第34話 犯人はだあれ?
執務室に入ると、お父様と一緒にハウンド宰相様も待っていた。
宰相様はジルに視線を向けると軽く首を傾げる。
「ジル、何故お前も一緒にいる?」
「そ、の……色々と、ありまして……」
色々、と言う言葉に宰相様の目つきが鋭く光った。いつもならそれだけで近寄りたくなくなってしまうが、今はそんな事を言っている場合ではない。
私はお父様に今起きた出来事を報告した。もちろん私の言葉で足りない部分はヒュース騎士団長とロックウェル魔術師団長が捕捉してくれる。
「————つまり、近衛騎士がルティアの畑を荒らして、花師に大怪我を負わせた上に火をつけた作業小屋に閉じ込めて殺そうとした、と?」
「はい。その通りですわ」
「本当に近衛騎士なのですか?彼らがそんなことをする様には見えません」
宰相様が疑わしげにこちらを見た。普通はそう思うだろう。私だってそう思いたい。騎士は高潔であれ、正しくあれ、と言われている。罪もない者を害していいわけがない。
「花師が白い騎士服を着ていたと証言しております」
騎士団長が答えると、宰相様は花師の証言だけでしょう?と突っぱねた。私はムッとしてしまう。
「なぜ花師の証言だけではダメなのです?彼が自分で大怪我を負って、作業小屋に火をつけたとでも?それとも花師だからダメなのですか?彼の身分が低いから?身分が高ければ本人だけの証言でも信じられるのですか?それっておかしくないでしょうか?」
畳みかけるようにそう言えば宰相様は眉間に皺を寄せる。
「そうは言ってません。ですが、他に目撃者がいないのなら一人の証言だけで決めつけるわけにはいかないのです」
「目撃者、ではありませんが……記憶を再生させることはできますわよ?宰相」
「え?」
「あら、ご存知ありません?誘拐などの重大事件が起こった時に使われる魔術式です。大変高度な術式ですが、姫殿下が魔力を提供してくださいましたので!ええ、声まで再現できてますわ!」
「ならば最初からそれを見せればいいでしょう!」
その言葉に魔術師団長はゾッとするような微笑みを見せた。隣に立っているのがちょっと怖いくらいだ。
「そんなものは見せずとも、姫殿下の言葉をきちんと受け取り調べてくださるか確認したかったんですもの」
「は?」
「近衛騎士は……宰相の管轄でしたわね?つまり、近衛の不祥事は宰相の不祥事。それを正しく認識していらっしゃるのかしら?それとも、姫殿下が三番目だから軽んじてらっしゃるの?」
「そんなわけはないでしょう!!」
「ならば、なぜ花師の言葉だけでは信用できないと?現実に畑は荒らされ作業小屋と
その理由がわかるか?と騎士団長に問いかけられ、宰相様は難しい顔をされた。それでも近衛騎士が犯人であると決めつけるわけにはいかないと言うので、魔術師団長が先程の魔法石を使い映像を再生させる。
その映像は酷いものだった。
ベルの視点、なのだろう。
白い騎士服の男が数人で馬に乗ってやってきた。ベルは何事かと作業の手を止めて彼らに尋ねる。
『あの、何か御用でしょうか?』
『ここが三番目の畑か?』
『え?』
三番目、と言われて視点が横に揺れた。多分、首をかしげたのだろう。
彼らは意味が通じないのかと鼻で笑うように「姫殿下」の畑かともう一度聞いた。今度は縦に揺れ、頷いたのがわかる。
すると一人の騎士が他の騎士に合図を出し、畑に向かって魔法石をかざす。すると中から土の塊がいくつも出てきて畑が一瞬でめちゃくちゃになった。
『な、なんて事をするんですか!ここは姫殿下の畑ですよ!!』
『三番目の畑だからなんだ!こっちは殿下の命令で動いてるんだよっ!』
騎士の一人に殴られ、視界が地面に転がる。ベルは負けじと、声を張り上げた。
『この畑は!陛下が姫殿下に贈られた畑です!!その意味がわからないのですか!!』
『みそっかす姫がいくら騒いだ所で、俺達に類は及ばない。残念だったな。雇われた相手が悪かったと諦めろ』
そう言うと、騎士達は更に殴る蹴るの暴行を加える。ベルはそれを頑張って耐えていたけれど、騎士の一人がリーダー格の騎士に耳打ちをした。
リーダー格の騎士はニヤリと笑うと、ベルの体を引きずり作業小屋へと連れていく。そして床に転がすと、またベルを蹴った。
『運が悪かったと思って諦めな。証拠は何一つない。お前は暴漢にでも襲われて死んだことになるさ』
『……貴方たちは、何も分かっていない』
『わかっていないのはお前の方だ。三番目に擦り寄った所で何の意味もない。王宮では力が全てだ!後ろ盾も何もないみそっかすに何ができる!!』
『その点、俺達の殿下はきちんと後ろ盾のある由緒正しきお方だ!!』
ハハハハハと大笑いすると、ベルの手足を縛り、そのまま扉が閉められる。そして暫くすると、扉からチラチラと赤い炎が見え始めた。
『まさか……!火を!!』
ベルは必死にもがいて、もがいて……ようやく体を起こすと、作業小屋に設置されている机の引き出しから石を取り出す。
そしてそれに魔力を込めると、ベルの周りを水の膜が覆った。映像はそこで途切れている。きっと気を失ってしまったのだ。
「映像は以上です。宰相なら、この白い騎士服を着た者達がどこの家のものなのかご存知ですね?」
「し、しかし……」
それでも宰相様は認めない。たかだか庶民一人と、高位貴族の子弟とでは価値が違うとでも思っているのだろうか?煮え切らない態度の宰相様にだんだん腹が立ってきた。
お父様はこの映像を見てどう思っただろうか?私はお父様に視線を向ける。
するとお父様と目があった。お父様はゆっくりと口を開き、私に問いかける。
「……ルティア・レイル・ファティシア、王位継承三位の君に、聞こう。この映像で一番の問題は何だい?」
私は試されている。そう感じた。
一番の問題。王が下賜した畑を荒らしたこと?王位継承者の私を軽んじたこと?
