第44話 有能なる従者の憂鬱(ロビン視点)
俺の名前はロビン・ユーカンテ 14歳 将来有望な美少年である。
仕事はファティシア王国の第一王子 ロイ殿下の従者だ。
この殿下は非常に優秀な方で従者としても鼻が高い。
ただまあ、難点を挙げるなら……面倒ごとを持ち込むってことぐらいだろうか?
俺の母曰く、面倒ごとを持ち込む癖は「カロティナ様そっくり」だと言うので、過ごした年月は短くとも血は争えないと言うことだろう。
カロティナ様————
幼い頃に俺も何度も相手をしてもらったことのある、とても強くて心優しい方だった。明るい茶色の髪を後ろでまとめ、何かを見つけると琥珀色の瞳がキラキラと輝くのだ。
結婚しても国境沿いの森に入ることをやめず、よく母に怒られていらしい。
多分、俺の初恋。
とは言っても好きになった時点で人妻だったから最初から見込みはなかったわけだけどな!
そんな俺がロイ殿下の従者に選ばれたのは必然であった。母がカロティナ様の侍女をしていたからだ。
おかげで殿下や殿下の妹である姫殿下の突発的な行動は対応しやすかった。母から対策を聞いていたおかげだ。
いやあ、もう……本当に血は争えない……
そんな殿下方がまた面倒ごとを持ち込んだ。
面倒ごとの元凶は「アリシア・ファーマン」侯爵令嬢 ファティシア王国の古参侯爵家の一つ、ファーマン侯爵家の御令嬢。
見た目は淡い金髪に少しつり目気味ではあるが、紫色の瞳が儚げな印象を与える女の子だ。
殿下の妹、ルティア姫のお友達という名の取り巻きを作るガーデンパーティーに来ていた一人。その時に異母弟のライル殿下を見て卒倒して倒れたお嬢さんでもある。
心配した二人はパーティーが終わった後、そのお嬢さんを見舞い、不思議な話を聞かされたと言う。
殿下から話の内容を聞かされた俺は正直言って半信半疑であった。
しかし姫さんの侍女であるユリアナからも同じ内容を聞かされたので、俺が殿下達に揶揄われていると言うわけではないだろう。
話の内容としてはこうだ。
国王陛下が視察の途中で事故で亡くなる。
それから5年後、流行病によって殿下が床に伏す。
それから更に5年後、彼女はライル殿下に衆人環視の中、婚約破棄されて数日後には処刑される。
と、言ったらしい。
いやいや。普通に考えて、ちょっと下位の令嬢をいじめたぐらいで処刑になんてならないから!しかもいじめとも言えない理由で。
よほど彼女に婚約者でいてもらっては困る理由でもない限り……いや、例えそうだとしても侯爵家だって抗議するだろう。その程度の理由で処刑されてはたまったものではない。
それに衆人環視の中で侯爵家の令嬢を正当な理由なく辱めたのだ。
その方が問題になる。貴族達にそっぽ向かれる可能性の方が高い。誰もが女にとち狂った王太子なんて嫌に決まってる。
まあ現状のライル殿下ならそんなこと言い出しても不思議はないが、彼女の話の中の「ライル殿下」はしっかりした、理性的な王太子らしい。
しっかりした理性的な王太子は、婚約者がいるのに別の女の子に夢中になって公衆の面前で婚約破棄したりしないけどな!と思わず心の中でツッコミを入れた。
「でね、ルティアが父上の視察について行くと言うんだ」
「姫さんが?今まで外に出たことないですよね?」
相変わらずの突拍子もない行動力に俺は親子だなあ、と内心でため息を吐く。
殿下はそうなんだよね、と呟き、本当に父上が事故に遭うのだろうか?と難しい顔をする。
「事故、ですか」
「そう。事故だって言っていた」
「その御令嬢の話は信用できるんですか?」
「わからない。だからルティアも父上の視察について行くなんて言い出したんだ」
普通に考えて、危ないから気を付けて、なんて言えないはずだ。侯爵令嬢だって下手に言えば謀反の疑いをかけられると思って、言えないでいたはず。
それに本当に起こるかどうかもわからない話を信じるには、少女の言葉では現実味がない。
「それにしても、事故……ですか」
「うん」
正直言おう。今の時点で陛下が事故に遭うのは、少々出来すぎている気がする。
俺の情報網からすると、今回の視察には側妃のマリアベル様が付き添うことが決定していた。普通は側妃を連れて行くことはあまりない。
