第16話

 ピンポーンとチャイムが鳴った。


「お兄ちゃん、来たよっ……!」


「……とうとう、か」


 今日という日のために、結衣はスリッパと玄関マットを新調し、お出かけ用の服装を身に纏っている。

 どこに出しても恥ずかしくない妹として、演出の準備は万全だ。


「わたし大丈夫かなっ? 変なところ無い?」


「大丈夫、落ち着いて。いつものように過ごしてればいいんだ」


 自然体で良いんだよ、と微笑ましく思う。


 ……もっとも当然のことながら、自室は寝具を洗濯し、コロコロをかけ、朝から三度は消臭剤を散布した。

 部屋に女性を招き入れる時には、それ相応の状態にするべきだろう。おそらくは。


「うう、緊張するなぁ……。玄関行ってくる!」


 結衣はパタパタと小走りで、ターゲットの下へと向かう。


「ここからが正念場か……」


 そう、結衣にとってそこまで親しくない学友が家に来るというイベントであると共に、俺にとっては初めて女性を自室に招くという一世一代のイベントなのだ。

 紳士に振る舞いたいところだ。


 そんなことを考えている間に、ガチャリと扉を開ける音と、『へ? ゆい……ちゃん?』『う、うん。どうぞ』という会話が聞こえてきた。


 足音が近づいてくる。

「お兄さんに助けてもらって、今日はそのこととかで……」


「らしいね。お兄ちゃん、霧島さん来たよ」

 リビングに入った結衣がアイコンタクトを送ってくる。

 ここからは、一旦選手交代だ。


「おー、いらっしゃい。ちょうど紅茶を淹れてたところなんだ。さ、座って」


 まずはリビングでちょっとしたアイスブレイクを挟み、その後に部屋でお話しする流れだ。


「わあ! ありがとうございます」

 霧島さんは最初不安だったのか、こちらを見つけるとパアッと表情が笑顔に変わる。


「お兄ちゃん、私何かお菓子出そうか?」


「おお、気がきくなぁ! それじゃーー「あ!私マカロン焼いてきたんです!」


 ニッコニコの笑顔で、手土産を差し出す霧島さん。

 なんてできた子なんだろうか。


 ……しかし、早くも計画に支障が出てしまった。

 チラリと結衣を盗み見ると、ガーンという効果音が似合う表情になっている。

 【さり気なくできる妹作戦】は失敗だ。


「す、凄いなぁ! 霧島さんが焼いたの?」


「えへへ、ちょっと張り切っちゃいました!」

 色とりどりのマカロンが、可愛いリボンの包みに入っている。

 また、テヘッと笑う霧島さんは当然可愛かった。


「ふーん、スゴイナー」

 感情を忘れてしまったかのような声で結衣も褒める。


 だがまぁ、それも無理はないだろう。

 我が家で出そうと思っていたのは市販のお菓子であって、意図せず結衣が負けたような構図になってしまった。


「お口に合うか不安なんですけど……、お皿ってお借りできますか?」


「霧島さんが作ったのなら美味しいに決まってるよ。あ、そこの棚のーー「私が取るから」

 結衣が食い気味に割って入る。


 さっきから霧島さんと結衣のタイミングとか波長が、ことごとく合わないのだ。


「ありがとうございます。結衣ちゃんって学校でもクールにカッコいい女子なんですよ」


「そうなんだ……。あははは」

 再度横目で見ると結衣は無表情だ。逆に怖い。

 ……この状況で仲良くお菓子を食べて談笑なんて、とてもじゃないが出来ないだろう。


 ともかく、紅茶がいい具合にお湯に舞って色が出たため、カップに注ぎ入れる。


「さ、おやつにしようか」


「はい!」

「……うん」


 マカロンを一つ取り口に入れると、サクッとした食感と程よい甘味が広がり、スッと溶けてなくなる。なるほど、これは女性受けしそうなお菓子だ。紅茶との相性も良く、延々と食べていられる、とすら思えてくる。


「ん、美味しい……」

 結衣も機嫌が良くなったのか、ホワホワ〜っと表情が緩んでいる。


「本当? 嬉しい! 作るの難しくて、何とか成功したのを選りすぐってきたんですよ」

 霧島さんは照れ笑いしながら教えてくれる。


「いやほんと美味しいよ。お店で売っててもおかしくないよ、これ」


「やった! 作った甲斐がありますね!」


 彼女の女子力の高さが垣間見える気がした。

 付け焼き刃で競っても勝つのは難しいのだ。そもそもなにゆえに、結衣は対抗意識を燃やしているのだろう。


「はぁーあ、こんなのずるいよ……。可愛い以外にも魅力高いんだもんなぁ」

 結衣が脱力してテーブルに溶けるように、もたれる。


「そんな私なんて全然だよ!……学校でも変な人扱いだし」

 後半はやや声のトーンが落ちる。

 謙遜、というよりは本心から自虐しているのだろう。


「あんなの、所詮噂が広がっただけだよ。霧島ちゃんは人としての魅力があるって」


 我が妹ながら、良いことを言う。


「そうかなぁ……。あのね、もし良かったらなんだけど……」


「うん? どうしたの?」


「私と、友達になってくれないかな?」


「もー、そんなの改まって言わないでも大丈夫だよ!」


 少し恥ずかしそうに言う霧島さんと、軽く流してるようで耳が赤い結衣に、青春の一ページを垣間見た。


 早速二人で今度買い物に行こうとか、ナンパしてきたら私が倒してあげるとか、キャッキャと会話が弾んでいる。

 二人とも仲良くしたかったけど、キッカケが無かっただけなのだろう。


 ……それは良いとして。

 置いていかれて少し寂しいと心が嘆く。


「あ、そうだ。お兄ちゃん、舞花と話あるんでしょ? ふふ、さっきまでね、霧島さんが来るからーって部屋めっちゃ掃除してたんだよ」

 もう名前は呼び捨てに変わっており、兄の秘密をバラされる。


「ええ! そうだったんですか! 私なんかの為に、ごめんなさい……」


 謝られると余計に惨めな気分になる。


「あははは……。気にしないでね、ちょうど掃除しようと思ってたところだったから……」

「そうそう! お兄ちゃんの部屋なんて汚いもん」


 いやいや、君は度々侵入して布団にいるだろう、と心の中で抗議をするが、口には出さない。


「まー、とりあえず移動しよっか」


 何はともあれ、結衣と霧島さんが仲良くなってくれて良かった。

 さ、ここからは魔法の勉強会だ。

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