第39話 王女と正妃

 彼らの視線の先で、ライルは青ざめて俯いていた。

 リュージュ妃は視線の先にいるのがライルであると確認すると、立ち上がりライルに向き合う。


「ライル、何か言うことはないのですか?」


 真っ青な顔のライルは俯いて何も言うことができない。

 私は近衛騎士へ視線を戻す。さあ、お前達の主人には期待できないぞとの意味を込めて。

 すると近衛の一人が覚悟を決めたように口を開いた。


「お、お待ちください!リュージュ妃様!」


 リュージュ妃はライルを問い詰めようとしていた口を閉じ、彼らに視線を移す。

 その冷たい視線にゴクリ、と唾を飲む音が聞こえる。

 

 一切の偽りは許さない、そんな声がリュージュ妃から聞こえるようだ。

 隣に立っている私まで怖くなる。


「リュージュ妃様、ライル殿下は関係ございません」

「では誰が貴方達に命じたというの?」


 鋭い声が聞こえ、彼は一瞬だけ口を噤む。そして振り絞るように言葉を続けた。


「我々の、独断です。ライル殿下の覚えが良ければ、この先取り立てて頂けると思ったのです」

「そんな理由で王族が管理する土地を荒らしたと?」

「恐れながら、姫殿下のことは我々はあまりよく知らず……」

「知らないからと言って、止めに入った花師に暴行を加えあまつさえ小屋に火をつけることが許されると思っているのですか!」


 意外なほど、リュージュ妃は怒っている。私はてっきり……リュージュ妃も彼らを助けようとするのではないかと思っていたのだ。

 でもリュージュ妃は彼らを侮蔑の目で見ている。


 そしてその隣ではライルが涙を浮かべ、気の毒になる程カタカタと震えていた。

 母であるリュージュ妃の剣幕に驚いたのだろうか?それとももっと別の?


「ライル!貴方は彼らの前で何を言ったのですか!!」

「は、ははう、え……」

「正直に答えなさい!」


 リュージュ妃に怒られ、ライルはポロポロと涙をこぼしている。そしてボソボソと小さな声で話だしたが、残念ながらこちらまで話の内容は聞こえない。

 私はお父様を見る。お父様は小さく頷くと、私に彼らを裁くように促した。


「ルティア、彼らへ裁決を————」

「お待ちください!陛下!!」

「リュージュ、例えどんな理由があろうとも彼らの罪を許す理由にはならないよ」

「それはわかっております。しかし、ライルの不用意な発言が元であればライルも共に裁きを受けねばなりません」


 まさかの発言に私は目を丸くする。

 他のみんなも同じだ。まさかリュージュ妃がそんなことを言うとは思わなかった。でも、お父様だけは冷静に受け入れていたように見える。


「恐れながら!……恐れながら、発言をお許し頂けるでしょうか?」


 先ほどから話している近衛の一人が声を上げた。チラリとお父様を見れば、お父様は発言を止めるつもりはないようだ。

 私は頷き、彼の発言を許した。


「発言を許します」

「……ありがとう、ございます」

「それで、言いたいこととは?」

「リュージュ妃様に、お願いがございます。今回のことは本当に我々の独断です。ライル殿下は関係ございません」

「ライルの名を出しておきながら関係ないというの?」

「我々が、姫殿下を侮っていたことは事実。そのことに申し開きするつもりはありません。ですが、諌めるべき立場の我々が……諌めることができなかったのは我々の罪です。ライル殿下の罪ではありません」


 意外だ。そこまで彼らがライルのことを思っているようには思えない。

 打算、だろうか?

 青ざめ震える彼らの表情からは何かを読み取ることはできなかった。

 彼らの前に立っていたのが私ではなく、お父様なら何か分かったのだろうか?


 しかしリュージュ妃はそれではすまなかった。

 そこで私は理解したのだ。リュージュ妃は正しく、


「そうね。貴方達はライルを諌めるべきでした。しかし自らの利益を優先して、ライルの愚かな言葉を間に受け王族の権威を貶めた。それはあってはならないこと。そして、私は自分の息子がここまで愚かだとは思いませんでした」


