第46話 王女の畑

 全員の準備が整ったので畑へ向かう。


 きっと先に着いているであろうロックウェル魔術師団長は私達の到着を今か今かと待っているに違いない。

 私よりも私の畑に愛着のある人だ。待ちきれなくなって一人で進めてしまう可能性だってある。

 魔力過多の畑は魔術師団長にとってはとても魅力的なものなのだ。


 馬車に揺られながら、今日やることを考える。

 確か時を止める魔術式があるらしくて、私の畑にはそれが施されているらしい。証拠を保存する為のものらしいが……私には難しくてよくわからなかった。


「なあ、畑は……荒らされた時のままなのか?」


 私の正面に座っているライルがそう尋ねてくる。私はその言葉に頷き、魔術師団長が証拠を保存する為の魔術式を施していることを教えた。


「証拠を保存……?」


 案の定、ライルも意味がわからなくて首を傾げる。

 するとライルの隣に座っていたランドール先生がその魔術式を説明してくれた。

 どうやら空間を固定して、その場所だけ時間の流れを止めるらしい。そうすることで記憶を再生させる魔術式を使いやすくするそうだ。


「記憶の再生って……物とか場所からもできるんですか?」

「ええ、でもこの場合はというよりもですね」

「どう違うの?」

「記憶はあくまでも自分という肉体の中にあるモノです。その時々に応じて思い出すモノですね。ですが記録は紙やその他の記録できる外部の媒体を指します」

「……よくわからないわ」


 そう言って首を傾げると、先生は更にわかりやすく教えてくれる。


「例えば、今日計算の勉強をしましたね」

「はい」

「計算の勉強をした、今の時点でそれは『記憶』です。ですが、それを日記に今日は計算の勉強をしました、と書けばそれは『記録』になります」

「……なんとなくわかるような、わからないような」


 言いたいことはわかるのだが、それと畑の状態とが上手く結びつかない。


「ええと、そこであったことがそのまま風化せずに保存?できる魔術式が施されてるってことですか?それは畑も元に戻せてしまう?」


 ライルの質問に先生は首を振った。


「私の知る限りでは元に戻すまではできないかと……ですがとても高度な魔術式で、使われる用途は様々あります。例えば、伝統を途絶えさせない為とか」

「伝統を途絶えさせない為?」

「一子相伝の技に継いでもらう相手がいなかった場合、その技は途絶えてしまいますよね?」


 先生の言葉に頷く。そう言った技があるのは本で読んで知っているけれど、確かに継ぐ相手がいなくて途絶えてしまったら勿体ない。

 それも含めて技なのだと言われてしまえばそうなのかもしれないが……できることなら継承させる相手は欲しいだろう。


「特別な技術と言うのは紙に書いてあるだけではわからないこともあります。でも映像として残せるのなら、細かいところまで伝わるでしょう?特に作業場は絶好の場所です。ですがそのままではその場所は風化してしまいます」

「ああ、だからその魔術式を施しておけば後からそこで何が行われていたのか見れると言うことか……」


 ライルが納得したように頷く。私はなんとなく理解できたような?と言った感じだ。先生はライルの言葉にその通りです、と頷き、かなり特殊な魔術式であると教えてくれた。

 しかし畑を元に戻すものではないので、その魔術式とは別の魔術式も使われているはずだと言う。


「何だか魔術師団長の本気を感じるわね」

「そうなのか?」

「ものすごく、私の作った畑に興味があるみたい」

「ぽーしょんとか言う薬が作れるようになるんだろ?」

「そう。実物を見たことがないからわからないけど、でも作れたら素敵だとは思う」

「うん。それは俺も思う」

「魔術師団長様は作り方をご存知なのですし、きっと作れるようになりますよ」


 先生の言葉に私も頷く。できれば作れるようになりたい。そしてそれを売って儲けたお金で、更に畑を拡張して人を雇えるようにするのだ!


 そう意気込んでいると馬車が止まり、畑についたことを馭者が教えてくれる。

 私達は馬車から降りて、荒れ果ててしまった畑の前に立つのだった。






 ***


 畑にはベルと一緒に魔術師団長とリーンとシャンテ、ジルの三人がいた。

 私は隣にいたライルの脇を肘で軽くつく。


「な、なんだよ」

「彼らにも言うことがあるんじゃない?」


 先にベル本人には謝っているけれど、リーン達にも言わなければいけないことがあるはずだ。癇癪を起こしてよくわからない喧嘩をしたと言うのなら、先に謝ってしまった方がいい。


「俺、何に怒っていたのかも覚えてないけど……許してくれるかな?」

「それを素直に伝えて謝ったらどう?」


 私の提案にライルは少し考えて頷いた。きっと内容なんて本当に大したことではなくて……でも彼らは大人と違ってライルを諌め、それはダメだと言ったのだろう。それに対して更にライルが癇癪を起こした。


