第10話 順調すぎる旅路

 視察の日程は2週間。その半分の過程が過ぎた。

 お父様について各領地の領主に挨拶をして、パーティーに参加して、お茶会に参加して、さらに街の様子を見たり……それはもう!目まぐるしい忙しさだ。

 側妃のマリアベル様は安定期に入っているとは言え子供の私が大忙しなのだから、もっと大変だったと思う。

 それでも王の側妃としてお父様の隣で優雅に微笑んでいるのだから凄い。私は途中から顔に笑顔を貼り付けて過ごしていたし、うまく受け答えができていたか若干記憶がなかったりする。

 馬車に乗って領地から領地へ移動する間が唯一の休憩時間。それ以外は誰に見られても王族の一人として恥ずかしくない姿を見せなければいけない。

 お父様が私には無理ではないかと言っていた理由がよくわかった。


「ルティア、色々な領地を見て回ったがどう思う?」


 お父様の問いかけに私は少しだけ首を傾げた。どう答えれば正解なのかわからない。わからないが……


「見せてもらった場所は綺麗な場所だけだったと思います」

「どうしてそう思うんだい?」

「向こうの案内の方にここから先は行ってはいけない、と言われた場所が何箇所かありました。つまりは見せたくないということです」

「そうだね」

「見せたくない、と言うことは見せられないものがあると言うことですよね?」

「そうなるね。多分、ルティアが行こうとしていた場所は貧民街になるのだろう。そして我々が見せられたのは、領地の中でも富裕層が住む場所だ」

「それって視察と言っていいのでしょうか?」


 貧富の差のない世界なんてそんなのは綺麗事だ。子供の私でもわかる。でも見せたくない場所を見せないでいたらいつまで経っても変わらない。


「彼らの中ではそうなのだろう。綺麗な場所だけ見せて、我々の領地には問題はありません、と言いたいんだ」

「それって……なんだか変ですわ」

「そうだね。ありのままを見せて、援助が必要なら申請する。そうすれば貧富の差は無くならなくても、貧民街と呼ばれる場所はなくなるだろう」

「お父様は貧民街を無くしたいのですか?」

「全部は無理でも、なるべくなら無くしてあげたい。貧民街の人達の多くは職に溢れている。そんな人達を必要な場所へ送ってあげれば、少なくとも仕事がなくて困ると言うことはない」

「……それに領主の方々が協力してくれないんですの?」


 私がそう聞くとお父様は困ったように笑った。貧民が増えれば領主だって困るだろうにどうして協力しないのだろうか?大人って謎だ。


「さ、次は最後の視察場所だよ。ルティアが見たがっていた花がたくさんある場所だ」

「お父様!私、お花を買って帰っても良いですか?」


 私がそう言うとお父様は構わないよ、と頷き一緒にマリアベル様も行くことになった。





 花と薬草の盛んな領地はどこか牧歌的な雰囲気でのんびりとしている。

 魔法石を使って鮮度を保ったまま出荷ができる様になったので、特に目立った農産物のなかったこの地域は前の前の代の領主が花と薬草を売りにしようと頑張った結果一大産地になったのだ。

 お父様が領主の方に取りなしてくれて私とマリアベル様は花畑と薬草畑を先に観に行くことになった。

 たくさんの畝に色とりどりの花。離宮の庭にもたくさんの草木が植えてあるけれど、見たことのない花もたくさんある。


「わあ!すごい!!見たことのないお花ばっかり!」

「姫殿下は花がお好きですか?」

「はい!離宮でも自分で育てているの……でもここ程多くはないわ」


 たくさんの花が咲いていて匂いもとても良い。ふと、匂いで思い出す。


「ねえ、妊娠してる方に良くない香りがあるのでしょう?それってどんなものがあるのかしら?」

「妊婦に悪い香り……ですか?」

「ええ、お友達のお母様に贈り物をする時に悪い香りを贈ってしまったら困るもの」


 流石にマリアベル様が妊娠していると言う話は大っぴらに言うものではないと思い、友達のお母様、と言う体で聞いてみた。

 花師はそうですね、と考え込み幾つか花の名前を挙げた。


「ジャスミン・ラベンダー・カモミール・ローズマリー・フェンネル・ペパーミントなどでしょうか?」

「そんなにたくさんあるのね。逆に良い香りもあって?」

「ええもちろん。レモンやベルガモット・ネロリなどさっぱりとした香りがいいと思いますよ」

「ありがとう。それじゃあ、その香りのする花と王都でも育てられるお花を頂けるかしら?頑張って育ててみるわ」

「承りました」


 花師が私のお願いした花の鉢を探しに行く。チラリとマリアベル様を見ると少しだけ顔色が悪かった。

 視察も終盤とはいえ移動続きだ。妊娠中のマリアベル様にはやはりキツかったのだろう。


「マリアベル様、あちらのベンチで休みましょう?」


 そう言って手を引いてベンチにハンカチを置いてあげると、マリアベル様はお礼を言われて座られる。


「マリアベル様、ご気分が悪いのですか?」

「姫殿下……いいえ、少し……でももう大丈夫ですわ」


 子供の私を心配させまいと優しい笑みを浮かべているが、妊娠中なのだから無理はして欲しくないと私はお願いした。


「姫殿下はお優しい方ですね」

「いいえ、私は自分がワガママな方だと自覚してますわ」

「あら、そうなんですか?」

「ええ。本当はお父様と水入らずでの視察だったのに、知らなかったこととは言え、私ついてきてしまいましたもの」


 そう言うとマリアベル様は笑いだす。少しだけホッとしていると、花師が頼んでいた花を持ってきてくれた。


「姫殿下、こちらで宜しいですか?」

「はい!ありがとうございます。あと良ければ薬草の方も見せて頂いても宜しいですか?」


 薬草畑も見たいと言うと花師は不思議そうな表情をする。普通は綺麗な花だけを見て帰る人が多いのだろう。しかし薬草もとても大事だ。

 アリシアの話からすれば5年後には病が流行する。その病に対応する薬草栽培があまり盛んではなく、なかなか薬を手に入れることができなかったらしいのだ。

 とは言え、彼女の言う通りなら雨が降ってもおかしくないはずなのに……最後の視察に訪れた場所はずっと天気のままだった。


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