第42話 離宮で暮らそう!
これから、ライルも離宮で暮らすことになるが……離宮は全体的に人手不足だ。
お城の中の三分の一に相当する面積が後宮と離宮に割り当てられているが、後宮と離宮では宮の作りが違う。その為に、人手不足に陥りやすい。
簡単に説明すると、後宮は大きな建物がありそこで一人一つの部屋を賜る。離宮は幾つかの小さな宮があり、一人一つの宮を賜るのだ。
後宮の侍女達は基本的に個別に付くと言うことはない。ローテーションを組んで後宮にいる妃達のお世話をする。
広い場所ではあるが、一箇所に集まっているからこそ出来ることだろう。それにその方が侍女達も休みを取りやすくなる。
まあ、妃の大半が自分の実家から私的に侍女を連れてくるので、後宮の侍女達のメインの仕事は掃除や洗濯と言った雑事になるそうだが。
対して、離宮は離宮ごとに侍女や侍従を置く。
一年前から人が入れ替わったり、多少増えたりしているけれどそれでも一つの宮の規模としては少ない。少数精鋭と言えば聞こえは良いが、やっぱり私達が低くみられているのかな、と感じてしまう。
そんな中に急にライルを入れるのでもちろん宮の準備は全く整っていない。
「と、言うわけで……ライルは暫く僕と一緒の宮で生活してもらうよ」
久しぶりに訪れた兄様の部屋のソファーで部屋の主人よりくつろいでいる私と、緊張した面持ちで私の隣に座っているライル。その正面に兄様が一人で座っている。
私達は兄様の突然の言葉に顔を見合わせた。
今までの話からして一時的とは言え、後宮でライルに付いていた侍女をそのまま離宮に連れてくるのは難しいのだろう。
そうなると侍女が揃い、離宮できちんと生活できるようになるまでは兄様の宮で一緒に過ごす以外、生活する方法がない。
ライルは兄様を見上げると、小さく「わかりました」と言って頷いた。
ライル自身も今までと同じ生活ができるとは思っていない。継承権を持つ者は離宮で生活するのが決まりなのだから、ちゃんと納得したのだろう。
「まずは、僕の従者を紹介するね。ロビン」
「ああ、はいはい。初めまして、ロビン・ユーカンテと申します。どうぞよろしくお願いします。ライル殿下」
いつも通りの軽い口調で突然現れたロビンに、ライルはビクリと体を震わせた。私だってロビンの現れ方には未だに驚く。しかし当人はそれをどこか面白がっている節があるので、気配がない以前の問題かもしれない。
「ライル、ライル……大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
隣で借りてきた猫のように固まってしまったライルの肩を軽く揺すってあげると、ライルは心臓の辺りをギュッと抑えてなんとか頷く。
よほど驚いたのだろう。
「あのね、ロビンはいつもこうなの」
「いつも?」
「気配がないのよ」
「無いどころのものでは無いと思うんだが……」
「いやいや。従者と言うのはですね、こうして影になって殿下を支えるものなんですよ」
「あれ、そうなの?てっきりルティア達が驚くのを楽しんでいるのかと思った」
「まあ、それもありますね」
あっさりと認めたロビンに思わず口を尖らせてしまう。
そしてライルも微妙な表情を作って見せた。
やっぱり面白がっているのか。昔は次こそは先に見つけてやる!と意気込み、頑張っていたが……どうしてもわからなかった。しかしこれがわざとであるならそれも仕方ない。
「ロビンのことは置いておいて、ひとまず明日からライルはルティアと一緒にランドール先生と勉強をすること。朝は起こしに行くけど、身支度はある程度自分で覚えて出来るようになってね」
「はい……でも、一人で出来るでしょうか?」
「誰だって初めては上手くできないさ。それを笑う者はここにはいない。暫くはロビンが手伝うから安心して欲しい」
兄様の言葉にライルは少しだけホッとした表情になる。
するとライルが急に私に向き直った。何をするのかと思ったら、ライルが、あの!ライルが!!私に頭を下げたのだ。
「ルティア、その……俺が悪かった!ごめんなさい!!」
「そこはお姉様、ごめんなさい。じゃない?」
