第47話 時が巻き戻る!?

 ロックウェル魔術師団長とベルが考えた新しい魔術式は、私の想像を遥かに超えるものだった。


 手渡された魔法石は、私の魔力によって花が広がるかのような魔術式を展開していく。

 ふよふよっと土やヘタッてしまった草木が動きだし……それはもう、生きているかのように!クルクルと回りながら畑の中は元の姿を取り戻す。


 それが魔術式の広がりと共に畑中に徐々に広がっていくのだ。


 土が盛られ、苗は植わり、折れてしまっていた苗木も元の枝ぶりに戻る。

 ついこの間、植えたとは思えないほどに青々として綺麗な畑になっていく。


「すっごい!!まるで踊ってるみたいだわ……」

「ええ、大変素晴らしいです!私ではここまで早く戻すことはできませんでしたが、やはり魔力量の違いかしら?それとも魔力の質?ああっっ!!なんて素敵なのかしら!!」


 最後の方はすでに独り言の域だ。

 魔術師団長は呆気に取られている私達を置いて、どこか遠くの世界に旅立っている。


「こんなことが……できるのか?」

「すごい……逆再生みたい」

「これが応用できれば、もっと色々できそうだね」


 ライルとアリシア、それにリーン、ジルはポカンとした目でこの光景を見ているし、シャンテは両手で顔を覆っていた。そしてロイ兄様は別のことに応用できないかと考えている。


 私なんてこんな素敵な魔術式なら、うっかり落として割ってしまったティーカップとかお皿とか元に戻せるんじゃないかな?ぐらいしか思いつかなかったのに。

 でも大事よ?お皿とかティーカップってセットで揃えてるから。一つ欠けると使われなくなったりしてもったいないのだ。


「この魔術式は魔術師団長様や魔術師団の方々が実験してくださったのですが、流石に人や動物には使えませんでした。物や植物までが限界のようです」


 ちょっとの間、遠い世界に旅立っている魔術師団長の代わりにベルが教えてくれる。十分すごい魔術式だが、やはり人にも使えないか試したのか……

 これだけの魔術式だから人に応用できないか考えるのは当然と言えば当然かもしれないけど。


「古い物も再生できたりするのかな?例えば古書のように文字が読みづらくなってしまったものとか……」

「古書、ですか……実験してみないと何とも。まだサンプルが少ないので」

「そっか……古い物の中には文字が掠れて読めない物もあるから、そう言うのが再生できるといいんだけどな」

「元々は自然災害などでダメになってしまった植物をある程度まで戻す、と言う魔術式でしたからね。ここから先は魔術師団長様と魔術師団の方々の領域でしょうか」


 そう答えるベルに、少し残念そうに頷く兄様。いつかできるようになるといいな、と思ってしまう。

 いや……兄様のことだから将来自分で改良しちゃうかも?そんな事を考えていると、パチッとロビンと目があった。

 

 ロビンは人差し指を口に当てる。更には口にファスナーをする仕草も!

