第16話 悪役令嬢は心配する(アリシア視点)
私の名前はアリシア・ファーマン、ファーマン侯爵家の一人娘に生まれた。
初めての子供であったことから、小さい頃から蝶よ花よとお父様とお母様にとても可愛がられ、自分で言うのも何だがワガママ放題の嫌な子だったのだ。
私が5歳になった頃、相変わらずワガママ放題していた私は侍女の一人をちょっと気に入らないからと言う理由で虐め、その侍女を泣かせてしまう。少しやり過ぎたかとその侍女に触ろうとした瞬間、手を振り払われそのままステン!と後ろに転んだ。そして転んだ拍子に頭を打つけて思い出した。
過去の自分の事を————
周りでは慌てる人の声、遠くからお父様とお母様の声も聞こえる。
しかし私の頭の中では過去の記憶がグルグルと台風のように暴れていてそれどころではなかった。
私は、私は……日本で推しに貢ぐために頑張ってOLをしてたはず。それなのに乙女ゲーの「聖なる乙女の煌めきを」の世界に転生してるじゃないか!!いつ死んだよ私!!そんなのありかよ!!まだ推しに貢ぎ終わってない……!!
「聖なる乙女の煌めきを」
このゲームは男爵家のヒロインが聖属性と言うちょっと特殊な属性持ちと言う事がわかり、王立アカデミーに通いながら恋に謎解きに奮闘する普通の乙女ゲーとはちょっと切り口の違うゲームであった。
その中でヒロインを虐める悪役令嬢の名前が「アリシア・ファーマン」侯爵家の令嬢で婚約者のライル王子が大好きな女の子だ。残念ながらライル王子本人には嫌われているのだけど……それでも王子の婚約者の座を射止めるために、礼儀作法、勉強、魔術の知識等を努力してそれはもう努力して身につけた子である。
それがポッと出の自分よりも身分の低い男爵家の令嬢に婚約者を奪われたら普通に発狂するだろう。しかも努力では身につかない、聖属性を持っていると言うただそれだけの理由で。
正直、私はこの「聖女」の悪役令嬢が嫌いではなかった。彼女がやった虐めとは貴族社会では当たり前のマナーであったり、ルールだからだ。それなのにライル王子はヒロインの言葉を信じ、卒業パーティーでアリシアを断罪する。
ご都合主義だなあと思わなくもないが、悪役令嬢のポジションなんてそんなものだろう。しかも聖なる乙女を害したと言う理由で処刑エンドまであった。
酷い。酷いな。これはもう酷すぎだ。
映像が綺麗だったから全キャラコンプまでは辿り着いたけど、謎解きだって何だか中途半端な感じではなかっただろうか?しかもアリシアがやっていない事まで押しつけられた気がする。
そんな悪役令嬢に私は転生してしまった。
「死亡エンドも破滅エンドもお断りだ———!!」
思わず叫んでしまったのは仕方がないと思う。
***
頭を打って発狂してから数日、私はすっかり大人しくなった。今まで虐めていた侍女達にも、もう理不尽なワガママは言いませんと頭を下げて謝り、両親から家の者達まで物凄く心配されてしまう。
もちろんアリシアとして生きた5年間の記憶はきちんとある。むしろ此方の方が鮮明な記憶と言えるだろう。
しかし日本でOLとして生きてきた30云年分の記憶もそこそこあるのだ。今世は貴族令嬢かもしれないが、前世はしがない一般人。
理不尽なクレーマー対応だってした事もある。いくら5歳児とは言え、理不尽なワガママはダメだろう。小心者な私には貴族令嬢とか荷が重すぎる。
どうしてその辺のモブとかに生まれなかったのか……
「いやいや。これからすべきは死亡エンドと破滅エンドをどうやって避けるかってことだよね」
このまま成長すればシナリオ通りにライル王子の婚約者になる可能性がある。婚約者になってしまえば死亡か破滅のどちらか。
別の攻略対象でも破滅エンドは免れない。シナリオ的に悪役令嬢がいなければいけないのはわかるけど!!普通に婚約者いる相手にベタベタする女の子ってどうなのよ!!
