第35話 間話 親達の密談

 ファティシア王国————


 西に龍が守護するラステア国、北に大軍事国家トラット帝国、東に森に囲まれ古の魔術を保持するレイラン王国と接している。


 国王を中心に国の中を諸侯が治め、漁業に農業、酪農が盛んで、戦争もここ百年の間は起こっておらず平穏な国だ。

 特に当代の国王は賢王として広く慕われていた。


 国王の名はアイザック・ロベルト・ファティシア


 ファティシア王国では王族のみミドルネームを持ち、ミドルネームの由来は生母の実家に由来する。ロベルトであれば生家はローズベルタ侯爵家。

 ロイとルティアであれば生家のレイドール伯爵家からレイルとなり、ライルはリュージュ妃がフィルタード侯爵家出身の為、フィルとなる。


 簡単に言えば、ミドルネームでどの家が後ろ盾かわかると言うことだ。

 王であるアイザック自身はその事をあまり良くは思っていなかった。派閥なんてものがあるから、子供達が自由に交流できずにいる。そして派閥のせいで、長女のルティアはと蔑ろにされてきた。


 国王と言うのは忙しい。それはもう、毎日書類との戦いだ。

 そんな忙しさの中で彼は子供達と触れ合う機会をなくしていた。それがいけなかったのだろう。ロイが6歳、ルティアが3歳の時に生母であるカロティナ妃が亡くなり、二人は後宮から王位継承者が住む離宮へと住む場所を移された。


 長男であるロイは次男のライルがまだ2歳であることできちんとした教育が施されていたが、三番目と呼ばれているルティアに関しては当時の侍女長がフィルタード侯爵派であったことから蔑ろにされ、放置されていたのだ。


 アイザックは長男のロイから知らされるまで全く知らなかった。そしてルティアもロイと同じように教育を受けていると思っていたのだ。

 その事実を知ったのが丁度、一年前……ルティアが7歳になった頃。


 自分の宮にいる侍従に言っても伝わらず、ルティアの宮にいる侍女達は当然動かない。だからロイ本人がアイザックの執務室まで乗り込んで来て、ルティアの現状をなんとかして欲しいと訴えた。


「父上はルティアが可愛くないのですか?三番目だから放置しているのでしょうか?」


 息子であるロイにそんな言葉をぶつけられ、アイザックは意味がわからず困惑する。まさかそんな事になっているなんて夢にも思わなかったからだ。


 調べさせればロイの言葉通りに、ルティアは放置されていた。本来受けるべき淑女教育も一切受けられずに……

 ただ当人はさほど気にした様子はなく、庭師の手伝いをしたり、馬屋に行って馬の世話を手伝ったり、果ては厨房に現れてつまみ食いしたりとかなり自由に生活していた。


「……木登りをする姫と言うのは……どうなのだろうな?」


 アイザックの言葉に、一緒に仕事をしていたカルバ・ハウンド宰相は書類から顔を上げ、少しだけ間を置いてから「元気でよろしいかと」と当たり障りのない返事を返す。


「誰もあの子が姫であると気がついていないのも問題あると思わないか?」

「カロティナ様が瞳を隠す魔法石をお渡しになっていたので仕方ありませんね」

「それはそうなんだが……いや、カルバに八つ当たりしても意味はないな。私が悪いんだ。子供達の事を放置していたから」

「本来、そう言った事の差配は正妃であるリュージュ妃の仕事では?」

「リュージュは無理だろうな……」

「まだライル殿下が小さいからか?」

「それもあるが、彼女はカロティナが苦手だった」


 4年前に他界した最愛の妻をアイザックは思い出す。本来なら、妻は彼女一人だけのはずだった。がなければ、自分は今も彼女とここではない場所で暮らしていただろうとアイザックは考える。


「それで、どうされるんです?」

「誰か……理解力と胆力のある女性を知らないか?」

「理解力は兎も角、胆力……ですか?」

「ルティアの現状を見ても驚かない相手がいいんだ」


 アイザックの希望に対し、カルバは暫く考える仕草をし、一人の女性を推薦した。

 その女性こそがアイシャ・ランドール

 現在のルティアの先生である。

 アイザックはカルバに頼み、ルティアの宮にいた仕事をしない侍女長を含め彼女に追随した侍女達を一掃し、新しい侍女に入れ替えた。これで少しはルティアの暮らしが良くなると信じて————






 ***


 アイザックは部屋に残った四人の親達を前に深いため息を吐く。


「カルバ、悪かったな。悪者にさせて」

「いえ、慣れてますから」

「そうだな。俺とアマンダはどうしたって姫殿下の味方に回ってしまう」


 リカルド・ヒュース騎士団長の言葉に、アマンダ・ロックウェル魔術師団長が頷いた。

 この場にいるカルバ・ハウンド宰相を除いた三人は実は幼少期からの幼馴染なのだ。カルバが彼ら三人……いや、に加わったのはカレッジまで遡る。


「それにしても、本当にそっくりね。まあ、中身は陛下に似てるけど」

「そうだな。昔の陛下そっくりだ」

「確かに」


 三者三様に言われてアイザックは複雑な気分になった。できるなら、ここに四人目となる彼女にもいてもらいたかったと思うからだ。

 ルティアは今はこの場にいない、他界したカロティナ妃に良く似ている。最も中身に関して言うなら、賢王と呼ばれているアイザックに近い。彼もまた幼い頃はかなり自由な人だったのだ。


