第30話 王女の花師(ベル視点)

 私の名前はベル・チャイ 職業は花師である。

 花師とは花や薬草を専門的に育て、販売する者の総称だ。雇われたりして専門的に庭の整備をするのは庭師、花と薬草を育てるのが花師と思ってもらえれば大丈夫だろう。


 そんな花師として働いている私だが、ある日転機が訪れた。

 王族に、召し抱えられたのだ。

 私が住んでいたカテナは代々花師が多くいる土地で、そこの花師を……と国王陛下に望まれ、私自身を気に入ったからと言う理由ではない。

 誰を王城にやるかと話し合いの際に、単純に言葉遣いが他よりで、性格が穏やかだったから押し付けられたようなものだ。

 高貴なお方にうっかり話しかけて首が飛んだら堪らない。

 それに自分の首が飛ぶだけならいい。下手すればカテナの花師に類が及ぶ可能性もある。だから身内もおらず、言葉遣いも荒くない私が選ばれたわけだ。


 正直言って気が重かった。


 王城に召喚されて、国王陛下から話を聞いてみると姫殿下に褒美で与えた畑の管理をして欲しいと言われたからだ。


「畑の、管理……ですか?」

「そう。私の二番目の子がね、ご褒美に何が欲しいかと聞いたら畑が欲しいと言うんだ。とは言っても用意したのは土地だけでまだ何もしていないんだけどね」

「何故、土地だけを?」

「そこはほら、自分で作る喜びがあるだろ?」


 あっさりとそう言われ、王族の……しかも女の子に自分で畑を作る喜びなんてあるのだろうか?とうっかり首を傾げそうになる。

 例えなくても、私は花師として雇われたのだ。姫殿下の意に沿う様に手助けしなければならない。

 将来的に、姫殿下が飽きてその土地に来なくなったとしても、だ。


「とりあえず、畑に行って本人に会ってもらえるかい?そこで働くかは本人を見てから決めるといい。断っても怒ったりしないから」


 断っても怒ったりしない、と言うが下手に断れば何があるかわからないのが貴族。国王陛下が理不尽な方ではないと、カテナに視察に来られた際に拝見しているので知ってはいるが……姫殿下がそうであるとは限らない。

 私は愛想笑いを浮かべ、ぎこちなくではあるが頷くだけで精一杯だった。


 そして—————

 大変座り心地の良い馬車に揺られ、王城から少し離れた場所にある畑へと向かう。

 そこそこ広い面積が確保された場所は囲いと、小さい小屋、そして四阿あずまやが作られていた。


 馬車を降りると既に四阿あずまやに人影が見える。

 私はしまったな、と内心で独りごち、慌てて四阿あずまやに向かった。

 そこでは妙齢の女性が女の子達に給仕をしている。つまりは妙齢の女性が侍女で、女の子達のどちらか片方が姫殿下だ。


「遅くなりまして申し訳ございません。花師のベル・チャイと申します」

「いいえ、私の方こそ待ちきれなくて早くきてしまいましたの。私はルティア・レイル・ファティシア そして彼女は私のお友達のアリシア・ファーマン侯爵令嬢よ」

「アリシア・ファーマンです。よろしくお願いします」


 二人は席を立つと揃って私に、頭を下げられた。

 一瞬、頭が真っ白になる。どこの世界に庶民に、頭を下げる王侯貴族がいるだろうか!?

 思わず側にいた妙齢の女性を見ると、特に表情は変わらない。つまり、これは嫌がらせでもなんでもなく……普通のこと、なのか?


「ひ、姫殿下!ファーマン侯爵令嬢!どうぞ頭を上げてください!私は一介の花師です。貴女様達が頭を下げるような相手ではありません!!」


 私の焦った声に姫殿下はキョトンとした顔をする。明るい茶の髪に蒼い瞳が印象的なお方は軽く首を傾げたのち、こう仰られた。


「私はチャイさんを先生としてこの薬草畑に招いたの。教えを乞う方に頭を下げるのは当然ではなくて?」

「せ、先生!?私はただの管理人では?」

「いいえ、先生だわ。私、お花の世話をしたことはあるけど薬草は初めてなの」


 揶揄われているのだろうかと、妙齢の女性を見る。しかし彼女の表情は変わらない。変わらないが、私は既に帰りたい気持ちでいっぱいだった。


「姫殿下、アリシア様、ひとまずチャイ様に最初から説明をされてはいかがです?」

「ああ、そうね。その方が良いわね。さ、どうぞお座りになって?」

「そ、その……庶民の私が席を同じにするのは……」

「大丈夫よ。私達全く気にしないから」


 軽く言われてしまうが本当に良いのだろうか?何度目かの視線を妙齢の女性に送ると、彼女はにこりと笑い席に座ることを促した。

 ダメだ。ここには味方がいない。

 諦めて席に座ると、姫殿下と侯爵令嬢の二人は私の前に一枚の紙を差し出す。


「これは……?」

「契約書よ」

「契約書?」


 小さい女の子から契約書なんて言葉を聞くとは思わず、マジマジと内容を確認してしまう。

 そこには『ルティア・レイル・ファティシアとアリシア・ファーマンは花師ベル・チャイに教えを乞う者として、必要な叱責に対して文句や口ごたえ、ましてや身分を笠にきて暴言を言ったりは絶対にしません』と書かれていた。


