第32話 王女と花師

 ベル・チャイはお父様がカテナから呼び寄せた花師だ。

 王城に勤めることになると、使用人用の部屋を与えて貰えるのだがそれを断り王都の外れに家を借り、そこから畑に通っている。

 何度か王城で暮らしたらいいのに、と言ってみたことがあるが畑に直ぐ行ける場所が良いのだと断られ続けていた。

 私とアリシアが契約書を渡してから今まで一度も怒ったりしたこともなく、とても穏やかで腰の低い人である。

 そんな彼が一昨日、魔術師団長と畑の話で大いに盛り上がり今まで見たことのない一面に、ああ、この人は本当に自分の育てている植物を愛しているのだなと感じた。


 そんな彼に何かあったかと思うと気が気ではない。

 黒く立ち上る黒煙に嫌な予感が強くなる。


「……姫殿下、燃えているのは四阿あずまやと隣にある作業小屋です。見える範囲にチャイさんはいません」


 強張った魔術師団長の声。私は立ち上がり、ユリアナに言って直ぐに馬の用意をさせる。


「姫殿下!?」


 驚いた声をあげる魔術師団長に私は自分で見に行くと宣言した。馬車で行くよりも馬に乗って行った方が早いし、何よりここで大人しく待っているなんてできない。


「見に行きます。ベルの無事を確認するまでは安心できないもの」

「あ、俺、父さんの所に行ってきます!」

「お願いします」


 リーンが父であるヒュース騎士団長の所へ人手を借りに走っていった。

 私は馬を用意してもらっている間に急いで服装に着替える。流石にドレスでは乗れないからだ。

 その間も魔術師団長は畑の様子を遠隔で見てくれて、側にベルがいないか探してくれたけど……やはりどこにもいなかった。


 私は心の中でライルに悪態をつく。

 どうしてこう!余計なことしかしないのだ!!アリシアの話からするなら、ライルはしっかりとした王太子になるのではなかったのか!!

 まだライルがやったと確定しているわけではないが、それでも罵らずにはいられない。

 次に会ったら絶対に引っ叩いてやる!と心に決めながら急いで着替えた。




 馬の準備が整い、私は身長がまだ少しだけ足りないので手伝ってもらいながら馬に乗る。

 

 一応私が乗りやすいようにちょっと小柄なお馬さんだ。名前はジジと言う。

 馬に犬や猫みたいな名前をつけるんですか?と馬の世話をしている人に言われたけれど……長い名前は呼びづらいじゃない?


「ジジ、良い子ね」


 ポンポンと首の辺りを叩いて落ち着かせる。馬の世話をしてる人はそんな私を見て、念のためと教えてくれた。


「火事場に行くなら気をつけてください。普段大人しくても驚きますんで。少し離れた所に繋いでください」

「わかったわ」


 直接馬に乗って行こうとする私をシャンテとジルはポカンとした顔で見ている。

 普通の御令嬢は多分馬に触ることもできないだろう。

 でも私は王城では放置されていた三番目だ。だから馬に乗ることもできたりする。

 他にも色々な場所に出没していたら、お城で働く人達が面白がってなんでも教えてくれた。中には私が王女だと気が付いていない人もいたかもしれない。


 ちなみに、何故私が放置されていたのかと言えば当時の侍女長のせいだ。

 私の離宮の侍女長は三番目の私に付けられたことが不満で、必要な作業をサボっていた。私はそれでも楽しくやっていたけれど、流石に7歳になったあたりから「普通の勉強と淑女のマナーも必要だよ」と兄様に諌められてしまったのだ。

 でも侍女長にその気はないのだと言うと、そこからお兄様が直接お父様に進言すると言う流れになった。

 今やその侍女長は首を切られて別の人に変わっている。新しい侍女長はちょっと厳しいがとても良い人だ。


 まあ、それは一旦置いておいて————


 今はベルの安否の確認が優先だ。

 心配そうに見ているマリアベル様に、例の魔法石を持っているから大丈夫だと安心させ私は馬を走らせる。


「どうか無事でいてちょうだい」


 大事な大事な花師なのだ。兄のように私達を見守ってくれる彼をこんなところで失うわけにはいかない。私は無事を願いながら、畑へと急いだ。







 ***


 畑に辿り着くと、畑はひどい有り様だった。


 馬から降りて、言われた通りに少し離れた場所に繋ぐ。

 せっかく植えた苗木は折られ、青々としていた葉っぱは土魔法でも使ったのか畝ごとぐしゃぐしゃになっていた。もう直ぐ収穫できると喜んでいたのに、これでは暫く無理だろう。

 私は畑の中に入りベルを探す。もしかして土が被って魔術師団長の遠隔魔法では見つからなかったのではないかと思ったからだ。

 でもどこにもベルはいない。


「ベル、ベル!どこにいるの!!」


 大きな声で名前を呼んでも返事は返ってこなかった。

 やはりあの作業小屋の中だろうか?