 つまり、余計なことは言わない。と言いたいのだろう。

 何故ロビンがそんなことをするのか、その時の私にはよくわからなかった。



 ともかく、畑は魔術師団長とベルが開発した魔術式のおかげでほぼ元通りだ。


 どうしてほぼなのかと言えば、燃えてしまった小屋や四阿あずまやは危ないからと、騎士団の人達の手によって畑から撤去されている。

 だからほぼ、なのだ。


「これで大体元に戻りましたね」


 もう大丈夫ですよ、と言われて魔法石に魔力を注ぎ込むのをやめる。やめてもちゃんと元の畑のままなのが凄い。

 ふと手の中の魔法石を見る。すると魔法石は粉々に砕けていた。


「魔術師団長!!ま、魔法石が……!!砕けちゃった……」

「ああ、大丈夫ですよ。この魔術式は1度しか使えないタイプのものなので、石も砕けます」

「でも……この魔法石、とても良い石だったわ。私、返せそうな石を持っていないもの」


 てっきり何度も使えるタイプの魔法石かと思っていた私は、砕けてしまった魔法石を見て途方に暮れる。

 私の手のひらに乗るほどの少し大きめの赤い石だった。それが見事に粉々……最初の美しい姿は見る影もない。

 これ絶対に高いわ。子供の私じゃ絶対に買えない。


「ああ、お気になさらず。この魔法石はリュージュ様より頂いたものを使いましたので」

「リュージュ様が……?」


 なぜリュージュ妃がそんな事をするのだろう?私が首を傾げると、魔術師団長は苦笑いを浮かべながら「お詫びです」と言った。


「お詫び……?」

「リュージュ様は良かれと思って、姫殿下とロイ殿下のお二人を離宮に入れました。ですが、実際にはあまり環境は良くなかった。特に姫殿下の環境は……淑女教育もまともに受けさせていないなんて、と憤っておられましたよ」

「私はそんなに気にしていないわ。今はちゃんと受けられているし、それに……こっそりお城の中を出歩くのって実は楽しかったの」


 お城の中はいろんな人が働いている。その人達の所で遊ばせてもらうのは楽しかった。もちろん仕事の迷惑にならない範囲で、とは思っていたが……子供がチョロチョロしていたのだから彼らも大変だっただろう。


 服装のそこそこ良さそうな子供。

 もしかしたらどこかの貴族の子供かもしれない。下手に何かあったら大変だ!となる気持ちは今ならわかる。

 それでも追い出したりはせずに、何かと相手をしてくれたのだ。時には内緒でおやつをくれたりもした。


 流石に今は、今の侍女長が目を光らせているからできないけど。


「まあ、リュージュ様は侯爵家で育った方ですし、そのような感覚はカケラもないはずなので……」

「育ちの差ってことね?」

「ええ。ですが本来なら姫殿下もだったのです。もちろん、私としては今の姫殿下しか知りませんのでどちらが良かったかと判ずることはできません」

「じゃあ、私が良かった。って思っていたら、良かったってことね?」


 魔術師団長はニコリと笑いながら頷いた。

 育ちは確かに大切かもしれないけど、普通ならできない経験はやっぱり貴重なものだと思う。それが得られただけ私は幸せだ。


「他にも幾つか預かってますので、必要な魔術式があったら仰って下さい。私が責任を持って入れさせて頂きます」

「そんなに?何だか貰いすぎな気もするのだけど……」

「王族の姫君ですから本来ならばある程度、身を守るための石は必要ですよ」

「でも……私が入れて欲しい魔術式も入れてもらえるのでしょう?と言うことはリュージュ様が魔術師団長に預けた石は一つや二つじゃないってことだわ」


 私が身を守るために必要な石。魔術師団長がそれを私が入れたい魔術式だけにしてしまうはずがない。必要な石を準備しても尚、余るからこそ言ったのだ。


「良いんですよ。もらえる時にもらってしまいましょう?魔法石があればできる幅は広がりますよ。特に良質な魔法石は少しの魔力量でも力を発揮してくれますし」

「うーん……でも、砕けてしまうんじゃ勿体無い気がするわ……」

「そもそも、どうして魔法石は砕けてしまうんだ?貴重なものなら砕けない方が長く使えて良いと思うんだが?」


 ライルは不思議そうに魔術師団長を見た。確かにその通りだ。魔法石に入れている魔術式にもよるが、一度で砕けてしまうものと、長く使ったのちに砕けるものとある。その違いはどこにあるのだろう?




