第2話 悪役令嬢の嘆き

 モブ、とは端役のことかしら?と自分の中の知識を集めて答えを導く。モブ=端役、つまりは私は端役王女。それはあんまりな言い方だ。確かに、現状は将来性はないけど。

 しかしそんな私の考えなんてこれっぽっちも気にせずに彼女はさめざめと泣き始める。もう終わりだ。断罪ルートだ。処刑されちゃう。と……


「ねえ、貴女。そんなに泣いたら目が溶けてしまうわよ?」

「いっそ溶けてなくなってしまえば良いんですぅぅぅ」

「そしたら何も見えないわ。綺麗なお花や美味しいお菓子も何も見えないのよ?もったいないじゃない」

「そう言う問題かなあ……」


 兄様の呟きに少しだけ口を尖らせる。泣いてる子にはお菓子とかお花とかそんな話をした方がいいと思っただけなのに。


「わた、私……まだ死にたくないぃぃぃ」

「誰も貴女を害したりしないわ。ここにいるのは私達だけだもの。それとも貴女には私と兄様がそんな酷いことするように見える?」


 そう言うと彼女はようやく泣くのを止めて私達を見た。

 彼女がどうしてそんな事を言うのかわからないけれど、彼女にとっては何か一大事が起きたに違いないのだ。

 こんなに泣くなんてそれ以外理由がない。


「さ、何かあるなら話してごらんなさい?」

「……きっと、頭がおかしいって思うわ」

「聞いてみなければ判断できないわ」

「私だって信じたくないもの」


 彼女は俯き涙をこぼす。私はその涙をハンカチで拭いベッドの淵に腰掛けて彼女の頭の撫でてあげる。同じ歳ではあるけれど、妹がいたらこんな感じかしら?

 それぐらい彼女は怯えて小さく見えた。


「さ、話してごらんなさい」


 もう一度促すと、彼女は小さな声で話しだす。これから先の未来の話を————


 ***

 彼女の、侯爵令嬢アリシア・ファーマンが言うには今回のお茶会が終わって少しすると彼女と弟のライルは婚約が成立し、そして将来的に王立アカデミーに通うことになるそうだ。

 しかしライルは親の決めた婚約者であるアリシアに不満を持っていて、あまり仲は良くない。アリシアは王位継承第一位のライルの婚約者と言うことで中々に尊大な令嬢として振る舞い、ライルからは疎まれていた。

 私が思うにライルも同じタイプだから良い勝負だと思うのだけど、どうも聞いていると違うらしい。10年後のライルは勤勉なとても良い王子様なのだとか。

 そんな彼が男爵令嬢の女の子と恋に落ち、嫉妬に狂ったアリシアはその女の子を虐めてしまう。しかしそれがライルの知る事となり、卒業パーティーの日に断罪され婚約破棄されてしまうのだ。


「話だけ聞いていると、虐めの内容も貴族令嬢としては当然のことを言っているように思うわね」

「そうだな。普通、婚約者がいる相手にベタベタする女性は慎みがないと言われるし……それに婚約者がいるのに、婚約者以外の女性と仲良くなるのも有り得ない」

「でも、でも、他にも勉強ができないとか、作法がなってないとか嫌がらせするんです」


 勉強ができないのも、作法がなってないのも問題があるのではなかろうか?普通は家である程度習って来るものなのだ。もちろん、家によって様々な事情はあるだろう。だが王立アカデミーは絶対に通わなければいけない所ではない。

 何故なら王立アカデミーは最高学府だ。それまでの高等教育までで済ませる貴族もそれなりにいる。女の子なら尚更だろう。

 アカデミーで習うのは専門的な分野の勉強や、領地を治める経営学などでどちらかと言えば男の子の方が多いだろう。10年の間に割合が半分ぐらいまで上がるのであれば話は別だけれど。


「それで、貴女は……アリシアで良いわね?アリシアは断罪されて婚約破棄されるとどうなるの?」

「処刑されます……」

「え?」

「処刑されます」


 私が思わず聞き返すとアリシアはもう一度同じ言葉を繰り返した。私は兄様を見上げる。

 普通、虐めとも呼べないもので婚約破棄され、尚且つ処刑されることなんてない。有り得ない!しかもアリシアは侯爵家の一人娘。現状、公爵家がない状態では貴族の中では家格が一番上なのだ。

 そんな彼女を処刑する理由に、その程度では弱すぎる。


「処刑の理由は?」

「未来の、国母を殺害しようとした罪だと」

「アリシア、貴女そんなことする予定があるの!?」

「ありません!私は平穏無事に生きたいです!!」

「ならそうすればいいわ。余計なことは言わずに、何もしない。今現状はライルとの婚約だって成立してないわけだし」


 そう言って兄様を見ると、兄様も何も聞いていないと首を振った。それでもアリシアは首を振る。


「きっとシナリオの強制力があるんです。本当は今日、ライル王子に会う日ではなかったんです。それより前に会う予定があったんですが、全力で仮病を使って出なかったら……」

「今日会ってしまった?」

「……はい」


 しょんぼりと項垂れるアリシアに私と兄様は顔を見合わせるのであった。

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