 そして謝るのは王族としては……と、変なプライドが邪魔をして、今までも謝れずにズルズルときてしまったのだ。

 例え王族でも悪いことはきちんと謝れる方が素敵だと思う。もちろん謝って済む話ではないことも世の中にはあるけれど。


 ライルは一番最初にベルの元へ行くとごめんなさい、と謝り怪我の具合を聞いた。ベルは怪我は治してもらったので大丈夫だと伝えると、ライルはもう一度ごめんなさいと謝る。


「本当にごめんなさい」

「同じ過ちを……繰り返さないでくださいね?」

「はい」


 神妙な顔をして頷き、今度はリーン達に向き直る。


「その、この間は……いや、ずっとごめんなさい」

「殿下……」

「俺、全然怒ってた内容すら覚えてなくて、それでその、気をつけるから……また俺がダメなことをしていたら言って欲しい」


 ライルの素直な言葉にリーン達は驚きを隠せないようだ。確かに今までのライルしか知らなければそうなるのだろう。

 私もワガママ放題のライルを噂で聞いていただけだったから、そう簡単にライルの行動が改まるのかと思っていたが……ロイ兄様の宮ではちゃんと大人しくしていると言う。


 ロビンが言うには「ちゃんと自分の話を聞いてくれるから」癇癪を起こす必要がないんだそうだ。

 離宮の侍女や侍従達は忙しくともちゃんと受け答えしてくれるし、わからなければ丁寧に教えてくれる。それがライルにとってみれば嬉しいことなのかもしれない。


 後宮にいる侍女や侍従達の態度がどれほどのものか知らないけれど、ライルが育つ環境としては最悪だったのだろう。

 そんな風に思いながらライル達を眺めていると、別の馬車に乗って来たアリシアが私の服を引っ張った。


「どうしたの?」


 ヒソリと囁くと、彼女は涙目になりながら「私の死亡フラグが立った気がします」と言ってくる。


「そんなもの立ってないわよ」

「ですけどね?ここに攻略対象が全員いるんですよ?もうダメなんじゃないでしょうか?」

「ねえ、アリシア。そもそもライルの婚約者だったらの話なんでしょう?ライル以外とそのヒロイン?と言う人がくっついたら、貴女には関係ないんじゃないの?」


 そうであればよかったんですけどね、とアリシアは遠い目をした。アリシアの後ろから歩いてきた兄様は苦笑いをしている。どうやら馬車の中でも情緒不安定だったらしい。

 と言うか、兄様も攻略対象とやらでは?と思ったが、今それを突っ込むと「やっぱり死亡フラグが!!」と言い出しかねないのでやめておく。


 それにしても聞くことが増えた。

 ライル以外の時もアリシアの身には何か起こるらしい。前に聞いた時に、他の攻略者の時もアリシアが邪魔をするとは言っていたが……その邪魔は命に関わるようなものなのだろうか?

 アリシアの言う「シナリオ」とやらは余程、アリシアのことが嫌いなのかもしれない。何だかものすごい悪意を感じる。




「さ、とりあえず仲直りも済んだことですし!畑を元に戻しますよー!!」




 魔術師団長の掛け声に私は何をすれば良いのか質問した。


「とっても簡単です」

「とっても簡単?」

「原状回復するだけです」

「げんじょうかいふく……?」

「簡単に言いますと初めにあった元の状態に戻すことですね」

「元に戻したら、元の畑にはならないんじゃない?」


 元に戻るとしたらただの土の状態だ。しかし魔術師団長はとてもいい笑顔で人差し指を振った。

 どうやら近衛が荒らす前まで戻すらしい。その為の魔術式をベルと一緒に考えたのだとか。


「ベルさんにお話を聞いていたら、自然災害などで被害を受けた畑をある程度まで回復させる魔術式が花師達の間で伝わっているそうです。それを応用してみました」


 話から察するにとてもすごい魔術式なのだと思うが、いまいちピンとこない。それはその場にいるベルと魔術師団長以外の人の顔にも表れていた。


「魔術式は完成させたのですが、実際にこれだけの土地を回復させるにはかなりの魔力が必要です」

「つまりの魔術式に私が魔力を注げばいいの?」

「なら俺がやる」


 そう言って手をあげたのはライルだ。自分のせいでこうなったのだから、自分で直すと。

 もちろん手伝ってもらうつもりで連れてきたが、ライルの魔力量を私は知らない。少ない、と言うことはないだろうけど……やらせていいものかどうか魔術師団長を見る。


「ライル殿下はご自分の魔力量をご存知ですか?」

「いいや。まだ選定は先だし……もしかして知っているものなのか?」

「いいえ。普通は10歳の選定の時期までは知りませんね」

「……普通は、と言うことは調べてるのか?」


 そう言ってライルは私を見た。私は視察の時に思いの外、魔力がありそうだとわかって調べたと伝える。


「そうなのか……」

「ライル、ルティアは特殊な状態で分かったことだから。僕も調べたのは10歳になってからだよ」

「僕とリーンは母がこうなので、先に調べてます」


 兄様は自分は選定時期まで知らなかったと言い、シャンテとリーンは幼馴染なので自然とそうなったと言う。


「僕はまだですね。それに10歳になるまでは魔力が安定しないから特別調べる必要もないと父に言われましたし」

「わ、私はその……調べてあります」


 同じ年頃の中で自分だけが知らない、と言うわけではないがそれでも知っている方が多かったことにライルは少し驚いていた。

 そして少し考えてから今回はやめておく、と魔術師団長に告げたのだ。


「それは俺では上手くできない可能性があるってことなのだろ?」

「そうですね……かなりの魔力量が必要になります。姫殿下でしたら問題なく発動させられるでしょうけど」

「俺ではわからない、と言うことだな。なら別のことを手伝う。下手に俺がやって失敗したら悪いから」


 ライルの素直な言葉に魔術師団長は柔らかい笑みを浮かべる。

 他の三人は目を丸くしているから、きっとライルが自分が言い出したことを引っ込めたのが珍しいのだろう。


「ではライル殿下には別のことを。姫殿下にはこちらをお願いしますね」

「わかったわ」


 私は魔術師団長から魔法石を受け取ると、彼女の指示の元ありったけの魔力を魔法石に込めるのだった。



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