第38話 裸の王様(ライル視点)

 生まれた時から俺の運命は決まっていた、と周りの大人たちは口をそろえて俺に言った。


 ファティシア王国

 アイザック・ロベルト・ファティシア国王の第二王子で


 それが俺の生まれた時の立ち位置。でも俺の母上が正妃で侯爵家の出身だったから、俺は先に生まれた兄妹を押しのけて王位継承第一位になった。

 つまりは、次期国王だ。お祖父様の後ろ盾があるから俺は寝てても国王になれると誰かが笑いながら言った。


 俺の名前はライル・フィル・ファティシア

 多分、何者にもなれないモノ。



 正妃である母上は、厳しい方だが俺への関心はあまりないように思う。いつも忙しくしていてまともに会話をすることもない。笑いかけてもらったことも、ほとんどないだろう。

 侍従や侍女たちから俺の勉強の状況を聞くだけ。きちんとできていないと怒られる。最近は小言ぐらいしか聞いていない。

 ただ時折、俺の顔を見ては困った顔をするのだ。

 そしてそんな時は必ず俺に言う言葉がある。


 貴方は国王になるべく生まれたのだからしっかりと学びなさい————と


 血のつながりはあるのに、とても遠い方。それが母上だった。

 もちろんそれは父上にも言える。

 たまに俺の顔を見に来る時以外は、母上の元を訪れることはない。周りの大人達は亡くなった側妃のことをまだ思っているのだろうと噂していた。


 顔も、名前も知らない側妃。

 そいつのせいで母上は寂しい思いをしているのだろうか?いつも側で父上を支えているのは母上なのに。

 だからきっと父上と同じ目を持つ俺を母上は困った顔で見るんだ。


 そう思ったら……俺は父上があまり好きではなくなった。





「さあ、ライル殿下!お勉強の時間ですよ」


 部屋から抜け出そうとしていた時、ニコニコと笑いながらマナーの教師がやってくる。いつも俺が抜け出すから、早目にやってきたんだろう。

 俺はマナーの時間は嫌いだ。面倒だし、何の為にやっているのかわからない。それにニコニコ笑っているけど、この教師が上手くできない俺を陰で笑っているのを知っている。


「マナーなんて大体できれば問題ないだろ」


 俺はそう言うと教師が止めるのも聞かずに、庭に面したバルコニーから外に飛び出す。

 どうせ母上には報告できやしない。自分が怒られるのが嫌だから。

 みんな、そうだ。母上に気に入られたい。

 侯爵家の後ろ盾があるしっかりとした王位継承者。母上のお気に入りになれば、その先の人生は安泰だと誰かが言っていた。


 何もできない俺を陰で嘲笑っているのに、将来を見据えて擦り寄ってくる。

 なんて、つまらない世界だろう。



 どこか行く宛があるわけじゃないけど、俺はブラブラと後宮の外を歩いていた。そしていつの間にか、離宮側にきてしまったようだ。

 本来は俺も離宮で生活するはずだが、母上から許可が出なくてまだ入ったことのない場所。


 二人の兄妹が暮らす、場所。


 離宮は広くできていて、初めて入った俺にはどこに何があるのかすらわからない。ただ適当に歩いていたら、明るい茶色の髪の女の子が鳥らしきものを追いかけている場面に遭遇した。


 その瞳の色を見て、彼女が俺の姉だとわかった。彼女はとても楽しそうで……些細なことでコロコロと笑って、そんな彼女を見て周りも嬉しそうに笑っている。

 俺の周りにいる連中とは大違いだった。慈しむような笑いを向けてもらったことなんてない。彼らはいつも陰で俺を笑っている。


 同じ王族なのに、俺の方が恵まれているはずなのに、羨ましくて、同時に腹立たしかった。


 どうして同じ兄妹なのに、たった一つしか違わないのに、こんなにも俺と彼女は違うのだろう?