「あの……これは?」

「契約書よ?」

「いえ、内容が……」

「もしかしてまだ書き足すものがあるかしら?一応、私の離宮で働いている庭師達に提出したものと同じなのだけど」

「庭師に?」

「ええ、私の離宮の花は私と庭師とで育てているの。でもほら、職人の方って言葉が荒い方もいるでしょう?教えてもらうのに、言葉遣いが不敬だ!だなんて失礼じゃない?」


 王城に出入りしているのだから言葉遣いが不敬も何もないと思う。それが私の正直な感想だった。

 しかし姫殿下はそうは思っていないようで、わざわざ時間を割いてまで教えてもらっているのだから当然のことだと仰る。そしてこのことは国王陛下も了承済みで、姫殿下が庭師に怒られたとしても不敬とはしないと……

 なんとも変わった方々だ。


 更にこの後、私は姫殿下の話を聞いて困惑することになる。








 ***


 結論から言うと、私は姫殿下の畑の管理人を引き受けた。


 そして王侯貴族の方が庶民である私をさん付けで呼ぶのは宜しくない、と言って名前で呼ぶようお願いをし、姫殿下もそれを受け入れてくださった。

 離宮の庭師はたくさんいるのかもしれないが、私は一人だ。一人で王侯貴族の方から「チャイさん」なんて呼ばれるのはどう考えても心臓が持たない。

 私の心の安寧の為にも、本当に了承してくれて助かった。


 アリシア様は流石に頻繁に登城されることはなく、畑の世話をメインでされるのは姫殿下ご本人である。

 二日に一回の割合で様子を見にきては、私に畑はどんな風に管理すれば良いのかと尋ねられた。そしてご自分で決められたことだからか、大変に勉強熱心でもある。

 植える予定の種や苗木を見せてもらい、今の時期に種を蒔けるもの、蒔けないものを選定しそれを伝えるとしっかりとノートに取っておられた。


「いよいよ明日は畑を慣らす作業ね!」

「ええ、畑を慣らしたら次は種を蒔いたり、苗木を植える作業がありますから汚れても大丈夫な服装でお願いします」

「大丈夫よ!兄様のお下がりで、もう着なくなった服を私のサイズに合わせてもらっているから」


 それは汚れても良いものなのだろうか……?いや、普通はお古なんて着ないのだろうから良いのかな?

 そこで思考を止めて、深く考えないようにする。庶民の感覚と王侯貴族の感覚が違うのは当然だ。その中で落とし所を見つければいい。


 翌日、髪を上でまとめ、まるで男の子のような姿をしたお二人に、一瞬魂が抜けかけたがなんとか堪える。確かに動きやすい格好だし。問題はない。ない……



 早速、土を慣らし、種を蒔き、苗木を植えていく。

 その間もお二人は根をあげることなく、真面目に作業なされた。私としては三分の一程度が終われば上出来かと思っていたが、お二人が一生懸命に作業されたおかげで植える予定だったものは全て終わった。

 これで薬草畑らしくなるだろう。多少の育成の速さには目を瞑るしかない。誰しも初めてで全て上手くいくわけではない。


 それから数日後、魔術師団長様を連れた姫殿下が畑を訪れた。

 どうやら姫殿下が作られた畑を魔力過多の土地と言い、見てみたいと仰られたらしいのだ。我々花師としては珍しい現象ではなく、大量に花のオーダーが入った時にわざと作ることがある。

 それを魔術師団長様は魔力過多の土地と評された。

 どうやら別の国では魔力溜まりを加工して、薬草を育てポーションと言う万能薬を作っているらしい。

 魔術師団長様はそれはそれは熱く語られ、私も花師として持ちうる知識をお伝えした。

 その時に色々とハプニングがあり、姫殿下含め一緒に来られていた方々は一様に眉を顰められていたのだが……まさかこんな事になるとは誰が想像しただろう?




 現状の私の状態を説明する。


 姫殿下の畑を荒らそうとした騎士達を止めに入ったら、殴る蹴るの暴力を受け手足を縛られて作業小屋に放り込まれていた。

 しかもご丁寧に火までつけて行ったのだ!このままでは煙を吸って先に死ぬか、炎に焼かれて死ぬかのどちらかになる。


「ああ、一体誰がこんなこと……!」


 彼らは殿下の命令だと言った。

 姫殿下がするはずはない。これは絶対だ。そして姫殿下の兄上、ロイ殿下とも話をした事があるが、あの方はとても穏やかそうな方だった。国王陛下によく似ている印象を受けたし、ご兄妹仲も大変よろしかったように見受けられる。

 残りは、一昨日に畑を訪れた殿下だ。可能性としては一番高い。

 ご友人を奪った、と姫殿下を罵られていたから姫殿下が大事にしている畑をめちゃくちゃにしてやろうと思った可能性も十分ある。

 全くの見当違いなのだが、幼い彼にはそれが理解できないのだろう。だからこんな理不尽な行動に出たのだ。


「こ、の辺に、鋏が……!」


 痛む体に鞭打って、ポケットに入れていた小さな鋏を取り出す。それで縄を切る頃にはもう小屋から脱出するのが不可能なほど、周りは火に包まれていた。


「どう、すれば……水の魔法、いやそんな大きな魔術式は流石に……ゲホッ…ゲホッ!!」


 肺に煙が入り、熱風で喉が焼けるように痛い。

 このままでは本当に死んでしまう。そう思った時、不意に姫殿下に渡された魔法石を思い出した。

 私は小屋の隅に置かれた机の引き出しから魔法石を取り出す。

 確かすらいむの魔術式が入っていると言っていた。魔力を沢山注ぎ込めば、自分の周りを包む程の水が出ると!

 その中では呼吸ができるから安心して欲しいと言う言葉を信じ、私はその魔法石にありったけの魔力を注ぎ込んだ。




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