「お姉様って……一つだけじゃないか」
「まあ、そうだけど……でもそうね。今は、許さない」
私の言葉にライルは泣きそうな顔になる。実はこの子は案外泣き虫だったのだろうか?大きな蒼い目が涙でゆれている。
「……俺が、言ったことがあんな風になるとは思わなかったんだ」
「そう……でも、謝って終わりじゃダメなのよ」
「何をすれば許してくれる?俺で手伝えることは何でもする!」
ライルの言葉に私はにっこりと笑った。この言葉が聞きたかったのだ。
彼が自分でやりたいと言い出せば、強制されるのとはまた別の意味がある。
「じゃあ、私の畑を元に戻すのを手伝って」
「畑……近衛がダメにしてしまった畑、か?」
「そうよ。ベルも傷を治して直ぐには動けないもの。あの畑はね、魔力過多の畑なんですって。そこで薬草を育ててぽーしょんを作るの」
「ぽーしょん?」
ぽーしょんの存在を知らないライルは首を傾げた。私も実物を目の前で見たわけではないので、ロックウェル魔術師団長から聞いた話をそのままライルに話す。
「そんな薬が世の中にはあるのか……」
「そうみたい。ファティシア王国では魔力溜まりなんて見かけないから、今まで作れなかったみたいだけど」
「でもなんでそんな土地があるんだ?うちの国じゃできないんだろ?」
「私の魔力量が多かったのよ!きっとこれは庭いじりが好きな私へのご褒美みたいな能力ね!!だって土と水の魔力適正があるもの」
ライルは土いじり……とポソリと呟くと兄様とロビンに視線を移した。その目はこれはこのままでいいのか?と物語っている。いいじゃないか庭いじり。簡単そうに見えてとても奥が深い作業なのに!
「ライル殿下、こう見えて姫さんは一年前まではまともに淑女教育を受けてこなかったんですよ。だから庭いじりも好きだし、ニワトリ追いかけ回すし、ハトにエサやって羽まみれになるし、木に登って降りれなくなるし……」
ミミズ持ってきて「でっかいミミーがいたー」って言われた時はうちの殿下も卒倒しかけましたよね、と兄様に振ると、兄様はそっと視線をずらす。
もしかしてあのミミズのせいで私の淑女教育が始まったのだろうか?あのミミズが原因!?
「どうして……その、淑女教育を受けてこなかったんだ?」
「姫さんの所の侍女長がフィルタード派の人間だったんです。なので三番目、と言うこともあって……こんな感じに育っちゃったんっすよねえ」
残念な感じに言われて私は頬を膨らませた。
確かに淑女教育は受けられなかったけど、文字の読み書きは教えてもらっていたから本は読めたし、それに普通のお姫様……いや、貴族の令嬢だってできないような体験をしてきたのだ。
それはとても素敵なことだと思う。
もちろん価値基準は人それぞれだから、私がしていることに眉を顰める人もいる。でもそれでいい。
多分、それでバランスが取れているのだ。
だって好き放題させてもらえるなら、淑女教育よりも庭いじりしていたいもの。薬草を育ててぽーしょんが作れるならその勉強だけしていたい。
でもそれだけではダメなのだ。一国の王女がそれでは笑われてしまう。だからこそ、淑女教育は好きじゃないけど受け入れたのだ。
「姫さん、本当にカロティナ様の血が濃いですよね……うちの殿下はローズベルタ家の血が濃いですけど」
「そうなの?」
確かに兄様は歳のわりに落ち着いているけれど……それにしても私はお母様に似てるのか。それはちょっとだけ嬉しい。
「貴族の家と言うのはそれぞれ特色がありますからね。レイドール家はどちらかと言うと、脳筋です。思い立ったら即!行動。自分でやってみないと気が済まない。大丈夫、大丈夫が口癖で……気がつくと大ごとになってるんですよ」
それは、きっとお母様のことなのだろう。兄様よりも三つ上のロビンはきっとお母様のことを私達よりも覚えているに違いない。
しかし何故だろうか?懐かしいと言うよりは、苦労した、と言うような遠い目をしているのだ。
「まあ、ルティアはそこが良いところだから」
「お前……それで本当に大丈夫なのか?」
兄様のフォローにライルが心配そうな目を向けてくる。大丈夫だ。大丈夫に決まっている!