 リュージュ妃はそう言うと、お父様に向き直る。そして膝をつくと深く頭を下げた。


「陛下、此度のこと、ライルの愚かな発言が端を発しております。ライルにも同じく裁きを」

「リュージュ、君はそれで構わないのかい?」

「構いません。王族とは人の上に立つ者。己の癇癪で、他者の命を捨てさせるような真似をさせてはならないのです」


 ここまで言われてしまうと、こちらとしては彼らに死刑と言いづらくなる。

 元よりそんなつもりはなくても、だ。


 これは彼らを助けるための計算だろうかと一瞬だけ思ったが、先ほどの怒り方からそうではないとわかる。

 もしもこれが演技で私達が騙されているのだとしたら、それはもうリュージュ妃の方が上手だったと言うだけだ。それはそれで仕方ない。


「ルティア、リュージュはこう言っている。君はどうする?」


 急に話を振らないでほしかった。突然のことで私はどうしようかと考える。このパターンは想定していなかったから、何を言うのが正解なのかわからない。

 ライルは涙でぐしゃぐしゃの顔でこちらを見ていた。

 嫌なプレッシャーが私にかかる。


「……ライルの処罰はお父様にお任せします。それと、私は彼らへの処罰を決めました」

「そう。法に照らし合わせるなら、死刑となるが?」

「そうですね。ですがそれを私は良しとはしません」

「どうしてだい?」

「彼らは私を軽んじました。それは私のお母様が辺境伯爵家……田舎の出だからでしょう」


 わざとそう言って近衛達を見れば、彼らは力なく頷く。

 言っておくが辺境伯家とは田舎という意味ではないし、田舎の出と言うのも大いなる間違いだ。


「東の辺境伯家、その土地がどんな場所かご存知?」

「……いえ」

「あそこはレイラン王国との国境に位置していて、彼の国との間には深い森があるの。そこは魔物が多く住んでいて、とても大変なのよ?」


 もしもお祖父様の治める土地が魔物かレイラン王国に滅ぼされてしまったら、王都だって危うくなる。それくらい重要な場所。

 辺境伯とは重要な土地を護る、その要の一族という意味なのだ。


 私は辺境伯家の護る土地で騎士として従事するように彼らに言った。


「それ、は……我々は死刑ではないのですか?」

「死刑にするつもりだったわ。最初はね。でも、貴方達にも主人を守る気概はあったようだから、辺境伯家へ送ることにしたの」


 服毒での処刑なら、偽装して助かるかもしれない。そんな理由もあるのだが、それは彼らに言う必要はないことだ。

 今となってはその可能性も低いけど……なんせ彼らの実家は、彼らが何をしたのか知ると直ぐに離縁状を送ってよこしたのだから。

 嘆願書がないのはまあ、仕方ないにしても離縁状を即送ってくるなんて冷たいと思う。もちろん家に類が及ばないように、と判断したのだろうけど。


「人を護る、と言う意味では同じよ。騎士だもの。できないとは言わせない」

「……もちろんです」

「それと、貴方達の実家からは離縁状が来ているから当てにはならないわよ?」


 何が、とは言わなかった。言わなくても伝わるはず。

 彼らは力無く頷き、処罰を受け入れた。


「元より、頼る気はございません」


 青ざめてはいるが、彼らはハッキリとそう言った。

 ようやく認めたのだろう。私と言う存在を————







 ***


 近衛騎士達が連れて行かれる。これから彼らは東の辺境伯家と呼ばれている辺境地へ赴き、魔物と対峙することになるだろう。

 対人とは違う戦い方を一から覚えなければいけない。その過程で命を落とす可能性もあるが、それは彼らも理解しているはずだ。

 その上で行くと決めたのだから文句はあるまい。


 これでようやくベルも怪我を治すことができる。早々にベルを連れて行ってもらい、治癒術を施してもらうことにした。


 部屋の中にはお父様とリュージュ妃、ロイ兄様、ライル、私、それにヒュース騎士団長とロックウェル夫妻だけが残っている。

 今度はライルの処分を決めなければいけないからだ。


 ライルは小さくなって、カタカタと震えていた。

 そんなライルにお父様は声をかける。


「ライル、不満があるのなら今言ってしまいなさい」

「陛下!」


 リュージュ妃が咎めるような声を上げた。

 ライルは涙でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭うと、今まで感じていたことを話だす。


 後宮にいる大人達が自分をもてはやす癖に、陰で自分を馬鹿にしていること。

 お父様がリュージュ妃に会いに来ないこと。

 私ばかり可愛がられていること。

 他にも数え上げればきりのない文句が溢れてきた。


 そのどれもが馬鹿馬鹿しい理由ではあるのだが、ライルにはきちんと教えてくれる大人が誰もいなかったのだ。そして諌める者も。

 お父様は黙ってそれを聞いていた。

 私や兄様よりも恵まれた環境にいると思っていたライルは、実はずっと一人だったのだろう。


 しかし話を聞いていたリュージュ妃はどんどん青ざめていく。

 そしてついには言ってはいけない言葉を口にしてしまった。


「ああ、やはり————貴方を産むのではなかった」


 ポロリと溢れた言葉に、ライルがショックを受けたのがわかる。

 誰だってそんなこと言われたら悲しい。私だってお父様や兄様にそんなことを言われたら泣いてしまうだろう。


「リュージュ、なんてことを……!」

「いいえ、いいえ、陛下!やはりライルは産むべきではなかったのです!!」

「落ち着きなさい、リュージュ。子供達の前だ」

「陛下……子供達の前だからこそ、ですわ」


 そう言ってリュージュ妃はライルの側に寄ると、涙で濡れた彼の顔を撫でた。


「貴方は本当は陛下のお子ではないの。陛下はね、私と貴方を守るために……私を正妃にしてくれたのよ」

「え……?」

「貴方は、私と陛下の兄君、フィラスタ様との子です」


 私は思わず兄様を見る。だってそんな話知らない。お父様に兄弟がいたなんて、聞いてない。

 兄様も私を見て首を振った。


「俺は……父上の子供ではないのですか?」


 力なく、ライルが問いかける。

 リュージュ妃はしっかりとした口調でそうだと答えた。


「私はあの方を失って、貴方まで失うことは耐えられなかった。何も知らない父が、私を無理矢理陛下の正妃へと押しやろうとしたのを受け入れたの。陛下もそれを許してくれたから……」

「俺はだって……母上が、俺に王になれと……」

「ええ、そう。そう言わなければいけなかったの。貴方のお祖父様は貴方に王になってもらいたがっていたから……でもやっぱり、それが間違いの元だったのね」


 よくわからないが、ライルは私の異母弟ではなく従兄弟でと言うことでいいのだろうか?

 そしてお父様のお兄様の子供である、と。

 だったらライルは……正しく、王位継承一位だ。

 でもその地位をリュージュ妃は捨てようとしていた。


 —————その意味が、わからなかった。



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