第11話

 パニックになっている人の波を掻き分けながら、爆発のあったの病室のすぐ手前まで行くと、三船刑事は渋い顔になった。


「よりによって、ここかよ……」


 嫌な予感、まさかとは思っていたことが現実に起きていた。

 そこは件の被疑者の病室だった。


 あまりにも異質な状況に思わず足を止めてしまう。


 前方のスライド式の扉は、内側からひしゃげる様にして外開きになっている。事故現場によくある、曲がったガードレールのようだ。


 病院の一室で交通事故が起きているはずも無く、それは人為的に何者かが起こしたという事実が、警鐘を鳴らしていた。


「もー、早いっすよ! 一人行動は行けないって学校でならっーー、うわ……これはマジめなやつですね」


 遅れてきた山口がその只ならぬ状況を察してか、真剣な表情に変わる。


「……俺が突入して状況を確認する。これは被疑者である矢嶋が起こした可能性が高い。もしもの時は、迷わず射殺しろ」


「了解しました」


 犯罪件数の増加は警察の態勢強化に大きく影響を与えたが、中でも拳銃の使用易化は世の中に激震を与えた。

 メディアでは大見出しとして取り上げられ、各方面からの批判が相次いだ。

それでも治安悪化の抑止力という名目の下、認可されたのだった。


 慎重に入り口のすぐ側に近寄ると、中からは声がした。誰かがいることは間違いないようだ。


 後ろにハンドシグナルでタイミングを知らせる。

 3、2、1ーー。

「動くなっ!警察だ!」


 素早く人影に向けて銃口を向ける。

 背中を向けた男が一人と、その正面には被疑者である矢嶋の姿があった。


「あちゃー、矢嶋さんが爆発させたから、警察の人達来ちゃったじゃないですか……」

 男は軽い調子で、やれやれという口ぶりだ。


「この部屋は警察以外立ち入り禁止のはずだ。あんた……何者だ?」


 状況は最悪だった。

 見張りについていた警察官は、入り口の脇で腹から血を流して倒れている。恐らくは矢嶋か見知らぬ男か、どちらかの犯行だと考えられた。


「ね、矢嶋さん。もう貴方に選択肢は無いんですよ? だって……二人も殺して、うふふ。今もまた一人殺したんだから」


「……俺が、また?……ひ、人をこ、ころ、殺したって……?」


「そっ! これはもう死刑になっちゃいますね! 死刑!」

男はケラケラと嬉しそうに話しかける。


「俺は悪くないッ! 悪くないんだ!……あの時だって殺そうとしたわけじゃ……無い……」


「でもでもー? ヤっちゃったのは事実ですよね? もう、楽になっちゃいましょ! 一緒に来て下さいよ〜、楽しいですよ!」


 三船刑事を無視しながら会話が行われる。

 明らかに舐められているのだろう。


「動くな!」

 パンッ! と窓に向けて威嚇射撃を行う。


「あーあ、水を差すよなぁ……。せっかく楽しくなってきたところだったのに」


 男はまるで動じずに、こちらに振り返る。

 顔には大きなサングラスを着けていた。


「両手を上にあげるんだ。……これはお前がやったのか?」


 意外にも、男はこちらの指示に従い手を挙げた。


「矢嶋さーん? これが最後のチャンスですよ。この怖ーい警察の人に捕まって、世間に憎まれながら死ぬのか、一緒に来るのか選んでください」


「最後の……」


 三船刑事の質問は無視しながら、矢嶋へ再度勧誘を促す男。

 警察への危機感が薄く、何か秘策があることは嫌にでも察せられた。


「おい、この状況で逃げられると思うなよ。少しでもおかしな真似をしたら、発砲する」


「はぁ……。指示通り、こうして手だって上げてるのに……。いたいけな民間人に、公僕がこんな事して良いんですかね〜? やだやだ」

 男は頭をわざとらしく左右に振って、バカにするような素振りを見せる。


「いたいけな民間人? はっ笑わせる。普通の人間は、銃口を向けられるとビビって萎縮するもんだ。……うつ伏せに地面に伏せろ」


 三船刑事は最後の勧告として、銃口で床に寝るよう指示をする。


「うーん、流石に分が悪い、か。……でも刑事さん、知ってますか? 人間って追い詰められると、何するか分かんないもんなんですよ」


 ゆっくりと、男がサングラスに手を掛ける。


「くれぐれもお気を付けてーー」


 男の眼を見た瞬間、体の動かし方が分からなくなったような、一瞬が延々とコマ送りに繰り返されているような、大きいような小さいような、頭が混乱する中で、三船刑事は意識を手放した。


「くそったれ……」




ーーーーーーーーーー





「ーーさん! 三船さん! 聞いてます?」


「ん、ああ。……悪い、聞いてなかった」


「いや惚けてる場合じゃ無いですって! 早く救急車呼ばないと!……あれ、ここ病院か」


「いや、お前がボケてどうする」


チグハグと会話をしながら、何かがおかしいと思いながら、その何かが分からない二人だった。

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