第11話 薬草に想いを馳せること
薬草畑の畝にマリアベル様と一緒に向かう。花畑と違ってこちらの畝はやはり地味だ。もちろん小さい花を咲かせているものもあるけれど、どちらかと言えば青々としている。
「これが全部薬草、ですか?」
「ええ、うちの畑ではこの一面が薬草ですね」
花師の答えに私は首を傾げた。花畑はかなり広大な土地を使って育てているのに、薬草は目で見える範囲だけとは随分と少ない。
「もしかして、他の薬草を育てている方もこのぐらいなのでしょうか?」
「そうですねえ。薬草はそこまで大量に育てる者はいないんですよ」
「それはどうしてですか?」
「需要が少ないので」
「需要が少ない……?」
「花は綺麗ですからね。それに飾るなら屋敷中に飾りたいと言う方が多いのでたくさん必要です。日によって変えたりする方もいますし……でも薬草は病気にならないと使わないでしょう?」
「でも……病気になる人はいるでしょう?」
「医者にかかって薬を買えるのはお金に余裕のある人だけですからね」
花師は困ったように笑う。
例え王城内での立場が弱かろうとも私は王族の一人。病にかかれば医者が診てくれるし、薬だって飲ませてくれる。
でも普通の人はそうではないのだ。特に貧困層の人達の多くは医者にかかることはできない。
薬なんて高すぎて買うこともできないだろう。
そしてこれが原因なのだな、と感じた。
アリシアが流行病で薬が足りなくて困ったのだと言っていたが、そもそも薬を買える層は富裕層や王侯貴族ぐらい。
国民全体のほんの少しの人達の為にそこまで薬草を育てる事をしてこなかったのだ。
「……ごめんなさい。私、失礼なことを聞いたのね」
「いえ、姫殿下が謝られる話では……我々も生活があるからこそ、需要のあるものしか育てられないと言う歯痒さはあります。薬があれば助かる命があるのなら、もっと育てたいとも思うんですよ」
花師の言葉に私は項垂れるしかない。私が全部買い取ってあげる!と言えればいいのだけど、生憎とそんな権力も財力もない、王族と言えどただの子供だ。
このままで良いとはとても思えないけど、今の私にできるのはひとまずここで育てている薬草の種と苗を全種類買って帰ることぐらい。
花師に頼んで私は薬草を全種類用意してもらうことにした。
***
視察はつつがなく終わり、王都へと帰ることになった。
馬車に揺られながら、薬草の事を考える。どうすれば薬草をたくさん育ててもらえるだろうか?買い手がいないのが問題であって、薬自体は必要なのだ。
「ルティア、何か考え事かい?」
「お父様……ええ、はい。少し疑問に思ってますの」
「疑問というのは薬草のことかな?」
「はい……」
きっとマリアベル様から聞いていたのだろう。
私がたくさんの薬草の種や苗を買い付けた事を。そしてそれで悩んでいることも。チラリとお父様の隣に座っているマリアベル様を見ると、柔らかく微笑んでいる。
「お父様、花師の方が薬草はあまり需要がないから育てられないと言っていたの」
「商売人として売れるものを作るのは当然のことだね」
「はい。でも、でもですよ?もしも人に移るような病が流行ったら……薬がなかったら大変なことになると思うの」
「確かに、そうだね」
「薬はお金のある人しか買えないと言っていたけれど、一番最初に病気で命を落とすのは貧困層の人達だわ。そしてその次はその上の層の人、さらにその上となるでしょう?」
「その時に薬の供給量が少なければ王侯貴族だけで薬を独占する可能性が出てくるね。いや、絶対量が少なければ貴族でも買えない者が出てくるだろう」
お父様は私の言いたいことがわかったのか、そういった事態に陥った時の事を考え始めた。
絶対量が少なければ、薬の価値は飛躍的に上がる。下手をすればどれだけお金を積んでも買えない可能性も出てくるのだ。
そうなれば国全体に広がった病によって国力は弱まり、この国は他の国から狙われてしまうだろうとお父様は言った。
お父様の考えに私はたった一つの病からそこまでなるのか、と驚いてしまう。私はただ単純にロイ兄様の病が治せればいいな。そして他の人達の病も治せたらもっといいな、ぐらいしか考えていなかった。
「今から薬草を育てて、貯めておくことはできないのですか?」
「貯めておく、か……ルティアは面白い事を考えるね」
「だってお花は魔法石で鮮度が保てるのでしょう?薬草は乾燥させたりして使うから、その状態で保存して貯めておけば良いのではないですか?」
貯めておいて薬が必要になったら薬を扱う店に卸せば良いのではなかろうか?とお父様に提案してみる。
「つまりそれまでの間は、税金を使って国が買い上げるということかな?」
「でも必要な時にお店に卸せばみんなに行き渡ると思うんです。だって急には用意できないでしょう?」
ドレスや宝石を買うよりも余程、国民の為になると思う。もちろんドレスを作ることも宝石を買うことも職人達の仕事になるのだからダメというわけではないけれど。
「しかし急に薬草を作りなさい、と言っても畑を増やすことは難しいはずだ。需要と供給のバランスから言えば薬草よりも花の方が良い値段で売れるからね」
「そしたら、貧困層のお仕事がない方達に手伝ってもらうのはダメでしょうか?薬草は確実に国が買い取るのなら急に仕事がなくなることもないわ」
「国の事業の一環として薬草を育てる、か……」
お父様は顎に手を当てて考え出した。
もしもこれが上手くいけば、貧困層の人達は仕事ができるし流行病が広がっても薬を直ぐに用意できると思う。しかし全ての決定権はお父様にあるのだ。必要ないと言われればそれまでかもしれない。
力のない自分が恨めしい、と思った次の瞬間—————
体がふわりと浮いた。
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