第15話 聖なる乙女

 私達の世界には魔力がある。そしてそれは幾つかの属性に分かれていた。

 土・水・風・火・闇・聖と。

 この中で攻撃に特化してるのは火と風、防御が闇、治癒が聖となる。土と水は農業従事者が多いだろう。

 しかし大半の人は無属性だったりする。無属性とは魔力はあるけど、属性がない人の事だが、魔法石に魔力が流せるだけあれば十分なので属性がなくとも問題ない。

 属性持ちは多少、職業的な縛りがあったりするが使える事で就職に多少有利に働くぐらいのものだ。でも唯一聖属性だけは違う。

 聖属性の治癒は怪我や病はもちろん、スタンピードと言って魔物が大量発生した時に汚染され痩せ細った土地も浄化できてしまうのだ!

 簡単に言うと何でも治せる能力と言えるだろう。

 一般の人だと神殿に召し抱えられ、神官となる人が多い。そして神官は寄付と引き換えに怪我や病を治してくれるのだ。

 ただ、まあ……高い。寄付と引き換えになので、払えないと治してもらえないのだ。悲しいことに。特に症状が重篤であればあるほど高くなる。貴重な聖属性。しかも一般の人から神官になっているので魔力量はそこまで多くない。そうなると治せる人数も限られてくる。魔力が枯渇したら休む以外に戻す方法がないので仕方ないとも言えるけど。なので一般の人は神殿で治してもらうより薬に頼る方が格段に多い。これも薬を買える人限定とはなるが。

 そして王侯貴族で聖属性が判明すると、一般の人とは扱いが変わってくる。

 女性なら聖なる乙女、男性なら聖なる守護者と呼ばれスタンピードで魔物が大量発生した時に騎士団と一緒にその地へ赴き、浄化の任務にあたるのだ。

 とは言っても昨今、魔物が大量発生する事もなく平和な世の中が続いているので名誉職のようなもの。スタンピードが発生したらその限りではないが……

 そんなわけで私に聖属性があった事を喜んでいるのはシンボル的な存在として有用だからだと思う。ただ聖属性が私以外にもいる可能性は多分にあるので、となるのだ。

 聖なる乙女または聖なる守護者としてシンボル的な存在になるのは、当人の聖属性の能力の高さ、そして人格、生活態度等々……色々と必要なものがある。

 私は王族として他の貴族の規範となるべき存在なのだから、魔力量と聖属性があればシンボル的な象徴の第一候補になるだろう。

 しかし、しかし、だ————

 アリシアの話を聞く限り、聖なる乙女の第一候補は私ではなくヒロインと呼ばれる少女の事だったはず。

 男爵家の令嬢が王族と繋がりを持つ一番の切っ掛けがコレなのだ。身分的にも魔力量的にもアリシアの方が上だけれど、聖なる乙女の第一候補を虐めた事で破滅する……らしい。

 虐めた内容が内容なので、その程度で破滅させられたら貴族社会の常識が覆りかねないけれど。聖なる乙女を虐めたと言う理由に託けて、自分に不都合な人間を排除したと言うのが正しいだろう。

 だが、私が聖属性持ちとなった事で前提が変わってしまうのではなかろうか?そもそも彼女の話の中では私は聖属性を持っているなんて一言も言われていない。

 これは一体どう言う事なのか?お父様を助けた事で未来が変わったからか、それとも何か別の原因があるのか?私にはさっぱりわからなかった。

 ただ一つ言えることは、面倒な事になったと言うこと。

 私の王位継承権は第三位ではあるけれど、聖属性があるならば……継承一位になる可能性がある。国を護るのにうってつけの能力だし、聖なる乙女や守護者の話は民衆にもとても人気がある。私がこの先、とても愚かな振る舞いをしない限りはライルよりも私が王位につく可能性が出てくるのではなかろうか?

 それを……ライルの母であり正妃であるリュージュ妃はどう思う?

 お父様とヒュース騎士団長は単純に聖属性持ちである事を喜んでいる様だが、今まで私やロイ兄様が王位継承権持ちでも放置されていたのは、いざと言う時の後ろ盾がなかったからだ。

 リュージュ妃の実家はアリシアと同じく侯爵家。そして私達のお母様の実家は伯爵家。それもあまり権力に興味のないタイプの家柄である。

 崖崩れが故意なら、お父様の殺害が一番有力な理由だ。

 お父様が亡くなったら、リュージュ妃とハウンド宰相の二人が王位第一継承者が成人するまで政務を取る事になるだろう。

 余程おかしな政策を打ち出さない限りは、貴族達から反発もない。そのまま慣例にしたがって王位継承第一位のライルが王位につく。

 兄様は臣籍に降り公爵家として土地と位を貰い、私はどこかの家に降嫁。でも私が聖属性持ちである事がわかったらこれが変化する。

 貴族達の間で聖なる乙女を王位につけた方がいいのでは?となるだろう。私の意思に関わらず。

 現状はお父様が生きているのだから、もう少し違ってくるだろうけど……それでも聖属性持ちである事を他の人が知るのは不味い気がする。私の命的な問題で!

 私は喜んでいる二人に水を差すのは悪いな、と思いながらもお父様に進言してみた。


「お父様、今聖属性があるとわかっても2年後にはない可能性もあるのではないですか?」

「ルティアの魔力量は多いから、そう属性が変わる事もないと思うよ?」

「でも聖属性は特殊なのでしょう?」

「確かに特殊だが、他の属性と同じく学ことはできるから問題ない」


 浮かれているお父様にはどうやら上手く伝わらないようだ。これはお父様に崖崩れが自然発生的なものなのか問いかけるべきか?なんせ下手すれば死ぬのはアリシアではなく私になってしまう。


「そのですね、崖崩れは事故……でいいんですよね?」


 私はいかにも怯えています、と言った風にお父様の服をギューッと握りしめる。その意味にお父様が気がつき騎士団長の顔を見た。


「騎士団長、事故現場を確認させたか?」

「は、申し訳ございません。見てきた騎士に確認してみます」

「ルティアは……これが事故でないと思っているのかな?」

「わかりません。でも雨も降っていないのに崖崩れって起こるものですか?」

「確かに……ここの所、雨は降っていないな。だからこそ帰りも予定通り順調に進んでいたし」


 そう言うとお父様は少し考えこむ仕草を見せる。そしてチラリとマリアベル様をみた。


「……ルティア、ルティアはマリアベルの事をどう思う?」

「とても優しい方です。まるでお母様みたいで……私、この視察でマリアベル様の事が大好きになりました!」


 何故そんな事を聞くのだろうか、と思ったが正直な感想をお父様に伝える。お母様が生きていたらこんな感じかな、と思える温もりや優しさがマリアベル様にはあるのだ。


「そうか。もし、マリアベルがルティアの離宮で生活する事になったら嬉しいかい?」

「はい!それはもちろん!!」


 そう答えるとお父様は私の頭を優しく撫でてくださった。


「陛下、現場を見てきた騎士からですが……かなり酷い崩れ方だったようです。それが人為的か、それとも自然発生的なものなのかはわからないと」

「そうか……」


 騎士団長の言葉にお父様はまた考え込む。そして騎士団長と私にこう告げた。


「騎士団長、ルティアの聖属性は秘匿するように。ルティアも誰かに聞かれても答えてはいけないよ?」

「陛下、何故です?」

「この崖崩れが故意だった場合、ルティアが聖属性持ちとわかると命を狙われる可能性があるからだ」


 その一言に騎士団長はハッとした表情を見せる。そしてお父様と騎士団長は私とマリアベル様を除いた全員に記憶封じの魔術をかけたのだった。



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