第9話 いざ行かん視察へ!

 視察までの間に、3回ほどアリシアとお茶会をする機会があった。それまでの間に私の髪飾りは侯爵の手によって魔法式が入ったものになる。

 できることなら何も起こらなければ良いけれど、と考えながらお父様と同じ馬車に乗るとそこにはもう一人同乗者がいた。


「まあ、マリアベル様」

「こんにちは姫殿下」

「こんにちは。マリアベル様もご一緒に視察に行かれるのね」

「ええ、陛下からお誘いを受けましたの」


 マリアベル様は側妃の一人で、お父様のお気に入りだ。

 ファティシア王国は一夫多妻が許されていて、お父様も正妃様の他に側妃が数人いる。私とロイ兄様のお母様もその一人だった。

 そして離宮は二つあり、一つは正妃や側妃が住む場所と、王位継承権を持つ子供達が住む場所とで分かれている。とは言っても離宮自体が細かく分かれているので、会おうと思わなければ会う事はできない。かなり広いのだ。

 そんな事もあってか私と兄様は離宮に住んでいるが、ライルはまだ正妃であるリュージュ妃と同じ場所で生活をしている。その方が目が行き届くから、と言うのが理由らしい。

 私達はお母様が亡くなっているのでどのみち子供用の離宮で暮らすしかないけれど……ライルもそろそろ親離れの時期ではなかろうか?とも思っている。


 それにしても、とお父様を見る。側妃を伴って視察に行くなんてとても珍しい。

 正妃様ならまあ、あるかもしれないけれど。

 失礼にならない程度にマリアベル様を見ていると、お腹をさする仕草をした。どうしたんだろう?と考えているとお父様が馬車に乗り込んでくる。


「やあ、ルティアちゃんと起きれたみたいだね」

「イヤだわお父様。私一人でもちゃんと起きれますよ?」

「それは良いことを聞いた。視察中は侍女達も少ないから自分で起きてもらおうかな?」

「望む所ですわ」

「陛下ったら……」


 私達の会話をおかしそうにクスクスと笑うマリアベル様。側妃の中でもおっとりした彼女はいるだけで場を和ませてくれる。

 普段も何かと声をかけて気にかけてくれるとても良い人だ。

 そうしているうちにゆっくりと馬車が動きだす。

 ここから二週間の視察が始まった。



 ***

 視察の過程は比較的順調に来ているようだ。

 天候にも恵まれて、アリシアの言うような雨に降られる気配もない。やはり杞憂だったのだろうか?それとも私とアリシアが友達になった事で何かが変わったのだろうか?


「姫殿下は大変利発な方なのですね」

「え?」

「市井の者たちの話もちゃんと聞いて素晴らしいと思います」

「そうでしょうか?私はわからない事が多いので質問ばかりして困らせていないかちょっと心配です」

「わからない事をそのままにせず、きちんと聞くのは良い事ですよ」

「そうだな。王族とは言え、知らなかったでは済まないこともある。よく学びなさい」

「はい、お父様」


 褒められるのはやはり嬉しい。ランドール先生にお猿姫と呼ばれたくなければ、マナーと勉強はしっかりやってください!と怒られながらやった甲斐があったと言うものだ。

 そう考えていると、マリアベル様がお腹をそっと撫でる。視察中、何度も見かけた姿に首を傾げた。お腹が痛いのだろうか?そう言えば今日は顔色も少し悪いように見える。


「マリアベル様……どこか具合が悪いのですか?」

「え?」

「お腹を何度もさすってますし……それに、少し顔色も悪いですわ」


 私の言葉にお父様がマリアベル様を見て小さく頷いた。するとマリアベル様も同じように頷く。


「姫殿下、実はお腹に子がいるのです」

「こ……?」

「ややこがお腹にいるんですよ」

「ややこって赤ちゃん?」

「はい」


 彼女は優しい笑みを浮かべて頷く。つまりは私に弟か妹ができると言うことだ。私は思わず自分の頬をつねってしまう。


「い、痛い……と言うことは夢ではないのですね?」

「夢の方が良かったか?」


 お父様の言葉に私は勢いよく首を振る。


「いいえ、いいえお父様!とても嬉しいわ!!私、お姉様になるのね!?」

「今でもお姉様だろう?ライルがいるのだから」

「だってライルは……リュージュ様が遊ばせてくれなかったのだもの」


 そう言って口を少し尖らせると、お父様は困ったようにそうか、と頷く。私はマリアベル様に向き直り、彼女の両手を取った。


「マリアベル様、おめでとうございます!あの、赤ちゃんが生まれたら私、マリアベル様の所に遊びに行っても良いかしら?」

「ええ、是非いらしてください」


 きっと優しい彼女なら私や兄様と赤ちゃんが遊ぶのを許してくれるだろう。その日がとても待ち遠しい。


「嬉しい!どっちかしら?でもきっとどちらでも可愛いわ。今から楽しみ」

「ええ、私も楽しみです」

「今度私がお庭で育てたお花も持って行くわね。きっとお腹が大きくなると歩き辛くなるのでしょう?お花を見て少しでも気分転換になるように、色々なお花を持っていくわ」

「楽しみにしていますね」

「はい!ランドール先生が妊娠中の気分転換はとても大事だって仰ってましたもの」

「ランドール先生は未婚ではなかったか?」

「先生のお姉様がご結婚されてるのよ。その時に、そう……確か妊娠してる方に渡してはダメなお花もあるって聞いたから、庭師と先生に相談してから持って行くわね」

「妊婦に、ダメな花?」


 お父様は私の言葉に目を瞬かせる。


「ええ、そうよ……?匂いがよくないって」

「ルティア、詳しくわかるか?」

「ごめんなさい、お父様……今図鑑を持っていないから詳しくは……でも匂いのキツイものは妊娠してる方によくないから避けた方がいいかも」

「……そうか」


 そう言うとお父様は何か考え込む仕草をした。マリアベル様を見ると彼女も少し不安げだ。

 私は何か余計な事を言ってしまったのだろうか?




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