第21話

 部屋の方を振り返ると、紅茶の匂いに気がつく。どうやら、霧島さんが気を利かせて入れてくれているようだ。


「あら、お話ししていたお客さんは帰っちゃったんですね」


「あんなもの客でも何でもないわ!まったく!」


 思わず、あなたも急に押し入ってきたんですよ? と口をついて出そうになるが、ぐっと堪える。


「どうにも、魔法使えることがバレちゃったみたいでさ、よく分からない組織からの勧誘、みたいな感じかな」

 少し情けなく、はははと笑いながら答える。


「それは違うぞ。バレたというより、魔法の痕跡を辿って来たはずだ。私もそうやって来たからな」

 博士が意外にもフォローを入れてくれる。


「え、魔法の痕跡? グルメコーポ事件の関係じゃ無いんですか?」

 てっきり、目撃されたとしたら、あの時しか無いと思い込んでいた。


「何だね、それは。……奴らなら、それも関係あるかも知れないが、恐らくはこの機器によるものだ」


 そういうと博士はポケットから、メーターの付いた5cm角の物体を取り出した。


「これでですか?」


 見た目は小さく、一見その辺にありそうな機器に思える。これで痕跡を追えるのか……。



「魔法により魔素が使われると、当然のことだが、魔素はエネルギーを失い安定状態に戻る。だが、周りには励起状態の魔素が多く存在しているため、再び伝播作用により励起状態に戻る。この際に出る微弱な信号をこの機器は感知する、という仕組みだな」


 相変わらず難しい話だ……。ただ魔法を使うと、痕跡が残るということは分かった。


「はぇー凄い! これも博士が作ったんですか?」

 霧島さんが話に食いついた。


 よく考えれば、霧島さんの視えるというのも、似たような事を認識しているのかもしれない。


「作ろうと思えば作れただろうが……。これについては神宮寺の担当だな。ちなみに魔素は再び励起状態に戻るとは言ったがね、その際に必要となるであろうエネルギーが、どこから来ているかは未だ不明だ」


「ん? 魔素がどこかからエネルギーを吸収しているってことなんですか?」

 魔素が伝播によって、もう一度励起状態になるには、何かしらのエネルギーがいるのだろう。


「そうだな。でなければ魔法は無限のエネルギーを産出することになってしまうからな。あくまで仮説ではあるが」


 初めて文句を言われずに、会話が出来た気がする。少し嬉しいと思ってしまうが、そもそもが酷すぎるのだと、自分に言い聞かせる。


「つまり、博士はその機械を使って、お兄さんの家に辿り着いた、と。あれ? 博士の目的って結局何なんですか?」


「ふむ……次に人が何故魔法を使えているのか、説明するつもりだったが、先程の件もあるから説明するとしようか。私の目的はさっき来た『奴ら』以外で魔法への抑止力をつくる、『嫌がらせ』が一つ。そのための適切な人材を探す『調査』が二つ目だよ」


 博士の目的、それは奴らこと魔連の人達以外で、魔法が関わる犯罪へ対処できる人材発掘のようだ。


 そしてやはり、博士は霧島さん相手だと話の順番が変わってしまっても、怒らない。理不尽だ。


「それじゃあ、私たちは博士の作る組織に勧誘されるっていうことになるんですか?」

 霧島さんは少し困ったように眉を八の字にして、続けて質問をする。


「私はそんな無粋な真似はせんよ。せっかくの魔法を、お互い縛り合うだけの組織に使うなど、笑止千万。私が作り上げたいのは、『皆で切磋琢磨し、個人が規律を持つ社会』だ」


 先程の遊崎さんは、組織立って個人の魔法使用を制限することで、世界に秩序をもたらそうとしている。一方で博士は、個人が己を律し、世界に秩序を作ろうとしている。

 似ているようで、全然違う方針だ。


 もしも仲間になれと言われたら、俺はどちらを選択するべきだろうか。


「うーん、結局博士の目的って達成されたんですか?」

 霧島さんが小首を傾げる。


「うむ、嫌がらせについては、既に奴を追っ払った事により成功しているな。そして君たちは選択肢を得たわけだ。騙され、魔連とか言う組織に入ることも無くなっただろう」


 魔連が悪い組織かどうかはさておき、博士と先に知り合えたのは幸運だった。見返りを求めずに情報を教えてもらえたことで、選択肢は間違いなく増えたのだから。


「じゃあ後は調査ですね! 」


「そうだな。まぁそれも大体は終わっているがね。私は魔法を使えるようになった人間がどのような思考を持つか、善性か悪性か、副作用その他の変化はあるか、といったこと知りたいのだよ」


