第15話
「……何でお兄ちゃんは買い物に行くと、問題を起こしてくるの?」
「いや、今回のは問題って言うほどのことじゃあ……」
「言い訳しないで」
家に帰るなり出迎えたのは、般若の如き怒りに身を包んだ妹、結衣だった。
反論する間もなく正座をさせられ、事情を説明するが、怒りは鎮まってくれないようだ。
「でもほら、相手にもこっちにも怪我は無いし、人助けでもあるわけだから……!」
対処としては満点だったはずだ!とチラリと顔色をうかがう。
すると結衣はすっと目が細くなり、冷ややかに射殺すような視線を送ってくる。
「別にそこはいいの。人助けは良い事だし。……問題は! 女子高生と楽しーくお茶をして、あげくには買い物を忘れた事!」
「そ、それは……! 先方からお礼をしたいと言われたものでして……!決して下心などは無く、少しお話をしただけでございますゆえに……」
「その言葉、嘘偽りは無いであろうな?」
鋭い視線が、両の眼に真っ直ぐ刺さる。
閻魔さながらの尋問だ。
「はい、真実にございます。齢は十七、妹君と同い年ということもあり、話に花が咲きまして……」
「ほう……名は何と申すのだ」
芝居がかった口調で話すと、結衣も乗ってくる。
おふざけが許されるならもう大丈夫だろう。
「霧島という名でございます」
「え、霧島? ……もしかして、背が低くて、肌凄く白くて、可愛くて、上品な感じの子じゃなかった?」
急に口調が普通に戻り、霧島さんの容姿をドンピシャで当ててくる。
「そうそう! 凄い可愛い子でさ! ……もしかして、知り合い?」
可愛いという言葉を使った時に、下瞼がぴくぴくっとした気がするが、頷き肯定をした。
「知り合いっていうか、ちょっとした有名人なんだよね。霧島 舞花といえば、うちの学校の不思議マドンナ的存在なの」
「不思議マドンナ? なにそれ?」
疑問を問いかけると、結衣は少し複雑な表情になった。どうやら、あまり良い意味では無いようだ。
「元々美人だから、影では人気があったんだけどね。ここ最近不思議ちゃん発言が多いらしくて、目立ってるんだ」
「不思議ちゃん、ね。話した感じは礼儀正しくて、しっかりした子だったけどなぁ。……霧島さん何したの?」
別に知ったところで、彼女に対する評価は変わらない。
「私も聞いただけだからね? 詳しくは知らないけど、……なんかオーラみたいなのが見えるとかいう話だよ」
……なるほど。
思わず黙り込んでしまうと、結衣はそのまま話を続ける。
「最初はみんな冗談だと思ってたらしいんだけど、ある時学校帰りに、『あの人、見える。何かする気だ』って言い始めたんだって。それで周りが茶化して、そのまま帰って……」
一呼吸置いて、話は続く。
「その日の夕方のニュースで、彼女が言ってた人物が宝石店で強盗を起こして指名手配されてた、ってオチ。当然、次の日から学校で霧島は本物だ! って盛り上がっちゃって、一気に不思議ちゃんマドンナの誕生! というわけ」
「なるほどなぁ。男だったら盛り上がりそうな話だわ」
話の内容からして強盗犯は魔法を使い、霧島さんはそれを先読みしたに違いない。なまじ事実が含まれている分、有名にもなるか。
「そうそう。本当男子ってバカだよね。でもそんな事もあって、ちょっと近寄りがたい雰囲気はあるかなぁ」
「そっか、まぁウワサはウワサだよ。今度うちに来た時に話せば、どんな子か分かるさ」
「そうだね。ウワサなんて所詮ーー、え? うちに来る?」
突然何言ってんだコイツ、と言わんばかりに表情が変わる。
「あれ? 言わなかったっけ? 今度家に遊びに来ることになったんだよ」
ーーポカンとした結衣に、言わない方が良かったかもしれないと思い、……再び般若が見えた時には後悔を確信した。
ーーーーーーーーー
「あの家で間違い無いですか?」
「そうそう、あそこのお宅ですよ。本当に近所のスーパーであんな事が起きるなんてねぇ……」
「ご協力ありがとうございます。最近は犯罪も増えていますから、お気をつけて下さいね」
「ほんと、嫌な時代になったもので……。お仕事ご苦労様です」
一見すると警察のような制服を纏った男は、軽く会釈をしその場を立ち去った。
会話をしていた主婦と思しき女は、親切に良いことをしたと思いつつも、さっきの男は一体何者だったのだろうと不思議に考える。
「まぁ、警察の関係にちがいないわね」
何故だか信用しても大丈夫に感じていた。
先程の人物と話していると、昔からの知り合いのような、安心感を得られたからだろう。
「それにしても、3ヶ月も前の事件だっていうのに……まだ何かあるのかしらね」
犯人はその場で捕まったと聞いていたため、これ以上何があるのだろうか、と空を眺める。
当然答えは検討も付かず、すぐに洗濯物を取り込みにかかる。どうやら、一雨降りそうな気配がしたためだ。
「さっきまであんなに晴れていたのに!もう!」
まるで先程とは表情を変えた世界で、太陽は姿を隠し、分厚い入道雲が辺りを薄暗く陰気な雰囲気に塗りかえていくーー。
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