第28話 魔術師団長と魔力過多の畑

 暫くの間————ロックウェル魔術師団長は薬草畑を一人で堪能していた。


 私達はひとまず四阿あずまやで魔術師団長が正気に戻るのを待つ。

 どうやらなると暫く戻ってこないらしい。


「よっぽど嬉しいんですねえ」

「そうね。何だか畑の中をあんなに嬉しそうに走り回られるとは思わなかったわ」

「あ、転んだ」

「母さん……」

「私、ちょっと……手伝ってきますね」


 そう言うとベルが魔術師団長の側に駆け寄って行く。

 倒れ込んだまま起き上がらない魔術師団長だったが、ベルが近づくと奇怪な笑い声をあげて起き上がった。

 ベルが手を差し出すと、その手を取りようやく立ち上がる。そして凄い勢いでこちらに走ってきた。

 淑女としてはどうなのかと思うが、研究に対する飽くなき探究心と情熱を感じるので何も言えない。息子であるシャンテは両手で顔を覆って見ないようにしているが。


「姫殿下!本当に本当に素晴らしいです!!」

「ありがとうございます」

「シャンテとリーンくんに聞いたのですが、普通の土と水魔法の複合魔術式でよろしいんですよね?」

「ええ、まだ初歩の魔術式しか教えてもらっていないから」

「そうですか。そうですか……初歩でこれとは……高度な魔術式だったらどうなるのかしら!?大変興味深い」

「魔術式で効果が変わるのかしら?」

「魔力過多の土地を人工的に作るのはラステア国でもしていませんからね。向こうでは魔力の溜まり場を加工してますから」


 なるほど。つまり、土地の質が違うから魔力過多の土地を再現できなかったわけだ。魔力をどれだけ注ぎ込めば魔力溜まりの土地を再現できるのかわからない。

 それでは実験のしようもないだろう。


「魔力過多の土地を再現するのにどのぐらいの魔力が必要なのかしら?」

「姫殿下はどのぐらい注ぎました?」

「あの時はアリシア様と一緒だったから……」

「アリシア様と言うと、ファーマン侯爵家の?」

「ええ、私達お友達なの。二人で一緒にお世話をしようと思っていて、土地を慣らすのに二人で一緒に魔力を注いだのよ」

「ではアリシア様も魔力量は多い方ですか?」

「ええ、多分……」


 そう話していると、土地を慣らしている過程を見ていたベルが同時に発動した魔術式ではあるが私の方が展開が早かったと教えてくれた。

 魔術師団長はそれを興味深そうに聞いている。


「それはどのぐらい?」

「かなり早かったかと……それで、私がお止めしました。あまり魔力を注ぎ込んで倒れられたら大変ですし。ですが姫殿下はケロッとしてましたね」

「そうね。特に具合が悪くなることはなかったわ」

「その後、畝を作るのにも魔力を使ったのですが、その時はなるべく魔力を注ぎ込みすぎないようにお願いしました」

「それは何故?」

「生産時期がズレますと市場が混乱しますから」

「ああ、そうか。普通に卸すおつもりだったんですね?」


 私は魔術師団長に、元々の予定を話して聞かせる。

 視察先で薬草があまり作られていないことを知って、薬草畑をたくさん作って貧民街の人達の仕事にできないかと。


「確かに、薬は必要なのに高いですからね」

「そうなの。もしもよ?もしも……感染するような病が流行ったら、ひとたまりもないと思ったの」

「感染するような病……それは貧民街の人々から先に犠牲になるでしょうね」

「ええ。彼らは薬を買うお金があるなら食事を優先するでしょうし……でも、普通の暮らしをしている人達だって薬は高いものでしょう?」

「そもそもの生産が少なければ値段が高くなるのも当然ですからね」


 その言葉に頷く。だからこそ、薬は安価で手に入るようになって欲しいのだ。貧民街の人に感染する病が流行り、その人達を雇っている人達へ感染する。

 そうなればどんどん広がっていくだろう。彼らにとってみれば多少具合が悪くても働かなければ食べていけないのだから。


「神殿治療はとても高いし、薬も簡単に手に入らない。何かあったら、本当にひとたまりもないわ」

「それにスタンピードが発生しないとも限りませんしねえ。何が起こるかわからないから備えたい、と言うことですね?」

「ええ。でも私は自由になるお金がないから、人を直ぐに雇えないの。だから最初に自分達で育てて、それを売ってそれから考えようと思ったの」

「そうしたら魔力過多の土地が出来てしまった、と」

「そうよ。特別に作ろうと思って作ったわけではないの。それに最初はとても良い土ができたと言われたから、そういうものだと思ったし」


 そう言ってベルを見ると、ベルも同じ様に頷く。


「ええ、こう言った良質な土は植物の育成を早めたりするので以前から知っていましたが、それを魔力過多の土地と言うとは知りませんでした」

「と言うことは、無意識に作られている場所もあるってことかしら?」


 魔術師団長の目が光る。ベルは頻繁に作ることはないが、でも珍しいことではないと言った。


「我々花師は土地を慣らす、と言いますが……どうしても早く育てたい花がある場合に限りわざと魔力を多く注いで土地を慣らすことはあります」

「……そう、なのね。ああ、やっぱり分野が違うと捉え方も変わるのね!!新しい発見だわ!!」

