第18話 不測の事態

 誰かがボソボソと枕元で話をしている。

 私はもう起きる時間なのか、嫌だなあと思いながら侍女が起こすまでは意地でも目を開けないぞ!と無駄に頑張っていた。しかしいつまで経っても誰も起こさない。おかしいな、もう起きる時間じゃないのかな?でもまだ眠っていて良いのならもう少し寝ていたいな。そんなことを考えていると、誰かが私の頭を優しく撫でてくれた。

 まるでお母様の手のようで、幸せな気分になる。でもその手は直ぐに離れてしまって、もう少し撫でてもらいたかったのに……と思わず目を開けてしまった。


「……姫殿下?」

「……マリアベルさま?」

「ええ、ええ……そうですよ」


 そう言うとマリアベル様は侍女達に声をかけて何か指示を出している。私はそれをぼんやりと眺めながら、先ほど頭を撫でてくれていたのはマリアベル様だったことに気がついた。

 お母様はもういない。亡くなった人が頭を撫でてくれることはないのだ。


「姫殿下、もう少しお休みください」

「……眠るまで側にいてくれる?」

「ええ、もちろんです」

「あのね、頭を撫でてもらうの……お母様の手みたいで嬉しいの」

「私の手で良ければいくらでも」


 そう言って微笑むとマリアベル様は私の頭を優しく撫でてくれた。私は優しい匂いに包まれてもう一度眠りに落ちる。


 そして次に目が覚めた時には—————何と、5日も経っていた。




 その日の目覚めはとても快適で、侍女が起しに来るよりも前に目が覚めたのだ。ただ淑女的には侍女が起こすまでベッドの中にいなければいけない。ゆっくりと体を起こして、グッと伸びをする。

 何だか体の節々が怠い。茶色い髪は少しベタついていて、まるで熱でも出した後のようだ。

 それに私が目覚めた場所は離宮の私の部屋。確か侯爵が見つけに来てくれて、何か話していたような?その後のことはさっぱり覚えていない。

 暫くすると日頃私の世話をしてくれている侍女のユリアナが部屋に入ってきた。



「る、ルティア様!?お目覚めになられたのですね!!」



 彼女の驚き加減に私の方が驚いてしまう。目を何度か瞬かせると、私はとりあえずおはようと声をかけた。


「おはようございます、ルティア様!今回は大変な目に遭われましたね……お体の具合は大丈夫ですか?」

「ちょっと怠いような気はするけど、頭はハッキリしてるし大丈夫よ」

「ああ、それは7日ほど寝込まれていたせいですね」

「え?」

「覚えてらっしゃいませんか?崖崩れに遭われて……ファーマン侯爵様に助けられた後、倒れられたのですよ」


 そう言えば何となく頭がぐらぐらしていたような気がする。それにしても7日も寝込んでいたとは……


「陛下からは魔力を使いすぎたのだろう、と言われたのですがルティア様が目を覚まされないのでロイ様も大変ご心配されてます」

「ロイ兄様も……」


 それはそうだ。7日も寝込んでいたら事情を知っている兄様はかなり心配しただろう。私は直ぐに兄様に会えるか確認する。しかしユリアナに止められてしまった。


「どうしてもダメ?もう平気なのだけど」

「目を覚まされても数日は安静に、とお医者様からも言われております。お会いになるのは元気になってからにしましょう?」


 気分的にはかなり元気なのだが……魔力の消費量がやはり多かったのか、体の怠さは否めない。少しだけ口を尖らせて、それでもユリアナにワガママを言っても仕方ないので今度はお風呂に入りたいと言ってみる。


「お風呂……ですか?」

「流石に7日以上入ってないもの……それぐらいは良いでしょう?」

「そうですね。ではもう一人呼んできますので、大人しくベッドの中にいてください?良いですね?」

「はあい」


 いつもはユリアナだけで入れてくれるが、流石に私が途中で気を失ったら一人では運べないと思ったのかもしれない。

 そこまで体力は落ちていないはずなんだけどな、と思いながらもう一度ベッドの上で伸びをした。




 ***

 お風呂に入ってさっぱりした後は、ベッドの上で食事となった。

 食事が終わった後は診察を受けて、もう1日〜2日はベッドで大人しくしているように言われてしまう。どうやら魔力が安定する前にたくさん使ったせいで熱暴走のようなものを起こしているらしい。

