第37話 王女と近衛騎士
約束の日になった。
私は朝から落ち着かない気持ちでいっぱいだったけど、マリアベル様がずっと隣に座っていて手を握っていてくれたから叫び出さずに済んでいたような気がする。
多分一人きりだったら叫んでたかも。それぐらい緊張していた。
「ルティア、大丈夫よ。きっと上手くいく」
「お母様……ええ、きっと、きっと上手くいきます。だって何度も打ち合わせしたもの。大丈夫なはずだわ」
「ええ、そうね」
マリアベル様は落ち着かない私の前に膝をつくと、顔を両手で包み額に自分の額をコツンと合わせる。
ふわりと優しい良い香りがした。
「ルティアに、神の御加護を————」
「ありがとう……お母様」
「さ、いってらっしゃい。私はここで待っているから」
「はい!」
マリアベル様をお母様と呼ぶのはまだ少しだけ恥ずかしいけど、私はマリアベル様……いや、お母様に胸を張って報告できるように、迎えに来てくれたロイ兄様と一緒に王城へ向かう。
兄様と二人で歩く長い回廊は私をさらに緊張させ、そんな私を見て兄様はやっぱり代わろうか?と聞いてくる。
「大丈夫。大丈夫よ……」
「でもすごい緊張している」
「そりゃあ初めてだもの」
「本当に平気?」
「……平気、ではないと思うの。今だって叫びだしたい気分。だから部屋に着くまで手を握っていてくれる?」
私の言葉に兄様は優しく笑うと、私の手を握って裁きを下す部屋に着くまでずっとそうしていてくれた。
***
その部屋の前では、お父様の近衛騎士達が立っている。彼らは私達を見ても、見た目上は蔑ろな視線を向けてくることはない。
ただ心の中はわからないのでなんとも言えないが……それでも、見た目通りのちゃんとした騎士だと信じたい。
そうでないとこれから先、彼らに会った時に私はどんな態度を取ればいいのかわからないからだ。
彼らは私と兄様が部屋の前に来ると、心得たように部屋の扉を開けてくれる。
それにお礼を言うと、彼らは少しだけ困った顔をしてから頭を下げてきた。
きっとこれから中で行われる事を知っているのだ。彼らの仲間がここで裁かれる。そしてその仲間を裁くのが私であることも。
開いた扉の先、そこは簡易的な謁見室となっている。
部屋の一番奥には国王であるお父様と、正妃であるリュージュ妃が座る席が用意されていて、部屋の端には既に人が待機していた。
待機している人の顔を見るとヒュース騎士団長、ロックウェル魔術師団長、それにまだ怪我を治せないでいるベルが魔術師団所属の治癒師と共に控えている。
ベルの怪我は痛々しく、見ていてこちらが泣きたくなるほどだ。
私は先に入った兄様に続いて、お父様が座る席のすぐ脇に立つ。ここが、継承者が立つ位置なのだろう。なにせ初めてなので兄様に倣うしかない。
そんな緊張しっぱなしな私の元に一人の文官が近づいてきた。
「初めまして、姫殿下。私はピコット・ロックウェル、司法長官をしております」
「初めまして、ロックウェル司法長官。本日はお忙しいなかありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します」
カーテシーをしながら、こっそりと司法長官の顔を見る。
初めて会う司法長官はどこどなくシャンテに似ていた。いや、逆か。シャンテが司法長官に似ているのだ。
髪の色は魔術師団長に似ているが、瞳の明るさは司法長官に似ている。
家族というのはやはりどことなく似るものなのだな、と思っているとリュージュ妃とライルが入ってきた。
私と兄様はリュージュ妃に頭を下げると、リュージュ妃は少しだけ、そう、本当に少しだけ驚いた表情をして私を見たように思う。
リュージュ妃の後ろにいるライルは私達のことはまるっと無視して、リュージュ妃が座った席の側に立つ。
位置的には私の隣か、もしくは順番的に兄様の隣ではないのだろうかと、チラリと兄様や周りの大人を見る。
皆一様に困った顔をしていたが、咎める声はなかった。
ただ、ライルの顔色は少しだけ悪いように見える。
お父様とハウンド宰相様が入って来ると、ライルを除いた全員がお父様に頭を下げた。お父様は軽く手をあげ、そのまま椅子に座られる。
そして全員が揃ったのを見て、騎士の一人が扉を開けた。
————近衛騎士が騎士達に連れられて入ってくる。
なぜ自分達が捕まらなければならないのかと、その顔には不満がいっぱいだった。これでは連れてくる騎士達もさぞ苦労しただろう。
私達の前に膝をつかされた近衛騎士はリュージュ妃とライルの姿を見ると、少しだけ笑った。
しかし、ベルの姿を見つけるとギョッとした表情になる。
「さて、今日集まってもらったのは、数日前に起こった花師に対する殺人未遂と放火、そして花師が管理する畑を荒らした件に関して話がある」
お父様の言葉にライルはリュージュ妃の側によった。先程よりもさらに顔色が悪い。
お父様もそれに気がついているのか、一旦言葉を区切る。もしもライルが自ら名乗り出て謝罪するのであれば、と考えたのかもしれない。
しかし、その区切った間が悪かったのかライルが口を開くよりも先に近衛騎士達が口を開いたのだ。
