第21話 悪役令嬢、婚約者候補になる


「と、言うわけで……アリシアはライルの婚約者候補になるわ」


 ようやくベッドから出る許可が下り、侯爵とアリシアが登城した日に私とアリシアでお茶会の運びとなった。

 侯爵が呼ばれた理由がわからずソワソワとしているアリシアにそう言うと、彼女は真っ青な顔になる。

 それも仕方のない事だろう。

 アリシアにとってみればライルは自分を殺すかもしれない相手なのだ。

 普通に受け入れられるわけがない。


「ひ、姫殿下!それはもう決定ですか!?もう覆せないんですか!!」


 アリシアは紫水晶のような瞳に涙をいっぱい溜めて何とかならないかと言う。

 残念ながら私にできるのはここまでで、これ以上は難しいと彼女に話す。


「詰んだ……私の未来詰んだ……」


 顔を両手で覆い、ブツブツと呟くアリシアは残念ながら貴族令嬢には見えない。

 しかしそこまでショックを受ける話だっただろうか?彼女の言う話とはだいぶ変わったように思うのだが……

 それを踏まえて、アリシアに告げる。


「何を言っているの?貴女は絶対に死なないわ」

「だ、だって!婚約者候補ですよ!?絶対に死亡フラグじゃないですか!!」

「婚約者候補なんだから婚約破棄はされないでしょう?」

「え……?」

「リュージュ様は貴女の才能と言うよりも、侯爵がお父様を助けられた事に重きをおいたのよ。別に貴女でなければいけない、と言うわけではないの。貴女の魔力量の高さで決まったわけではない」

「でも、候補なんですよね?」

「お父様の考える候補なんて他にもいるわ」


 リュージュ妃としてはお父様の覚えめでたい侯爵を自分の派閥に入れておきたいのだ。そして侯爵家の娘であれば自分の息子とも釣り合いが取れると考えたに違いない。

 どうしてそこまで地盤固めに拘るのかわからないが、リュージュ妃はライルを絶対に王位につけたいのだろう。

 馬鹿な子ほど可愛いと言うものかもしれない。


「リュージュ様は、今日侯爵と貴女が呼び出され、お父様とお話をしたことで貴女がライルの婚約者になったと思っている。そこまでは良いわね?」

「……はい」

「でも実際には貴女達がお互いに結婚したくないことを知っているから、候補と言うことにしようとお父様と侯爵様は話し合った」


 そう言うとアリシアは頷く。


「つまりそのまま勘違いさせておけば良いのよ」

「勘違い……?」

「だって貴女はライルの婚約者じゃないんだから、ライルがどんなにお馬鹿さんでも注意をする必要はないでしょう?そもそもアカデミーでだって学年が違うもの」

「そうですけど……妃教育はどうなりますか?普通は婚約者になれば受けますよね?」

「それは私と一緒にすればいいわ」

「姫殿下と?」

「ええ。私だっていつかはお嫁に行くかもしれないでしょう?それが他国の王族かもしれない。妃教育は必須だわ。私と貴女はお友達なのだから一緒に受けてもおかしくないでしょう?」


 ニコリと笑うと、アリシアの顔色は少しだけ良くなる。たまのリュージュ妃からの呼び出しは仕方ないと受けてもらうしかないが、それ以外は私と一緒にいるのだからライルと会うこともない。

 これはなかなか良いアイデアではなかろうか?まあ、全部マリアベル様が提案したことだけども。


「デビュタントの時は仕方ないのだけど……それ以外は極力ライルに近づかない。あの子が何かしでかしても注意しない。もちろん貴女の言うヒロインが現れたら放置する。これを徹底すればいいわ」

「それって……良いんでしょうか?」


 アリシアは不安げに聞いてくるが、別に婚約者でも何でもないのだ。ライルが一人の女の子を好きになったとして、側に置いていても問題ない。

 婚約者がいるにも関わらず、別の女の子を側に置いたから問題になるのだ。


「そもそも話の中の貴女はライルが好きだったのよね?」

「ええ、そうです」

「婚約者で好きな相手。そんな相手が別の女性と一緒にいたら嫌よね?」

「それはそうですね」

「じゃあ婚約者でもなく、嫌いな相手が別の女性といたら?」

「そっちで好きにやってくれって感じですね!」

「もちろん、何か言ってくる人もいるでしょうけど……その時は殿下のなさることですから、ご自分で責任を取られるでしょう。とでも言っておけば良いのよ」


 この国の成人は15歳である。

 成人した男子が何をしようと自己責任だ。アリシアが話したようにお父様が亡くなっていれば、ライルにも責任感が生まれたかもしれないが……

 今の状態で大人になるのであればまず、責任感なんて生まれない。そこだけが未来を変える事で起きてしまう弊害ではあるが、責任感なんて王族なのだから自分で身につけるもの。

