第29話 王女と異母弟

 魔力過多な畑に大喜びしているロックウェル魔術師団長。そして魔術師団長と話し込むベル。お茶をしている私とランドール先生、リーン、シャンテ。

 一部を除いて和やかな空気で話をしていたのだが、一台の馬車が畑の脇に止まると事態は一変した。

 私がこんな所まで誰が来たのだろうと馬車を眺めていると、中からピョン!と金色の髪の男の子が飛び出してくる。


「おい!お前達!!こんな所で何を油を売っている!!」


 畝があることなど一切構わず、我が異母弟ライルはズカズカと畑を突っ切って四阿あずまやに来た。

 なんて失礼な!と腹を立てていると、シャンテが立ち上がり前に出る。


「ごきげんよう、殿下。我々にはもう用はない、目の前に現れるな!と一昨日仰ったではありませんか」

「だからと言って本当に来るのをやめる奴があるか!」

「必要ないと仰られたのに、わざわざ行く者はおりませんよ」


 全くもって正論だ。いや待て。一体この子は彼らに何を言ったのだろうか?リーンに視線を送ると、ちょっとだけ遠い目をしている。

 つまりは日常茶飯事的にこう言ったやりとりがされているのか?

 彼らは所謂、ライルのだ。私とアリシアの様な仲ではないにしても、将来的な側近候補でもある。

 すると馬車からもう一人、男の子が降りてきた。彼はちゃんと畑の端にある通路を通って四阿あずまやに歩いてくる。

 どこかで見たような印象の男の子は呆れた顔でライルとシャンテの会話に割って入った。


「殿下、落ち着いてください。淑女の前ですよ。あとシャンテ、リーン登城してるなら声ぐらいかけてくれ」

「ああ、君に声をかけなかったのは悪かった」


 多分そう言う意味ではない。ライルは顔を真っ赤にし、言われた男の子は眉をひそめた。

 そして私に気がつくと、私を指差し怒鳴りつけてきたのだ。


「お前!何の権限があってコイツらを勝手に連れ出したんだ!!」


 いくら一つ違いとはいえ、姉である。母は違えども姉であることに間違いはない。継承順位は私の方が低いが、お前呼ばわりされる覚えもない。


「あら、ライル。話を聞いていると、貴方は彼らを必要ないと言ったのでしょう?なら私が彼らを連れ出しても何も問題はないわ。それに、いくら貴方でも彼らの行動を制限する権利はないのよ?」

「俺は王太子だぞ!!」

「それが何?」


 私はバッサリと切り捨てる。ライルは私の言葉に驚き、目に涙を溜め始めた。だがこの程度でやめるほど私は優しくはない。


「ねえ、ライル。貴方……継承権が一番高いからって、そのまま王になれると思うの?言っておくけど、お父様はそんな甘い方ではないわよ?」

「そんなはずない!母上は俺が次の王になるって!そう決まってるんだって言ってるんだからな!!」

「あら、ではリュージュ様はご存知ないのね?貴方が勉強もせずにワガママ放題してることを!リュージュ様はアカデミーを大変優秀な成績で卒業された方よ?息子の貴方が勉強もマナーも全くできないと知ったら……どう思うかしらね?」

「そ、そんなこと……」

「それにリュージュ様だってお子を産む可能性がある以上、貴方の次に生まれた子の方が優秀だったら……今のままの貴方を王にする必要はないと思うでしょうね」

「姫殿下……」


 私の言葉に完全に泣き出したライル。そんな私に非難の目を向ける男の子。彼に対して多少の同情はするけど、でもそう言う問題でもない。


「私は事実を言っているの。不出来な第一位継承者よりも、より優秀な者に王位を譲るのはのことでしょう?」

「それは……」

「俺はっ!不出来なんかじゃないっっ!!」

「突然現れて、挨拶もせず人を指差してお前と罵る人のどこが不出来ではないのかしら?」

「お前がリーンとシャンテを取るからだろ!!」

「そもそもの原因は自分の行動にあるのでしょう?それに彼らは魔術師団長についてきただけ。何か問題があって?」


 親に付いてきたのだから、彼らの行動に何ら非難する所はないだろう?と。そう言ったのだが、ライルの頭では理解できないようだ。

 お前が悪い!お前が悪い!!と私を罵り続け、そのまま馬車に乗って帰ってしまった。

 一緒に付いてきていた男の子を残して……


「あの子……本当に全く自覚がないのね」


 あまりのマナーの悪さに私は呆れてしまう。

 リーンとシャンテを見ればあの理不尽な様子はいつものことの様で、恨みがましげに残された男の子を見ている。


「……ジル、なんで殿下を連れてきたんだよ」

「連れてきたんじゃない。自分で行くと言い出したんだ」


 はあ、と深いため息を吐き、日頃の苦労が偲ばれるが……それとこれとは別問題だ。

 あの子は!帰りも!!私の畑を踏みつけて行ったのよ!!

 許せるわけがない。

 私はそのまま畑に向かい、踏み潰された畝を直していく。せっかく伸びた薬草が踏み潰され、靴の跡まで付いている。なんて酷いことをするのだろう!

