第36話 裁くと言うこと
今、私の部屋にはランドール先生、ロイ兄様、そしてアリシアがいる。
リーンとシャンテ、ジルは登城していないらしい。なぜらしいのかと言えば、そもそも彼らは私ではなくライルのお友達だからだ。
なので彼らの行動までは私がどうこう言う権利なんてない。もちろん言うつもりもないのだけど。
そして何をしているかと言えば、お父様に裁いてみなさいと言われた近衛騎士の罪について考えていた。
私だって二日も経てば落ち着く。
……嘘だ。今もまだ腹が立って仕方がない。
でも怒りのままに裁くわけにはいかないのが難しいところである。
「ランドール先生、彼らの罪を裁くにあたりどうすれば一番良いのでしょう?」
「そうですね。一番簡単なのは王族に対する不敬罪で「死刑」だと思います」
あっさりと言われてしまい、何となくモヤっとするものが心の中に芽生えた。
過去の判例に準えても彼らの行動は、殺人未遂、放火、王族の土地を破壊、加えて王族に対する不敬な発言、どれをとっても死刑でしかない。
でもそれだと何か……何か……言語化できない自分がもどかしくなる。
「ルティア様、どうされたんです?」
アリシアが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「何だか、こう……この辺がモヤっとするの」
そう言って胸の辺りを抑える。そう、何か違う。処刑は簡単だ。全くもって同情の余地はない。でも何か違う気がする。
アリシアはそんな私を見て、少しだけ考えると「逃げ得ってことですかね?」と呟いた。
「逃げ得?」
「逃げた方が得なこともあるって意味です」
「ああ、省略されてるんだね?」
「はい。ルティア様がモヤっとするのってそう言う意味じゃないですか?」
「逃げ得……逃げ得……うーん確かに、そうかも」
アリシアの言葉がストンと心の中に入った気がする。
そうだ。逃げ得なのだ。
「どうしてルティアは逃げ得だって思うんだい?」
「だって……ベルはとても怖い思いをしたのよ?殴られて、蹴られて、しかも縛られて火まで付けられた。今だって怪我を治さずにいる。それなのに、彼らは一瞬で済んでしまうのよ?」
兄様の問いかけにそれは何だか不公平だと唇を尖らせる。
「つまり、そのぉ……ルティア様は近衛騎士達が同じ目に遭ってから処刑された方がいいと?」
「あ、そう言う意味ではないの。単純に恐怖の割合でいったらベルの方が怖かったろうなって」
私は慌てて否定する。別に同じ目にあって欲しいわけではない。処刑しかないのであれば、仕方ないことだと思う。
この国の処刑方法はギロチンか薬殺か死ぬ当人が選べるのだ。
もちろんギロチンで死にたい人はそういないから、殆どの人は薬殺を望む。毒を煽って死んだ方がギロチンよりもマシなんだそうだ。
「あのね、彼らの家族はみーんな彼らを見捨てたの。誰も延命の嘆願を出さなかった。それだけのことをしたのだからお好きにどうぞって」
「ルティアは彼らを可哀想だと思っている?」
「それも違うわ。だって物凄く、ものすごーく腹が立ってるもの」
うまく言語化できない思いはどうすれば伝わるのだろうか?
彼らが一瞬で死んでしまうことは逃げ得だと感じる。でも、同じ目にあって欲しいわけではない。
ただそう、彼らは何も知らずに死ぬのだ。
自分達は助けてもらえると思いながら、牢屋の中で薬が渡されるその時まで反省なんて全くしないまま死ぬ。
どうしてもそれが正しいことには思えない。
罪の重さとしては、正しいのだろうけど……
「何だか良くわからなくなってきてしまったわ」
「……ルティア、今からでも僕と代わる?」
「え?」
「多分、父上に頼めば代わることを許してくれると思う」
兄様の提案に少しだけ心が揺れた。
私は命は尊いものだと知っている。それは私が今の私になるまでにいろんな人に教えてもらえたからだ。
花を育てたり、馬の出産を手伝ったり、調理の為に目の前で鶏やうさぎを絞める作業も見たことがある。
彼らは皆一様に、命は大切なものだと教えてくれた。どんな小さくとも命は宿る。それはとても尊いものだと。
だからこそ、近衛騎士の行動は許せないし、許したくもない。
「いいえ、兄様……私がやると言ったのだから私がやるわ。きっとこれは王族の一人として必要なことだもの」
「ルティア……」
「でしたら、どうされますか?」
今まで話を聞いていた先生が問いかけてくる。
彼らを無罪放免で放す選択肢は絶対にない。処罰的には死刑が妥当なところだ。
でもそれだと私の気がすまない。
うーん……と唸っているとアリシアが先生に問いかけた。
「ランドール先生、死刑になるとしてギロチンで首が落とされるんですか?」
「今はギロチンで処刑される人はほぼいませんね」
「いない?でも処刑は……?」
「薬殺になるんですよ」
「薬殺って毒を飲むんですか!?」
「ええ、ギロチンよりは毒を飲む方が多いですね」
「でもそれって……毒をすり替えたら簡単に助かっちゃいますよね?」
アリシアの言葉に私と兄様は顔を見合わせる。
そんなことが可能なのだろうか?毒のすり替えなんて……仮に可能だとしてもどうやって城の外に出ればいいのかわからない。
「ねえ、アリシア。仮にそうだとして、どうやって城から出るの?一応死んでるかどうかの確認はされるはずだわ」
「それってしっかりと確認されるんですか?」
