第41話 家族のカタチ


「さて、それではライルの処分を考えなければいけないね」


 当然と言えば当然なのだけど、お父様は私達にそう告げた。

 ライルの顔は強ばり、リュージュ妃はそんな彼を強く腕の中に抱きしめる。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ羨ましく感じてしまった。

 私の本当のお母様はもう、いないから……


「ライル、君の王位継承権を一旦白紙に戻す」


 お父様の言葉にライルは体を硬くして、それでも何とか頷いた。そして今度は私とロイ兄様を見る。


「ロイ、ルティア、君達の権利もだ」

「僕はかまいません」

「私も別に……」


 突然のことではあったけど兄様と顔を見合わせ、私達はお父様の提案に頷く。しかしそれに驚いたのはリュージュ妃とハウンド宰相様だった。


「陛下!何故です!?ライルだけを外すのでは?」

「そうですよ。全員の権利を白紙にするなんて……」

「私に何かあったらどうするのか、かい?」


 宰相様は眉間に皺を寄せながら無言で頷く。

 そんな宰相様を見てお父様は苦笑いを浮かべた。


「私に何かあった時は、リュージュと君とで彼ら三人……いや、五人の中で一番適任の者を王位につけてくれ」

「五人……?」


 ポカンとした表情のリュージュ妃と宰相様にお父様はマリアベル様のお腹の中にいる子が双子であることを告げる。


「それは、おめでとうございます……ではなくてですね、貴方、この間死にかけておきながら……」

「だからだよ、カルバ」

「陛下……?一体何の話です?」


 リュージュ妃とライルは何も聞かされていないのだろう。私だって今回の話がなければ、リュージュ妃は『敵』なのではなかろうかと疑ったままだった。

 何せリュージュ妃の実家であるフィルタード侯爵家は王宮の中でも最大の派閥で、お父様ですら存在だからだ。

 だからこそ末っ子のライルを継承一位にしたと思っていたのだし。


 まあ、そう考えたのはアリシアの話を聞いていたからだけど。

 彼女の話がなければ、きっと何もわからず、何も知らず、ライルが王位に就くのを黙って見ていただろう。

 例え真実がどうであれ、宰相様もリュージュ妃も国王不在の穴を埋める為にそこまで手が回らないはず。

 元々放置されていた私は、そのまま放置され続け……アリシアの語る未来のようにただのモブ王女として過ごしていたに違いない。


「私はね、ずっと考えていたんだ。なぜ母親の実家の地位で継承順位を決めなければいけないのか、と。王位は優秀な者が継ぐべきだ。……幸いなことに私の代は同じ母から産まれ、兄の方が最適であると父上が決められたからこその順位だったけどね」


 どうやらこの話はお父様からの話ではなく、お父様のお父様、つまりはお祖父様の時代より前から続く話のようだった。

 しかし突然どうしてこんな話をしだしたのだろう?


「ライルが生まれた時、私はライルを継承一位にすることを問題だと感じなかったのは、兄上の子だからだ。そうでなかった時は強い違和感を感じただろう。なんせ生まれた時は王としての適正なんてわからないからね」

「それは……昔からの決まりだからではありませんの?」

「慣例、なんだろうね。だからこそ、侯爵は私に君を嫁がせたがった。そして私自身もそれに染まっていた。ライルの適正を見ずに決めていたのだから」


 リュージュ妃は不安げな表情でお父様を見ている。


 つまり……リュージュ妃の子供が王になれば自分が実権を握れる、とフィルタード侯爵は思っていると言うことだろうか?

 でもそれはそんな簡単なことかな、と考える。

 だってもしもアリシアの話の通り、お父様が亡くなっていたらライルが王位に就くまでの間、国の中を取り仕切るのは宰相様とリュージュ妃だ。

 フィラスタ伯父様亡き後、右も左もわからないお父様を支えてきたのだから当然の結果とも言える。

 フィルタード侯爵家が入る余地はなさそうな気がするが……?


「私はね、未だに兄の死を疑っている。そしてカロティナの死も」


 お父様の言葉に私は目を丸くした。

 伯父様の死とお母様の死、それは全く別のことに思えるのだがなぜ今、その話が出て来るのだろう?


「この間、視察からの帰りに事故にあっただろ?」

「はい。でもアレは……事故、と結論づけたのですよね?」

「表向きはね」

「表向き?」


 私が聞き返したことでお父様は苦笑いを浮かべる。え、嫌だな。何か嫌な予感がする。

 確かに事故として処理するには不可解なことが多いのだけど……


「先行して城に戻った騎士はいなかった」

「はい。ファーマン侯爵も誰にも会わなかったと言ってましたし……」

「人数が合わなかったんだ。二人ね」


 もしかして、地滑りに巻き込まれたのではなかろうかと二人を探しに再度、事故現場を調べたそうだ。もちろん故意なのか、自然発生的な事故なのかはわからなかったそうだが、二人の遺体は見つからなかった。


 しかし、暫くして……王都の手前の街で若い男の遺体が見つかったらしい。

 顔が潰されて判別はできなかったが、二人の手がどう見ても鍛えられた者の手であり一般人ではなさそうだと。

 その街を差配していた人はただでさえ顔が潰されてどこの誰か判別できない遺体なのに、一般人でもなさそうだ、と言うことで念の為、報告に来たのだと言う。


「遺体の一人が、特徴的なアザの持ち主であったことが幸いしました。遺体はいなくなった二人で間違いありません」


 ヒュース騎士団長の言葉に私は混乱する。

 つまりは、本来、城に先駆けをして報告に来なければいけなかった二人が手前の街で殺されていたと?

