第19話 早まった婚約話

 悪役令嬢アリシア・ファーマン


 彼女がファティシア王国第二王子ライル・フィル・ファティシアの婚約者として名前が上がったのは10歳の時に行われる神殿での魔力選定を受けてから。

 貴族令嬢の中でも飛び抜けて魔力量が多く、家柄も申し分ないとしてライルの婚約者となったのだ。


 アリシアが教えてくれた話では、元々ライルの7歳の誕生日に一度会っていてその時に一目惚れしたのだとか。継承一位の王太子であるライルの婚約者として相応しい人物になる為に、ワガママを一切やめて厳しい淑女教育を受け魔術式をたくさん勉強し、選定を受けたと言う。その結果、彼女は見事婚約者の座を射止めたのだ。


 アリシアはその事に喜び、早速ライルに挨拶に行ったそうだがその場で彼が放ったのは「お前なんか嫌いだ!」と言う言葉。アシリアはショックを受けたが、きっと自分に足りないものがあるのだと妃教育を含め更に努力を続けた。

 それから8年の月日を彼女はライルに好かれる為に努力し続ける。見た目の美しさも、正妃として王を支えるだけの知識も、淑女として完璧に振る舞い、ただただライルから好かれる為に……


 しかし王立アカデミーに進んで一年後、ライルはある女性と出会う。

 アリシアが唯一持っていない魔術属性である聖属性を持った女の子。ピンクブロンドにピンク色の瞳。愛らしい容姿の女の子は、完璧と評されるアリシアとは正反対の女の子であった。


 男爵家の令嬢だからか、それとも本人の気質か、自由奔放、天真爛漫、そんな言葉が似合う女の子。ライルは自分の側では見ないタイプの女の子に心惹かれる。


 彼は王立アカデミーを卒業すればアリシアと婚姻をなし、王位を継ぐ立場。元々あまり好きでなかったアリシアは今や完璧な令嬢として婚約者の位置にいる。かたや自分は王位を継ぐものとして未熟であった。そんなジレンマといつも温かい笑みを浮かべて自分のままでいて良いのだと言ってくれる女の子。


 恋に落ちない方が難しかった。


 二人の仲睦まじい様にアリシアは不安を覚える。しかし彼女は淑女として、ライルの婚約者として男爵令嬢を虐めるようなことはしなかった。ただそう、彼女は普通の令嬢なら出来るであろうことが全く出来ない彼女の行動に眉を潜めてはいたけれど……

 しかしそれもいよいよ目に余り、アリシアはその男爵令嬢に度々苦言を呈す様になる。


「婚約者のいる男性とそんなにベタベタするべきではないわ」

「淑女として恥ずかしくない行動を」

「聖属性を持っているならもっと勉強をしなければ」


 それは貴族の令嬢として正しい意見であったし、アリシアにしてみれば己を磨かずに婚約者のいる男性に寄り添う彼女は何の為にアカデミーに来ているのかわからなかった。

 しかし、男爵令嬢にとっては好きになった相手を支えたいと思うのは当然であり、完璧な令嬢と言われるアリシアからの苦言は不出来な自分への嫌味と感じたのだ。

 暗い表情の彼女にライルは問いかける。


「何故そんな暗い顔をしている?」

「アリシア様から不出来な自分を責められているのです。もちろん聖属性を持っているのですから、学ぶべきことはたくさんあるでしょう。でも……」

「ああ、そんな顔をしないでおくれ。俺が君を守るから。君は俺の……この国の聖なる乙女。何も心配することはない」


 元々アリシアの存在を苦々しく思っていたライルは貴族令嬢として本来やるべき事をやっていない彼女の言葉をそのまま信じた。自分が彼女に構うから嫌がらせをしているのだと。

 