 パチパチと火花を散らしている作業小屋を見る。私は手に持っていた「改良版すらいむの魔術式」が入った魔法石にありったけの魔力を込めて、作業小屋に放り投げた。

 それは大きな大きな水の塊となり、作業小屋だけでなく四阿あずまやにまで

 自分でやっておいてなんだが、ちょっと……いや、かなりやりすぎたかもしれない。

 だが改良版すらいむの魔術式でできたすらいむは作業小屋と四阿あずまやの炎を一瞬で鎮火してくれた。


「姫殿下!」


 名前を呼ばれて振り返ると、部下の騎士達とリーンを引き連れたヒュース騎士団長が慌てた様子でこちらに向かって来る。


「騎士団長!」

「姫殿下……その、これは例の?」

「ええ、そうよ。ちょっと改良して、魔法石が手から離れてもちゃんと作用するようにしたの……でも、ちょっと魔力を込めすぎてしまったわ」

「いや、まあ……ちゃんと鎮火しましたし、これはこれで良いのでは?」

「いやあ……凄いですね。これ、魔術式を公開したら火事があった時に助かりますよ?」


 騎士団長の部下の人に言われて、確かにそれは良いかもしれないと頷く。


「公開の検討を侯爵にしてみます。でもそれよりも今は花師のベル・チャイが中にいないか確認をしないと」


 そう言って自分で中に入ろうとしたら、騎士団長に肩を掴まれて止められた。そして騎士達が心得たように作業小屋に向かう。

 扉に手をかけるとどうやら開けられなかったようで、扉を壊して中に入っていった。

 もしかしてすらいむで扉が開けづらいのだろうか?動きを制限するようなら消した方が良いかもしれない。そんな風に考えて騎士団長に聞いてみる。


「あ、あの……すらいむ消した方がいいかしら?」

「遠隔で消せますか?」

「いいえ、石を回収しないと無理ね……」


 慌てて中に放り込んだのだ。簡単に消せるわけもない。自分で持ったままでもこれだけ大きくできるのなら、中に投げ入れなくとも火は消せただろう。


「ではそれも一緒に回収させましょう」

「お願いします。次から投げる時は紐をつけておくわ」


 私の言葉に騎士団長は苦笑いを浮かべた。


「次がないように、我々がお守り致します」

「でも不測の事態はあるでしょう?」

「それは、まあ……」

「いましたー!!中に、人がいます!!」


 中に入った騎士の言葉に、私は騎士団長が止めるのも聞かず中に小屋の中に駆けていく。

 作業小屋の中では私が投げた石を見つけた騎士が私に石を手渡してきた。


『消してもらってもよろしいですか?』

『わかったわ』


 グッタリとしているベルの様子を早く確認したかったけど、今はすらいむが出ている方が助けづらいだろう。私は魔法石に込めた魔力を自分へと戻す。

 すると一気に焼け焦げた臭いが鼻についた。

 そしてベルの体のあちこちに殴られた痕を見つける。


「酷い……!!」

「ざっと見たところ、暴行され手足を縛られて中に閉じ込められたようです」

「そんな……」


 明らかな殺人行為に目頭が熱くなってきた。でもここで泣いてはいけない。

 それは周りを困らせるだけだ。

 泣くのをグッと堪えて、ベルを外に連れ出してもらう。

 外に出ると、魔術師団長がローブを羽織った人と、シャンテとジルを伴って畑に来ていた。


「姫殿下!チャイさんは!?」

「殴られて怪我が酷いの……」

「この状態では煙も吸っているだろう」

「なんてことを!」


 私と騎士団長の言葉に魔術師団長は憤る。魔術師団長は直ぐにローブを羽織った人に指示をして、ベルの怪我を治すように頼んだ。

 するとその寸前でベルの目が開く。


「ベル!ベル!私よ?わかる?」

「ひめ、でん……か?」

「そうよ。今、怪我を治してもらうから待っていて」

「だめ、です」

「え?」

「ダメです」

「ベル?」


 ベルはしきりに怪我を治してはダメだと言う。困惑して魔術師団長を見ると、同じように困惑していた。ローブを羽織った人もどうするべきかと魔術師団長の指示を待っている。


「……ベル、と言ったな?怪我を治さずともせめて痛みだけでも消す気はないか?」


 騎士団長がベルに問いかけると、ベルは小さく頷いた。騎士団長はローブを羽織った人にそれで頼む、と指示をする。

 ローブを羽織った人はどうやら魔術師団に所属する治癒師のようで、ベルの上に痛みを止める魔術式を展開した。


「姫殿下、水場は?」

「あ、あちらです。四阿あずまやの近くに……壊れてないと良いけど」

「水場自体が壊れてても、魔法石が壊れていなければ平気ですよ。おい、水を汲んできてくれ」

「はっ!」


 騎士の一人が四阿あずまやの側にあるはずの水場に向かう。やはり水場も壊されていたようだが、魔法石自体は地面に埋まっていたので壊されていなかったようだ。

 持ってきた水を、ベルの体を起こして口に含ませる。

 最初こそ口の端から水が溢れていたが、何度か繰り返すうちに飲み込むようになった。


「話はできそうか……?」

「……はい」

「一体誰にやられた?」

「騎士、に……」

「騎士!?」

「白い、服の騎士です」


 白い服の騎士は近衛の着る服だ。それ以外の騎士達は隊によって黒や緑、紺といった濃い目の色の服を着ている。


「急に、畑に来て……殿下の、命令だと……」

「殿下の命令?」

「はい……止めようとした、ら……殴られ、蹴られ、縛られて小屋に……」

「それで、火を付けられたのか?」

「はい……幸い、ポケットに鋏が入っていたので、それでロープを切って、姫殿下から頂いた魔法石に魔力を込めました」


 荒い息にこれ以上は無理をさせないでほしかった。ギュッと両手を握っていると、魔術師団長が私の肩に手を置く。

 その目にはもう少しだけ我慢してほしいと書かれている。私は小さく頷くと、ベルと騎士団長のやりとりを見守った。






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