第49話 新しい先生

 ライル達と新しい果樹の苗木を植えてから数日、今日は新しい魔術の先生が来る日だ。


 ロックウェル魔術師団長の推薦で魔術式研究機関の人が来るそうだが、初めて会うのでやっぱり少し緊張する。

 おかげで昨日からソワソワしっぱなしで、今朝も早く目が覚めてしまった。


 私を起こしに部屋に入ってきたユリアナは、ベットの中で既に起きて着替えの準備をしていた私を見て笑いだす。

 淑女らしく起こしに来た時にベッドの中にいれば良いのだ。その前にベッドから抜け出して、今日着る服の準備をしてたとしてもセーフだろう。


「姫様、そんなに待ち遠しかったのですか?」

「だって初めて会う人だもの……」

「そんなに早く起きなくても、会う時間は変わりませんよ?」


 クスクスと笑いながら私の支度を手伝ってくれる。

 私はいつも通りのシンプルな服を着てから顔を洗うと、朝食を食べる為にマリアベル様のお部屋へ向かった。


「おはようございます!お母様」

「おはよう、ルティア」


 優しい微笑みを浮かべてマリアベル様が私を迎え入れてくれる。私はそっとマリアベル様に抱きつくと、マリアベル様のお腹にもおはようと声をかけた。


「早く会いたいなあ」

「あと……三ヶ月はかかりますわね」

「あと三ヶ月もいるの!?」

「ええ、その間にもっとお腹も大きくなりますよ」

「そうしたら、歩くのも大変だわ」


 今でも大変そうなのにと言うと、私の言葉に周りにいた侍女達が頷く。今はまだ動き回れるが、生まれ月になったらお腹が大きすぎてあまり動き回れないのだそうだ。


「そんなに大きくなるの?そんなに大きくなって大丈夫なの?」

「ルティアもカロティナ様のお腹にいた時はそうだったんですよ?」


 衝撃の事実に私はポカンと口を開けてしまう。そんなに長い間、赤ちゃんはお腹の中にいるのか……そして私もお母様のお腹の中にいたのかと思うと驚きだ。


「お母様ってすごいのね」

「ふふふ。ルティアもいつか大人になって好きな人ができて、そして子供を産む時にわかるわ」

「そうかしら……でも、あと三ヶ月……まだまだ会えるのは先なのね」


 マリアベル様の膨らんできたお腹をそっと撫でる。

 周りの侍女達は三ヶ月なんてあっという間ですよと教えてくれた。そうだと良いなあと思いながら、マリアベル様の手を引いてテーブルにつく。


 用意された朝食は私とマリアベル様ではちょっと違っていた。

 マリアベル様のは今食べられる範囲で、栄養価の高いものを選んでいるらしい。赤ちゃんの分も栄養を取らないといけないから大変なんだそうだ。


 朝食が食べ終わると、魔術の先生が来るのでその準備をする。

 本当はマリアベル様に教えてもらいたいのだけど、何かあってからでは大変だ。なるべくマリアベル様の側で危険なことはしたくない。


「そういえば、今日から新しい魔術の先生が来られるのよね?」

「はい!魔術式研究機関の方だそうです。えっと……フォルテ・カーバニルさんと伺ってます。ライルも一緒に勉強するんですよ」

「まあ、ライル殿下も?」

「兄様の宮で生活するようになって、だいぶ改善されたみたい。離宮の人は後宮に比べると少ないから……自分で出来ることは自分でしなきゃいけないし」


 私がそう言うと、マリアベル様付きの侍女もそうですね、と頷いた。


「確かに、離宮は人手が少ないですね。こちらだけかと思ったのですが、ロイ殿下の離宮も同じぐらいの人数のようですし……」

「前の侍女長の時に比べたら全然良いのよ?前の侍女長の時はちゃんと働いている侍女はユリアナぐらいだったもの」


 そう言うとマリアベル様の侍女達はみんな眉を顰める。

 私は慌てて、でも特別困ったりはしていなかったと言った。大体のことはユリアナ一人で出来てしまうし、私も出来ることは手伝っていたからだ。


「前の侍女長はフィルタード派の方でしたか……」