 その瞬間————魔術師団長の目が光った。




「ふふふふ……気になります?気になりますよね?どうして一度で砕けるものと、長く使った後に砕ける石があるのか!しかも長く使える石はその辺の石でも使えたりします。例えば灯りに使ったり、水を綺麗にするものだったり」

「そうね。魔法石の種類って普通の石から高価な宝石までたくさんあるわ。でも、普通の人がそんな高価な宝石を買えるとは思えない」

「そうだな。宝石を買うのは大体富裕層か王侯貴族になる。でも俺達が持つような石に入ってる魔術式は一度使うと壊れたりするものが多くないか?」


 私とライルは顔を見合わせ、ね、と頷き合う。

 その違いは何だろう?魔力量で言うのなら、私達王侯貴族が多いはず。もちろん一般の人達の中にも多い人はいるけど。


「簡単に言うとですね、一つの石に入れられた魔術式の差です」

「魔術式の差?」


 魔術師団長はその場にしゃがむと、適当な石を手に取り一つの魔術式をそれに入れる。


「これは今、光の魔術式を入れました。つまり、灯りになります」


 光の魔術式を入れた石とは別の、少し大きめな石を探し、また魔術式を入れる。その時に良く見ていて下さいと言われたのでジッと見ていると、ふわりと二度光り、魔術式が二つ入れられているのがわかった。


「これは光の魔術式と色の魔術式を入れました。色の魔術式を入れると、光の明暗が変わるんです。試してみます?」


 そう言うとライルの手に一つ、私の手に一つ、石を乗せる。

 ライルが魔術師団長に指導されるまま魔力を石に入れると、ふわっと明るい色になった。色とすると白っぽい明るさとでも言えば良いだろうか?


「姫殿下の石は色を変えられるので、夕陽色になるように考えながら魔力を入れてみて下さい」

「わかったわ」


 私は夕陽の綺麗なオレンジ色を思い出しながら魔力を入れる。するとライルの石とは違ってオレンジ色の光になった。


「全然色が違う……」

「本当ね」

「ではこちら、ライル殿下が持たれているのと同じサイズの石に二つ魔術式を入れてみました。ライル殿下も好きな色を思い浮かべてもう一度、今のように魔力を入れてみて下さい」

「うん」


 ライルが同じように魔力を入れていく。その石は薄青い色の光になった。


「わあ、綺麗!」

「う、うん……」

「では魔力を止めてみましょう」

「わかった」


 魔術師団長の言葉の通り、ライルが魔力を入れるのをやめる。すると、その石は真ん中からパキッと割れてしまった。驚いたライルはキョトンとした目をして、石と魔術師団長を交互に見る。


「石が……割れた」

「ええ、二つの魔術式に耐えられなかったからです」

「耐えられない……?」

「こう言った普通の石には一番簡略化された魔術式を入れれば良いのです。そうすると壊れず、何度も使えるようになります。もちろんゆっくり劣化はしていますけど」

「つまり、光ることと色を変えることは二つの魔術式で構成されてるから、それに耐えられるだけの大きさの石が必要ってこと?」


 そう尋ねると、魔術師団長はそうです、と頷く。


 簡単な魔術式はそれだけに特化しているので、普通の石でもある程度回数を使える。

 逆に、魔術式が複雑になればなるほど普通の石では耐えられず、魔術式を入れる段階で割れることもあると言うのだ。

 もちろん大きな石を使うこともできる。しかしそれでは複雑な魔術式にすればするほど大きな石が必要になってしまう。

 手元で使うには使いづらい。検証した結果、高価な宝石だけがサイズは小さくとも複雑な魔術式を重ねて入れることが可能だとわかったのだ。

 だから入れる魔術式に応じて使う石も高価になっていく。


「でも、宝石に入れる魔術式でも壊れるものと壊れないものがあるでしょう?あれはどうして?」

「それは魔術式が入ってる数ですね。複雑な魔術式でも一つだけのものと、二つも三つも入れているのとでは石にかかる負荷が違います」

「私が割ってしまった石には幾つ入っていたの?」

「ええーと、土を戻す。植物や苗木のダメになった箇所の再生、植え直し、で三つですかね」


 入れられるようになるまで幾つか壊しましたが、大変良いものが作れましたと魔術師団長は胸を張る。

 それは、何だか……大丈夫なのだろうか……?

 本人が喜んでいるのだから良いのか、それとも壊れてしまった石の予算の出どころを考えた方がいいのか……




 畑が戻ったのは嬉しいけれど、複雑な心境になってしまった。

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