 何か障害が起きてから身につけても遅い。


「ねえ、アリシア。私って……貴女の知る未来の中では生きているのよね?」


不意に、この間のライルの言葉が気になって聞いてみた。


「ええ。生きていますよ?確か……他国に嫁ぐ予定が決まっていたような?」

「それは初耳だわ」


 他国に嫁ぐ予定が既に決まっているとは……

 一体どこの国だろう?今から学んでおくべきか、それとも嫁がなくて済むように国内で降嫁できる家を探すべきかと考えてしまう。

 そんな私にアリシアはキョトンとした表情を見せてから、まだ話してないことがたくさんあります!と言い出した。


「すみません……自分のことしか話していなくて」

「全体的な流れをもっと詳しく知りたいわね」

「紙に、書き出しますか?」

「ええ、是非」


 そう言うとユリアナに書くものを持ってきてもらう。

 そこで書き出されたのは、攻略対象と書かれた人物の名前とこれから起こり得る出来事。

 あとヒロインと呼ばれる女の子の名前。


「この……攻略対象て何?お兄様の名前もあるのね」

「攻略対象とは、ヒロインが結ばれる相手です」

「ヒロインはライルと結ばれるのではないの?」


 私が首を傾げると、アリシアは詳しく教えてくれた。

 攻略対象はライルの他にロイ兄様、ハウンド宰相様の息子、ヒュース騎士団長の息子、ロックウェル魔術師団長の息子がいるそうだ。

 他に隠しキャラと言う人がいるらしいが、彼女はそこまで辿り着く前に亡くなったらしくわからないと言う。


「何故こんなに攻略対象がいるの?」

「乙女ゲームですから……」

「おとめ、げーむ?」

「ヒロインが攻略対象と恋愛を楽しみつつ、謎を解きつつ、この国を助けるお話だったんです」

「でも……複数の男性と恋愛を楽しむなんてフシダラな女性だわ」


 それに……好みも性格も違う男性がたった一人の女性に夢中になるのだろうか?彼らにだって婚約者ぐらいいるだろうし。


「ねえ、アリシア。他の攻略対象には婚約者はいないの?」

「いません。そしてどの攻略対象の時にも私が、邪魔をします」

「それは……何故?」

「ご都合主義的な話だからでしょうか?」

「ご都合主義……?」

「私が悪役令嬢であると言うことが大事なんです。何かにつけてそれはダメ、あれはダメとヒロインを虐めるので」


 アリシアの言う言葉がよく理解できず、私は首を傾げる。

 何故アリシアだけがそんな理不尽な目に遭わなければならないのだろう?ご都合主義にしては短絡的ではなかろうか?


「仕方ないんです……聖女……『聖なる乙女の煌めきを』はそんな世界だったので」

「ふうん……でも、その話とこの世界は別になるわね」

「別、ですか……?」

「だって既に変わっているもの。お父様は生きている。侯爵と貴女のおかげでね」

「それは、そうですが……将来的なシナリオの強制力はわかりません」

「いいえ。変えるわ。だって起こり得ることが事前にわかっているなら対策が練れるもの!」


 私の言葉にアリシアは目を丸くする。


「姫殿下は本当に8歳ですか?年齢偽ってません?」

「私は正真正銘の8歳よ?でもそうね……貴女の話す世界の話の私より、私の方が行動力はありそうだわ」

「それは、確かに……」


 アリシアの話の中の私はきっと特別な役割などなかったのだろう。だから彼女も最初はモブ王女なんて言ったのだ。

 モブ、端役、そんな人生は平凡できっとつまらない。

 でも王女としての役目をまっとうするならとてもありふれた生き方だろう。予想もつかないことが起きることは滅多にない。

 それこそ物語の中での話だ。

 だからこそ私は色々してみたいと思う。


「————まずは、畑を作らないとね!」

「畑?」

「薬草畑よ!!」


 そう言って前のめりに立ち上がると、遠くで見ていたユリアナがコホンとわざとらしい咳をした。

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