第17話 王都への帰還に思うこと

 お父様とヒュース騎士団長は私の聖属性発覚を秘匿した後、崖崩れが起きた現場から少し離れた場所で待機する事にした。

 もし助かって城へ早駆けした騎士達や残って私達を探している騎士達がいるのなら、崖崩れが起きた現場へきっと戻ってくる。そう考えてのことだった。流石に何度も崖崩れが起きたら困るので、騎士団長の指示で周辺の安全確認はしたけれど待っている間に魔物が出てきたらちょっと嫌だなあと思ってしまう。

 騎士達やお父様もいるからそう危険なことにはならないだろうけど、段々と辺りが暗くなってくると嫌な想像をしてしまうものだ。子供の想像力がこう言う時に限って最大限に発揮されてしまう。怖い想像はなるべくしないようにして、お父様達から離れないように、でも邪魔にもならないようにしていよう。そう考えていると、マリアベル様と目があった。マリアベル様は優しく微笑むと私に向かって手招きをする。


「姫殿下、こちらへいらしてください」


 呼ばれて側に行くとお父様がやったのか、木の丸太が椅子っぽくなっていて、そこにハンカチが置かれていた。

 私は誘われるまま座り、マリアベル様にピトリと寄り添う。マリアベル様は少し目を丸くしたが、嬉しそうに私の頭を撫でてくれる。


「色々あって疲れてしまいましたね」

「最後にこんな凄いことが起こるなんて思わなかったもの。マリアベル様は体調は悪くないですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 ふわりと微笑む姿に少しだけ安堵する。するとお腹がグーと鳴ってしまった。マリアベル様はキョトンとした顔をするとクスクスと笑いだす。


「今頃はもう王城についているはずでしたものね」

「そうなんです。あ、でも食べるもの……私のマジックボックスに入ってますよ!みんなで分けて食べましょう?」


 そう提案するとどなたかへのお土産に買われたのでは?とマリアベル様に心配された。私は首を振り、マリアベル様の耳にそっと囁く。


「実は珍しいお菓子がたくさんあって……目移りしてしまったのでたくさん買ってしまいました」

「あらあら」

「内緒ですよ?うちの離宮の侍女長に見つかったら、ぷくぷくのブタさんになるおつもりですか?って怒られちゃいます」


 そう言って侍女長のモノマネをして見せると、周りの侍女達も一緒になって笑う。

 私はマジックボックスになっている鞄を開き、中から日持ちしなさそうなケーキ幾つか呼ぶ。ドライフルーツの入ったバターケーキで、これは子供用にアルコールが入っていないのだ。試しに食べさせてもらったらとても美味しくて、ついつい色んな種類を買い込んでしまった。今皆で食べてしまえば侍女長にも見つからないし丁度いいだろう。一緒に小さなケーキナイフも取り出し、侍女に頼んで切ってもらう。


「これで紅茶があったらちょうど良いんですけどね。茶葉とお水はあってもポットがないんです」

「でもこのような時でないとできない食べ方ですね」


 手掴みで食べるなんて王侯貴族の淑女は普通はしない。でもこんな時だからちょっとお行儀が悪くても許される。悪い事をしているみたいでドキドキしてしまうけど、これもこんな時だからできる食べ方なのだ。

