第48話 畑でプチパニック!
ファティシア王国では魔術をそのまま使う人は少ない。
他の国では使う人もいるようだけど、長時間継続して使える、もしくは咄嗟の時に使える、そんな時の為に魔法石と呼ばれる宝石魔法が発達したと言えるだろう。
宝石と名前は付くけれど、実際には道端に転がってる石でも魔術式が入れられるのであれば問題なく使える。
要は魔術式のランクの問題なのだ。
ロックウェル魔術師団長が見せてくれたように、灯りは「光」と言う魔術式が一つだけ使われている。
この灯りを自分の好きな色に変えたいと思うのであれば「光」と「色変え」の魔術式が必要になるわけだ。
しかし、ここで私は疑問に思った。光と色変えの魔術式を一つにまとめられないものかと。
「あのね、魔術師団長……この光と色変えの魔術式って一つにまとめられないの?」
「あら、良い所に目をつけられましたね!」
「と言う事はできるの?」
「できますよ。ですが、小さな石では無理ですね」
「やっぱりこのサイズの石は必要?」
「ええ。光るだけの魔術式は一番単純と言われていますけど、この魔術式は『誰でも魔力を入れれば光る』ように作られています」
「つまり、単純に見えて、単純ではない?」
そう聞くと魔術師団長はニコリ笑い頷いた。
そうか。この魔力を入れれば光る、と言うのは簡単に見えて実はすごい魔術式だったのか、と私はマジマジと石を見てしまう。
隣で話を聞いていたライルも同じように石を見ていた。
「先人達が削りに削って、魔力を入れるだけで広く大衆に使えるようにした魔術式はたくさんあります。それを見返して、まだ削れる所はないか?と考えたり、さらに新しい魔術式を開発するのは魔術式研究機関の役割ですね」
「魔術式研究機関?」
「魔術師団と兄弟のような機関です。古い魔術式から、最新の魔術式まで色々と研究してますよ。私は元々そちら希望だったのですが、気がついたら魔術師団長になっていたんですよねえ」
おかしいわ……と頬に手を当てて首を傾げる魔術師団長を見て、少し離れた場所で聞いていたシャンテは顔の前で左右に手を振っている。
そして私達を見ながら口をゆっくりと動かした。
『の・う・き・ん』
のうきん……脳筋?いやいや、こんなおっとりした感じの……でもないか、それでもたおやかな感じの人が脳筋なわけがない。
うん。きっと年頃の男の子はお母様に対して恥ずかしいって感覚があるのね、と思うことにした。
そうだ。きっとシャンテはお母様と一緒なのが恥ずかしいだけに違いない。
「さ、ひとまず今日の所はこの辺で……畑にまだ植え終わってないものもあるんですよね?」
「あ、はい!取り寄せてもらっていたものが届いたから、ライルにはそれを植えるのを手伝ってもらおうと思ってるの」
「何を植えるんだ?」
ようやく自分にもできることが!とライルはパッと顔を輝かせる。私はそんなライルに果樹を植えると伝えた。
「あのね、果樹も植えようと思って」
「果樹?薬草畑なのに?」
「そう。体に良い果物もあるから、もしかしたら魔力過多の畑なら早くできるんじゃないかと思って!!」
「お前それ……自分が食べたいだけじゃないのか?」
妊娠中のマリアベル様は、食べられるものと食べられないもの、食べられたのに食べられなくなってしまったものがあるそうだ。
どうせなら食べられるものが増えたらいいな、と思って果樹を植えようと思っているわけで、私が食べたいからではない。
ライルの言葉にちょっと視線をずらしつつ、私はまだ言えないだけだから!と自分の中で言い訳をする。
そう、断じて私が食べたいから、だけではない!
「でも季節の早い時期に食べられたら良いなーって果物あるでしょう?」
私がそう言うと、ライルは確かに、と頷く。なんだったらライルの好きな果物でも植えてみようかなと考えていると、隣にいた魔術師団長がキラキラとした顔で見てくる。
え、なんだろう?私、また変なこと言ってる?