 自由に生きている姉と、次期国王だともてはやす癖に陰では笑われている俺。




 俺の代わりにになった姉、ルティア・レイル・ファティシアとの出会いは最悪なものだった。







 ***


 姉との出会いから暫くして、俺は三人の歳の近い子供と引き合わされた。

 いわゆる、将来の側近候補。俺が国王になったら、側で助けてもらえるようにと歳の近いが作られたのだ。

 お友達と言っても、魔術師団長、騎士団長、宰相の所の子供だ。必要な人材を今から育てる為に俺の側に置いたにすぎない。



 その日の喧嘩の理由は何であったろうか?

 魔術師団長の息子、シャンテ・ロックウェルと言い合いになり、それに騎士団長の息子リーン・ヒュースが肩入れした。

 二人は元々幼馴染だから意見が合うのは当然だ。宰相の息子のジル・ハウンドだけは俺達の喧嘩を傍観していたように思う。


「うるさい!お前なんかに何がわかる!!もう二度と俺の前に顔を見せるな!!」


 いつものように癇癪を起こした俺がそう叫ぶと、シャンテはリーンを連れて出て行ってしまった。

 そこまで言うつもりはなかったのに、口から出てしまった言葉は今更取り消せない。そして自分から謝ることもしたくなかった。


 だって俺は国王になるんだ。

 国王が簡単に謝ってはいけない。折れるなら向こうの方が先なんだ。

 自分にそう言い聞かせていると、ジルが小さなため息をついたのが聞こえた。

 止めなかったくせに!と内心悪態をつく。


 結局のところ友達なんて言っても見張られているのと同じで、俺にとってみれば監視してくる相手が大人から子供に変わっただけだった。


 翌日、城に来ているにも関わらずシャンテとリーンは俺の所に顔を見せもしない。

 今までそんなことはなくて、よほど怒っているのだろうと内心で焦っていた。だから今回ぐらいは俺が折れても良いかな、って少しだけ……ほんの少しだけ考え直したんだ。

 だって、彼らは俺の側近候補だから。何かあれば母上のところに話がいく。


 母上に怒られることよりも————失望されるのが怖かった。


 周りの者に聞けば、城の外にある畑に行っていると言う。どうやら魔術師団長が二人を連れて行ったらしい。

 そのことに少しだけホッとして、俺はその場所にジルと一緒に向かう。

 馬車に揺られながら、ジルは俺に昨日のことを何とかした方がいいと言われた。


「殿下、昨日のことは……先に謝られた方が良いと思いますよ?」

「……俺は悪くない」

「本当にそう思っていますか?」


 喧嘩の内容なんて忘れてしまったけど、俺が悪くないと言えば悪くないのだ。

 ジルの言葉を聞き流して、城の外にある畑に辿り着く。

 暫く中から様子を伺っていると、魔術師団長が何だかおかしなことをしていた。そしてその奥の四阿あずまやではシャンテとリーンが、アイツと楽しそうに話をしている。


 俺の代わりにになった、アイツと……


 一瞬で頭に血が上り、俺は馬車から飛び出すとアイツに文句を言ってやった。シャンテとリーンを取るのかと!何もできない三番目のくせに、俺の友達を取るつもりなのかと!


 アイツは人を馬鹿にしたような目で俺を見た。


 フツフツと怒りがわいてくる。俺は将来国王になるのに、何で三番目のアイツにばかり人が寄るのかと!

 シャンテとリーンもアイツの味方だった。そして馬車から降りてきたジルもアイツの肩をもった。



「————俺はっ!悪くないっっ!!」



 そう言うのが精一杯で、すぐさま馬車に乗り込むと城へ戻るように馭者に告げる。馭者は何も言わずに城へと馬車を走らせた。

 城についてからジルを置いてきたことに気がついたが、どうせ他の連中と一緒に戻るだろうと馬車を戻らせることはしない。

 もしも歩くことになったとしても大した距離じゃないだろうし。


 それから部屋に戻った俺は、侍女が手を付けられないほど暴れる。

 何でアイツばっかり!