 侍女や騎士達とテーブルを囲む事だって普段はないし……不謹慎かもだが、楽しく感じる。

 因みに、お父様は予想以上に私の鞄の中にケーキが入っていた事を知って「ルティアは食いしん坊だったんだね」と笑われてしまった。




 ***

 お父様が起こしてくれた火魔法でパチパチと木が燃えている。その火を眺めながらあったまっていると、徐々に睡魔がやってきた。

 なんせ今日はたくさん魔力を使ったわけだし。それにお父様達が助かってホッとしたのもあると思う。

 とろりとした睡魔に身を任せそのまま眠り込んでしまった。

 暫くすると、何処かで誰かが呼んでいる声がする。まだ眠い目を擦りながら顔を上げると私はマリアベル様の膝を枕にして眠っていたようだ。


「姫殿下、誰か……来たようです」


 ヒソリと耳元に囁かれ、私は鞄をギュッと胸に抱き寄せるとマリアベル様の側にピタリとくっつく。



「おーい!誰かいないかー!!」

「姫殿下ー!」

「おーい!!」



 崖崩れが起きた辺りだろうか?松明の灯りがチラホラ見え始める。そして私を呼ぶ声も。私は思わずお父様を見た。


「ファーマン侯爵、かな?」


 王城から助けが来るよりも先にどうやら侯爵の助けの方が早く来たらしい。お父様は騎士団長に指示を出すと、侯爵達を迎えに行かせる。

 なんと侯爵本人も探しに来ていたようで、私とお父様を見てブワッと泣き出した。


「へ、陛下あああ!!姫殿下あああ!!ご無事でよかったです!!」

「ファーマン侯爵、ルティアの髪留めの救難信号で見に来てくれたんだね?」

「はい。はい……ご無事で、本当に良かった……!!」


 侯爵はお父様の手を握り上下に激しく振る。お父様は目を丸くしたけれど、生きていて良かった、良かった、と何度も繰り返す侯爵に何も言えないみたいだ。


「それにしても助かりましたよ。ファーマン侯爵、その……すらいむ?の魔術式ですか?お陰で崖崩れに飲み込まれた者が皆助かりました」

「いえ、私は……娘にせがまれて姫殿下と楽しく庭いじりができればと……ですが皆様の命が助かったのでしたら作った甲斐がありました」


 ようやく泣き止んだ侯爵は騎士団長の言葉に嬉しそうに笑う。

 侯爵もアリシアの言葉が予言のようなものであると確信したはずなので、内心は気が気でないかもしれない。

 でもリュージュ妃とハウンド宰相が決めたことでは私は口出しできないが、お父様が生きていて、私とアリシアは友達で、私からお父様に婚約はやめた方がいいと進言はできる。

 アリシアの生存率はグッと上がるわけだ。アリシアを一番大事だと可愛がっている侯爵にとってみればもの凄く嬉しいことに違いない。


「陛下、我々は急ぎ来たものですからまだ馬車は到着しておりません。暫しお待ち頂けますでしょうか?」

「構わない。王都からここまでは馬車だと時間がかかるのはわかっているからね」

「ところで侯爵、途中で騎士に合わなかったか?」

「いいえ、我々は姫殿下からの救難信号を受けて直ぐに王都を出ましたが、道中は特に誰ともすれ違いませんでしたよ?」


 侯爵の言葉にお父様と騎士団長は顔を見合わせる。やはり、何かあるのだろうか?この崖崩れはわざと引き起こされ、お父様を狙ったものなのだろうか?

 でも不思議なのはお父様を狙った理由だ。私の知る限り、周辺諸国とは友好な関係を築けているはずだし、お父様の治世に不満を持つ者はいないとは言わないが、それでも少ないはず。

 お父様がいなくなって得をする人も現状いない。後継となる私達はまだ子供だし、王城内の派閥争いはほぼ無いのだ。

 なんせリュージュ妃の一人勝ち、と誰もが思っている。侯爵家の後ろ盾。正妃の産んだ男の子。リュージュ様ご本人も大変聡明な方だと思う。

 今はワガママ放題のライルだって、もう少ししたら王族としての責任感に目覚めるかもしれない。それこそアリシアが話したように。

 私は聖属性持ちであることが決まったが、ライルが王族として真っ当な人間に育てば、わざわざ私を王に担ぎ上げる必要も……多分、無い。

 だから不思議なのだ。一体何の為に殺そうとしたのか。事故なら仕方がないと言えるけど、それにしては魔法石を仕込んで魔力を封じるなんて手の込んだこともしている。

 謎が多すぎてさっぱりわからない。うーんと考え込んでいると、徐々に頭が痛くなってきた。それに何となく地面が揺れている気もする。どうしてだろう?と考えていると誰かが呼んでる気がした。


「……か、……姫殿下?」


 ああ、マリアベル様が呼んでいる。ちゃんと返事をしなきゃ……そう考えた時には私の意識は何処かへと飛んでしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る