 斯くして————断罪の時は訪れ、アリシアは卒業パーティーで婚約破棄を言い渡される。

 お前は国母として相応しくない、と。




 ***

 これが私がアリシアから聞いていたこれから10年の間に起こる話である。神殿で行われる魔力選定は2年後。つまり彼女の話とは2年の開きがあった。2年の猶予があるはずなのに、魔力選定をされていない現時点でライルの婚約者として名前が上がるとは意味がわからない。


 マリアベル様のいる場所では詳しい話もできず、尚且つ私はまだベッドから出ることのできない身。二人は侍女のユリアナに部屋から追い出され、今日の所は帰る事になった。


「……マリアベル様、ライルの婚約者を決める話はもう聞いていらっしゃいますか?」


 二人が部屋から追い出された後、私はマリアベル様に聞いてみる。マリアベル様はゆるく首を振り、何も聞いていないと仰った。


「ライル殿下はまだ7歳でしたよね。それなのにもう婚約者をお決めになるなんて……随分と早いですね」

「そうですよね。ロイ兄様にだってまだいないのに」


 まあ私達の場合は立場的な問題もあるのだろうけど、それにしたって決めるのが早い。何か決め手になるようなことでもあったのだろうか?


「ですが……アリシア様はライル殿下の婚約者にはなりたくないご様子ですね」

「ええ。その……彼女はとてもお父様、侯爵様が大好きなので……将来はお父様と結婚するのよ!と言ってましたから」

「あらまあ」


 私が咄嗟についた嘘にマリアベル様はクスクスと笑いだす。侯爵のアリシアの溺愛っぷりからも多分、この嘘は真実味があるだろう。


「それにライルにアリシアは……多分、合わないと思うの」

「合わない、ですか?」

「ライルは体を動かすのは好きだけど、お勉強とかマナーとか嫌いでしょう?アリシアはあの歳でしっかりとできるの。一つしか変わらないのに、自分よりも完璧にこなす女の子って好きになれる?」


 マリアベル様は私の言葉に困った表情を浮かべた。王族との婚姻は普通に考えて断ることはできない。例え本人同士の相性が悪いとしても、だ。

 ライルが自由奔放に振る舞っていても、アリシアが妻としてきっちりと仕事をこなしていれば良いだけのこと、と判断されるだろう。


「……どちらかと言うと、ロイ殿下とアリシア様の方が良いようには見えますね」

「アリシアは侯爵様が大好きだからどうかしら?でもそうなったら楽しそう」


 兄様とアリシアが一緒になれば、なんて考えたこともなかったけどマリアベル様の言葉にその未来も捨てがたいなと思う。


「大きくなればすぐ近くにいる素敵な殿方に気がつくものですよ」

「そうだと良いわ。アリシアはとても良いお友達なの。彼女にはいつも笑っていてもらいたいもの」

「姫殿下はお友達思いなのですね」

「だって何でも相談できる相手って貴重だわ」

 

 私の世界はこの離宮と嫁ぎ先だけで終わるかと思っていたけど、実は外に出ることは案外簡単に叶うとわかった。アリシアがいれば私の世界はもっと広がるかもしれない。それを考えたらライルにアリシアを取られるのはもの凄く嫌な感じがする。例え本人にその気はなかったとしても、だ。


「私、ライルにぜーったいアリシア様を渡さない」

「あらあら」

「だってアリシア様となら色々なことができる気がするの」

「色々なこと……ですか?」

「そう!まず手始めにすらいむの魔術式を手直しして、畑にも使えるようにするの!!そうすれば夏場に水を撒く手間が減るでしょう?」

 

 それ以外にもやりたいことはたくさんあるのだと言えば、マリアベル様は微笑いながら聞いてくださった。


「では姫殿下の野望の為にもたくさん魔術式のお勉強をしなければいけませんね?」

「そうね。私、頑張るわ。マリアベル先生、どうかよろしくお願いします」

「承りましたわ」


 そう言うとマリアベル様は今日の所は、と言って帰っていく。私はユリアナにベッドの中に押し込まれるとそのまま目を閉じ、元気になったらまずお父様に真相を確かめに行かなくては!と決意を固めた。



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