しかも、最近食が細くなり具合の悪い日もあるのなら尚更だ。
十中八九、妊娠している。
俺はそう結論付けた。
別に妊娠することは悪いことじゃない。
ただ、陛下の寵愛深い側妃が妊娠することが問題なのだ。側から見ていたら、正妃であるリュージュ妃が蔑ろにされているように見えるだろう。
なんせ、ライル殿下をもうけて以降は部屋に通われた形跡がないのだから。
だからこそ、彼女を連れた視察で事故に遭うのであれば……それは本当に事故であるのか疑わしい所だった。
しかしロイ殿下の従者である俺には何もできない。
俺の仕事はロイ殿下を守ることだからだ。
***
事故は起こった。
ただし、アリシア・ファーマン侯爵令嬢のお陰で助かったとも言える。
姫さんに特殊な魔術式を入れた魔法石を渡していたらしい。
姫さん達が無事だったことにホッと胸を撫で下ろしつつ、俺は厄介なことになったと感じていた。
事故は起こった。
故意か、それとも本当に事故であったかは判断がつかないと言っていたが……先駆けで城に向かったはずの騎士二人が戻らなかったことに、俺は故意であったと確信する。
俺はそのことを実家の母に即、伝達を入れた。
母は未だにカタージュにあるカロティナ様の生家、レイドール伯爵家で働いている。母からレイドール伯爵へ話が通り、腕の立つ侍女や侍従がこちらに送り込まれてくるだろう。
離宮の人員を整理しているから、その方が陛下にとっても都合はいいはずだ。
それから暫くして、陛下が姫さんにご褒美として「畑」を下賜した。
「欲しいものが畑とは……今度は野菜でも育てるつもりですかね?」
俺がそう殿下に問いかけると、殿下は苦笑いする。
「多分、次に備える気じゃないかな?」
「次って言うと……5年後の流行病?でしたっけ」
「そう。広まるとしたら貧民街から、そして一般の人達に広がって、そこから商人、貴族、更には王族に広がる」
「いや、医者とかいるでしょう?」
「貧民街の人達に医者にかかるお金はないと思うな。それに、薬を買うお金も」
確かにその通りだ。そして殿下の言う通りに病が広がるなら……この国は大混乱に陥るだろう。下手したら貧民街を焼き払うとか言い出す領主が現れてもおかしくない。
「ああ、もしかして……薬草を育てる気ですか?」
「うん。それで、ひとまず作った薬草を売ってお金を貯めて貧民街の人達を雇って畑を広げたいらしいんだ」
「そりゃ随分と壮大な計画ですねえ」
それ多分、5年じゃ足りないわ。とツッコミを入れたいぐらいだ。
考えとしては間違っていないが、なんせ時間がかかりすぎる。貧民街の人間を雇うのもそうだが、薬草はそこまで需要のあるものじゃない。
売値もたかが知れるし、たくさん作り過ぎれば値崩れを起こす。
「難しいっすねえ」
「難しいと思う?」
「人手も足りなければ、薬草なんて沢山蓄えておくものでもない。売れ残りをどうするかで途方に暮れる姫さんが見えます」
「一応、マジックボックスの中に入れておくつもりらしいけどね」
「ああ、その手なら……保存は可能か。でも、それでも国中に行き渡るほど薬草は作れない」
もちろん助けたいのが殿下だけなら問題ないだろう。しかし姫さんが助けたいのは、殿下はもちろん、他の人々もだ。
それならもっと広い畑と人がいる。もう少し、レイドール家が中央に働きかけてくれれば良いのだろうけど、欲のないレイドール家では難しいだろう。
そんな時、事件は起こった。
ワガママ殿下の名を欲しいものにしている異母弟のライル殿下が姫さんの畑を近衛騎士に荒らさせた挙句、花師に暴行を加えて殺そうとしたのだ。
この時ほど、レイドール家の欲のなさを恨んだことはない。
ある程度睨みをきかせることができていたなら、侮られることもなかっただろう。
「え?姫さんが裁くって……何でです?」
殿下の言葉に俺は耳を疑った。
陛下は8歳の娘に、近衛騎士を裁けと言ったらしい。
普通にありえない。そもそも王が下賜した土地を害したのだ。王家への侮辱だし、一発アウトで処刑以外の選択肢もない。
それなのに裁け、とはどう言う意味だろうか?
