第12話

 病院爆発事故の報告書をまとめた三船刑事は、独りタバコを吸い、溜息を吐いていた。


「本当に最近ついてないな……」


 事の顛末の報告をしたは良いものの、何か腑に落ちず、思い返す。


 病院の一室で爆発が起きた。

 被害者は居合わせていた警察官が一名、重症を負ったものの命に別状無し。

 爆発の発生原因について、鑑識の見解によると、水蒸気爆発に類似しているとのことだった。原理として、水は温度が上がると水蒸気に変わる。その際、急激な体積の膨張が爆発を起こすらしい。

 イメージとしては、熱したフライパンの油に水をかけると爆発するのが分かりやすいだろう。

 火の扱えない病室でどのようにそれが起こったのかは不明だが、割れた花瓶が落ちていたことから、水は存在していたことが示唆された。そのため本件は事故として処理される見通しだ。


 それにしても、何故自分が病院にいたのかが思い出せず、ううむと唸る三船刑事。


「山口に聞いたところでなあ……」


 少し抜けている相棒に聞いたところで、ポカンとする一方だろうと、煙を吐く。


「また一から洗い出すか……」


 いくつかの事件を担当しており、その中でも最近の事件を思い出しながら、目星を付ける。


ーーそういえば、似たような爆発の事件があったような?





ーーーーーーーーーー





「だからさあ、俺たちと一緒に遊ぼうよ〜」

「嫌です」


「そう言わずに! ね? 先っちょだけだから!」


「ギャハハハ! リュウちゃんマジウケるわ! AVの見過ぎだって!」


 昼下がりのまったりとした時間帯。

 それは子供達の笑い声や、お年寄りの散歩姿を見て、平和を感じるものだと思っていた。


「カラオケとかどう? あ、俺ちょー歌上手いから! 惚れちゃうかもよ!」


「カラオケ熱男じゃん! リュウちゃんマジ歌上手いよ!」


「結構です」


 しかし、今は平和とは言い難いだろう。

 何故なら、すぐ目の前で女の子がチャラ男二人にナンパをされているのだ!


「あ、結構ってことは……、肯定頂きましたー! マンモスウレピー!」


「PON PON! 頂きましたー! てか語録古すぎて、やば谷園なんだけど! マジウケるわー!」


「いや……! 違うから!」


「嫌よ嫌よもー?」

「好きのうち! はい! 一名さまご案内〜!」


 独特の言葉づかいに感心して眺めていると、強引に連れて行こうとし始めている。

 これは流石に良くないと思い、声をかける。


「ちょっとすいません」


「えー……なんすか。今からオレら用事あるんすけど」

「マジ空気読めって」


 声をかけると、急に下がるテンションと声のトーンは、こちらを威圧しているようだ。


「その子、この後俺と買い物行く予定なんですよ。悪いけど返してね」


 咄嗟に嘘をつく。

 買い物に行こうとしていたのは、本当だった。


「はぁ? 何言ってんのお前。彼女、オレたちとカラオケデートするってさっき決まったから。消えてくれない?」

「あー、リュウちゃん怒らしちゃったよ。ウケるわー」


 交渉は失敗した。

 もっとも、成功するとは思っていなかったけど。


 するりと二人の間抜けて、ナンパされていた子に話しかける。


「ごめんね、行こっか?」

「え、あの……」


「何無視してんだよゴラ!」

 リュウちゃんと呼ばれた男は怒声をあげる。


 直ぐにガッと胸ぐらを掴まれ、目と鼻の先に顔が迫る勢いだ。


「やっば! うわっ、こいつマジか! リュウちゃんガチギレさせちゃったよ!」


 怖くない、と言えば嘘になる。

 たしかに凄まれるとドキリする。

 でもそれは、本当にまずいと感じる恐怖とは全然違うものだ。


「暴力は良くないから。落ち着きなって」


「ッ! スカしやがって!」


 掴まれているシャツが緩む。

 メンチを切るために近づき過ぎたのだろう、次は殴るか突き飛ばすかされるはずだ。


 ……少し試してみよう。


 いつもの慣れた感覚で両眼に魔素を集める。

 指向性を出来るだけ高めて、他に漏れないように。


 ーーっ! 突き飛ばされる!

 そのまま、よろける形で後ろに下がる。


「うわっ情けねー! よろめいてやんの! ウケるわー」

「ツァっ……!」


「あれ……リュウちゃん?」

 異変に気付いた片割れが、心配そうにリュウちゃんに近づく。


 ーー今のうちだ。


「走るよ」

「へ? ……あ、はい!」


 小声で声をかけると、絡まれていた女の子が察してくれた。

 手を引いて、一目散に逃げ出すーー。


 後ろからは、待て! 何しやがった! 逃げるな! など叫び声が聞こえる。

 三十六計逃げるが勝ち、だ。

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