 にがーい薬を飲まされ、顔をしかめているとマリアベル様がお見舞いに来てくれた。


「姫殿下、お目覚めと聞いて少しお顔を拝見させて頂きにまいりました」

「マリアベル様!もうね、気持ち的には元気なの。でもまだベッドの上にいなさいって言われてしまったわ」

「元気になられたようで安心しました。私から陛下へもお伝えしておきますね」

「お父様に心配かけてごめんなさい、とお伝え頂ける?」

「ええ、もちろん」


 そう言うとマリアベル様は私の頬を挟むように両手で触れる。優しくて、温かい手だ。マリアベル様は私の体調を確認するかのように少しの間触れていると、顔色も良くなりましたねと言って手を離された。

 お母様みたいで何だかくすぐったい気分になる。

 そう言えば……マリアベル様が離宮で暮らすかもしれないとお父様が言っていた。その話はどうなったのだろうか?気になって尋ねてみると、もう少ししたらこちらに引っ越してくるそうだ。


「私はこちらに越してきましたら、姫殿下の魔術の先生となるようですよ」

「魔術の先生?」

「ええ、そろそろ姫殿下にも付けなければとお考えだったようです」

 

 多分、私が聖属性を持っている事で下手に教師をつけられなくなったのだろう。でもマリアベル様のことが大好きなので私としてはとても嬉しい。

 ふと、マリアベル様のお腹の赤ちゃんのことが気になった。私の先生になってくれるのは良いのだが、体に負担はかからないのだろうか?


「マリアベル様……その、私、マリアベル様が先生でとっても嬉しいのですけど、お体に触りませんか?」

「実は……それもあって離宮に来るのです」


 その答えに私は首を傾げる。別に妊娠したからと言って後宮にいてはいけないわけではない。寧ろ後宮の方が侍女の数もそうだが、お医者様の診察を受けるのに楽ではなかろうか?


「……いずれ、陛下からお話があるかもしれません」

「お父様から?」

「ええ、今回の件で……色々ありましたの」


 色々と言われるととても気になるが、ベッドから出てはならないとユリアナからストップがかかっているので流石に聞きに行くこともできない。

 どうしたものかと考えていると、部屋の扉が勢いよく開く。



「ルティア!大変だ!!」

「ルティアさまあぁぁぁぁっっ!!」



 兄様と一緒に入ってきたのはアリシアだった。二人してマナー的に問題があるのだが……それよりも、マリアベル様がポカンとした表情をしている。どう言い訳したら良いのだろう?

 兄様とアリシアはまさか別に人がいたとは思わなかったのか、二人して固まってしまっている。その様子を見ていたユリアナがコホン、とわざとらしい咳をした。私は慌ててマリアベル様に謝る。


「マリアベル様……その、ごめんなさい」

「え、ああ……いえ。驚きましたが……ロイ殿下と、ファーマン侯爵家のご令嬢、アリシア様ですね?」

「ごめんなさい、マリアベル様。色々問題のある入り方でした」

「も、申し訳ございません!!」


 二人はマリアベル様に向かって頭をさげ、自分達の行動を詫びた。素直に謝ったことでマリアベル様は次からはご注意ください、と言われるだけに止まる。少しホッとしていると、今にも泣きそうなアリシアが私を見てた。一体何があったのだろう?


「アリシア様、どうされたの?」

「ルティア様、その……私……私……ライル殿下の婚約者になれとお話が……」

「えっ!?」


 思わず大きな声を出してしまい、ユリアナがまたしてもコホンと咳をしたので慌てて両手で口を押さえる。

 確か、ライルの婚約者として名前が上がるのは2年後の話ではなかっただろうか?貴族令嬢の中で飛び抜けて魔力量が多かったアリシア。身分的にも丁度釣り合う事から選ばれたと言っていたはず。

 それなのに、何故こんなにも早く話が来たのか————

 私は困惑の表情を浮かべ、アリシアと兄様を見てしまった。

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