「そうみたい。でも、辞めてしまったから……それに今の侍女長は怒ると怖いけど、しっかり者で、率先して働いてくれてるの」


 マリアベル様はそうね、と頷いてくれる。


 新しい侍女長のカフィナ・テルマは黒い髪をぴっちりと後ろでまとめていて、そのふくよかな体型に似合わずとても動きが素早い。

 彼女が来たばかりの頃、まだ淑女教育の重要性を理解していなかった私は部屋を抜け出して遊びに行こうとしていたのだが……あっさりと捕まってしまったのだ。


 あんなに素早く動くだなんて想像すらしてなかったもの!それに走るのも得意だったから、かなり衝撃的な出来事だった。


 その時にものすごーく丁寧に、だけとみっちりと淑女教育の重要性を話してもらい、もう次から逃げ出すのはやめよう、と心に決めたのだ。


 侍女長は怒ると本当に怖い!


 でも前の侍女長と違って、ちゃんと私の話を聞いてくれるし、無視されたりもしなければ、宮の掃除も行き届いている。


 一度、人が少なくて大変じゃない?私も手伝った方が良い?と聞いたことがあるが、適材適所なので大丈夫です。と断られたことがある。

 前の侍女長が辞めたことで、離宮の侍女達も入れ替わっているからきっと彼女のお眼鏡にかなった人しか勤められないのかもしれない。


 そんな話をしてる間に、ライルが見知らぬ男の子を連れてマリアベル様の元を訪ねてきた。


「いらっしゃい、ライル」

「ルティア、お前なんで……っと、あの、マリアベル様、おはようございます。お久しぶりです」


 ライルはマリアベル様に頭を下げる。きっと後宮で何度か顔を合わせたことがあるのだろう。

 マリアベル様は静かに微笑み、お久しぶりですねと声をかけた。


 ライルが顔を上げると、その視線がマリアベル様のお腹の辺りを彷徨う。

 マリアベル様のお腹が大きいことに気が付いたのだ。

 そしてチラリと私を見る。


「……本当に自分が食べたいだけ、じゃなかったんだな」

「そうよ?最初にそう言ったじゃない」

「……それは、その。悪かった」

「でも美味しいものを食べたいのは本当だから良いのよ」


 ニッと笑うと、ライルは目をパチクリとさせてから笑った。

 そしてそれを誤魔化すように小さく咳払いをすると、ライルの後ろにいる男の子を紹介してくれる。


「ルティア、マリアベル様、俺の従者が新しく決まりましたので紹介します。彼はアッシュ・ラード、俺の四つ上です。正直者で、とても良い従者です」

「初めまして、アッシュ・ラードと申します。よろしくお願い致します」

「初めまして、ルティア・レイル・ファティシアよ。よろしくね」


 ライルの従者は少し浅黒い肌に黒い髪、濃い緑色の瞳をしていた。

 きっと他の国の血が混じっているのだろう。でも珍しいことではない。お城の侍女や侍従にも肌の色が違う人は普通に働いている。


 他の国の人との婚姻は特に禁止もしてないし、他の国の人でもある一定の決まりをクリアすればファティシア王国の住民となれるのだ。もちろん生まれた子供はそのまま住民として認定される。


 国によってはそういう事を禁止している所もあるけれど、ファティシア王国は三つの国に接していて更に海もある。貿易をする関係上、その辺はゆるいそうだ。


 私的には色んな国の色んなことを知る機会が増えるから楽しいな、と思う。

 きっと大人になるとそれだけではないとは思うけど。


 そんな事を考えていると、ライルがツンツンと私の服を引っ張ってきた。


「どうしたの?」

「その、さ……畑なんだけど……」

「うん?」

「拡張するって言ってたろ?」

「ああ、魔術師団長が張り切ってたから多分……」

「そしたらさ、その、ベリーの木も植えさせてくれないか?」

「ベリーの木?もちろん良いわよ」


 私が了承すると、ライルは嬉しそうに笑う。なんでもリュージュ妃の好きな果物らしい。季節になると生でヨーグルトの上に乗せて食べたり、パイを作ってもらったりしていると教えてくれた。