 魔法による人間への影響。勝手に安全なものだと思い込んでいたけれど、それは想定しておくべきだったかもしれない。


「そうすると、こうして会話すること自体が目的って事になりますか?」

 あくまでも勧誘では無く情報の開示がメインなのは、話す相手の知識や、理解、その性質を直接見定めるためだろう。


 博士はニヤリと不敵に笑う。

「ボンクラかと思っていたが、存外理解が早いじゃないか。……さて、だいぶ話が脱線したが、何故人間を含む生き物が魔法を使えるようになったか、説明しよう」


 おそらく、褒められたのだと思う。

 そしてとうとう話の本題に入るのかと思うと、喉がゴクリと鳴った。


「魔法は魔素の認識、変換のプロセスを経てエネルギーへと変化するが、それには明確な流れが必要となるのだ。研究所で言うのならば、座標Aに百万ジュールの熱を発生させる。熱の発生源Aには水があり、魔素が働きかけ分子の運動によって温度が上昇。これにより水が沸騰し、タービンが周り電気が発電できる。といった具合だな」


 機械の例えは相変わらず難しい。

 明確な意思というのならば、普段からしていたイメージの構成がそれに当たるだろう。手が発光するという……あれ、この場合何が光っているんだ? 皮膚?


 博士は続けて話を進める。

「生物では早い話が、思考することで同様の流れを踏み、魔法の発現へと至る。まぁ、使っている本人が一番分かりやすいだろうな。そして人以外が魔法を使う場合、おそらくは生存に関わる事に魔法は使われるはずだ」


「生存に関わる……。例えば逃げ足が速くなるとかですか?」


 博士はおそらくこの話を一番したかったのだろう。ニヤニヤと薄気味悪い笑顔でうなづいている。


「そういったこともあるだろう。だがこの魔法、魔素という概念はあくまでエネルギーであることを忘れてはならない。つまり、魔法で脚力を強化するなんて事は、到底難しい話だな」


 魔法はエネルギー、か。それはゲームなんかで言うところの強化魔法や、回復魔法、あるいは物質を作り出す水、土なんかも使えないということに違いない。

 俺は光を出しているけど、これは純粋にエネルギーの一種になるだろう。ともすれば、空気中の水分子を集めたり、水素と酸素を結合させることでなら、水魔法を使うのも可能かもしれない。

 どうしても既存の知識である魔法に引っ張られるが、現実の魔法は性質がだいぶ違うことを認識させられた。


「例えばですけど、水を直接作り出す事が出来なくても、水を集める事に魔素のエネルギーを使えば、間接的に水を出せるってことですか?」


「ここに来て考察が鋭くなってきたな! それは可能だろう。……では、生物が魔法を使って脚力を強化するにはどうしたら良いと思う?」

 今度は逆に博士から質問をされる。


 魔法による脚力の強化、か。例えば重力を軽くして足を早くするなんてのは……、結局着地した際の衝撃は変わらないから、怪我をしてしまうだろう。肉体的な強さが第一に必要となるはずだ。

 そうするとーー。


「進化、なんてのはどうですか? より頑丈な体を得たうえで重力なり、風力なりを操って脚力を強化するみたいな」


「素っ晴らしい発想だ! まさに私が思い描いている近未来の生物像だよ!」


 つい先程までは罵られていたが、今度は絶賛される。博士の喜怒哀楽が不安定でちょっと怖い。


「なんか凄い話……。でも生物が魔法に順応して進化して、魔法を使って生きるって……物語の【魔物】みたいですよね!」

 まさに、といった具合で少しドヤ顔になる霧島さん。


「魔物……。それだ! そうした生物が現れた暁には、総称して【魔物】と名付けよう! 動物、植物、魔物、ふふふ、生き物の系統樹が大きく変わる事になるぞ……」


 博士もどうやら、魔物というネーミングを気に入ったようで、嬉しそうだ。


「魔物かぁ……」


 魔物といえばファンタジーの定番ではあるが、どう考えても物騒な名前だ。ただでさえ犯罪が増えてきていて、誰でも魔法を使える世界になるっていうのに……。

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その新しいエネルギーは魔法と呼ばれました。 行弥 @yyysuhr

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