第31話 王女と三人の攻略対象

 その日は、朝から魔術師団長とシャンテ、リーン、そして宰相様の息子のジルが私の離宮を訪れていた。

 三人が訪れた理由は一昨日のことで話し合いたいから。魔術師団長は薬草畑の件である。

 事前に訪問すると手紙は来ていたので、マリアベル様にも一緒に同席してもらうことにした。もちろんマリアベル様にも一昨日の出来事は話してある。

 だがマリアベル様との話し合いは、私の魔術式に関する勉強なのでそこまで問題ではない。単純に魔術師団長が早く話したかっただけだろう。


「それで……どちらを先に聞いたらよろしいかしら?」

「私の話は後で大丈夫ですよ。その間に、現在マリアベル様と進められている魔術式の範囲を伺っておきますから」

「わかりました。では三人の話が先ですね」


 チラリと三人を見ると、ジルが少し強張った表情を見せる。他の二人と比べて話したことがないので仕方がないかもしれない。


 テーブルの上には紅茶とクッキーがそれぞれの前に置かれ、私は三人に話をするように促した。


「三人できたと言うことは、ライルのことね?」

「……はい。その、できれば陛下に報告するのを待って頂きたいのです」


 三人を代表してジルが話す。

 一応話をまとめてきてはいるようだが、他の二人は明らかに不服そうだ。


「どうしてダメなのかしら?貴方達の不手際と思われたくないから?」

「そう言うわけじゃありません。でも、我々にも落ち度はあると思うので」

「あのね、貴方達の間で何かがあって、それで諍いになったとしてもそれと一昨日の態度は別よ?」


 例えなかったことにして欲しいと言われても、アレでは本当に外に出せないし会わせることもできない。


「殿下は、その……確かにまだ勉強やマナーと言ったものにご興味はないですが、そのうち必要だと気がつきます」

「—————そのうちって、いつ?」

「それは……」

「貴方達、そのうち身につくからって言うけど、貴方達自身は身に付けているのよね?」


 そう問いかければ三人は小さく頷いた。

 私の目から見ても彼らの所作はきちんとできているし、リーンは多少言葉遣いに問題がある時もあるけど、あのぐらいならまだ許容範囲だ。


「私も……マナーや勉強に関しては最近始めたばかりだから人のことをとやかく言えるほど、洗練された動きができるわけじゃないし、なんでも知ってるわけじゃないわ」

「その、何故……最近なのです?」


 リーンがおずおずと言った風に聞いてきた。彼はまだ王宮内の力関係がわからないのだろう。シャンテとジルは気まずそうな表情をする。


「簡単な話よ。私が三番目だから。後ろ盾もない王位継承者。加えて、女であること。王宮内の勢力図としてはリュージュ妃が後ろ盾のライルが一番強い。一番弱い私はほとんど放置されてるのよ」

「で、でも……女王もいますよね?」

「そうね。でも、一番最初に生まれた兄様は継承順がライルより下よ。それだけ後ろ盾の力に差があるの」


 私より三つ上のロイ兄様。兄様の方が次期国王に相応しいと言う声も多い。

 もちろんライルがアリシアの言う通り、これから真面目な王太子になる可能性だってゼロではないけど……今の兄様とライルを比べたら兄様を国王にと言う声が上がるのは仕方がないのだ。

 最も、本人にその気はないようだけど。


「ロイ殿下は……そのことに不満を持っておられるのですか?」

「ないわね。もちろん私だってないわよ。おかげで自分の好きなことをさせてもらえるもの。でもね、それとこれとは別よ」


 ハッキリと言ってあげる。

 ライルにはお仕置きが必要なのだ。甘やかされてばかりで、自分のやることは全て正しいと思っている。癇癪を起こしては周りを困らせて。自分の恵まれた環境にあぐらをかいているのだ。


「私だってライルが立派な王太子として成長するなら何も言わないわよ?後ろ盾もしっかりあって、それで貴族達がまとまるならね。でも今のままでは兄様を担ぎ出そうとする人達が現れるでしょう?」


 本人にその気はなくとも、国の将来を憂えている貴族達は兄様に目をつけるだろう。ライルよりも優秀な兄様に。そうなると困るのだ。いや、兄様に国王になる意思があるのであれば私だって応援する。

 でも多分、ない。残念なことにないのだ。


「それに……おバカな方が国王としては操りやすいと思う人が出るかもしれないわね。その時に、貴方達がまともであるなら排除しようとするはずよ。色々なでまかせを吹き込んで。その判断を今のあの子ができるかしら?」