「確認って……脈をとってお終いじゃないかなあ」
私も兄様もよくわからず、先生を見る。見られた先生は困ったように視線が泳いだ。
「私も流石に……多分医師が脈をはかったり……かと思いますが」
「脈って、止められるんですよ」
「でもそんなことしたら死んでしまうわ!」
「短時間だけなら平気です。気を失わないように気をつけないといけないけど」
アリシアの説明はこうだ。
脇の溝に丸いボールをすっぽりと収めてグッと強く抑える。そうすると腕の血管が圧迫されて、肩から先に血が巡らなくなるのだそうだ。
手首で脈を取るならば、その瞬間を狙えば死んだように見えると言う。
「……試しに、やってみたいな」
「でも……危なくないかしら?」
「アリシア嬢、それをやっている時は意識はちゃんとあるんだよね?」
「え、ええ……でないとタイミングを計って止められませんし」
兄様はユリアナに頼むと少し硬めのボールの準備をしてもらい、アリシアが言うように自分の脇の溝にはめてグッと抑えてみせる。
「脈をはかってみて」
私は兄様の手首に指を当て、脈を探す。先ほど探した時はすぐ見つかったのに、今はなかなか見つからない。と言うかない。
「え?え??」
「わからない?」
兄様の言葉に頷く。先生も兄様の手首に触れて脈を確かめる。そして私と同じように見つからない、と呟いた。
「倒れるタイミングを考えれば案外騙せると思うんですよね」
「アリシア、貴女天才だわ」
これなら、家族は延命嘆願などせずに処刑されるのを待った方がいい。
罪人とはいえ遺体は最後には家族に返されるはず。棺の中に収められた遺体は城を出る時も、王都から出る時も検閲されることもなく出ていくだろう。
中で人が生きているなんて誰も思わないのだから!
「そうしたら、処刑に変わる別の罰を考えなければいけないね。これでは本当に逃げ得になってしまう」
兄様の言葉に私は頷いた。
アリシアの方法であれば、最初の医師の診断を誤魔化せれば問題なく抜け出せる。いや、リュージュ妃の派閥は今や王族を軽んじる所まできているのだ。
医者も買収している可能性だってある。
死んだと見せかけて、そのまま領地に戻ってしまえばあとは自由に生きられるだろう。
近衛騎士は貴族の子弟にとって名誉職のようなものだが、それでも命には代えられない。死ぬぐらいならなんでもやるだろう。
謀られる可能性がある以上、処刑は回避しなければいけない。しかし、処刑に代わる処罰方法が思い浮かばなかった。
「……レイドール辺境伯家に送るのはダメなんッスか?」
ポツリと呟かれた言葉にドキッとする。
この部屋の中には私とアリシア、兄様と先生、それに少し離れた場所にユリアナがいるだけだと思っていたからだ。
「ロビン、ルティア達が驚いてる……」
「ああ、それは……その、スミマセン」
彼の口調からは悪いと思っていないのがなんとなくわかった。そして私は彼の声に聞き覚えもあったのだ。
彼は兄様の侍従。確か名前は……ロビン・ユーカンテ
とんでもなく影の薄い人、だ。
アリシアはどこから声が聞こえたのかと周りをキョロキョロ見て探している。流石に先生だけは落ち着いているけれど、きっと驚いたに違いない。
「ロビン、出てきてくれるかい?」
「お嬢様方に会うのはなんとも気が引けますね」
「会話とは相手を見ながらするものだろ?」
兄様の言葉に渋々と言った風に姿を表す。パッと見は目を引く容姿なのに、なぜか気がつくと周りに溶け込んで気配が消えてしまう。
とんでもなく不思議な人なのだけど、私が今よりも小さい頃は兄様の宮にこっそり遊びに行くと、兄様の代わりに遊んでくれた思い出がある。
「ロビン、久しぶりね」
「姫殿下も……その、多少お姫様っぽくなりましたね?」
「まだ多少なの?」
「木登りに馬の世話に、鶏追っかけ回してましたからねえ」
ロビンの言葉にアリシアが私の顔をマジマジと見た。先生はすでに知っているので苦笑いを浮かべている。
「その話はまた今度。それで、お祖父様の領地に送ると言うのは?」
「レイドール辺境伯家は、国の東側に領地がありますよね?あそこはレイラン王国との間に深い森があって、魔物がよく出るんですよ」
「そうね。そう教えてもらったわ」
「で、今年はその魔物の量が多いとか」
私はその言葉で彼が何を言いたいのかなんとなくわかった。近衛騎士をお祖父様が治める領地の国境へ飛ばせと言っているのだ。
「でも、それって逃げてしまわないかしら?」
「逃げられないように魔術式を入れてしまうんですよ。それに今までその地位にあぐらをかいていた坊ちゃん達が、自分達だけで生きていけると思います?」
姫様みたいなバイタリティー溢れる方なら別ですけどね、と言われ思わず口を尖らせてしまった。
「まあ、死にに行けと言ってるようなものですからね。助かるかどうかは自分の腕次第ですし」
「単純に処刑するよりは意味があるかもしれないわね」
逃げられてしまうかもしれない処刑よりは、自らの腕で生き延びることのできる国境警備の方が彼らには良いかもしれない。命の尊さを自ら体感できるだろう。
「お祖父様には迷惑をかけてしまうわね……」
少しだけため息を吐くと、ロビンは笑いながらこう言った。
「可愛い孫からのお願いを断る理由はありませんよ」と————
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます