第13話
「これだけ離れれば、大丈夫かな」
後ろを見て安全を確認する。
何本か分かれ道を曲がったから、追いつかれる心配はないだろう。
「あの……ありがとうございました」
お礼を言う女の子は、高校生くらいの年齢に見えた。その場の勢いで助けたから、どんな容姿をしているのか、気にする余裕も無かったのだ。
こちらを下から覗き込む目と目が合う。
くっきりとした二重ながらも、ややタレ目で内斜視気味だ。上目遣いになっていることも相まってか、ウルウルとしたその目は保護欲を掻き立てる。
また少し走ったからだろう、うっすらと頬が火照っており、唇はピンク色だ。
食い入る様に目が離せなくなってしまう。
その女の子は、想像を凌駕する美しさだった。
「えっと、手を……」
「へ? あ、ああ! ごめんね!」
言われてからハッと気づき、握っていた手を離す。昔から、妹とよく手を繋いで歩いていた癖で、思わず掴んでしまったようだ。
「そそれじゃあ、もう追っかけて来ないと思うからこの辺で!」
予想外の可愛さと、恥ずかしさに動揺する。
気持ち悪がられる前に退散しよう。
「あの……待って!」
早々に立ち去るべく、背中を向けると裾が掴まれた。
ドキリ、と心臓が高鳴る。
「……どうしましたか?」
何故敬語なのか、自分で言いながらもツッコミを心の中でする。
不自然になる態度に、益々恥ずかしさが高まり、直ぐにでも立ち去りたい一心だ。
「まだ、お礼をして無いです!……良かったら、一緒にお茶でもどうですか?」
……。一呼吸置いて、沸騰しそうになった頭に冷静さを取り戻す。
「よろこんで」
なんとか笑顔で答える自分に、頭の中の悪魔が『これはチャンスだ! モノにするんだ!』と囃し立てる。
また、頭の中の天使は『不良に絡まれてた可哀想な女の子を狙うなんて、非道のすることだ!』と反論する。
どちらの言い分も正しい。
しかし向こうにその気があれば、天使も納得するのではないだろうか。
ーー今回は悪魔に軍配が上がりそうだ。
ーーーーーーーーー
歩いてすぐ近くの喫茶店に入ると、席へ案内される。
こういう時の飲み物は大抵紅茶を選ぶけれど、その理由はお粗末なものだ。
「お決まりでしょうか?」
店員さんが声をかけてくる。
「紅茶でお願いします」
「あ……私も、同じので」
「かしこまりました」
しばらく待つと、ティーセットが二つテーブルに並んだ。
「紅茶がお好きなんですか?」
「ううん、どちらかっていうとコーヒーが苦手でさ。」
「そうなんですね。ふふ、私は紅茶の方が好きなんです」
目の前で微笑むように笑う様子に、思わず心を奪われそうになる。
ナンパされていた女の子、こと霧島さんは物腰がとても上品だ。妹と同い年と言われた時は、面食らったほどである。
「へーそっか。紅茶って、種類によって味が違うから面白いよね。イングリッシュブレンド?が美味しかったな」
「私も好きですよ! イングリッシュ・ブレックファースト! ブレンドしてある分飲みやすくて、作ってるところでも味が全然違うから、ほんと奥が深いっていうか!ーー」
どうやら霧島さんは好きなものについての話だと、ぐいぐいくるタイプのようだ。
急に知識の波が押し寄せてくる。
けれど素を見れた感じがして、思わず笑みが溢れる。
「あ、ごめんなさい……。私、つい」
ついていけてないことに気づいたようで、しゅんと静かになって、済まなそうな表情になる。
「気にしないで大丈夫だよ。楽しそうで可愛かったし」
「かわいくなんて……。でも、優しいですね」
クスリと笑う彼女に、本気でそう思ったと伝えようか迷うが、言葉には出さなかった。
「そんな事ないさ。……それにしても、最近は治安悪いもんだよね。さっきのもそうだけど」
「え、そうなんですか? 私、普段からああいうの多くって……」
小首をかしげてそう言われる。
当然というか、納得させられるというか、モテるというのはそういうものなのだろう。
治安がどうとか関係無く、寄ってくる輩は多いに違いない。
「あははは、まぁ、色々あるよね」
なんとも間の抜けた愛想笑いになってしまった。
「でも、本っ当に!助けてもらった時嬉しかったんですよ! こんなの初めてで、思わず呼び止めちゃったんです……」
感情のままにジッと目を見つめられる。
「どういたしまして。何はともあれ、上手くいって良かったかな」
なかなかの眼差しに目を逸らす。
「あ、そうだ。気になっていたんですけど、あの男の人に何をしたんですか? 逃げた時に、目を押さえて唸っていたのが印象深くって」
さすがに何かをしたことは、気づかれていたようだ。
「ねこだまし、みたいなもんかな?」
「ねこだまし? 手を眼の前で叩く、あれですよね」
「そうそう、そんな感じだよ」
霧島さんは手を合わせながらうーんと考え込むと、何かを決心したのか、改めるように座り直した。
「あの、実は私、最近不思議なものが見えるようになってて……」
「うん?」
急な話の方向転換に、こちらが小首をかしげる番だ。
幽霊が見えるとか、そういう子なのだろうか。
「あの時ーー、お兄さんの体の中で、その何かが、頭に集まっていくのが見えたんです。……あれはなんなんでしょうか?」
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