「できないでしょうね」

「シャンテ!」

「事実だろ?そもそも僕は反対なんだ。殿下がワガママ放題なのはお前にも問題があるんだぞ!」

「そうは言ったって、仕方ないだろ!向こうは殿下で僕達はただの貴族の子供なんだからな!!」


 二人が急に言い合いを始めたことで、間に座っていたリーンがオロオロしだす。

 そしてパチッと目が合うと助けて欲しそうに見てきた。

 私は目の前に置かれている紅茶に口をつける。助け船を出すつもりはないとの意思表示だ。

 止める者がいないでいせシャンテとジルの言い合いはさらに加速する。


「ひ、姫殿下あ……」

「いいのよ。たまにはガス抜きしないとね」


 リーンが泣きそうな顔をしているので、ちょいちょいと手招きした。彼はこっそりと二人の間を抜けて私の隣に隠れるように座る。


「いつもこう?」

「……今日は酷いです」

「ならよほど溜まってたのね」


 ヒソリと話しながら二人の様子を伺う。まだ終わりそうにないな、と感じ私は窓の近くの席にリーンと一緒に移動した。

 ユリアナが新しいお茶とクッキーを出してくれたのでリーンにすすめてみる。


「ほら、クッキーでも食べて?」

「ありがとうございます」

「甘いもの好き?」

「はい。でも……父はあんまり好きじゃなくて、男なのに甘いものはって言うんですよね」

「男の人でも甘いもが好きでも良いんじゃないかしら?兄様は好きよ。それにお父様も」


 だから遺伝かしらね、と。リーンもうちも母がすごい好きです。と答えた。


「あ、俺の甘いもの好きは流石に母ほどではないですよ?」

「じゃあ、きっと物凄く甘いものが好きなお母様と、甘いものが苦手なお父様だから足して二で割った感じね」

「そうかも……」

「そうやって言ってみたら?」

「……言っても、怒られないですかね?」

「平気よ。甘いものって、幸せな気分になるでしょう?大切な人と食べるなら尚更よ。お家で作るなら、お父様の分だけ甘さ控えめのものを作ってもらうように頼めばいいんだわ」


 そう言うとリーンは嬉しそうに笑う。是非とも今度実践して見て欲しい。多分、知らないのだ。

 騎士団長は私がケーキを買う姿を見て、好きなのかと問うてきた。奥様が好きなのは知っていても、リーンが好きなものはわからない。

 だから私に確認したのだ。歳の近い私なら男女の差はあるけれど、好きなものがわかるかもしれないと。


 師団長と言う職種はとても大変だと聞く。

 何百と言う単位の人達をまとめ上げねばならないのだから、なかなか家に帰れない日もあるだろう。

 騎士団長であるなら有事の際には先頭に立ち、他の騎士達を指揮しなければならないし、この間のような視察の時には警護につく。長期家を開けることもそれなりにあるだろう。


 私はこの間の視察を思い出した。

 特に何も考えずにお父様を助けられればいいと思っていたが、それだけではダメだったのだ。この間はたまたま上手くいったが、下手すればリーンから父親を奪っていたかもしれない。


「ねえ、お父様のこと好き?」

「はい。尊敬してます。俺には、騎士としてやってけるかわからないですけど」

「あら、魔術師団長に弟子入りするのではないの?」

「今の所、難しそうですから」


 苦笑いするリーンに、まだ話し合いが足りないのだなと感じた。

 そして本当に騎士団長が助かってくれて良かったとも。

 何も話せぬまま死に別れてしまったら、きっと彼は騎士と魔術師との狭間で迷い苦しんだだろう。

 ちゃんと話し合える人がいるのであれば、とことん話すべきだ。


「そうだ。魔法騎士とか格好いいんじゃない?」

「魔法、騎士ですか?」

「魔法を使いながら戦うの。あ、でも騎士団にも魔法を使う人は多いからもういるのかしら?」

「いえ、そうでもないですよ?身体強化は必須ですけど」

「ならそう言って掛け合ってみたら?魔力量が多いなら、咄嗟の時に使えると助かるかもしれないでしょう?」


 なんでもやってみないとわからない。私だってやってみたら色々とできてるわけだし。そりゃ、多少は兄様が呆れた顔する時もあるけど!


 ふと、鳥が飛び立つ音が聞こえた。

 それも一羽ではなく、たくさんの。窓の外に目を向ければ、細く黒い煙が上がっている。


「あの煙……何かしら?」

「え?」


 つられるようにリーンも外を見る。そしてポツリと、火事?と呟いた。


「火事?」

「え、ええ……前に領地で見たことがあります。それに、黒い煙って結構燃えてて」

「燃えて……でもこの方向は市街地だ、けど……」


 そうだ。市街地だが、そこには私の畑がある。ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がると部屋の中の視線が私に集まった。


「……ロックウェル魔術師団長、遠隔で今起こっていることが見えますか?」

「ええ、可能です。どうされましたか?」

「今、窓から黒い煙が見えるでしょう?この離宮の先は市街地なの。そして私の畑がある」

「急いで確かめましょう」

「畑なら、花師の方がいるのでは?」


 マリアベル様の言葉に私は頷く。


「一昨日、ライルが来たのはお話ししましたよね?」

「ええ……」

「あっ!」


 私が話すより先にシャンテが大きな声をあげる。そしてその可能性に気がついてサッと青ざめた。

 続いてジルも青ざめる。ないと思いたいだろうが、彼らはライルの側にずっといたのだ。

 自分を言い負かし、更には二人を私に取られたと思い込んでるライルがどんな行動に出るのか想像がついたのだろう。


「母さん!急いで!!」

「え、ええ。急ぐわよ。急ぐけど……」

「ライル殿下だ!」

「ライル殿下と煙と関係あるのですか?」


 マリアベル様は首を傾げる。優しいマリアベル様はライルの暴君っぷりを知らない。私はアリシアが一緒にいることを理由にシャンテとリーンに畑のことを口止めした。

 自分が気に入らないアリシアにをすると思ったから。

 でも彼はアリシアだけでなく、自分のものだと言ってのけたシャンテとリーンまでもが畑にいたのだ。例え彼らが魔術師団長についてきただけでもライルには関係ない。

 、ただそれだけが腹ただしいことなのだ。


「可能性の、話しです」

「可能性の段階なのね?」

「ええ、でも……私への嫌がらせに、畑を荒らす可能性は高い。そして今の時間ならベルが畑にいるわ」


 私の言葉に魔術師団長は顔色を変える。下手したら死人が出る可能性があるからだ。

 魔術師団長は手持ちの小さな宝石に魔術式を入れると、それをポンと空に投げる。あっという間に鳥の姿に変わり、その鳥は煙の方向へ飛んでいった。



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