 昔はアイザックが何かする度に、ニコニコしながらカロティナが応援し、リカルドが焦り、アマンダが煽り、カルバが青筋を立てて怒る。そんな生活を送っていた。


「昔を懐かしむのは歳をとったからかな?」

「やめてちょうだい!私、まだ若いわよ?」

「俺もだ。歳をとるなら自分だけにしてくれ」

「貴方達……陛下と同じ歳でしょう?」


 呆れたようにカルバが言うと、二人は顔を見合わせて小さく笑う。

 しかし彼らはそんな思い出話をする為に残ったわけではない。

 ルティアとライルの今後に関して話し合う為に残ったのだ。


「ライル殿下が……ワガママ放題なのは伝えていたから知っているわよね?」

「ああ、君がシャンテから聞いた話を侍従達も証言している」

「正直、ライル殿下はやり過ぎですね」

「リュージュ妃は何をしているんだ?」


 本来なら王位継承者が住む離宮に住む歳のはずなのに、ライルは未だに生母であるリュージュ妃と共に暮らしている。一緒に暮らしているなら、彼の教育は彼女の責任でもあるのだ。

 それなのに彼女はきちんと諌めない。


「近衛の連中も愚かな事をしてくれた」

「そうね。あの土地は国王が姫殿下に褒美として下賜した土地。あの土地を荒らすと言うことは国王に弓引くことだもの」

「それにしても、良くあの魔法石を設置していたな」


 リカルドの言葉にアイザックは軽く首を傾げた。


「当然だろ?まだ幼いとは言え、娘と独身の男を一緒に置いておくのに監視しないわけないじゃないか」

「ああ、そう言う理由なの……」


 呆れた視線がアイザックに集まったが、今回に関して言えば彼の親バカな部分が証拠となっているので仕方ないと済ますしかない。

 当のルティアがそんなものかと納得しているので、言わぬが花、である。


「ところで、姫殿下は本当に裁けますか?」

「あの子はやるだろうね」

「王族を軽んじる行為に加え、下賜された土地を荒らし、花師の殺害未遂。これだけでも死刑は免れませんよ?」

「それでもやるさ。あの子は私の子だからね」


 どこからその自信が来るのかと三人は不思議で仕方がない。

 もしかしたらこの間の視察でルティアとアイザックの仲が縮まったのだろうか?と彼らは考える。


「そう言えば、マリアベル妃を姫殿下の離宮に置いているのね」

「マリアベルならルティアのいい見本になると思ってね。それに、後宮はから」

「花の件は、リュージュ妃の側仕えが勝手にやったのでしょう?」

「そうだな。リュージュ自身がそれを望むとは考えづらい。その辺のプライドは人一倍高いからね。他人にやらせるぐらいなら自分でやるさ」


 アイザックの言葉にカルバも頷く。

 リュージュ妃は大変聡明な妃だ。正妃の器に相応しい。しかし、彼女の不幸はアイザックの妻とならねばならなかったこと。本当なら彼女も別の人生があったはずなのだ。

 それを思うとカルバはリュージュ妃に少しだけ同情する。そしてライルにも。


「リュージュ妃が事の真相を知ったら、これからライル殿下は大変ね」

「大変と言うが、本来なら出来ていなければいけないことだ。本人がサボっていたのだから仕方あるまい?」

「そうだけどね」

「ジル、リーン、シャンテの三人は良く耐えた方です」

「そうだな。まさかここまで酷いとは……ルティアの時と同じだな。私は事が起こってからようやく気がつく」


 アイザックは手元にある資料をパラリと捲り、さらに深いため息を吐く。

 そこにはライルの悪行が書き連ねてあった。もちろん三人の子であるジル、リーン、シャンテもライルの被害者だ。

 これから起こる事を考えれば気は重い。


「あ、そうだ」

「どうした?」

「陛下、姫殿下に下賜した畑あるでしょう?あそこ魔力過多の土地なのよ。姫殿下は薬草を育てているでしょう?だから一緒にポーションの研究がしたいの」

「ポーションとは……ラステア国にある万能薬か?」

「ええ、そう。量産できればいいと思わない?」


 確かに量産できれば助かるだろう。しかしポーションを作るにはファティシア王国では無理ではなかったのかとアイザックは確認する。

 アマンダはここぞとばかりに、ルティアの作った土地が素晴らしかったと絶賛した。

 昔から万能薬を作りたかったアマンダにとって、ルティアは救世主なのだろう。


 アイザックはチラリとリカルドを見てアイコンタクトを取る。

 きっとルティアが聖属性持ちであると知れたら、それこそ嬉々としてルティアを調べる可能性があるからだ。


「まあ、兎も角……今回の件はフィルタード家にとってもいい薬でしょう」

「そうだと良いがな」

「そうでなくては我々の胃が痛くなるだけです」

「私はものすごく楽しいわよ?」

「そりゃアマンダだけだ」


 四人はお互いに顔を見合わせて、小さく笑う。やるべきことはわかっている。

 ルティアには悪いが利用させてもらおう。リュージュ妃の周りにいる膿を出す良い機会なのだから。



 —————まだまだ親達の密談は終わりそうになかった。




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