第43話 ファティシア王国

 ファティシア王国はそれなりに古い国である。

 三つの国とほどほどに接していて、どの国とも条約を結び、100年単位で戦争や小競り合いがない比較的安定した国でもあった。


 海に面した部分では漁業や交易が盛んで、平野部では農業や酪農、その他地域によって色々な特色がある。


 そしてファティシア王国を支える侯爵家、建国当時から続く家が四つ、近年新しく増えた家を一つ足して五つの家がある。


 ローズベルタ侯爵家

 現国王の母方の実家ではあるが、学者肌な人間が多い為、あまり権力には興味がない。王都からほど近い、東側に領地がある。

 中立からやや王家より。


 クリフィード侯爵家

 龍が守護すると言われている、ラステア国と国境を接している南側の領地を治めている。ラステア国との交流も盛んなので、異国情緒溢れた街並みがや珍しい交易品も多い。

 中立。


 ファーマン侯爵家

 アリシアの家。北側の軍事国家トラット帝国と領地が近い。ただし、トラット帝国との間にはいくつかの小さな国や部族がいるのでそこまで危ない土地ではない。避暑地としても人気が高い場所だ。

 王家より。


 カナン侯爵家

 一番新しい侯爵家。海沿いの領地を持ち、海運業で栄えている。どちらかと言うと商人気質で自分の家の得になる事を優先しがち。

 日和見主義とも言えるが、現状はフィルタード侯爵家が侯爵家の中で一番発言権がある為、フィルタード家より。


 フィルタード侯爵家

 ファティシア王国の中に五つある侯爵家の筆頭。王都からほど近い、西側に領地がある。正妃の父、そして王位継承第一位のライルの祖父であることから王城内の派閥で一番大きい。


 それなりに古い国。だからこそ、王城内の派閥はなるべく無いように、と代々の王達が気を遣っていたのだが……人は必ず代替わりするもの。

 今までが大丈夫だったからと言って、今後もそうなるとは限らない。

 そう言う意味ではフィルタード侯爵家は代々の王達の意思から外れてしまった存在である。


 しかもフィルタード侯爵家に阿る家は意外とあるのだ。

 それなりに古く、平和な国と言うのは、裏を返せば平和ボケしている。つまり悪事を働きやすい。

 権力のある家に阿れば多少の悪事は目溢しされると思っているのだろう。


 と、ここまでがロイ兄様に説明された話だ。


「お祖父様は……自分で権力を握りたい、と言うことですか?」

「まだそこまでは考えていないかもしれないが、ライルが王位に就いたらそれも現実味を帯びてくるかもしれないね」

「俺は……王位に就ける器ではありません」

「それを決めるのは僕達じゃない。父上達だ。誰を王にするかは今決まることではないしね」


 ライルは俯き、項垂れる。

 私は今の時点で王に向いているのは兄様ではないかと思っているし、自分がなることなんて想像もしていない。

 お父様達だって、流石に今の私を王にしようとは思わないだろう。

 そりゃ聖属性は持っているが、それだけで王位に就けようなんて思わないはずだ。多分。


「僕は正直言って、ライルが自分のことをきちんと見つめる機会ができて良かったと思っている。今までのままだと、侯爵に良いように使われてしまっていただろうからね」

「あんなことをしてしまったのに?」

「同じ過ちを繰り返す気があるのかな?」


 兄様の言葉にライルは頭を左右に振る。


「ない。ないです。だって、俺は……ルティアが処刑にしなかったと言うだけで、彼らを死にに行かせたようなものです」

「……ライル、流石にお祖父様達も魔物相手の訓練をしてない人をそのまま放り出すようなことはしないわよ?」


 何だかライルの中で東の辺境地と呼ばれているカタージュが、大分悲惨な場所と化している気がするがそんなことはない。

 近衛騎士達が何をやったか、は通達が行くのでお祖父様や領地を守る騎士団の人達にはわかるだろう。だからと言って魔物相手にまともに戦ったこともない人をそのまま魔物の前に放り出すような真似はしない。

 近衛騎士をずっと続けているよりは魔物相手なので危険なのは確かだけど。


「レイドール伯爵が治めている、カタージュは良い所ですよ。脳筋なのがたまに傷ですが、気の良い人たちばかりです」

「ロビンも……カタージュ出身なのか?」

「ええ、俺はカロティナ様に長年仕えていた侍女の子供です。ロイ殿下が小さい頃は一緒に育ちました」

「そうなの!?」

「姫さんはまだ生まれてませんからねえ。知らないのも仕方ないです」

「私……お祖父様にもお祖母様にも会ったことないわ」

「会ってますよ。生まれた頃に。ただお忙しい方なので、王城まで来られることが稀、なんですけどね……」


 ロビン自身は、一度兄様と離れカタージュで従者として恥ずかしくないように修行をしてから王城に来たらしい。それでもまだまだ足りないらしく、未だ勉強中の身だと本人は言う。