いいえ、どれも違う。
私は真っ直ぐにお父様を見て答えた。
「一番の問題は、罪もない一般市民をよってたかって暴行を加えた挙句に火をつけた小屋の中に置き去りにした事です。彼らは死ぬとわかっていて、置き去りにしました。殺人は重罪です」
私の回答にお父様は満足そうに頷く。どうやら及第点はもらえたようだ。そのことにホッとしていると、お父様は引き出しから魔法石を一つ取り出す。
「この魔法石はね、遠くにいる人の様子を見ることができる魔術式が入っているんだ。まあ流石に音声は無理だけど、それでも今日の映像はちゃんと残っている。二つで一つの役割なんだけどね。アマンダ、君は知っていたよね?」
「え?」
私は思わず首をかしげた。なぜそんなものが畑に設置されているのだろう?
そしてアマンダ、と呼ばれた魔術師団長の顔を見る。
彼女は笑顔で頷いてた。
そしてお父様がその魔法石に魔力を込めると、映像が映し出される。今度は少し高い位置からの映像だ。
ベルが騎士達の訪問に驚き、彼らに近寄る。そして何か話をしている様子が伺えた。
すると一人の騎士が他の騎士に指示を出し畑を荒らす。次に止めに入ったベルが殴られ倒れた。倒れた後も数人の騎士達がよってたかってベルに暴行を加えている。
ベルの視点で見るのも酷かったが、別の視点から見るのは更に酷かった。
「酷い……」
「本当にね。これが近衛騎士とは嘆かわしい。そう思わないかい?ハウンド宰相」
私が呟いた言葉にお父様は頷き、宰相様に問いかける。流石にお父様が直接仕掛けたと思しき魔法石で映像を見せられては、宰相様も何も言えないだろう。
ため息を吐くと宰相様は小さく頷いた。
「————仰るとおりです。すぐに、彼らを捕らえ罰します」
「いいや。罰するのはルティアにやらせよう」
「は?」
お父様の言葉に宰相様は目を見開く。何を言っているのだ、とでも言いたいのだろう。
私も何を言っているのだとお父様に言いたい。宰相様が止めたが、お父様の意思は変わらなかった。その上で私に問いかける。
「ルティア、できるね?」
「私、私は……やります!正しく、裁きます」
そう答えた。本来なら罪を犯したものは、証拠や証言などをきちんと集めた上で裁判にかけられる。各領主の領地内で起きたことなら領主の、王都で起きたことであれば司法長官の判断で罰せられが、今回は国王が自らの子に下げ渡した土地で起きたこと。
加えて、ベルの最終的な雇用主は国王だ。その国王が認めたならば、司法長官が同席の上で私でも裁くことができる。
人を裁くことは恐ろしい。だがそれ以上に、こんな騎士を城に置いておくわけにはいかない。ライルの言葉で簡単に動いて悪事を働く騎士なんて!普通なら諌めるべきことだ。
「ルティア、彼らを呼び出す時にリュージュ妃とライルも同席させる。いいね?」
「はい。構いません。できれば……ロイ兄様も同席して頂いてよろしいでしょうか?殿下、としか言っていませんので兄様に罪を押し付ける可能性もあります」
「そうだね。では、話は聞いたね。ヒュース、ハウンド、アマンダ、君達にも同席してもらう。あとアマンダはロックウェル司法長官には事前情報は与えないようにね」
「その辺は心得ております。それに、印象操作をしなくとも主人はしっかりと話を聞いてくれますわ」
お父様がなぜ魔術師団長を名前で呼んだのかと思ったら、司法長官が旦那様だったのか、と納得する。
職場は違うけれど同じ姓の人だから名前で呼んだのだろう。
「では、ヒュース騎士団長。彼らの拘束を頼む。私が許可したと言えば近衛騎士も大人しく捕まるだろう」
「承りました」
「ああ、後……二、三日地下牢にでも閉じ込めておきなさい」
「すぐに、裁くのではないのですか?」
私の問いかけにお父様は首を振った。
「そうしたいけどね。司法庁にこの映像の複写を渡して、尚且つ畑や燃えてしまった作業小屋なんかも見てもらわないといけない」
下準備は必要なものだよ。とお父様は言う。
私はそんなものなのかと少しだけ肩透かしを食らった気分だ。でもそれだけ時間があれば、私の気持ちも少し落ち着くかもしれない。
今の気持ちのまま人を裁くのは良くないと思う。怒りに任せて首を刎ねて!なんて言ってしまったら、そのまま実行されてしまうはず……
確かに罪は犯した。でも、罪に対して正しく裁かねばならない。王族の一員である以上、感情に任せて裁いてはならないのだ。
本来、王族を軽んじる行動は不敬罪どころの罪では済まない。しかも国王が直接雇っている者に危害を加えたのだ。知らなかったこととはいえ、反逆罪と捉えられても仕方がない。
普通に考えれば彼らの命はもう残り幾ばくもないだろうが……それでも、怒りに任せて裁くのと法に則り裁くのでは全く違う。
私は————王位継承第三位 ルティア・レイル・ファティシア
ならば、法に則り正しく彼らを裁こう!
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