「じゃあ、たくさん植えてジャムがたくさん作れるようにしましょう?そうしたら、季節が過ぎても食べられるわ」

「うん。ありがとう。苗の手配は兄上に教わって俺がやってみるから、届いたら植えさせてくれ」

「わかったわ。よろしくね」


 そんな話をしていると、マリアベル様はニコニコと嬉しそうに笑っている。どうしたのかしらと首を傾げると、仲が良くなって嬉しいんですよと教えてくれた。


「そうかしら……?」

「まあ、前は全然こっちにも来なかったし、兄上やルティアがどんな生活をしてるのかも知らなかったからな」

「そうね。お互いに知らないことの方が多かったかも」

「これからはたくさん交流して、仲良く過ごしてくださいね」

「うん……それは、多分。大丈夫だと思う」


 ライルはコクリと頷く。私も同意するように頷いた。


「そうね。それにこれから産まれてくる赤ちゃんに私達の仲が悪いって思われると悲しいもの」

「赤ちゃん……後どのぐらいで産まれるんですか?」

「あと、三ヶ月ぐらいですね」

「三ヶ月……あっという間だな」

「そうかしら?三ヶ月って結構長い気がするわ」


 そう言うと、ライルはそう言っているうちにあっという間に産まれてしまうんだ、と言う。なんでもフィルタード侯爵家にはライルより四つ下の従姉妹がいて、その子が生まれる時もあっという間だったらしい。

 ちなみに三兄妹でライルの一つ上と一つ下の子は男の子だそうだ。


「でも赤ちゃんって十ヶ月もお母様のお腹の中にいるのでしょう?そんなにあっという間ではないと思うのだけど……」

「それまでに準備するものが多いんだ。マリアベル様は乳母を用意されますか?」

「ええ、そうね」

「と言うことは、乳母も手配しないとダメだろ?産着に、おしめに、ゆりかごに、生まれてくる季節でも必要なものは変わってくる。その年によって暑さや寒さも多少違うし……」

「……つまり準備をしていたらあっという間に産まれちゃうのね?」

「そう言うことだ」


 つまり私も、まだかなーまだかなーとしてるよりは赤ちゃんの為に何かできることを探していれば良いと言うことだろうか?私にできることってなんだろ?

 あ、でも産む時はすごく大変だって聞いたから、マリアベル様の為に用意した方が良いかもしれない。

 赤ちゃんの物ならきっと他のみんなが用意してくれてそうだし……そうなると、やっぱりぽーしょんを作れるようにならないとダメね。

 ぽーしょんは万能薬だって言っていたし、きっと疲れた体にも効くはず!そんな事を考えていると、ユリアナが先生が来たと教えてくれた。


「さ、お二人とも。しっかり学んでいらしてくださいね」

「はい!お母様」

「では、失礼します」


 私達は連れ立って離宮内の魔術式を学ぶ為の部屋に向かう。

 本当は魔術式を学ぶ為の部屋というのは前から存在していたらしいが、今までマリアベル様から教わっていたから使ったことはなかったのだ。

 教わるのが初歩の初歩なら必要ない部屋でもあったし。でも私の魔力量からちゃんとした部屋で学んだ方がいいと言われ、今日から使うことになった。


 部屋の中に入ると、中では灰色がかった銀髪を後ろでゆるく三つ編みにした……女の人?がいる。

 聞いていた話では男の先生のはずなのだが、目の前のすごく綺麗な人は背の高さを除けば女の人にしか見えない。

 ライルと顔を見合わせて首を傾げると、少し野太い声が豪快に笑った。


「あらやだー!こーんなに可愛い子達に教えられるのね!!」

「ええっと……フォルテ・カーバニル先生でよろしいですか?」

「ええ、そうよ。フォルテ・カーバニル、魔術式研究機関の研究員をしています。今日からライル殿下とルティア姫殿下の先生になりますわ!」

「あの、男性の方だと伺っていたのですが……」


 ライルは困惑気味に尋ねる。ライルの後ろでは、アッシュが笑いを堪えきれていないで肩をプルプルと振るわせていた。


「そうよ。でもアタシ、心は女なの」

「はあ……」


 くねっとシナを作り、私、綺麗でしょう?とアピールしている。ライルはどう反応したものか、と困惑してるのが手に取るようにわかった。


 何というか……私達の魔術の先生はとても個性の強い方みたいだ。



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