第3話 夢なのか、それとも現実か

 正直言ってアリシアの話は全て夢物語のように感じる。彼女の言う前世とやらの記憶も……

 そもそもの話、ライルがしっかりした王子に育つイメージが湧かない。正妃様に甘やかされまくって、勉強も礼儀作法もサボりにサボり、メイドや騎士達に横柄な態度ばかり取っているからだ。


「ねえ、今のライルはアリシアが言うような立派な王子になるイメージが湧かないわ。どうしてそうなったの?」


 今のまま育てばそりゃあワガママ放題の横柄な王子になるだろう。いくら王位継承権一位であっても、そんなんじゃ王位は継げない。

 いくら正妃様の産んだ子供であっても、王としての資質が示せなければ王位を譲られることはないだろう。多分。


「その、お、怒らないでくださいね?」


 アリシアの言葉が段々と小さくなる。私は彼女の背を優しく撫でながらそんなことはしないと伝える。


「聞いておいて怒ったりはしないわ」

「10年前にお父様が視察中に事故で亡くなられてしまうんです。その後も良くないことが続いて5年前に流行病でロイ王子が……」

「お父様とお兄様が亡くなるの!?」

「あ、いえ。亡くなるのは陛下だけで、ロイ王子は床に伏せるんです。なのでライル王子はご自分がしっかりしなければ、と……それをヒロインが支えるんです。孤独だったライル王子が初めて心を許せた相手で、二人は急激に惹かれ合うんです」

「その邪魔を貴女がする?」

「……はい」


 アリシアはすちるで見ていた時は素敵だったんですけどねと良く分からない言葉を呟く。

 いやそれよりも————もしも、もしも、本当にお父様が死ぬ事になったら大変なことだ。この国は平和な国ではあるが、隣国から狙われていないわけではない。

 急に王が亡くなれば近隣諸国はざわつくだろう。豊かな国はそれだけで価値があるのだ。


「……ねえ、アリシア。お父様が亡くなるのはいつ?」

「え?」

「貴女の卒業パーティーの10年前、なのよね?」

「え、ええ……確か、視察に出かけた先で……数日前から降り続いた雨のせいで土砂崩れが起きて、馬車ごと崖の下に」


 私にはお父様の予定がわからない。ロイ兄様を見ると小さく頷いた。どうやら本当に予定があるようだ。


「……残念ながら父上の視察を止めることはできないな」

「そうよね……アリシアの予言?予知?だけじゃ、お父様が聞いてくれるとは思えないわ」


 例え本当に起こることでも、子供の言葉を信じてもらえるとは思えない。アリシアも私も兄様も三人でうんうんと唸ってしまう。

 せめて誰か手伝ってくれる大人がいればいいのだけど……生憎とそんな知り合いはいない。



 コンコン、と部屋の扉を叩く音がする。

 兄様がそれに返事をすると勢い良く扉が開いた。


「アリシア!!倒れたと聞いたが大丈夫なのか!?」

「お、お父様……」


 アリシアの父、ファーマン侯爵だ。侯爵はアリシアに近づくと彼女の肩を掴みどこも怪我はないか、とあわあわしながら見ている。

 そんなに力強く肩を揺さぶったらさらに具合が悪くなるのではなかろうか?止めるべきか、それとも父親の愛情表現と見守るべきか、チラリと兄様を見ると困ったように笑う。

 そしてアリシアも助けを求める目で私を見てきた。私は小さく咳払いをすると、侯爵に話しかける。


「ファーマン侯爵、そんなに揺さぶったらアリシア様の具合が悪くなってしまいますわ」


 まるで視界に入ってなかったのか、それとも娘が心配だったせいでそこまで気が回らなかったのか、侯爵は私と兄に慌てて頭を下げた。


「これは、その……失礼致しました殿下方」

「いいえ。それよりも……侯爵にお願いしたいことがありますの」

「な、何でしょう?姫殿下」


 侯爵はギクリと肩を揺らす。もしや侯爵もアリシアから話を聞いているのだろうか?それなら、侯爵を協力者に仕立てたらお父様は助かるかもしれない。


「私、アリシア様が気に入りましたの。お友達になって頂いてもよろしいかしら?」

「あ、アリシアをですか……?」


 侯爵はチラリとアリシアを見る。そして申し訳なさそうな表情をして見せた。


「そ、その……娘は、今日倒れたことでもわかる通り、体があまり丈夫ではありません。姫殿下のご友人としてはいささか……」

「侯爵、私は彼女が良いのです。そして、貴方に協力を頼みたいの」

「もしや、その……娘から話を?子供の妄想。夢物語です。殿下方が気になさるような話ではありません」


 侯爵は困ったようにアリシアを見るが、私達にとってはお父様が死ぬかもしれない話なのだ。このまま放って置けるはずもない。不安要素があるなら何とかしなければ……


「侯爵、僕も妹も全面的に信じているわけではないのです。それはもちろん貴方も同じでしょう。ですが、もしも……父に災いが降りかかる様ならば排除しなければいけない」

「しかし、ですね……」

「では、こうしましょう?父が本当に事故に遭うのであれば、彼女の話は予言、それとも予知かしら?は本当であると」

「でもそうしたら陛下が……」


 そう。お父様が死んでしまう。それはとても困るのだ。彼女の言葉の通りならお父様が死んだ後も色々とあるらしい。

 だが子供の力ではできることは限られる。侯爵が協力者となってくれれば出来ることの幅が広がるのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る