第12話 すらいむの奇跡

 本当に驚きすぎると悲鳴は出ないものなのだとその時思った。

 ふわりと浮いた体は、馬車が崖を転がる衝撃で椅子に叩きつけられる。

 お父様とマリアベル様が何か魔法を発動させようとしていたけれど、何故か発動しなかった。私はお父様に腕を引かれ体の中に抱きしめられる。


「ルティアッ!!」

「姫殿下!!」


 お父様とマリアベル様の叫ぶ声がどこか遠くに聞こえた。

 これは死ぬ。確実に死ぬ。でも私は約束したのだ。お父様を助ける為にここにいるのだから!!

 髪留めを外してそれにありったけの魔力を込める。侯爵とアリシアが新しく開発したすらいむがきっと私達を守ってくれるはず!



 そして—————



 私の魔力に反応して魔法式が展開された。

 丸い花のような魔術式。

 一瞬のうちに馬車の中が水で満たされる。しかしその水は魔力を込めすぎたせいか馬車だけに留まらず、落下の衝撃で壊れた窓の外にまで及び馬車全体を包み込んだ。

 底まで落ちた衝撃はボヨン、ボヨン、とすらいむに吸収され、最終的にコロコロコロコロと転がり、何かにぶつかって止まった。

 馬車の中ではそんな事を考える余裕はもちろんなく、水!息が!!と焦ったものの水の中でも息ができる事を思い出し、お父様とマリアベル様に息は出来ます!と伝えるので精一杯。

 むしろちゃんと伝えられただけ偉いと思う。

 そして何となく、すらいむの動きが止まり外に出ようとしたのだが馬車の上に土が被さっているのか真っ暗なのでどっちが上なのかも分からない。


『ルティア、光を出せるかい?』


 お父様の声が耳に伝わる。私は言われた通りに光の魔法を思い浮かべて明かりを作った。ぼんやりと照らし出された馬車の中はボロボロになっている。お父様とマリアベル様の様子を見てみたが怪我をしているように見えない。

 そのことに少しだけ安堵しているとお父様が私に問いかけてきた。


『ルティア、この魔術式はどれぐらい持たせられる?』

『初めて使ったのでわかりません……』


 今も魔術式の維持に私の魔力は持っていかれている。光を出すことはできたが更に別の魔法を発動させるのは難しいだろう。

 何となく生あったかいすらいむのおかげで体が冷えることもないし、呼吸も全く問題はないが、生活に使うタイプの魔術式と違ってこの魔術式はそこまで長時間の使用を考えているものではないはず。

 侯爵から使う時はありったけの魔力を込めてください、としか言われていなかったので何とも困ってしまった。もう少し詳しく話を聞いておくべきだったと今になって反省する。

 しかし……アリシアの話では、数日前からの雨で地盤が緩んで崖崩れが起きたと言っていた。だが現実には雨なんて全く降っていなかったし、何故かお父様とマリアベル様の魔法が発動しなかったのだ。

 今も魔法を発動させようと手に魔力を集中させているようだけど、全く何も起こらない。多分、いや確実に魔力封じの魔法石がこの馬車の中にある。それもお父様とマリアベル様に対しての。

 私に対してなかったのは、私が魔法を使えると思っていなかったからだ。それに使えたとしても8歳の子供にできる魔法なんてたかが知れている。

 アリシアと侯爵に頼んで魔法石を準備していたなんて夢にも思わないだろう。

 それが功を奏したとも言えるけど……これは明らかにお父様を殺害する為に事故を装って仕掛けられたものだ。

 誰かがお父様とマリアベル様の魔力を封じ、崖に細工をした。もしかしたら護衛の中に手引きした者がいたかもしれない。


『お父様、これからどうすれば良いでしょうか?』

『魔力封じの魔法石が私達の身につけている宝石に紛れているとして、その宝石を離さなければ魔法が使えない。しかしどうやって魔法石を離すかが問題だな』

『私が外に持っていきましょうか?窓壊れてますし、私ならそこから出られます』

『姫殿下、それは危険です。陛下、助けが来るまで待つべきでは?』


 お父様もマリアベル様の意見に頷く。きっと直ぐに助けが来てくれるだろう、と。でも私はあまり期待していなかった。

 アリシアの話では馬車が崖の下に落ちて助からなかったと言っていたけれど、お父様を殺す為に事故に見せかけているのならわざわざ助けに来るはずがないのだ。

 すらいむがどんな風に展開したかはわからないけど、上に泥が被る程の土砂崩れならどう見ても助かったとは見えないだろう。

 やはり、私が外に出てすらいむが展開しているギリギリの場所まで宝石を置いて来るしかないのでは?と考えていた時、馬車の扉がコンコンと叩かれた。


『陛下!アイザック陛下!!』

『その声は、ヒュース騎士団長か?』


 一瞬敵だったらどうしよう?と考えたけど、普通に考えて土砂崩れに巻き込まれるのはなんか間抜けすぎる。お父様に指示されて窓の方へ明かりを照らしてみると、額に古傷のあるヒュース騎士団長の顔が見えた。


『アイザック陛下、皆様ご無事ですか!?』

『ああ、皆無事だ。それよりもお前も巻き込まれたのか?』

『……ええ、一瞬の出来事で。それに何故か魔法が使えず』

『お前もか……』

『では陛下も?』

『私とマリアベルも使えなかった。ルティアが魔法石を持っていたおかげで助かったがな』

『これはその……どんな魔法なのでしょう?土砂が迫ってきた時、私以外の者もこの水のようなものに巻き込まれて無事だったのですが』


 ヒュース騎士団長の言葉で私に視線が集まる。どんな魔法と言われても、アリシアと侯爵が考えたとしか言いようがないのだが、あえて言うのであればこれしかないだろう。




『その、すらいむの魔法です』




 みんながみんな微妙な表情をしたのを見ないふりをした。




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