 泣きそうになるのを我慢しながら土を手に取る。すると魔術師団長とベルが近寄ってきた。


「姫殿下、こう言う時こそ土の魔術式ですよ!」

「土の魔術式?私は初歩的なものしか習っていないのだけど……」


 魔術師団長の言葉に私は首を傾げる。

 すると初歩の魔術式でも大丈夫だと彼女は言う。言われるがまま、土の上に手を置いて土の魔術式を展開した。

 魔術式は踏み潰された畝の部分にふわりと広がり、ぽこり、と畝が元に戻る。

 そのまま手を離そうとしたら、魔術師団長にもっと魔力を注いで欲しいと言われた。


「もっと?そんなに注いで大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 どの程度注げば良いのかわからないが、ひとまず言われるがままに魔力を注ぐ。すると、踏み潰されていた薬草がひょこりと頭を上げた。

 驚きつつもその様子を眺めていると、折れ曲がった茎の部分にふわふわと光の様なものが見える。

 それは踏み潰された畝に展開されている魔術式と同じ模様。


「茎に魔術式が見える……」

「もう大丈夫ですよ」


 魔術師団長の掛け声で私は地面から手を離した。するとふわふわと光っていた茎の光が消え、真っ直ぐに立っている。折れたことなんて全くわからない。


「すごい。治っちゃった」

「初歩の魔術式でも魔力を多く込めればこうして治すことも可能なのです」

「ありがとうございます。魔術師団長、とても良いことを聞いたわ」

「いいえ、お役に立てて良かったですわ」

「いや、そんなことができるとは……私も初めて知りました。強風や、野生動物に荒らされた時は仕方ないと諦めていたのですが……これなら、欠けることなく出荷できますね」

「それなりに魔力量を注ぐ必要はありますから、様子を見つつ……と言う感じでやった方が良いですね。姫殿下は内包する魔力量がとても多いので初歩の魔術式でも何とかなりますが」


 また魔術師団長とベルが話し込む。ベルは元々、視察で訪れたカテナの花師なのだ。大変研究熱心な花師と聞いている。だからこそ、花の育成に関わることには興味津々なのだろう。

 私は手に付いた土を払うと、四阿あずまやに戻る。すると三人が私に向かって頭を下げた。


「姫殿下、申し訳ありません……俺達のせいで……」

「いいえ、貴方達のせいではないわ。畑を踏みつけたのはライルだもの」


 踏みつけていった本人に腹を立てることはあっても、彼らを怒る気にはなれない。ただ理由は知りたかった。

 ライルがどうして彼らをいらないと言ったのか。それが正当な理由ならまだしも、見ていた感じではそうは見えない。

 普段から理不尽な目に遭っているのであれば、それは是正しなくてはならないのだ。

 王族だからと言って理不尽なことを言ったりやったりして良いわけではない。


「ねえ、三人とも……私、貴方達に怒ってはいないけど、ライルには怒っているの。一体何が原因でなったのか、理由を教えてくださる?」

「それは……」

「ジル、姫殿下に正直に言った方がいい」

「シャンテ……」

「別に貴方達を咎めたりしないわよ?私も普段のあの子の行動を噂で聞いているもの。でも、噂って当てにならないでしょう?」


 だから側で仕えているお前達の話を聞かせろ、とニコリと笑ってみせる。

 ジルと呼ばれた男の子は話すかどうか戸惑っていたけど、観念したように口を開いた。

 その内容は聞きしに勝る暴君っぷりで、聞いていて目眩がするほどだ。


「貴方達……よく我慢してるわね?」


 呆れを通り越して尊敬してしまう。まさかそんなに酷いとは……リュージュ妃はそれを放置していると言うことだろうか?流石にそれは不味いと思う。

 国内に向けては多少は誤魔化せても、国賓が来た時に今のままでは下手すれば外交問題だ。


「一応、我々も頑張ってはいるんですよ?でも……ライル殿下は、体を動かすと言って勉強をサボりますし、体を動かすは文字通りそのままの意味なので」

「ああ、剣技を覚えたり体術を覚えたり、ではないと言うことね」


 困ったように頷く三人に私は心の底から同情をした。これはもう、お父様の前でリュージュ妃にわかってもらう他ない。プライドの高いリュージュ妃なら自分の子供が全く何もできないと知れば怒り出すだろう。


「お父様に話をします。今のままでは、王位継承権すら危ういわ」

「そんな……!」


 ジルと呼ばれた男の子が私の言葉に反応する。彼にしてみれば、ライルは一応将来の主人となる人だ。そのライルから継承権がなくなったら、お友達の彼らも一緒にお先真っ暗になる可能性だってある。


「あのね、ライルの暴君っぷりは下手すれば外交問題になってもおかしくないの。貴方、宰相様の御子息よね?国賓が招かれた時にライルを前に出せて?」

「いえ、無理だと思います」

「シャンテ!」

「俺も無理だと思う。ライル殿下はマナーが全く出来ないし。下手すりゃ恥かくだけじゃ済まないよ」

「リーン……」

「私もそう思うわ。私達は最低限できなければならないことがある。それは王侯貴族に生まれたからには出来なければいけないことよ?」


 それは言葉遣いだったり、人との接し方、ダンス、基本的な知識、王族であればさらに他言語も求められるのだ。

 ライルに言った通り、あまりにもライルの出来が悪ければリュージュ妃だってライルを次の国王になんて言わないだろう。それぐらいなら、お父様と新たに子供を作り、ライルを病気だ何だと理由をつけてどこかに幽閉した方がいい。


「私達はまだ子供だけど、最低限ここまでは必須なものってあるでしょう?もちろん人によって進みが早い、遅いはあるけれど……あの子はそれ以前の問題」

「それは、そうですが……陛下にお伝えするのは……」

「いいえ。必要よ。あの子、私が伏せっていた時だっていきなり来て、お見舞いに来ていたお父様に向かってアリシア様と婚約なんてしないと叫んだのだから」


 私の言葉に三人とも庇いきれないと表情が物語っている。

 庇う必要はない。ただ、軌道修正するだけだ。例え将来的にアリシアと婚約破棄するような男に育つとしても、それと王族としての教養は別問題なのだから。


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