 それは何の為に?


「視察の時点で、マリアベルのお腹に子供がいることを知っていたのは、マリアベルに仕えていた侍女数人と私、そして彼女の主治医だけだ。主治医は彼女が子供の頃から見てくれている医者だから信用できる。そして、侍女の一人は我々が城に戻った時に姿を消していた」

「……それ、は……つまり、陛下とマリアベル様を殺そうとした、と?」


 リュージュ妃の顔色は真っ青を通り越して白くなっている。

 可能性の話ではあるが、それでもリュージュ妃が自分の家を疑うだけの理由があるのだろう。


「……兄はね、とても優秀な人だった。私がこの八年かけてやってきたことなら、兄なら三分の一の期間でやってのけただろう。その兄が、ずっと考えていたことがあってね。私はそれを踏襲するつもりだった」


 リュージュ妃は思い当たることがあったのか、両手で顔を覆った。

 元々美しい人だったのに、今日だけでかなりやつれてしまったように見える。


「————高位貴族の力を削ぐ、法案ですね?」


 リュージュ妃の口から振り絞るように出てきた言葉にお父様は頷いた。


 ファティシア王国には五つの侯爵家がある。

 そのうちの四家は建国当時からある古い家で、各々得意な分野がありそれを持って国を支えていた。


 そのうちに一つ侯爵家が増え五つになると派閥、ができてしまったらしい。

 侯爵家のパワーバランスが崩れたことにより、他の貴族達も追随し始めた。それはそうだろう。より自分達を庇護してくれそうな派閥に入りたがるのは人のサガというものだ。


 それを伯父様は元に戻そうとしたらしい。

 お祖父様との話し合いも済んでいて、あとは様々な法と照らし合わせて少しずつ削いでいくつもりだったのだ。


「でもそれが頓挫してしまった。兄の死によってね。そして私は兄が王に適任であると考えて、一切そう言ったことは学んでこなかった。適材適所で言うなら、本当に兄は最適な人だったからね」

「それが、仇になった、と言いたいのですか?」

「その通りだよ。だからね、ロイにもライルにもルティアにも生まれてくる子供達にも、相手に足元を掬われないだけの知識を身につけて欲しい。その上で、一番適任な者を王位につける」

「それは……いい方法だとは思いますが、危険では?」

「そう。だから表向きはそのままだ。これは


 お父様は悪戯っぽく笑う。そして私達にこう言った。


「いいかい?君たちは子供ではあるが、王族の一人だ。だからこそ、今この話を聞かせた。自覚を持って行動しなさい。誰にでも平等に王になる権利はある」

「俺は……俺には、王になる権利はありません……」


 ライルがボソリと呟く。その言葉にお父様は今はね、と頷いた。


「だが未来はわからない。君はリュージュの子だ。君のお母さんは侯爵家の令嬢だからと言って、ただそれだけで正妃に選ばれたわけではないんだよ。その為の努力をたくさんしてきた人だ」


 その意味がわかるね、とお父様はライルに語りかける。これから挽回する機会はいくらでもあり、ライルがこれから愚かな振る舞いはしないと信じたのだろう。


「ライル、君は兄上の子ではあるが……私の子供でもある。その事実はこれからも変わらないよ」

「……はいっ!」

「君にはロイとルティアと同じ離宮でこれから生活してもらう。本来ならもう離宮で生活していい年齢だからね」

「わかりました」

「ただ、離宮は今人手不足だ。ある程度のことは自分でしてもらう。今までのようにワガママを言っても、教えてもらえはするがやってはもらえないと思いなさい」

「はい」


 お父様の言葉にライルはしっかりと返事をした。

 もしかして、これでアリシアの言うしっかりとした王太子にライルはなるのだろうか?そうだったら良いな、と思う。


「リュージュ、君は後宮の人員を整理して欲しい。今のままではダメなことはわかるね?」

「はい」

「もちろん忙しいのは十分理解している。しかし子供の教育に悪い者を置いておく理由はないだろ?」

「当然です。後宮での正妃としての役割、きちんと果たさせて頂きます」

「離宮の方はこちらでチェックした者だけを入れる。多少、手が回らなくとも君の方で適度に理由を作ってくれるだろ?」

「ええ、もちろんです。それで……マリアベル様はどうなさいますか?」


 先ほどまでとは違い、正妃としてのリュージュ妃がそこにはいた。

 後宮を取り仕切る、その長としての。


「マリアベルは離宮で過ごさせる。フィルタード派の人間が何をするかわからないからね。君の為だとか、ライルの為だとか勝手に決めつけて行動するから行動が読めないんだ」

「……申し訳ございません」

「ああ、責めてるわけじゃないよ。彼らにしてみれば、自分の人生がかかってるからね。覚えが良ければ取り立ててもらえると」


 人とは利己的な生き物なのだとお父様は言った。

 損得感情で動くのは当然の権利だけど、それでは済まないこともあるらしい。


 ひとまずは、ライルのことは片付いたと思って良いだろう。

 実際には従兄弟であろうとも、お父様が自分の子だと言ったのだから異母弟は異母弟のままだ。





 今はきっと、それで良いのだと思う。

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