第20話 続・王女、おねだりをする
アリシアとロイ兄様と話ができないまま次の日になった。
私は今日もユリアナ監視の元、ベッドの上にいる。本当にもう元気なんだけどなあと思いながらも、7日も寝込んで心配をかけたので大人しくしているしかない。
そうしてベッドの上で暇を持て余していると、部屋の扉がノックされユリアナが対応する。誰がきたのかと扉を見ていると、お父様とマリアベル様がいらっしゃった。
「お父様!」
「やあ、ルティア。目が覚めたと聞いてね……もう、大丈夫かい?」
お父様はそう言うと私の側に寄り、そっと頭を撫でてくれる。
「本当はね、もう元気なの。でもユリアナが心配するからベッドの中にいるのよ?」
「おや、そうなのかい?」
「恐れながら、姫殿下はそう言われて急に倒れられることがありますから」
「今より小さい頃の話よ!あの時は熱があるのわからなかったんだもの」
小さい頃の話を引き合いに出されてユリアナに抗議すると、お父様とマリアベル様はクスクスと笑い出した。
「それだけ元気なら大丈夫そうだね。まあ、魔力を使いすぎると倒れてしまう事もある。今回は特殊な事態だったが、普段は気をつけなさい」
「はあい」
少しだけ不服そうに返事をすると、ユリアナがジトリとした目で私を見る。それに口を尖らせると、またお父様は笑った。
「そうだ。ルティアにはご褒美をあげないとね」
「ご褒美、ですか?」
「みんなを助けてくれたご褒美。何がいいかな?」
まさかご褒美がもらえるとは思わず、チラリとマリアベル様を見るとマリアベル様はニコリと微笑んだ。もしかしたらマリアベル様がお父様に言ってくれたのかもしれない。
これはもしやチャンスでは!?アリシアとライルの婚約を撤回してもらえるかもしれない!!
「お父様、私……昨日、ロイ兄様とアリシア様からアリシア様がライルの婚約者に名前が上がってると聞きましたの。アリシア様はライルの婚約者で決まりなんですか?」
「ああ、その話か……リュージュがファーマン侯爵とアリシア嬢が考えた魔術式で我々が助かった事を聞いたようでね。幼い頃から聡明な子であればライルの婚約者に相応しいと言っているんだ」
少し困ったように話すお父様を見て、これはいけるかもしれないと私は確信した。
「お父様、私へのご褒美はアリシア様をライルと婚約させないと言うのではダメでしょうか?」
「それはご褒美にはならないだろ?」
最もな意見である。
お父様的にはドレスや宝石と言った物をご褒美とするつもりだったのだろう。それなのにアリシアとライルの婚約を認めないでくれとは驚くに決まっている。
でも私は諦めるわけにはいかないのだ。何とか理由を捻り出してお父様にわかってもらおうとする。
「でも、その……私、ライルにアリシア様を取られたくありません!せっかくできたお友達なのに……お妃教育が始まったら遊べなくなってしまうわ」
「ルティアのお願いだから聞いてあげたいんだが……リュージュがどうしてもと言っていてね」
「リュージュ様が……」
きっとリュージュ妃はライルの立場を強めたいのだ。第一王位継承者であり、侯爵家の令嬢が婚約者に収まればその立場はより一層強固なものになる。後ろ盾のない私と兄様を担ぎ上げる者がいないように、完璧な状態にしたいのだろう。
そうなると何かしらの理由がない限り、お父様もアリシアをライルの婚約者から外すのは難しくなる。最終決定権はお父様にあると言っても、リュージュ妃はアリシアを押しまくるだろう。
どうしよう。何かないだろうか?うーんと困っていると、いきなり部屋の扉が開いた。
一瞬、またロイ兄様とアリシアが入ってきたのかと思ったら、普段私の所へは来たことのないライルが入ってきたのだ。
「父上!俺はあんな女と結婚なんてしませんからね!!」
ふん!と鼻を鳴らし、自分の方が偉いとでも言うように腰に手を当てて威張っている。お父様もマリアベル様もユリアナもライルの態度に目を丸くしていた。もちろん、私も、だが。
「ライル……」
「あ、何だお前生きてるじゃん」
「え?」
「もう直ぐ死ぬんじゃなかったのか?」
ライルは私を指差し、そう言ってのけた。私が死ぬ?一体誰がそんなことを言ったのだろうか?私が驚いて固まっていると、お父様がライルを咎めた。
「ライル、言っていいことと悪いことがある。ルティアに謝りなさい」
「な、何だよ!だって母上が言ったんだぞ!!そいつが死ぬって!!」
「リュージュが……?しかし、例えそうだとしてもお前は自分が死ぬんじゃなかったのかと言われて何とも思わないのか?」
「そ、それは……」
「王族として人の上に立つ者が他者を思いやれなくてどうする!」
お父様に叱責されてライルは目に涙を浮かべている。残念ながらこの場にライルに助け舟を出す人はいない。私だって死ぬんじゃないかなんて言われたら腹が立つ。
「ライル、ルティアに謝りなさい」
もう一度言われライルはグッと口を引き結ぶとそのまま部屋から走って逃げてしまった。
その後ろ姿を見て、絶対にアリシアをライルの婚約者にするわけにはいかないと心に決める。
アリシアはとても良い子なのだ。
ライルと一緒にいたらきっと胃に穴が開いてしまうに違いない!