「……理不尽だ」
はあ、と深いため息をつき私はなるべく目立たない侯爵令嬢になろうと努力した。誕生日を盛大に祝おうとする両親を諌め、破滅エンドを迎えた時の為に市井の生活を勉強し、もちろん貴族社会で必要な礼儀作法、勉強、魔術の練習諸々を頑張ってきたのだ。
ライル王子の誕生パーティーに呼ばれた時は全力で仮病を使い、ゲーム本来の出会いイベントをぶっちぎることに成功した。
しかしそれがいけなかったのか、それともここ数年を見ての判断か……お父様から不審がられてしまう。私は正直に話した。だってこのままでは大好きなお父様とお母様、それに仲良くなった屋敷のみんなまでも巻き込んでしまう可能性があるからだ。
泣きながら話す私の話をお父様は真剣に聞いてくれた。最も、信じてくれたかはわからない。それでも私がライル王子の婚約者になりたくないと言う言葉には頷いてくれたのだ。これなら私、侯爵家の領地に引きこもっていれば何とかなるのでは!?と期待した。期待したが、それはあっさりと砕かれる。
ある日、第一王女のお友達を決めるガーデンパーティーに私を含めた年の近い貴族令嬢が集めらた。私は「聖女」の王女様を殆ど覚えていない。言うなれば彼女はモブ王女で、スチルも大してなかったからだ。
端っこにいればきっとお友達になることもないし、直ぐに帰れるだろう。そう踏んでいたのだが、私の目の前に金髪に青い瞳の男の子が飛び出してきたのだ。
何故茂みの中から男の子が飛び出してくるのか!!なによりもその顔立ちには見覚えがあった。大人になると苦悩と憂いを帯びた瞳で王位に付く事への重責に悩んでいた彼。そしてアリシアを断罪した張本人。
ライル王子、その人だった。
せっかく出会いイベントをぶっちぎったのに何故ここで出てくる!!シナリオの強制力なのか!?私の頭は真っ白になり、そのまま気絶して倒れたのは言うまでもない。
目が覚めると王城内の貴賓室のベッドで寝かされていて、うなされていた私を王女様が起こしてくれた。
一緒にいたのは第一王子のロイ殿下。モブ王女と同母のお兄様だ。もちろん彼も攻略対象の一人である。攻略対象とモブ王女。
私、もう死ぬのでは?そう考えたらダバーッと涙が溢れてきた。せっかく魔法が使える世界に生まれ変わったのに、18で死ぬなんてあんまりだ。破滅エンドも処刑エンドも嫌だと泣き始めると、王女様は何故そんな事を言うのかと問いかけてくる。
私はどうせならこのまま頭のおかしな女だと思われて、王家から遠ざけてもらえないかと淡い期待を持ちながら話すことにした。私の話を王女様はそれはそれは真剣に聞いてくれた。しかも対策まで練ってくれたのだ。
きっと全部信じているわけではないだろう。それでも構わない。聞いてくれた彼女に私はこれから起こるであろう出来事を話した。彼女達の父である国王陛下が視察の途中で崖崩れにあって亡くなると。あとロイ殿下が病気になる話もした。
すると彼女は国王陛下を助けられないかと言い出したのだ。
私は自分のことしか考えていなかった。破滅するのも処刑されるのも嫌だ。引きこもっていればきっと助かる。そう思っていたけど……それは私だけの話で、彼女達にとってみれば家族が亡くなるかもしれないのだ。
これから先、国民の多くが病に倒れるかもしれないのだ。
私は自分の浅慮を恥じた。前世から数えればもう40にもなろうと言うのに、私は逃げてばかりで、それなのにまだ8歳の彼女は助けられるなら助けたいと言うのだ。シナリオと言う運命に立ち向かうと。
もしかしたら彼女なら、運命を変えられるかもしれない。その為の努力を彼女としようと心に決めた。
「アリシア!救難信号が……!!」
お父様が慌てた様子で私の部屋に入ってくる。
姫殿下に魔術式を入れて渡した髪留めから、お父様の元へ救難信号が入ったと言う。私はサッと血の気が引いた。
「お、お父様……姫殿下は……国王陛下は……?」
「まだわからん。急いで救援を送ろう」
崖崩れに遭う場所は王都からさほど離れていない場所。私兵を連れて見に行く分には一日とかからないだろう。
「お父様……」
「アリシア、きっと姫殿下も国王陛下も無事だ。姫殿下は大変聡い方だし、陛下も大変な魔力量を持っている」
だからきっと無事だ、とお父様は言った。私は小さく頷き、お父様と侯爵家で雇っている騎士達を見送る。
「きっと、きっと無事でいて……」
大事な友達なのだ。どうか私から奪わないで欲しい。
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