 父上の視察について行ったり、畑をもらったり、アイツばかり優遇されている。

 俺は何をやっても褒められることもないのに、アイツは何で褒められてばかりなのか!!


 とうとう自分達では手がつけられないと感じたのか、侍女が近衛騎士を呼んできた。

 俺は彼らの一人にやんわりと体を押さえられる。


「殿下、一体何があったのです?殿下らしくありませんよ?」

「俺らしいとはなんだ?」

「次期国王になるお方なのですから、もっと堂々としていなければ!些細なことで怒っていてはいけませんよ?」

「うるさい!どうせ俺にはそんな才能ない!!シャンテもリーンもアイツが取ってしまった!!アイツが俺の代わりに国王になるんだろ!!」

「アイツ……ですか?」

だ!」


 そう叫ぶと、彼らはああと小さく頷いた。


「殿下、三番目の姫君が陛下の跡を継ぐことはありませんよ。血筋正しきお方は貴方だけです」

「そんなのわからないだろ!父上はアイツに褒美までやったんだぞ!!」


 俺だってもらったことないのに、と言えばそれは分不相応ですねと近衛は言う。

 そうだ。分不相応だ。

 三番目のくせに!

 イライラとしながら当たり散らすと、その近衛はこう言った。


「ならば我々で分不相応だとわからせてやれば良いのです」

「え?」

「分不相応にも土地を下賜されたのでしょう?本来相応しいのは殿下だけです。この国を将来背負って立つお方が優先されて然るべきです」


 周りの近衛達も同じように頷く。

 そしてこう告げた。


「少々お時間をください。三番目のお方に身の丈にあった生活をするようにと忠告して参りましょう」


 そんなことできるもんか、と俺は思った。でも、本当にできるならアイツの困った顔が見れるしスッキリするかもしれない。

 俺は近衛達の行動を止めなかったのだ。

 彼らが何をするかなんて知らない。何かあっても知らないと言えば良いだけ。


 そう、思っていた……





 翌日、ジル、シャンテ、リーンの三人は俺の元へ来なかった。

 きっと素直に謝らなかった俺に呆れてしまったのだろう。

 母上の元に話がいくかもしれない。それも仕方ないと腹を括る。


 そして俺はいつものように教師をまいて、庭をブラブラと歩いていた。

 すると遠くに黒煙が見える。

 何の煙だろうと見ていると、その煙はすぐに見えなくなった。


「……何かあったのか?」


 しかし答えてくれる相手は誰もいない。

 また歩き出すと、今度は騎士団所属の騎士達が忙しなく動いているのが見える。

 耳をすませば彼らはアイツの畑に行くようだった。


 出火、したのだと。


 その言葉に昨日の近衛の言葉を思いだす。


「まさか、な……」


 火をつけて、燃やした?

 火付けは重罪だ。そんなことをわざわざするとは考えにくい。きっと気のせいだと自分を納得させる。

 でも、本当はこの時にきちんと確認をしておけばよかったんだ。




 そうすればこんなことは起きなかった。




 俺は目の前に広がる光景を、どうしようもない気持ちで見つめている。

 すぐ視線の先では近衛達が俺を見て助けて欲しいと視線で訴えているのがわかったが、助けられるわけがない。

 下手に庇えば俺が彼らにやらせたと思われるだろう。

 俺はそんなこと望んでいないし、頼んでもいない。


 ちょっとアイツの畑を荒らしてくるぐらいだと思っていた。こんな大事になるなんて想像すらしなかったのに……


 罪状が読み上げられ、父上に裁く権利をもらったアイツが近衛達に死刑になると伝える。

 縋るような視線は一層強くなり、俺は何もできないと視線を下に向けた。助けるなんて無理だ。火付けも、殺人未遂も、この国では死刑に相当する。

 しかもたった一人を寄ってたかって、が暴行を加えた。

 一般人相手に、だ。



 俺が望んだことではない。



 俺は俯きながら、ただただこの時間が早く過ぎれば良いと願っていた。




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