第8話 悪役令嬢とお茶会
ひとまず、お父様の視察についていける事になった私はアリシアと話をすべくお茶会の招待状を送った。そしてそれまでの間にお父様から頂いた視察地域の資料を読んでみる。
「……難しい言葉がいっぱいあるわ」
資料は一応子供向けに作られてはいるけれど、まだ意味のわからない言葉も多い。視察地域は2箇所、それぞれの土地の風土、特産品、長所、短所など書き連ねてある。
私はわからない所に印を付けて専属の家庭教師に聞いてみる事にした。
家庭教師の名はアイシャ・ランドール
彼女は伯爵家の令嬢ではあるけれど、アカデミーを大変優秀な成績で卒業した事で私の家庭教師をしている。
本当ならもうお嫁に行ってもおかしくない年齢だとは思うけれど、彼女は家庭教師になれて良かったと言っていた。
どうやらお嫁に行くのが嫌らしい。
しかし私としては大変助かっている。彼女の授業はとてもわかりやすく、楽しいからだ。
「ランドール先生に聞けばきっと教えてくれるわね」
それまでわかる所を読んでおこう、と一通り資料に目を通した。
ランドール先生が来る時間になり、私はいつものように裾をちょっと持ち上げてカーテシーをして見せる。
「ごきげんよう、ランドール先生」
「ごきげんよう、姫殿下。特訓の成果が出てますね」
「ありがとうございます」
実の所、側妃の子だからか最近まで放って置かれていた私は椅子に座って授業を受けるよりも、庭に出て駆け回る方が性に合っている。それを諌めて家庭教師をつけるように進言してくれたのはロイ兄様だ。
兄様は私と同じぐらいの歳には家庭教師も付いていたようだけど、私の運の悪い所はライルと一年違いで生まれた所だろうか?みんなが正妃の子であるライルに関心が行ってしまい、私はほとんど放置状態。
兄様に付いてそれなり見て覚えはしたけれど、それでも王族としては失格の部類だろう。
だから褒められると俄然やる気が出てくる。
「ランドール先生、実は先生にお伺いしたい事があるんです」
「まあ、何でしょう?」
「今度、お父様と一緒に視察に行くんです。それで資料を頂いて読んでおきなさいと言われたのですが、意味のわからない言葉が多くて……」
そう言って彼女に資料を見せて意味のわからない言葉を示していく。彼女はジッと資料を眺め、それに何か書き込み始めた。その様子を眺めていると彼女はニコリと笑う。
「姫殿下でもわかるように言葉を変えてみました。今日はこれを使って授業してみましょうか」
「はい!お願い致します」
私は彼女の言葉に頷き、早速色々と教わる事にした。
***
ランドール先生のおかげで視察場所の事がだいぶわかってきた。そしてお茶会の日になり、離宮にアリシアが訪ねてくる。
「お久しぶりです、姫殿下」
「こんにちはアリシア」
私よりも何倍も綺麗なカーテシーを見せてくれた彼女は心なしか顔色があまり良くない。
「アリシア、具合でも悪いの?」
「い、いえ……そうでなく、その……」
彼女が口ごもり辺りをキョロキョロと見回す。ここは私の部屋でライルが入ってくることはないと伝えると少しだけホッとした表情になった。
「そんなにライルが怖い?」
部屋のテラスにお茶の準備をさせるとメイド達を下げる。とは言っても見えないだけでどこかにいるのだろうけど……私は兄様から借りた魔法石を机の上に置くと、そこに少しだけ魔力を流した。
花の模様のような小さな魔法式が広がる。アリシアはそれを見て軽く首を傾げた。
「これはね、ナイショの話をする時に使う魔法石なの」
「ナイショの話……?」
「だって聞かれたくない話でしょう?一応、私も王位継承権を持っているから、色々あるのよ」
「い、色々……」
「そう、色々」
ふふっと笑えばアリシアの顔色が悪くなってしまう。
「姫殿下はその……王位に興味があるんですか?」
「個人的に言うならないわね。それにライルよりはロイお兄様が継いだ方が良いとも思ってる。ライルは乱暴だし、横柄だし、ちょっと向いてないわね」
「……10年後のライル王子はとても真面目な方ですよ?」
「でも真面目なのに貴女という婚約者を放置して、別の女の子に目が眩んでしまうのでしょう?」
「そう、ですけど……でもそれには理由があって」
「どんな理由があっても許されないわ。王族なら特に。うちの国は正妃の他に側妃を持つことが許されている。だから貴女を正妃に、その女の子を側妃にしても別に良いのよ。もしくはちゃんとお父様やリュージュ様にお願いして正式な手続きを踏めばいい」
いきなり卒業パーティーで婚約破棄だ!と言い出すのはただのお馬鹿さんだ。17歳ぐらいなら王家と侯爵家の令嬢の婚姻がどんな意味を持つかわからないわけがない。
それでも男爵家の令嬢を選ぶのならそれでも良いが、手続きをすっ飛ばしていい理由にはならないのだ。
「その話の中の私は、ライル王子に嫌われているので……」
「嫌いだから何を言っても良いわけじゃないでしょう?」
清濁飲み込んでこその王族である。綺麗事だけでは何もできない。それに聞いてる限りでは特に酷いことをしているようにも思えないし……
「まあ、でも……そのお話の貴女と今の貴女は別物と考えなさい」
「え?」
「だってそうでしょう?モブ王女と友達になんてなっていなかったんだから」
「それは、そうですが……」
「物語の中の貴女、現実の貴女、変えていけばきっと未来は変わるわ」
そう言って笑えば彼女は小さく微笑んだ。
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