「姫殿下、どうせなら……もう少し畑を拡張しません?」
「え?」
畑を拡張?そんなこと勝手にはできないはずだ。お父様から頂いた畑の面積は決まっている。魔術師団長である彼女が知らないわけがない。
しかし魔術師団長の思考は一気に彼方へと行ってしまう。
「そう……そうですよね。やっぱり試したくなりますよね?薬草だってこんなに早く育つんですもの!他の物でも試したくなりますよねー!!」
バンザーイとしながら叫ぶ姿に周りにいたみんながギョッとした。
シャンテだけはため息を吐くと、明後日の方向を向いていたけれど……
***
ひとまず、届いた果樹から植えることにした。
畑の件はもう魔術師団長に任せよう。うん。きっとその方がいい。
私は魔術師団長に丸投げをし、ベル指導の元、畑に果樹を植えていく。
ひとまず五種類ほど。同じ種類を一列ずつ植えていく予定だ。
「まずは軍手をしてくださいね。この畑の土は大変フカフカで扱いやすいですけど、シャベルを使う時は危険なこともありますから」
「スコップなら使ったことはあるけど……シャベルはないわね」
「姫殿下にはまだ重いですからね」
そう言うとライルに気をつけてくださいね、と言ってシャベルを渡す。とは言っても普段、庭師の人が使っているシャベルよりは小さめだ。
きっと私達が使えるようにと小さめのものを用意してくれたのだろう。
ライルはシャベルを受け取ると、物珍しそうに見ている。
「これで、土を掘る?」
「ええ、このように土に刺して、足で押し込みます。で斜めにグッと持ち上げる。するとこのように土がスコップに乗りますね?」
「うん」
「で、余分な土は横に置いておきます。すると、ほら掘れてますね」
小さく空いた穴を見てライルは頷く。
ベルはシャンテ、ジル、リーンの三人にもシャベルを渡し、空いてる場所に穴を掘るサイズを指示する。
私とアリシアは穴の中に苗木を植えて、スコップで周りに土を入れる係だ。
スコップは丸い筒を斜めに切ったような形をしていて、私達でも持ちやすく軽い素材で作られている。
「さ、皆さん。手元と足元に気をつけてやってみましょうか」
「はーい」
みんなで元気よく返事をすると、四人は穴を掘りだす。私はそれを眺めていたのだが、ふとロイ兄様とロビンが何かをしようとしていることに気がついた。
「兄様、何をしてるの?」
「僕は畑仕事は苦手だからね。こっちをやろうと思って」
「兄様、畑仕事苦手なの?」
「ほら、姫さんがミミーを見せたから……」
「あー」
ロビンに言われて思い出す。なるほど、あの太くて大きなミミーか……確かに卒倒するほど驚かせてしまったな、と反省する。
「ルティア様、ミミーってなんですか?」
「ミミーはね……」
説明しようとした時に、後ろでキャー!と悲鳴が上がった。
振り返ると悲鳴を上げたのはジルのようだ。何かあったのかと私が慌てて近づくも、ジルは隣にいたシャンテに抱きついて離れない。
「どうしたの?」
ジルはシャンテに抱きついたまま、シャベルを指差している。特に怪我をしたわけではなさそうだな、と思いながらジルのシャベルを見た。
何かいるのだろうか?とジッと見ているとニョロニョロと動く細長いものが……
ミミーだ。
やっぱりフカフカの土の中にはいるものなのだな、と私はその小さめなミミーを手に取る。するとジルの悲鳴で近くに寄ってきていたライルが、勢い良く私から距離をとった。
「ライル?どうしたの?」
「お、お前……よく、その……掴めるな?」
「別に……噛んだりしないわよ?」
「そう言う問題じゃなくてな!?」
「あ、でも流石に幼虫は素手では掴めないわね。挟むやつで掴んで池の中に入れちゃうわ」
幼虫はダメだ。毛虫も。後ヘビも。幼虫までならなんとか挟むやつで池の中に落として魚の餌にできるけど、毛虫はあの毛が意味がわからないし、ヘビも噛むから嫌だ。それに動きも早いし!
思い出すとゾッとする。
「あのーどうしたんですか?」
アリシアに声をかけられ、私はミミーを手にしたまま振り返った。ライルのあ、と言った声が聞こえた気がしたが、私はかまわずミミーをアリシアの手に乗せる。
「あのね、さっき言ってたミミーってこれのことよ」
「ミミー……みみ、ず?ミミズ?」
「そう。兄様に見せたのはもっと太くて長くて立派な子だったの!」
そう言い終わる前に、アリシアの体がふらりと傾ぐ。
わー!!っと声を上げて、慌ててライルがアリシアの体を支えた。
なんとアリシアはミミーを見て気を失ってしまったのだ。
「あ、アリシア!?」
「ルティア!お前、自分の基準でそれを普通の令嬢の手に乗せるなよ!」
「え!?ダメだった!?」
「普通の令嬢は……ダメでしょうね」
シャンテが後ろで同意している。私は慌ててアリシアの手からミミーを取り、少し離れた場所に放してあげた。
そうか……普通の女の子はミミーダメなのか……畑仕事を嫌な顔せず付き合ってくれるからてっきり慣れているのかと思っていたのだ。
これからは事前に聞いてからにしよう。
アリシアは目が覚めるまで馬車の中でランドール先生が見てくれることになった。
私はアリシアの分まで植えるのを頑張り、ミミーが出たら別の場所に放すを繰り返す。
ようやく届いた苗木達が植え終わる頃には、少し陽も傾き始めていた。
「みんな、お疲れ様。手を洗ってお茶にしよう」
兄様の声に振り向くと、元々
どうやら私達が作業している間に兄様とロビンで作ったようだ。
「すごい!兄様、これどうしたの?」
「材料は持ってきてもらっていたから、作ってみたんだ」
「土木系の魔術式には簡易的なテーブルとか椅子とか作れるのがあるんですよ。まあ、簡易的なので長期は使えないんですけどね」
「それでもすごいわ。ありがとう兄様、ロビン」
「どういたしまして。さ、みんなも席についてお茶にしよう?たくさん動いてお腹が空いたろ?」
そう言うとロビンとユリアナがササッとお茶の準備をしてくれる。
気を失っていたアリシアも目を覚まし、恐縮しながらお茶を飲んでいた。
「す、すみません。何もしてないのに……」
「ううん。私が悪いの。普通の女の子はみんなミミーがダメなのね」
「なんと言いますか……虫系はちょっと……ヘビもですけど」
「私も虫はそんなに好きじゃないし、ヘビもダメよ?」
「ミミズは良いんだ……」
ジルがポツリと呟く。私はその問いに首を傾げた。
「ミミーは良い子だもの」
そう言うとベル笑いながら同意してくれる。
「そうですね。確かにミミズが多い畑は土が豊かで実りが多いと言います」
「ああ、ミミズって確か土を柔らかくしてくれるんでしたよね」
「ええ。よくご存知ですね」
「でも苦手なものは苦手なんです……」
アリシアは項垂れながらそう答えた。ミミー良い子なのに、残念。
「ルティアは、今後何か虫系のものを見せる時は事前に言おうね」
「はーい」
兄様にも注意されたので今後は気をつけることにする。
豊かな畑の象徴なのに、ミミーと仲良くできそうな子がいなくて少しだけ残念に思った。
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