尋ねる。


「ルティアの属性は?」

「姫殿下の属性は風・水・土・闇、ね。ロイ殿下も同じと聞いてるわ」

「そうなの?」

「ええ」


 ロイ兄様の属性は聞いていないので知らなかったのだが、聖属性以外は同じなのか。もしかしたら兄様も何か危ない目にあったら目覚めたりするのかな?と考えて、それはダメだなと思い直す。

 聖属性が目覚めるかもわからないのに、危険な目に遭って欲しくない。

 うっかり口を滑らせたが最後、じゃあ試してみようか?と言い出す可能性がある。


 兄様の方が大人しいとか言われているけど、何だかんだ言って私達は————兄妹なのだ。根本のところは全く変わらない。


「……俺だけ水はなくて火なんだな」


 ポツリとライルが呟く。その言い方がなんとなく寂しそうに聞こえた。

 きっと……リュージュ妃の言葉が嘘であったらな、と思っているのだ。自分だけ実はお父様の子ではありませんでした、と言われてハイそうですか、なんて言えるわけがない。


 頭で理解できても、感情は別物なのだ。


「あら、殿下はご存知ありません?陛下は聖属性以外の5属性全てをお持ちです。リュージュ妃様も火の属性を強くお持ちですし……」

「つまりライルは火の属性が強く出る素質があったってこと?」

「当たり。姫殿下とロイ殿下が同じ属性なのは両殿下の母君の属性が強く出たのかもしれないわね」


 先生の言葉にライルは少しだけホッとしてした表情を浮かべた。







 ***


 魔術式、とは————

 大昔からある、魔術を行使する為に使う補助具のようなものである。


「補助具?」


 私は先生の言葉に首を傾げた。魔術式は魔術式で……補助具と言うにはちょっと変な感じだ。


「要はアタシ達の力は魔術式がなければ上手く使いこなせないってことね。魔術式を思い浮かぶことさえできなければ、宝の持ち腐れなの」

「そんなに変わるのか?」

「変わるわ。知ってるのと知らないのとでは大違いよ」

「……つまり、属性のある人間はきちんと学ばなければならないと言うことだな?」

「ええ、その通り」


 ライルの言葉に先生は嬉しそうに笑う。

 きちんと学ぶ、と言うところが良かったのかもしれない。だって今までのライルを知っている人なら、今のライルを見たらとても驚くだろう。


 ライルは私が想像してたよりも、実はちゃんとしている。離宮の暮らしも、ロビン達に手伝ってもらうことが減ってきたそうだ。

 最近では率先して自分でやっているらしい。


 育つ環境って大事なんだな、って心の底から思う。

 それは私にも言えることだけど。


「さて、魔術式は人が魔術を行使するために使う物ね?ではなぜ、魔法石に入れて使うと思う?」

「魔法石に入れる理由?」

「使いやすいからじゃないのか?」

「その方が魔力の消費も少ないし……」


 私とライルは顔を見合わせてそう答える。だが、それだけでは不十分だったようだ。


「魔術式を魔法石に入れる、と言うことは属性を持たない人も使える、と言うことよ。この部屋の灯りは火の魔術式が使われている。でも火の属性を持たない姫殿下にも灯りはつけられるでしょう?」


 そう言って魔法石が使われている物を先生はあげていく。

 火の魔術式で灯り、水の魔術式で綺麗な水、そして蛇口の水を出したり、止めたりするのは闇の魔術式が使われていると。


 確かに魔法石が使われているものは生活に根ざしたものが多い。

 魔術式自体は誰でも入れられるわけじゃないけど、入れるだけなら道端の石ころにも入れられて、魔力があれば誰でも扱える。

 もちろん魔術式を入れるには属性持ちの人に頼まなければいけないが、それを生業にしている人は多いから困ることもない。


 そう。魔力さえあればどの国の人だって簡単に使える。とても便利なものだ。

 でもこういった物は他の国では珍しいと言う。


「なぜ他の国では使われていないの?」

「簡単よ〜その方が特権階級って感じがするでしょう?」


 属性を持ち魔力量の多い自分達は特別である、と庶民にアピールしたいのだ、と先生は言った。


「特権階級って威張りたいから使われていないの!?便利な物をわざわざ使わないなんておかしいわ!」


 ない生活なんて考えられないのに!と私が驚いた声をあげると、先生はクスクスと笑いだす。

 でもライルはその理由が納得できたようだ。


「特権階級ってさ、それだけで偉いんだよ」

「でも魔力なんて大体の人が持ってるものでしょう?」

「国によりけり、かしら?全くない人もいるわよ。そう言う人にはファティシア王国みたいな国は生きづらいかもしれないわね」

「魔力がない人もいるの?」

「そうよ。極々稀にこの国でも生まれる。そう言う人達は神殿預かりになるけど」


 なぜ神殿で預かるのかと言えば、神殿は基本的に魔法石を使わずに生活しているからだ。神殿で働いている多くの神官達は聖属性。

 日常生活で魔力を極力使わないようにしていると教えてれた。

 つまり日常生活に回す魔力があるなら神殿に助けを求めに来た人を救う方が先決、らしい。なかなかハードだ。


 神殿預かりになった魔力なしの人達は、そんな神官達の生活を日々サポートしている。

 朝は元気でも夕方には魔力が足りなくてゲッソリしてるので食事や掃除、洗濯といった準備なんかは彼らの仕事になるらしい。


「……魔力はあってもなくても大変なんだな」


 ライルの言葉に先生が苦笑いを浮かべる。


「そうねえ……でもみーんなそんなものよ?何かしら足りないって思ってる。でも足りないからと言って、文句を言うよりも自分から何かを始めた方がお得じゃない?」

「得……?」

「そっ!悩んでる時間がもったいないわ。人間の一生の時間は限られているんだから、悩むことも大事だけど、それよりも行動した方がいい時もあるのよ!」


 先生はそう言うとバチン!とウィンクをして見せた。


 その言葉にライルは私の顔を見る。そしてなるほど、と頷いたのだ。

 なんだろう、その納得の仕方は……別に私だって悩みがないわけではないし、色々考えてはいる!


 大体行動した後にだけど……


 でも失敗したら謝るし、人の迷惑にならないように気をつけてはいるつもりだ。


「あら、姫殿下は何か心当たりでもあるのかしら?」


 少し意地悪げに先生が笑う。


「そ、そんなことはないもの!……一応、考えてはいるわよ?」

「一応、な……」

「まあ一応でも考えてるだけ良いわよ。ロックウェル魔術師団長なんて、アタシと接触禁止令出てますからね!」

「え?」

「どうしてだ?」


 接触禁止令なんて職場が近いのに、なぜそんなことを?と私達が首を傾げると、先生はちょっと遠い目をする。


「昔ね、ちょーっと色々やらかしたのよ……若気の至りね」

「ちょっと……」

「色々……」


 何をやらかしたのだろうか?と聞くのがなんだか怖くなった。










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