「父上は、ルティアを試しているのかな?」
「姫さんを試すって……何のために?」
「もしかしたら、ルティアを次期国王にしたいのかもしれない」
「継承順が上の二人を押しのけて、ですか?」
ファティシア王国は長い歴史の中で、女王が統治した時代もある。別に珍しいことではないが、それでも王太子を押しのけて就けるには理由がない。
何を考えているのかよくわからないが、それでも8歳の娘になんてことさせるんだとは思う。
そして—————
姫さんが殿下達と話し合って、近衛騎士に下した判決は甘いものだった。
まるで砂糖っぷりの砂糖菓子を食べつつ、紅茶に大量に砂糖を投入しているぐらいの甘さだ。
近衛騎士を、カタージュの国境警備をやらせる。
死んだと思わせて逃げられるよりは良いと言ったが、もしもそんなことがあるならば逃しはしない。
今後、殿下達に危害を加える恐れがあるならば……先に始末するまでだ。
しかも主犯のライル殿下を離宮に入れて、俺達が面倒を見ることになるなんて!正直に言えば冗談ではない。
だが決まったことをとやかく言う権利は従者にはないわけで……仕方なく、ライル殿下の世話をすることになった。
もう暫くすれば、カタージュからやってきた侍女や侍従が離宮に雇われる。そうすればライル殿下も自分の離宮で暮らすことになるだろう。
監視付き、だが。
ま、本人がそれと知らなければ問題ない。
「殿下、ライル殿下、朝ですよー」
「ん……まだ、眠い……」
「眠くても起きないと、朝食の時間は決まってるんで」
俺の言葉にパチッと目を開く。そしていそいそとベッドから降りると、俺に服の着方を教えてくれと言ってきた。
自分のことは自分で、と言われたことを思い出したらしい。
俺はまず最初に一度着せてやり、もう一度脱がす。
「できますか?」
「ん、やってみる。おかしかったら教えてくれ」
「いいですよ」
思っていたよりもライル殿下は素直だった。周りの大人に甘やかされていた割には、今の所、こちらの言うことを聞いてくれている。
そして教えたこともすぐできるので、今まで聞いていた話の中のライル殿下と今目の前にいる殿下を比べてしまった。
「何か、変か?」
「いいえ、ちゃんとできてます」
「そうか。よかった」
ホッとした表情に、ライル殿下も自分なりに一人で出来なくてはいけないと認識しているんだな、と感じる。
「ライル殿下、これから殿下の宮に人が揃うまでここで生活しますよね?」
「うん」
「殿下は常に人に見られていると思ってください」
「それは……仕方ない」
「と言うか、今までも見られていたんですけどね」
「そう、だな。でも気にしたことなんてなかった。悪く言われてるのは知っていたけど」
「なら今度はこれが普通だと言われるように努力しましょう。今まで悪かったのなら出来るようになれば、みんな褒めてくれるでしょう。でもそれは今まで悪かったからってだけです」
「できるのが、当たり前……なんだな?」
「その通り。だから常に気をつけてください。愚かな人間ってのは、悪い奴にとって扱いやすいんですよ。そうならないように、気をつけましょう」
俺の言葉にライル殿下は頷く。もう、同じことは繰り返さないと。
その意思がどこまで続くのか、ワガママ殿下と言われた今までを考えると少しだけ不安でもある。
ただ今後はダメなことはダメだと止められるだろう。カタージュから来た侍女や侍従はその辺手厳しい。
姫さんの所の侍女長が良い例だ。
「さ、朝食を食べに行きましょう?」
「うん」
ライル殿下を連れて食堂へ向かう。
さてさて、一体どのぐらい殊勝な態度が続くのか……期待を裏切らないでくれよと、俺は心の中で呟いた。
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