「恐れながら陛下に申し上げます!我々は何故このような目に遭わねばならないのでしょう?我々は身命を賭して皆様をお守りする身。このような扱いを受ける理由がわかりません!!」
ペラペラとよく回る口だなあ、と思わず失笑しそうになってしまった。
いや、失笑ぐらいはしても良かっただろうか?本当は舌打ちをしたかったぐらいだ。普段から侍女長始めランドール先生から厳しく諌められていたお陰で思いとどまった自分を褒めたい。
近衛騎士達は一人が口火を切ると、次々とお父様におもねる言葉を連ねた。
お父様はその様子をジッと見ているが、どんどん周りの気温が下がっていっているのは気のせいじゃないだろう。
そして、ため息を一つ吐くと、私に視線を向けた。私は頷くと、一歩だけ前に出る。
ああ、本当に彼らは三番目の私のことを軽んじているのだなあと、彼らの視線から感じた。
胡乱げな視線を遠慮なくぶつけ、何故この場に私がいるのかと思っているに違いない。
「ロックウェル司法長官、私ルティア・レイル・ファティシアは、アイザック・ロベルト・ファティシア国王陛下より彼らを裁く権利を預かりました。問題ありませんね?」
「ピコット・ロックウェルより、司法を預かる身として国王陛下より委任を受けた件、伺っております。問題ございません」
私と司法長官のやりとりに、近衛騎士の顔色が一気に悪くなる。そして近衛騎士の一人がなぜ私にやらせるのかとお父様に問いかけた。
だがお父様は何も答えない。
当然だ。
だって、お父様は彼らに発言の許可を一切与えていない。
「近衛騎士の……いえ、元近衛騎士といえば言いのかしら?貴方達何か勘違いされているのではなくて?」
私の言葉に彼らは遠慮なく私を睨んでくる。
だが不思議と怖くはなかった。それよりも、この愚かな近衛騎士達に自分の立場をわからせる方が先だ。そうでなくてはベルの怪我だって治せやしない!
「陛下は貴方達にいつ話をしても良いと許可を出したのかしら?許可もなく話しだすなんて一体どんな教育を受けてらっしゃるの?それとも近衛騎士とはそんな特別な権限があるのかしら?」
言葉には出てこなかったが、口が動いた。三番目の癖に、と。
それがどうした、と私は言いたい。たとえ三番目でも純粋な地位で言うのなら私の方が上なのだ。
誹りを受ける謂れはない。
「ロックウェル司法長官、彼らはまだ自分達が犯した罪について自覚がないようです。彼らに映像を見せて差し上げてください」
「かしこまりました」
司法長官は頷くと、記憶再生の魔術式が施された魔法石に魔力を込める。
するとベル視点の彼らの悪行が音声付きで部屋の中に流れた。
リュージュ妃はその映像を初めて見たのだろう。そこで初めて、ベルがここにいる理由に気づいたようだ。
彼らは皆、リュージュ妃の住む後宮を守る近衛騎士。その近衛騎士が「後ろ盾のしっかりした殿下」と呼ぶのはライルだけ。
リュージュ妃は自らの額に手を当てて、なんてこと、と小さく呟いた。
「私、貴方達に伺いたいの。三番目だと、私の畑を荒らしても良いのかしら?止めに入った花師を暴行して、あまつさえ手足を縛り火を放った小屋に閉じ込める理由になるのかしら?」
「こ、これは!我々を貶める陰謀だ!!」
「そうだ!!我々はそんなこと……きっと暴漢に襲われたのを自分に都合の良いように改竄したに違いない!!」
「ベルが貴方達を貶める理由ってなにかしら?そもそも彼は王城には住んでいないの。貴方達と顔を合わせたこともない。それなのに貴方達、彼に恨まれるようなことでもしたの?」
王城に住んでいないと言うことは彼らとは全く接点がないと言うこと。接点のない人間がなぜ、近衛騎士を貶めなければならないのか。
そもそも彼らと私も接点がない。リュージュ妃の後宮に近づくことはないからだ。
私は一段高い場所から、彼らの元へ歩み寄る。
そしてそっと囁いた。
「ライルに期待しているのでしょうけど、無駄よ。あの子の顔色をごらんなさい?どうやって自分に害が及ばないようにするか考えてる」
その言葉に彼らはリュージュ妃の影に隠れているライルを見る。
ライルの姿からはどう見ても彼らを庇う気などないことがわかるだろう。それでも自分から、自分が悪かったのだと名乗り出れば多少は変わったのだ。
ライルの立ち位置というものが。
私はロックウェル司法長官を振り返る。
「司法長官、彼らは王族の土地を汚し、止めに入った花師を暴行、そして火を放った小屋に閉じ込めて殺そうとしました。この罪は、どうなるのかしら?」
「刑法に照らし合わせれば、死刑が妥当かと」
死刑、と言う言葉に彼らはようやく自分達の今の状態がかなり悪いことに気がついたようだ。
それでもライルは口を開かない。
だから私は彼らに問いかけた。
「————ところで、貴方達の言う後ろ盾のしっかりした殿下って誰かしら?」
全員が口籠もったが、視線がどこに向かったかは明らかだ。
恐怖は、人の口を割らせるだけの力がある。その時の私はそう感じた。
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