「ええと……どう言うこと?」


 私は意味がわからなくてランドール先生を見る。先生は少しだけ首を傾げた後、見方の問題では?と言われた。


「見方の問題?」

「花師の方は人為的に魔力過多の土地を作っていると言う意識はないわけですよね?」

「そうみたいね」

「でもロックウェル魔術師団長はラステア国で魔力過多の土地を見て知ってらっしゃる」

「ええ」

「この状態では点と点のままなのです」


 そう言って角砂糖を一個ずつお皿の上に置いた。片方が魔術師団長、もう片方が花師の人達。

 魔術師団と花師の人が直接会って、土地を慣らす方法を話すことはまずないだろう。それに話したとしても、魔術師団長のように魔力過多の土地を知らなければそれが人工的に作られた魔力過多の土地とわからない。


「間に姫殿下がいたことで点と点がつながった、と考えていただけると良いかと」

「私、特別何かしているわけじゃないけど……」

「いいえ、薬草畑を作ろうとした————それが一つの波紋となったのだと思います」

「はもん?」

「水に、こう石を一つ投げると丸い輪の様なものができますよね?アレが波紋です。姫殿下が必要だと思って作った波紋が新しい波紋を呼んで広がったんですよ」


 何だか凄いことをしている気分だ。私としてはアリシアの予言のようなものが現実に起こった時の対処として、今から薬草を育てておけば良いかな?と思ったに過ぎないのだが……


「私は、ひとまず良いことをしたと思って良いのかしら?」

「母にとってみればかなり良いことをしたかと」

「そうだと良いわ。それにぽーしょんと言う薬がたくさん作れて、普通の薬の代わりになったとしても、薬師の人達から仕事を取ることにはならないものね」

「母から聞いたポーションは万能な薬ですけど、作る過程でも魔力を注ぐ必要があるみたいですし、それによって等級が変わりますから逆に薬師が増えるかもしれませんね」

「みんなに行き渡るぐらい国中で作れるようになるのはまだまだ先ね。とりあえずは最初のぽーしょんを作ってからかしら?」


 チラリと薬草畑を見る。青々とした葉っぱがそこら中で風にそよびいていた。

 おかしい。この間はもう少し小さかったはずなのに。

 ベルが早く育てたい時にわざと魔力を多く注ぐとは言っていたが、私が無意識に注いだ魔力はかなりのスピードで薬草を育てているようだ。聖属性が関係しているとは思いたくないが、もしかしてそれもあるのだろうか?


「あと半月もすれば収穫できますかね」


 リーンの言葉にシャンテも頷く。

 収穫が早いに越したことはないけど、そんなに早く育つかは謎だ。


「そのぐらいで収穫できるでしょうね」

「そんなに早くできるかしら?」

「数日でこれだけ成長してますし、収穫が終わるまでは土地の魔力も大丈夫では?」

「じゃあそれまでぽーしょんの作り方を覚えないといけないわね」

「姫殿下はご自分で作られるおつもりですか?」


 シャンテの言葉に私は当然とばかりに頷いた。だって面白そうではないか。ぽーしょん作り。

 どんな風に作られるか興味があるし、それに怪我が一瞬で治るなら試してみたい。


「……もしかして、試したいとか思ってません?」

「あら、当然じゃない」

「いや、怪我したらどうするんです!?」

「だって怪我を治すのでしょう?」

「そうですけど……」

「ファティシア王国初のぽーしょんよ?是非試して、もし本当に効くならお父様に相談して量産できるようにしたいわ!」

「自分で作って売るんですか!?」

「もちろん!そうすれば、人を雇えるでしょう?」


私の言葉にシャンテは何とも言えない微妙な表情を浮かべた。王女が金策に走るとか普通は無いものね。


「でも最初は売れないと思いますよ?」

「どうして?」

「どんなに凄い薬でも誰も知らないからです」


 そんなすごい薬なのに何故売れないのだろう?私が首を傾げると、隣で私達の会話を聞いていた先生が笑いを堪えながら教えてくれた。


「姫殿下、新しいものと言うのは最初は忌避されるものです。特に万能薬と言われているものなんて怪しいって思われて誰も買わないでしょうね」

「それは困るわ。だって売れないと私の計画が上手くいかないもの」

「需要と供給ですよ」

「需要と供給?」

「ええ、断らない所に卸せば良いのです」

「断らない所ってどこかあるかしら……?」

「あ、騎士団……」


 リーンがボソリと呟く。


「騎士団?どうして?」

「ああ、そうか。騎士団なら打身や捻挫、切り傷あたりは日常茶飯事か」

「それに魔術師団が作ったものなら多分断らないんじゃないかな」


 二人の話になるほど、と頷く。そして騎士団の中には貴族の子弟だけでなく、一般からなった人もいる。その人達が試してぽーしょんの効果が見込めるなら、それは噂として街の人達にも広がるだろう。


「先ずは、ぽーしょんの効果を認めてもらうところからなのね」

「そうですね」


 私はまだまだ先は長いな、と小さなため息をついた。

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