「お前じゃなくてお・ね・え・さ・まっ!」
「お姉様と呼ばれるぐらいの淑女になったら呼んでやる」
くっ、さっきまで泣きそうだったくせに!
少しだけ笑う姿に安心しつつも、何となく腹も立つ。だがこれでこそライルなのだろう。大人しすぎてもちょっと怖い。
「ま、そう言うわけなので、ライル殿下の方がポテンシャルは上ですよ」
「そうだね。まさか一年前から本格的に勉強を始めたルティアより、ライルができないわけがない」
「そりゃ、そうだけど……」
「ランドール先生はルティアで慣れてるから、わからないことはどんどん質問するといい。その時答えられなくても、次までには調べて教えてくれるから」
「そうですよ。ランドール先生は姫さんの『なぜ?どうして?』攻撃に一年耐えた方です。逆に質問されない方が心配されるかもしれません」
「……わかった」
頷くライルを見て、ふと、これは作戦なのだな。と感じた。
ライルは今日から新しい生活が始まる。今までと違い、甘やかしてくれる大人は誰もおらず、自分でやることも増えるだろう。
ライルはやれば出来る子なのだ、何も気にする必要はない。と伝えておけば、ライルだって家庭教師から逃げ回ったりせずにきちんと教わるはず。
ただその為に、私が見本にされるのは何かこう……もやっとはするけれど……
「ルティア、お前は今どの辺をやっているんだ?」
呼び捨てにされたが、今はまだ仕方ない。淑女らしい行動が取れるようになったら絶対にお姉様と呼ばせてみせよう!
私はライルに今やっている勉強の範囲とマナーを教える。ライルはそれを聞いて、そこまでなら自分も何とかなると教えてくれた。
多分だが、ライルが家庭教師から逃げ回っていなければ私よりもずっと勉強もマナーも良くできたのだ。家庭教師が付いたのは私よりもずっと早かったのだから。
「じゃあ、明日から一緒に勉強するのは問題なさそうね」
「そうだな。これからは、ちゃんと勉強する。例え王位に就かなくても、必要なことはたくさんある」
「そうだね。今は役に立たないように感じても、いつか役に立つ時が来るかもしれないだろ?それに僕達はライルからも学ばなければいけない」
「俺から……?」
ライルは兄様の言葉に不思議そうに首を傾げた。
ライルから学ぶこととは何だろう?そもそもライルと兄様とでは四つも離れているし、知識量だけなら兄様が完全に上だ。
「ライルは、後宮の嫌な大人達を見てきただろ?でも僕達はそういった大人達をあまり見てこなかった。言うなれば、彼らのような大人の悪意に疎い」
「疎いから……ライルから学ぶの?」
「ライルは自分の側に寄ってきた大人達の顔と名前は一致するね?」
「あ、はい……ああ、そうか。俺が、フィルタード派の人間を教えれば良いってことですか?」
「その通り」
兄様はライルが導き出した答えに頷く。
確かに私達は悪意に疎いだろう。それはリュージュ妃が早々に私達を離宮へ入れてしまったからだ。私の所の侍女長は、私を淑女らしく育てると言うことはしなかったけど、それ以外は普通だった。
単純に関心がなかっただけかもしれないけど。
「人の悪意って、事前に知ってると対応できるけど知らないと対応できないでしょう?いくらリュージュ様が後宮の人員を整理しても、後宮からいなくなっただけで王城では彼らの家族は働いている」
「派閥の怖いところですね。別口で雇われる可能性もあるし」
「そこまで……フィルタード家は力があるんですか?」
「あるよ。ファティシア王国の建国時からある侯爵家の一つだからね。発言権も五つある家の中で一番強い。それに……どうやらフィルタード家は今の立場じゃ物足りないみたいだ」
だからこそ、知る必要がある。と兄様はライルに告げた。
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