「お父様……私、私……絶対にアリシア様をライルの婚約者にしたくありません!」
「ルティア……」
「だって!アリシア様は私のお友達を探すお茶会の時に倒れたことがあるんですよ!?ライルに振り回されて心労で倒れる未来しか見えません!!」
泣きそうになりながらお父様に抗議をすると、お父様も深いため息を吐いた。リュージュ妃はライルの地位を固めたいからアリシアを選んだのであって、アリシアを気に入ったからではない。
ライルの地位が盤石になるのであれば誰でも良いのだ。苦労するのが目に見えてわかるのにアリシアを渡すなんて冗談ではない。
一歩も引かないぞ!と言う決意を込めて、ジトッとした目でお父様を見る。お父様は困ったように笑うとマリアベル様を見た。
「どう、思う?」
「婚約者候補、と言う事にはできないのでしょうか?」
「候補?しかし……」
「実際に婚約する、しない、の取り決めは陛下と侯爵様との間でされることですよね?その席にリュージュ様は立ち会われない」
「そうだな」
「では侯爵様をお呼びになって、二人だけでお話をされたらリュージュ様は婚約が決まったと思われるのでは?」
マリアベル様の提案は婚約者としてではなく候補の一人としておけば良いのでは?と言うことだった。
その話を侯爵様にするだけ。
リュージュ妃がそれを知って婚約したと思い込んだだけ。
「しかし、それではデビュタントの時に困るだろう?アリシア嬢が婚約者でないとバレるのでは?」
「婚約者候補の一人ですし、一緒にいても問題はないのでは?それに……昨日、アリシア様をお見かけしましたが、ライル殿下同様に婚約はしたくないと泣きそうなお顔で姫殿下に訴えてらっしゃいましたもの。お互いに嫌がっているのに無理矢理婚約させては可哀想ですわ」
マリアベル様の言葉にお父様は私を見る。私はその通りだと力強く頷いた。
「アリシア嬢もライルが嫌なのか……」
「アリシア様はお父上の侯爵様が大好きなんだそうですよ?将来はお父様と結婚するのだと仰ってるとか」
「そんなことを言われていたら、侯爵もアリシア嬢をライルの婚約者にすることに難色を示すだろうね」
「お父様も私がそう言ったら嬉しいですか?」
少し羨ましそうな声色に私が尋ねてみると、お父様は私の頭を撫でてくれる。
「男親と言うのは娘にそう思われたいものなんだよ。だが……候補、と言うことにしても妃教育はどうする?」
「陛下、それこそ姫殿下の出番ですわ」
マリアベル様は私を見てにっこりと微笑む。
王女である私は、他国の王族に嫁ぐ可能性がある。であればやはり同じように妃教育は必要だ。つまりそれを隠れ蓑にして一緒に学んでいればリュージュ妃にバレないのでは?とマリアベル様は仰った。
「そうか。確かに友人同士一緒に学べばお互いに良い刺激になる。そう言えばリュージュも納得するだろうね」
「ええ、ライル殿下とアリシア様のお話はお二人がもう少し大人になられてから考えてはいかがでしょう?」
いずれ自分の父親と結婚することはできず、どこかに嫁ぐか婿を貰わねばならないことは本人もわかるだろう。それまではもう少し自由にさせてあげても良いのではないかとマリアベル様はお父様に提案する。
「確かに、ロイにもまだ婚約者がいないのに……ライルに先に婚約者をあてがうのはな……しかしそうなると、これをご褒美にするとリュージュにバレる可能性がある」
「どうしてですか?」
私は首を傾げた。アリシアがライルと婚約しなければそれで良いのだ。それ以上は特に望んでもいない。
私が不思議そうな顔をしていると、お父様は欲のない子だね、と仰った。
「私……ワガママを言ったつもりですわ」
「うん。でも目に見えるご褒美ではないだろ?」
「ご褒美は目に見えないといけないんですか?」
ますますわからない。マリアベル様はにこにこ笑っているだけで何も言わないし、ユリアナもすまして立っているだけだ。
「これはここだけの話だからね。他のみんなにもわかりやすいご褒美をあげないと何かあったのか、と思われてしまうだろ?」
そう言うものなのか、と私は更に首を傾げた。しかし欲しいもの……欲しいものと言われてもドレスや宝石にはそこまで興味はない。
どちらかと言えば新しい植物が、とそこまで考えて私はお父様に欲しいものを伝えた。
「お父様!私、薬草が育てられる畑が欲しいです!!」
私の言葉にお父様が笑い出したのは言うまでもない。
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