「いいなー一度くらいカタージュに行ってみたい……」


 ポツリと呟くと、ロビンが慌てて止にはいる。


「ダメですよ。姫さんがカタージュに行ったら、それこそカロティナ様の二の舞です。いや、カロティナ様の上を行くお転婆になるだけです」

「お母様はどれだけお転婆だったの……?」

「僕が聞いてるだけでも、一人で魔物を討伐しに行ったとか、劣勢だった状況をたった一人で好転させたとか、騎士団からはかなり崇められてたとか……?」

「お付きの人間は大変ですよ……気がついたらいなくなってるんですからね。そして探していたら、急にひょっこり戻ってきていい鴨が取れたわ、って仕留めた鴨を手渡してきたりするんですよ?」


 お母様……どれだけアクティブなのだろうか?これぐらいなら私の庭いじりは大分、大人しい趣味じゃないか!それなのに残念な目で見られるのはなんか、モヤッとする。

 やっぱりミミズ?ミミズなのかな?

 そんなことを考えていると、ユリアナが私を迎えにきた。


「ルティア様、お戻りの時間です」

「もうそんな時間……?」


 確かに時計を見ればもうすぐ夕食の時間だ。本当はもう少し話をしていたいけど、マリアベル様を待たせては申し訳ない。

 私はソファーから立ち上がると、ちょこんとスカートの裾を摘んで、兄様に退出の挨拶をする。


「それでは兄様、また今度」

「ああ、今度。とは言ってもまた直ぐ会えるけどね」

「そうですね。ライルにも畑を元に戻すの手伝ってもらうわけですし」


 チラリとライルを見ると、ちゃんと元に戻すのを手伝うと頷く。


「畑を元に戻すのに必要なものはあるのか?」

「そうね、汚れても良い服装と根気かしら?」

「汚れても良い服装はわかるけど、根気?ってなんで……?」

「ライルは土いじりなんてした事ないでしょう?」


 私の問いかけに、ライルは困惑した表情をしてみせた。

 いや、別におかしなことをさせたいわけではない。ただ初めてだと、虫とか虫とか虫とか……そう言ったモノに驚くと思うのだ。

 私だって未だに毛虫は嫌いだし、見つけ次第、さよならをしてもらうことにしている。


「ライルは虫は大丈夫かい?それに他の生き物も」

「ああ……意味が、わかりました。そう、ですね。確かに根気はいるかも……」

「大丈夫よ。苦手だとしてもそれはそれで仕方ないもの。私も毛虫は嫌いだし」

「アレは好かれる要素がどこかにあるのか?」


 見かけたことがあるのか、ライルは眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をした。


「良い虫もいれば悪い虫もいるわね……まあ、好きか嫌いか聞かれると、好きにはなれそうにないものが多いけど」

「それなのに土いじりをしているのか?」

「趣味なのよ。それに、手をかけた花が咲いた時はやっぱり嬉しいわ」

「そうか……じゃあ、薬草の植えてあった畑も……収穫するのが楽しみだったんだな」

「そうね」


 ライルはもう一度、私にごめんなさいと謝る。

 素直すぎるのはちょっと怖いが、これがライルの変わるきっかけならそれで良いと思う。

 アリシアの話ではライルの変わるきっかけはお父様が亡くなった後、兄様が病に倒れてからのはず。誰かの死や、病気がきっかけで変わるよりは……全く問題がないわけでもないけど、まだ良いはずだ。







 ***


 兄様の宮から戻り、自分の宮に戻ってくるとマリアベル様が心配そうな顔で待っていてくれた。


「ただいま戻りました、お母様」

「お帰りなさい、ルティア」


 側に寄るとギュッと抱きしめてくれる。

 その優しい匂いにホッとした。そして今日のことを振り返り、やっぱり怖くなってくる。


「ルティア、震えているの?」

「今更ながら震えてきてしまいました」

「そうね。人を裁くと言うことはとても勇気のいることだわ」

「カタージュの国境沿いは魔物が他の場所よりも出て危険な所だわ。でも、絶対に死ぬわけじゃない。それはわかっているけど……」

「ええ。それでも絶対ではない」


 兄様やランドール先生とも何度も話し合ったし、お父様に確認だってした。

 服毒の処刑方法では逃げられる可能性がある以上、これ以外に彼らを罰する方法はないのだ。


「すごく、すごくね……腹は立ったの。ベルに酷いことしたし……でも、目の前で見てしまうと……」

「紙の上ではわからないこと、だったんですね?」


 マリアベル様の言葉に頷く。逃げられるよりはマシであり、向こうにとっては死ぬよりはマシな判断。でもそれが本当に正しいのかはわからない。

 向こうで自分の行いを反省してくれれば良いと思う。でも恨みながら死なれる可能性もゼロではない。

 人を裁くとはとても大変なことなのだ。


「ルティア、その気持ちを忘れてはいけないわ。王族とは言葉一つで、人の命をたやすく奪えてしまう。だからこそ、気をつけなければいけない」

「……はい」

「さ、もう今日は食事をとったら休みましょう?寝付けないなら、私が物語を話してあげるわ」

「本当?」

「ええ」


 マリアベル様の優しい手に引かれ、私はとても大変な一日を終えることにした。






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